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第三章 成功・拡大・思わぬ罠

5.自衛しろ、自衛

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「うちはパソコン組み立てて売ってるんでね、当然サポート部門は必須だ。かなり初期からコールセンター制度を導入してたよ」

 建物を案内しながら、山本は後ろの二人に向かって話しかけた。

 社内は広く、白を基調とした内装はすがすがしい。似たような景観が続くため道をおぼえにくいのは難点だが、板来いたらいにとっては慣れた場所なのだろう。山本の隣を迷うことなく歩いている。

「今は逆に、問い合わせの一次窓口はメールとチャットに絞ってある。その二つで片が付かない場合にだけ、こちらから電話をする形式にしてあるから、ながれが辞めたのは時期的にも良かったよな」
「そっすね。俺が辞めた後、だいぶ人員減らしたとかで」
「うん、そうなんだよな。流が続けるつもりなら、上を口説こうと思ってたのに」
「まあ、どっちにしろあと一年っした。俺ももう四年なんで」
「来年は卒業か、早いもんだなぁ」

 わしわしと、山本の手が板来いたらいの頭を撫でた。
 板来はまんざらでもなさそうな顔だ。案外、年上に可愛がられる質なのかもしれない。

 山本が再び後ろの二人に振り向いた。

「さ、ここです。縮小はしましたが、メールもチャットも使えない場面は今もある。完全に潰すつもりはありません。今でも、このコールセンターは国内から多くの電話を受けていますよ」

 山本が示す手の先に、ガラスの壁に囲まれた部屋があった。
 室内の様子が、外側からよく見える。
 数十人のオペレーターがそれぞれに画面に向かい、ヘッドホンをつけキーボードを叩いている。

「実をいえば、弊社アイギスのお客様方は、コールセンターの見学をよくご希望されます。なので、オペレーターたちはこうやってガラス越しに見られることに慣れてますね」
「それは、やっぱり多比良へいしゃのように、参考にさせてほしいという意味で……?」
「いえいえ、締結したサポート契約が問題なく遂行されるかどうか、確認するためにね。契約前の最後の一押し、ということです。機械だから、一定の故障率が出ることは当然織り込み済み。故障した後にすぐ修理できるかどうかが大事なことだからね」
「なるほど、おっしゃる通りです。そういうお客様が見学しやすいよう、こういう部屋にしつらえてあるんですか?」

 山本と瀬央が話している間に、直は手元のメモに片っ端から情報を書き込んでいく。
 会話の録音は許可できない――という話は、板来から既に聞いている。ならば、どれが有用かを判断する前に、できるだけ多くの情報を残しておくべきだろう。
 必死にメモをとる直を横目に、山本は廊下に置かれたロッカーを開けた。

「ええ、そうですよ。さすがに事務室内にユーザーは入れませんが。たとえ見学としても、実際の応対には個人情報も他顧客の情報も含まれますから、詳細を見せることはできません。そこをきちんとしないと、むしろ信用されなくなってしまう。……が、まあ皆さんはあれだ……流もいることだし、まさか口外はしないでしょうし。そもそも今回は契約の決め手としての見学じゃないですしね……ないんだよな、流?」
「そっす」
「よし」

 まさか中まで見せて貰えるとは思っていなかったので、直はびっくりした。
 どうやら板来は、直が想像しているより遙かに可愛がられているらしい。
 確かに多比良たいらもアイギスの顧客と言えるかも知れないが、突然見学をねじ込んだのも、その上での開けっぴろげな様子も、普通は特別なコネでもなければ難しいはずだ。

 板来は、瀬央と直からスマホを預かると、手早くロッカーの中に入れて鍵をかけた。

「いちお、中は撮影・録音禁止なんで」
「実際の応対を見て貰った後、せっかく流がここにいる訳ですし、デモンストレーションでもやりましょうか」
「デモ、ですか?」
「新人が電話に出る前の練習なんかでよくやるんですがね、電話応対のロールプレイングです。流、お前がオペレーター役やれよ。私が顧客役をやる」
「了解っす」
「ひと月も間が空いてるのに、躊躇しないの、お前のいいとこだよなぁ。変わってねぇ」
「だってそんなに変わってないんでしょ? 変わってたら、ヤマモっさんが俺にやれなんて言う訳ないじゃないすか。ヤマモっさん、いい人だもん」
「ああ、そうだよ。最後を褒めで終わらせて人を乗せるとこも変わってねぇな!」

 けらけら笑う山本を、板来はいつもの仏頂面で見ていた。
 もちろん直は、いつもより少し嬉しそうだ、なんて思っていたけれど。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「……今日は本当にありがとうございました」
「いやあ、久々に流に会えて楽しかったですよ。立ち上げたばっかのコールセンターも面白そうだったし。おい、流。お前、今度は飲みに行こうな」
「了解っす」

 ぺこんと頭を下げた流の肩を、山本は軽く叩いた。
 山本と門の前で別れてから、バス停まで歩く間、瀬央は二人に声をかけた。

「早めに今日の話をまとめようと思うんだが、二人は時間大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「構わないっすけど、外はちょっと」

 即答の直に対し、板来がなにかを渋っている。
 瀬央はすぐに頷いた。

「ああ、そうだな。じゃあ……うーん、ある程度個室で、会話に気遣わなくてよくて、でも煙咲たばさきさん連れて入っても緊張させないようなところってどこかな。さすがに僕の自宅はマズいだろうし、流の家もなぁ……」
「え、あの……私のことなら、ぜんぜん大丈夫ですよ」
「いや、僕んち一人暮らしなんだ。そこに女の子を一人だけ招待する訳にはいかないよ」
「私は気にしないですけど。私、そんな風に気遣う必要のある相手じゃないですよ」

 少し勇気を出して答えたが、瀬央は首を縦に振らなかった。
 バスに乗り込み、空いた座席につきつつ何度か説得を試してみたが、瀬央の答えは一通りしかない。

「ダメ。そんなこと言わないの。自分を大切にしなさい」
「でも……」

 直の隣に座っている板来が、肩を竦めてみせた。

「諦めろ、瀬央さんはこういう人だ。えっと、カラオケボックスとかどうすかね?」
「ああ、それくらいの場所なら許容範囲かな。そうしようか」
「な、こういう人なんだよ」

 瀬央の許可を得て、板来が、バスの中から行きつけのカラオケにネット予約を入れた。
 スマホから顔を上げた板来は、直が微妙な顔をしているのを見て、微かに眉を上げる。

「なにが不満なんだ、お嬢さん」
「不満……じゃないけど」

 前の席に座っていた瀬央が、振り返って背もたれ越しに直を見る。

「ちょっと思い出してご覧。佐志波さしばに迫られて君は怯えてた。僕の目が節穴じゃなければ、だけど」
「そうですけど……優佑ゆうすけと瀬央さんは違います」
「違わない」
「違います」
「違わない。少なくとも君はその違いをわかってない」
「わかってますよ!」
「うるせぇ、バスの中だぞ。声下げろ」

 横から板来に肘で突かれた。
 思わず怒鳴り返そうとした声をぐっと飲みこんで、直は再び瀬央に向き直る。

「あなたと優佑は違います。板来くんも」
「……そうでありたいと思ってる」
「なら大丈夫ですよね?」
「お前、そういうのをこっちにゆだねんなよな。自衛しろ、自衛。それができねぇなら黙って言うこと聞いてろ」

 横から板来にぴしゃりと言われ、そのタイミングで、ちょうどバスが止まった。
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