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第二章 出会い・前進・家族の問題
6.怒りの裏に
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自分の声を聞くのは恥ずかしい。
録音に明らかな自分のミスが入っていれば余計に、だ。
直が机に伏せて悶えていると、自販機から瀬央が戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ぅう……ありがとうございます」
スマホからつながったイヤホンを耳から外し、瀬央の渡してくれたコーヒーを受け取った。
「板来くんの言ってたことはどうだった?」
「本当でした……どうして、こんな。私、普段からあんな風に遮って自分の話を押し込んでますか?」
「いや、僕と話している間にそんなことしている様子はないけど」
「電話だけなんでしょうか……だったらまだマシです」
「僕らの普段の会話も録音してみる?」
「そ、それはちょっと……」
「冗談だよ」
くっくっと笑う瀬央に、直はむっと顔をしかめてみせた。
「……案外いじわるですね」
「ごめんごめん、煙咲さんがそんなにへこんでるの珍しいから、ついね」
「もう」
「拗ねてるのも新鮮だなぁ。もっとそういうの表に出していいよ」
「えっ、いえ……」
そう言われたところで、直が「はいわかりました」と拗ねて見せる訳にもいかない。
少なくとも、直にはその手の冗談をイヤミなくこなす技はない。
どうするべきかとおどおどしていると、瀬央はさりげなく視線を外して、ぽつりと呟いた。
「今の態度のように、君は普段は控えめだ。少し抑えすぎているくらいに。なのに、電話だけはそうではなくなるのはどうしてだろう」
「……やっぱり、ちょっと押しつけがましいですよね。お客様がまだなにか言おうとしているのを遮って『いえ、ですから!』なんて言い出していました」
「僕は録音も相手の声も聞いていないから、詳しくはわからないけどね。君のそういう感覚には信頼をおいてるよ」
瀬央が黙ってコーヒーをすする。
その間に、直は自分の録音を思い出しながら、ぐるぐると頭を動かした。
「あの、お客様が私の説明を聞いてくれないのが腹が立って……それで、押しつけがましくなっているのかも」
「なるほどね」
瀬央のあいづちは落ち着いていた。
否定されているとは思わなかったが、まだなにか問われているように感じる。
だが、沈黙だけが続いて、瀬央はなにも言わない。表情も変わらない。
さっき聞いたばかりの録音が頭の中を流れる。
『それでね、何度も電源をバチバチ入れたり切ったりしてるけど、そのたびに……』
『わかりました。電源を入れる際の不具合ということですから、代替品をご用意しますね』
『そうなの? あの、でもね。私が見ているときだけ……』
『障害が間欠的に起こるとしても、障害は障害ですから。代替品は明日発送しますので、受け取りのご担当者様は今お電話いただいている方でいいですか?』
『かんけつ……? ええ、あの私が見ているときには……』
『わかりました。とにかく、ご担当者様のお名前を教えてください』
何度も言葉を遮られた顧客は、大きなため息をついてから名前を名乗った。
ひどい応対だ。話好きな気のいいおばさまだったのに。
少し慌てていた自覚はあったが、ここまでひどいとは思っていなかった。
瀬央はまだ黙っている。
なにか言わねばならない気分になる。
電話しているときも、こんな気分のような気がする。
なにかを言わなければならないと、直は慌てて口を動かす。
「少し思ったんですけど」
「うん?」
「言わなくちゃいけないことをすべて言い切りたくて……それで、どんどん詰め込んじゃってるんじゃないかと」
「なるほど」
「やっぱりお客様には、ちゃんと安心していただきたくて。でも、次の電話がすぐに鳴るのもわかっているから、一本の電話に時間もかけられないし」
「ああ、そうだね。焦るよね。僕もそうだ」
なんだかごまかすように喋ってしまっていたけれど、瀬央が頷いて初めて、直は自分の言ったことが正しかった気がしてきた。
よく録音を思い出せば、顧客の言葉を遮るばかりでなく、いつもよりかなり早口になっていたし、相手の言葉を無視して一方的に伝えている箇所が多かった。
電話の時も苛立っているのは確かだが、相手が話を聞かないことそのものよりも、とにかくこちらの伝えたいことが伝えきれないことに焦っていた気がする。
「……つまり、もっと簡潔に説明したり、説明したいことをまとめたりすると、余裕ができる……でしょうか」
「うん、その可能性はあるかもしれないな」
「試してみます」
瀬央はにこりと笑って頷いた。
ようやく前向きになった直の心に、その微笑は窓から吹き込む春風より爽やかに見えた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午後の仕事が徐々に落ち着いてきた頃、板来がやってきて手早く自分のパソコンを立ち上げた。
ちょうど電話中だった直は、軽く目で合図して会話を続ける。
板来が、へえ、と呟くのが聞こえた。
電話が終わってから、じっとこちらを見ている板来に問いかける。
「なに?」
「や、先週よりマシになってるなって思って」
「マシ?」
「驚くべきことに……かなりマシだ」
いい言い方ではないが、本気で驚いた顔をしている。
