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第三章 成功・拡大・思わぬ罠
3.社外での約束
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「……と、いうことで、昨日の役員会の結果、無事に営業一部の顧客も含め、当社顧客については全面的にコールセンターへ入電することが決定しました」
始業ベル前の事務室、窓側に立った瀬尾が議事録を片手に発表した。
「おー、マジか。すげっす」
「やりましたね、瀬央さん! これで本格的にコールセンター始動ですね」
板来と直の拍手を受け、瀬央は芝居がかった姿勢で一礼した。
「ここまでこれたのも二人のおかげだ。本当にありがとう」
「そんな……瀬央さんの力ですよ」
「そそ。俺もなんもしてないっす。それよか、あのセクハラ野郎はこれで納得したんすかね? 俺ら引き抜いても瀬央さんの手は借りたくないっつー感じだったじゃないすか」
板来が眉をひそめたのを見て、瀬央は少し声を落とした。
「あー……ここだけの話だけど」
「はい」
「どぞ」
「専務にだいぶ絞られたらしい」
「ああ……」
「ふーん、そっちの頭はまともなんだ」
「板来くん、言いすぎだってば」
直はたしなめたが、瀬央は頭をかき独り言めいた口調で続ける。
「もともと僕らを無視できない程度には追い込んでおいたからなぁ。佐志波にはちょっと他の選択肢はなかっただろうね。いや、君たちを抜かれちゃったらさすがに無理だったかもだけど。どうせなら本格的にそっちで動けば、僕にとってはひどい嫌がらせになっただろうにね」
「そ、そうですか……?」
「そうだよ。まあ、専務はもともとコールセンターの立ち上げ自体に反対してたから、今更手のひらを返して自分の手元でやる気にもなれなかったんだろう。その辺の読みも佐志波のミスだね」
「あいつ、なんで部長やってるんすか?」
「プレイヤーとして優秀でも、管理職としての技能はないっていうのは……残念ながらままあることなんだよな。ま、僕にそれがあるかどうかもわからないし、分析ならまだしもただの悪口を言い合っても仕方ないから、この話はここまでだ」
ぱん、と瀬尾が手を打つ。
その直後に、始業のベルが鳴り始めた。
「――では、今日も一日頑張ろう」
返事をしようと直が口を開いた瞬間、電話が鳴り響く。
受話器に手を伸ばしながら、気合を入れなおした。
どうやら今日も忙しくなりそうだ。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「この部署が本格的に動くなら、設備として欲しいもんがいくつかあんなぁ……」
昼休み、コンビニ弁当を横に、板来はメモに向かっていた。
直は持参した弁当箱をつつきながら、ディスプレイの脇から顔をのぞかせる。
「なにやってんの?」
「いや、欲しいもんのピックアップ」
「これ以上? なんで」
「電話増えるじゃん。そしたら人も増やさなきゃだろ。人が増えるなら、もっと形整えないと連携が難しくなってくぞ」
「連携? 営業二部とはちゃんと連携できてるけど」
「いや、コールセンター内だ。俺とお前だよ」
今のところ、直は部門内での連携を意識したことがない。
クレームになった場合に瀬央に電話を回す程度で、後はその場にいれば、誰がどの顧客の件を対応しているかは電話の声でなんとなくわかってしまう。
誰にどの件の電話を回そうとか、この件はどこまで進んでいるかなど、意識して確認する必要がない。
「今は三人だから、自分が電話しててもなんとなく他の電話も聞こえてるだろ? それに、俺が対応してない顧客ならあんたか瀬尾さんかどっちかがやってるに決まってるじゃん。だからすぐわかんの。だけどさぁ、これが四人……いや、五人に増えたらもうわかんなくなるぞ」
「あっ、うーん……」
「そうなる前に、ちゃんと設備しっかりした方がいーだろ。まず案件管理と入電管理のシステム、それから両手フリーにできるようにヘッドセット」
「ヘッドセット?」
「ヘッドフォンとマイクが一緒になってるヤツな。それから……」
「――うーん、ヘッドセット以外は結構な金額になりそうだから、予算立てる必要があるねぇ。一度、他社のコールセンターを見学に行ったりできればいいんだけど」
ちょうど外食から戻ってきた瀬央が、板来のメモを後ろから覗き込んだ。
片手に缶コーヒーを三つ抱えている。
一つ貰ってプルタブを開けながら、板来はふと考えるそぶりを見せた。
「……見学っすか」
「あれ、板来君、なんか心当たりある? もし声かけれるところがあったらありがたいけど」
「訊いてみないとなんともですけど、以前のバイト先に頼めばイケるんじゃねっかなって」
「え、ほんと!? 私も見てみたいな……!」
実際のところ、直はコールセンターなど自分がかけたことしかない。
それも片手の指で数えられる程度。
もし中の人がどんな風に仕事をしているのか、普通はどうなっているのか見られれば、今の仕事にも活かせることは多そうだ。
身を乗り出した直に、板来は、瀬央の腕から取り出した缶コーヒーを一本押し付けた。
「……ま、声かけてみるから。期待せずに待ってろ」
言ってから、片手でスマホを打ち始めた。
そして、その日の夕方にはもうメールの返信がきたそうだ。
