27 / 39
第四章 恋愛・友情・私の仕事
3.運命共同体
しおりを挟む
「本当に、お前の仕業じゃないんだな?」
「違うって言ってるだろう、しつこいぞ!」
苦しげに呻く優佑の首元から、瀬央はようやく手を放した。途端、優佑は解放されて咳き込みながら後ずさる。
流が心配そうな眼差しで瀬央に近づいた。
「瀬央さん……!」
この場合、心配されるべきは優佑の方かもしれないが、普段の行いの差だろう。
壁に寄り掛かる優佑をおいて、直も一直線に瀬央のもとへ向かった。
部下の姿を見て、ようやく我を取り戻したらしい。瀬央は心配する二人を宥めた。
「……大丈夫だ。すまなかったね、心配かけた」
「や、それはいいんすけど。瀬央さん、ほんとに大丈夫すか? あいつ殴るなら手伝いますよ」
「ひぃ!?」
「うん。……いや、冷静に考えたら、佐志波がそんなことするメリットなんにもないんだ。僕の勘違いだよ、すまない」
言われて、直も流もしぶしぶ頷いた。
確かに、今回の異動は、優佑にとってなんのメリットもない。
瀬央の望まぬ異動ではあるが、優佑だって望んではいないはずだ。
まさか、瀬央が営業一部の部長に、そして優佑が瀬央の務めていたポスト――お客様サポートコールセンターのセンター長になるなんて。
「悪かったな、佐志波。変な疑いをかけて」
「どう考えたってやりたくないわ、こんな部署! なんで俺がコールセンターなんて……」
頭を抱える優佑の肩を、瀬央が軽く叩いた。
「そう言うなよ。君だって営業一部に自分で立ち上げようとしてただろ。役員方の言い分では、その意図を汲んで僕の代わりに君に挑戦のチャンスをあげようって話らしいぞ」
「俺が電話を取らない前提の話なんだよ、それは!」
「だが、やるしかない。まあ安心しなよ。例の大顧客は別にして、他の営業一部の顧客をコールセンターに取り込むのは、君が今の業務に落ち着いてからにしようってことになったし」
「つまり、俺は営業二部とばっかり連携せにゃならんってことだろうが! どうすんだよ、これぇ……」
軽く泣きが入っているが、いい気味だと思う余裕は直にもなかった。
横を見ると、流もまた同じように困惑の表情で優佑を眺めていた。
そんな流に、瀬央が水を向ける。
「さて、板来くんはこれからバイトどうする? 僕がこんなことになったからには、辞めてしまうのも仕方ないと思うけど」
「げっ!?」
「えっ……」
カエルの潰れたような悲鳴をあげたのは優佑だった。
確かに、この状況で流までいなくなれば、残る直と優佑が大打撃を受けるのは間違いない。
だが、沈みゆく船に流を付き合わせる訳にはいかないと、大人としてそう思う気持ちもある。
それに、瀬央の申し出の公平さを好ましく思う感情も。
流はちらりと優佑を見て、それから直に視線を向けた。
「俺は……」
「あの、無理しなくていいよ。えっと……」
バイトの『板来』が、社長の息子、流であることは優佑には内緒だ。
それに、それがなくてもたぶん、優佑と流は合わない。必ず衝突する。どっちも基本的に言いたい放題だからだ。
そのことをどうオブラートに包んで伝えようかと思ったが、直が口にする前に、流が片手を上げて遮った。
「瀬央さん、心配しないでください。俺、逆風の状況でモノゴト放り出すの嫌いなんだ」
「おお、偉いぞ……!」
「板来くん」
明らかにほっとした顔をする優佑と、対照的に眉を寄せる瀬央。
二人の視線の先で、流は更に言葉をつづけた。
「まあそれに……もしかして瀬央さんの異動は、俺のせいかもしんないんで」
「ん?」
「はぁっ!?」
「えっ」
瀬央と優佑、そして直。
三人の声が揃ったところで、流が優佑に向き直る。