それが板来の最上級の誉め言葉なのだろうと気付いて、直は思わず笑ってしまった。
録音に明らかな自分のミスが入っていれば余計に、だ。
直が机に伏せて悶えていると、自販機から瀬央が戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ぅう……ありがとうございます」
スマホからつながったイヤホンを耳から外し、瀬央の渡してくれたコーヒーを受け取った。
「板来くんの言ってたことはどうだった?」
「本当でした……どうして、こんな。私、普段からあんな風に遮って自分の話を押し込んでますか?」
「いや、僕と話している間にそんなことしている様子はないけど」
「電話だけなんでしょうか……だったらまだマシです」
「僕らの普段の会話も録音してみる?」
「そ、それはちょっと……」
「冗談だよ」
くっくっと笑う瀬央に、直はむっと顔をしかめてみせた。
「……案外いじわるですね」
「ごめんごめん、煙咲さんがそんなにへこんでるの珍しいから、ついね」
「もう」
「拗ねてるのも新鮮だなぁ。もっとそういうの表に出していいよ」
「えっ、いえ……」
そう言われたところで、直が「はいわかりました」と拗ねて見せる訳にもいかない。
少なくとも、直にはその手の冗談をイヤミなくこなす技はない。
どうするべきかとおどおどしていると、瀬央はさりげなく視線を外して、ぽつりと呟いた。
「今の態度のように、君は普段は控えめだ。少し抑えすぎているくらいに。なのに、電話だけはそうではなくなるのはどうしてだろう」
「……やっぱり、ちょっと押しつけがましいですよね。お客様がまだなにか言おうとしているのを遮って『いえ、ですから!』なんて言い出していました」
「僕は録音も相手の声も聞いていないから、詳しくはわからないけどね。君のそういう感覚には信頼をおいてるよ」
瀬央が黙ってコーヒーをすする。
その間に、直は自分の録音を思い出しながら、ぐるぐると頭を動かした。
「あの、お客様が私の説明を聞いてくれないのが腹が立って……それで、押しつけがましくなっているのかも」
「なるほどね」
瀬央のあいづちは落ち着いていた。
否定されているとは思わなかったが、まだなにか問われているように感じる。
だが、沈黙だけが続いて、瀬央はなにも言わない。表情も変わらない。
さっき聞いたばかりの録音が頭の中を流れる。
『それでね、何度も電源をバチバチ入れたり切ったりしてるけど、そのたびに……』
『わかりました。電源を入れる際の不具合ということですから、代替品をご用意しますね』
『そうなの? あの、でもね。私が見ているときだけ……』
『障害が間欠的に起こるとしても、障害は障害ですから。代替品は明日発送しますので、受け取りのご担当者様は今お電話いただいている方でいいですか?』
『かんけつ……? ええ、あの私が見ているときには……』
『わかりました。とにかく、ご担当者様のお名前を教えてください』
何度も言葉を遮られた顧客は、大きなため息をついてから名前を名乗った。
ひどい応対だ。話好きな気のいいおばさまだったのに。
少し慌てていた自覚はあったが、ここまでひどいとは思っていなかった。
瀬央はまだ黙っている。
なにか言わねばならない気分になる。
電話しているときも、こんな気分のような気がする。
なにかを言わなければならないと、直は慌てて口を動かす。
「少し思ったんですけど」
「うん?」
「言わなくちゃいけないことをすべて言い切りたくて……それで、どんどん詰め込んじゃってるんじゃないかと」
「なるほど」
「やっぱりお客様には、ちゃんと安心していただきたくて。でも、次の電話がすぐに鳴るのもわかっているから、一本の電話に時間もかけられないし」
「ああ、そうだね。焦るよね。僕もそうだ」
なんだかごまかすように喋ってしまっていたけれど、瀬央が頷いて初めて、直は自分の言ったことが正しかった気がしてきた。
よく録音を思い出せば、顧客の言葉を遮るばかりでなく、いつもよりかなり早口になっていたし、相手の言葉を無視して一方的に伝えている箇所が多かった。
電話の時も苛立っているのは確かだが、相手が話を聞かないことそのものよりも、とにかくこちらの伝えたいことが伝えきれないことに焦っていた気がする。
「……つまり、もっと簡潔に説明したり、説明したいことをまとめたりすると、余裕ができる……でしょうか」
「うん、その可能性はあるかもしれないな」
「試してみます」
瀬央はにこりと笑って頷いた。
ようやく前向きになった直の心に、その微笑は窓から吹き込む春風より爽やかに見えた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午後の仕事が徐々に落ち着いてきた頃、板来がやってきて手早く自分のパソコンを立ち上げた。
ちょうど電話中だった直は、軽く目で合図して会話を続ける。
板来が、へえ、と呟くのが聞こえた。
電話が終わってから、じっとこちらを見ている板来に問いかける。
「なに?」
「や、先週よりマシになってるなって思って」
「マシ?」
「驚くべきことに……かなりマシだ」
いい言い方ではないが、本気で驚いた顔をしている。
それが板来の最上級の誉め言葉なのだろうと気付いて、直は思わず笑ってしまった。
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