見学先の許可を得て、多比良オフィスレンタルサービス株式会社お客様サポートコールセンター一同の見学会は遂行される運びとなった。
翌週にシフト休暇を予定しての、二度目の土曜出勤である。
始業ベル前の事務室、窓側に立った瀬尾が議事録を片手に発表した。
「おー、マジか。すげっす」
「やりましたね、瀬央さん! これで本格的にコールセンター始動ですね」
板来と直の拍手を受け、瀬央は芝居がかった姿勢で一礼した。
「ここまでこれたのも二人のおかげだ。本当にありがとう」
「そんな……瀬央さんの力ですよ」
「そそ。俺もなんもしてないっす。それよか、あのセクハラ野郎はこれで納得したんすかね? 俺ら引き抜いても瀬央さんの手は借りたくないっつー感じだったじゃないすか」
板来が眉をひそめたのを見て、瀬央は少し声を落とした。
「あー……ここだけの話だけど」
「はい」
「どぞ」
「専務にだいぶ絞られたらしい」
「ああ……」
「ふーん、そっちの頭はまともなんだ」
「板来くん、言いすぎだってば」
直はたしなめたが、瀬央は頭をかき独り言めいた口調で続ける。
「もともと僕らを無視できない程度には追い込んでおいたからなぁ。佐志波にはちょっと他の選択肢はなかっただろうね。いや、君たちを抜かれちゃったらさすがに無理だったかもだけど。どうせなら本格的にそっちで動けば、僕にとってはひどい嫌がらせになっただろうにね」
「そ、そうですか……?」
「そうだよ。まあ、専務はもともとコールセンターの立ち上げ自体に反対してたから、今更手のひらを返して自分の手元でやる気にもなれなかったんだろう。その辺の読みも佐志波のミスだね」
「あいつ、なんで部長やってるんすか?」
「プレイヤーとして優秀でも、管理職としての技能はないっていうのは……残念ながらままあることなんだよな。ま、僕にそれがあるかどうかもわからないし、分析ならまだしもただの悪口を言い合っても仕方ないから、この話はここまでだ」
ぱん、と瀬尾が手を打つ。
その直後に、始業のベルが鳴り始めた。
「――では、今日も一日頑張ろう」
返事をしようと直が口を開いた瞬間、電話が鳴り響く。
受話器に手を伸ばしながら、気合を入れなおした。
どうやら今日も忙しくなりそうだ。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「この部署が本格的に動くなら、設備として欲しいもんがいくつかあんなぁ……」
昼休み、コンビニ弁当を横に、板来はメモに向かっていた。
直は持参した弁当箱をつつきながら、ディスプレイの脇から顔をのぞかせる。
「なにやってんの?」
「いや、欲しいもんのピックアップ」
「これ以上? なんで」
「電話増えるじゃん。そしたら人も増やさなきゃだろ。人が増えるなら、もっと形整えないと連携が難しくなってくぞ」
「連携? 営業二部とはちゃんと連携できてるけど」
「いや、コールセンター内だ。俺とお前だよ」
今のところ、直は部門内での連携を意識したことがない。
クレームになった場合に瀬央に電話を回す程度で、後はその場にいれば、誰がどの顧客の件を対応しているかは電話の声でなんとなくわかってしまう。
誰にどの件の電話を回そうとか、この件はどこまで進んでいるかなど、意識して確認する必要がない。
「今は三人だから、自分が電話しててもなんとなく他の電話も聞こえてるだろ? それに、俺が対応してない顧客ならあんたか瀬尾さんかどっちかがやってるに決まってるじゃん。だからすぐわかんの。だけどさぁ、これが四人……いや、五人に増えたらもうわかんなくなるぞ」
「あっ、うーん……」
「そうなる前に、ちゃんと設備しっかりした方がいーだろ。まず案件管理と入電管理のシステム、それから両手フリーにできるようにヘッドセット」
「ヘッドセット?」
「ヘッドフォンとマイクが一緒になってるヤツな。それから……」
「――うーん、ヘッドセット以外は結構な金額になりそうだから、予算立てる必要があるねぇ。一度、他社のコールセンターを見学に行ったりできればいいんだけど」
ちょうど外食から戻ってきた瀬央が、板来のメモを後ろから覗き込んだ。
片手に缶コーヒーを三つ抱えている。
一つ貰ってプルタブを開けながら、板来はふと考えるそぶりを見せた。
「……見学っすか」
「あれ、板来君、なんか心当たりある? もし声かけれるところがあったらありがたいけど」
「訊いてみないとなんともですけど、以前のバイト先に頼めばイケるんじゃねっかなって」
「え、ほんと!? 私も見てみたいな……!」
実際のところ、直はコールセンターなど自分がかけたことしかない。
それも片手の指で数えられる程度。
もし中の人がどんな風に仕事をしているのか、普通はどうなっているのか見られれば、今の仕事にも活かせることは多そうだ。
身を乗り出した直に、板来は、瀬央の腕から取り出した缶コーヒーを一本押し付けた。
「……ま、声かけてみるから。期待せずに待ってろ」
言ってから、片手でスマホを打ち始めた。
そして、その日の夕方にはもうメールの返信がきたそうだ。
見学先の許可を得て、多比良オフィスレンタルサービス株式会社お客様サポートコールセンター一同の見学会は遂行される運びとなった。
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