「あんた、俺のこと誰かに言ったすか?」
「は? え、なんだって?」
フルメイクの流に至近距離で迫られても、優佑にはまだわからないらしい。
が、流の方があっさり明らかにした。
「俺、多比良っす。ご無沙汰してます」
「ああ? 多比良? 多比良って……え、多比良流くん!? 社長の息子の!? カラオケでこないだ会った!?」
「そういうのいいんで。そんときのこと、誰かに言ってないすか?」
「え、そのときのこと……?」
しばし悩んだ後に、優佑は暴露した。
「そりゃ言ったよ、専務に」
「専務、すか?」
「だって、年明けの挨拶に連れてってくれたのも専務だし」
「あー、そっしたね……」
深くため息をついた流は、頭をかきながら呟いた。
「すいません、瀬央さん。多分、父親にバレました……」
「僕と会ってるのは、彼からしたらまずいもんな。引き離しにかかったか」
「えっ、まずいってなんですか?」
慌てた直の声に、二人は目を見合わせた。
無言のすり合わせの後、流が答える。
「瀬央さんは、俺の兄さんなんだ。腹違いの」
「腹違いの……兄弟!?」
「まあ、僕の方は認知もされてないくらいだから。跡継ぎの嫡男には近づけたくないだろうね」
「はぁ!? お前が社長の息子!? じゃ、じゃあお前が昇進したのは親の七光……?」
声の裏返る優佑に、瀬央は苦笑で返した。
「血のつながりだけで言えばそうだけど。誰もそのこと知らないし、嫌われてる僕に七光なんてある訳ないでしょう」
「そんなの俺が信じると思ってるのか!」
「別に信じなくてもいいよ。ただ……」
ぽん、と瀬央は優佑の肩を叩いた。
「知ったからには僕ら、運命共同体だ。このコールセンターが失敗したら、君の今後の昇進にもかかわるだろうし……いや、もしかしたら降格かも」
コールセンターに優佑の悲鳴が響いたが、同情する者は特にいなかった。
「違うって言ってるだろう、しつこいぞ!」
苦しげに呻く優佑の首元から、瀬央はようやく手を放した。途端、優佑は解放されて咳き込みながら後ずさる。
流が心配そうな眼差しで瀬央に近づいた。
「瀬央さん……!」
この場合、心配されるべきは優佑の方かもしれないが、普段の行いの差だろう。
壁に寄り掛かる優佑をおいて、直も一直線に瀬央のもとへ向かった。
部下の姿を見て、ようやく我を取り戻したらしい。瀬央は心配する二人を宥めた。
「……大丈夫だ。すまなかったね、心配かけた」
「や、それはいいんすけど。瀬央さん、ほんとに大丈夫すか? あいつ殴るなら手伝いますよ」
「ひぃ!?」
「うん。……いや、冷静に考えたら、佐志波がそんなことするメリットなんにもないんだ。僕の勘違いだよ、すまない」
言われて、直も流もしぶしぶ頷いた。
確かに、今回の異動は、優佑にとってなんのメリットもない。
瀬央の望まぬ異動ではあるが、優佑だって望んではいないはずだ。
まさか、瀬央が営業一部の部長に、そして優佑が瀬央の務めていたポスト――お客様サポートコールセンターのセンター長になるなんて。
「悪かったな、佐志波。変な疑いをかけて」
「どう考えたってやりたくないわ、こんな部署! なんで俺がコールセンターなんて……」
頭を抱える優佑の肩を、瀬央が軽く叩いた。
「そう言うなよ。君だって営業一部に自分で立ち上げようとしてただろ。役員方の言い分では、その意図を汲んで僕の代わりに君に挑戦のチャンスをあげようって話らしいぞ」
「俺が電話を取らない前提の話なんだよ、それは!」
「だが、やるしかない。まあ安心しなよ。例の大顧客は別にして、他の営業一部の顧客をコールセンターに取り込むのは、君が今の業務に落ち着いてからにしようってことになったし」
「つまり、俺は営業二部とばっかり連携せにゃならんってことだろうが! どうすんだよ、これぇ……」
軽く泣きが入っているが、いい気味だと思う余裕は直にもなかった。
横を見ると、流もまた同じように困惑の表情で優佑を眺めていた。
そんな流に、瀬央が水を向ける。
「さて、板来くんはこれからバイトどうする? 僕がこんなことになったからには、辞めてしまうのも仕方ないと思うけど」
「げっ!?」
「えっ……」
カエルの潰れたような悲鳴をあげたのは優佑だった。
確かに、この状況で流までいなくなれば、残る直と優佑が大打撃を受けるのは間違いない。
だが、沈みゆく船に流を付き合わせる訳にはいかないと、大人としてそう思う気持ちもある。
それに、瀬央の申し出の公平さを好ましく思う感情も。
流はちらりと優佑を見て、それから直に視線を向けた。
「俺は……」
「あの、無理しなくていいよ。えっと……」
バイトの『板来』が、社長の息子、流であることは優佑には内緒だ。
それに、それがなくてもたぶん、優佑と流は合わない。必ず衝突する。どっちも基本的に言いたい放題だからだ。
そのことをどうオブラートに包んで伝えようかと思ったが、直が口にする前に、流が片手を上げて遮った。
「瀬央さん、心配しないでください。俺、逆風の状況でモノゴト放り出すの嫌いなんだ」
「おお、偉いぞ……!」
「板来くん」
明らかにほっとした顔をする優佑と、対照的に眉を寄せる瀬央。
二人の視線の先で、流は更に言葉をつづけた。
「まあそれに……もしかして瀬央さんの異動は、俺のせいかもしんないんで」
「ん?」
「はぁっ!?」
「えっ」
瀬央と優佑、そして直。
三人の声が揃ったところで、流が優佑に向き直る。
「あんた、俺のこと誰かに言ったすか?」
「は? え、なんだって?」
フルメイクの流に至近距離で迫られても、優佑にはまだわからないらしい。
が、流の方があっさり明らかにした。
「俺、多比良っす。ご無沙汰してます」
「ああ? 多比良? 多比良って……え、多比良流くん!? 社長の息子の!? カラオケでこないだ会った!?」
「そういうのいいんで。そんときのこと、誰かに言ってないすか?」
「え、そのときのこと……?」
しばし悩んだ後に、優佑は暴露した。
「そりゃ言ったよ、専務に」
「専務、すか?」
「だって、年明けの挨拶に連れてってくれたのも専務だし」
「あー、そっしたね……」
深くため息をついた流は、頭をかきながら呟いた。
「すいません、瀬央さん。多分、父親にバレました……」
「僕と会ってるのは、彼からしたらまずいもんな。引き離しにかかったか」
「えっ、まずいってなんですか?」
慌てた直の声に、二人は目を見合わせた。
無言のすり合わせの後、流が答える。
「瀬央さんは、俺の兄さんなんだ。腹違いの」
「腹違いの……兄弟!?」
「まあ、僕の方は認知もされてないくらいだから。跡継ぎの嫡男には近づけたくないだろうね」
「はぁ!? お前が社長の息子!? じゃ、じゃあお前が昇進したのは親の七光……?」
声の裏返る優佑に、瀬央は苦笑で返した。
「血のつながりだけで言えばそうだけど。誰もそのこと知らないし、嫌われてる僕に七光なんてある訳ないでしょう」
「そんなの俺が信じると思ってるのか!」
「別に信じなくてもいいよ。ただ……」
ぽん、と瀬央は優佑の肩を叩いた。
「知ったからには僕ら、運命共同体だ。このコールセンターが失敗したら、君の今後の昇進にもかかわるだろうし……いや、もしかしたら降格かも」
コールセンターに優佑の悲鳴が響いたが、同情する者は特にいなかった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる