7 / 39
第一章 失恋・左遷・コールセンター
7.目指せ、プロフェッショナル
しおりを挟む
「営業一部が――優……佐志波部長が勝手なことしてるってことですか?」
直の言葉に、瀬央は無言で苦笑を浮かべた。
これまでの優佑の、瀬尾に対する腹立たしい態度。
そのうえで、瀬央ばかりでなく会社にまで迷惑をかけようとしている。
そう思えば、我慢ならなくなった。
「……私、ちょっと行ってきます」
「え、行ってくるって……」
「ちょっとその……あの、あっ、もう定時なので帰ります! お疲れ様でした!」
「えっ、煙咲さん!?」
瀬央の伸ばした手をすり抜けて、直は駆け足でプレハブを出た。
まっすぐに向かった先は――慣れ親しんだ営業一部の事務所である。
扉を力いっぱい開く。直の足音と勢いに、扉に近い席の同僚たちが振り返った。
入ってきたのが直だとわかると、すぐに興味を失ったが。
営業一部にはまだ大勢の社員が残っていた。
薄暗くなり始めた窓際、オフィスの奥にどっしりとした管理職向けのデスクが置いてある。
その向こう、ひじ掛け付きの椅子にどかりと座っているのが、営業一部の部長――佐志波 優佑だった。
「……直? どうしてこっちに」
近づいてきた直を見て、眉を上げる。
そのいかにも迷惑そうな顔を見て――水を浴びせられたように興奮が冷めた。
「あ、あの……ゆ、さ、佐志波部長……」
いったい自分はなにを言いに来たのか、頭が真っ白になる。
直がもごもごと口ごもるのを見て、優佑はため息をつき、興味を失ったように手元の資料に視線を戻した。
「どうした、なにか失敗でもしたか?」
「佐志波部長、あの……ご確認したいことが」
こうして事務所で優佑を前にしたときは、いつも本音を押し殺すようにしてきた。
誰にも内緒にしたいと言われていたから、このシチュエーションに出会うと、反射で敬語が出てしまう。
絶対に目が合わないように、横顔をこっそり覗き込んでいたあの頃のことを思い出して。
怒鳴りつけてやりたいと思ってたのに、震えて声が出ない。
言いたいと思っていたことが、山ほどあったはずなのに。
優佑は目を上げもせず、資料をじっと眺めている。
その口元が小声で囁いた。
「……用がないなら戻れ。お前の居場所はもうここじゃないだろう」
「あの……あな、たが、やったの?」
「なんだ?」
問い返す優佑の声は、なにを言っているのか本気でわからない様子だった。
だから、直はなんとか――絞り出すように声を出した。
「営業一部のお客様に、コールセンターの連絡先を教えたのは……あなたですか?」
「……は?」
見上げた表情は、完全に予想外だと告げていた。
その間抜けた顔に、さっき失せた怒りが再燃した。
いつかと同じように、嘘をついている。しらを切りとおそうとしている――そう感じたから。
「……どうして、あんなことしたんです? お客様にもご迷惑をおかけして、会社にとっても不名誉な評判が広がることになるんですよ!」
「なっ、なんのことを言ってるんだ、君は! 試行運用は二部限定だろう。この俺が、大事なうちのユーザーを瀬央なんかに任せるもんか!」
「なんのこともなにも、今日かかってきたんです! 二部から貰った顧客一覧にない、営業一部のお客様からいっぱい電話が……」
「なにを根拠に! それは本当に一部の顧客なのか?」
「根拠は――」
言いかけて、はっと気づいた。
根拠なんて、瀬央の言葉しかない。
頭に血が上り過ぎて、今日電話がかかってきた顧客を確認することさえ忘れていた。
直が口を閉じたのを、好機と見たらしい。
優佑はがたんと席を立つと、直の腕を引いてミーティングスペースへ向かった。
入り口を閉め切ると、直の身体を乱暴に壁へ突き放す。
「おい、いきなりなんなんだ。あんな風に事務所で喚かれたら困るんだよ。振られたことをまだ根に持ってるのか?」
「そっそんなのはどうでもいいです! そうじゃなくて、電話が……」
「さっきも言っただろ! 俺の大事なユーザーをお前らなんかに預けるか。いい加減にしろ!」
言いたいだけ声を上げると、優佑は大きなため息をついた。
「ろくでもない迷惑かけるなよな」
「待ちなさい、どっちが迷惑かけてるんですか!」
「お前だよ。さっきの顔色見るに、どうせ証拠もろくにないんだろ。俺に振られた腹いせに、くだんねぇ因縁をつけようとしてるんじゃないか」
「そんなことしません! そ、そうだ……証拠というなら――」
「ああ?」
「――営業一部からも顧客リストを出してください!」
どん、とテーブルを叩くと、一瞬だけ優佑がひるんだように見えた。
……が、すぐにネクタイを引いて、表情を険しく戻す。
「ユーザーリストだ? ぜっっったいに嫌だね!」
「どうしてですか」
「言っただろう! 大事なユーザーの情報を、お前――いや、瀬央には渡したくないからだ」
「じゃあ、一部のお客様から連絡が入ってきたら、どうすればいいんですか?」
「どうすれば? お前、自分の仕事をなんだと思ってるんだ?」
くるりと踵を返した優佑は、背中を向けたまま、ふん、と鼻で笑った。
「お前の仕事は電話を取ることだろう。これだから、プロ意識がないっていうんだ」
「わっ私は……私だってプロ意識持って――ちょっと! 聞いてください!」
「知らん。余計なことを言ってる場合か。やるべきことをやれ」
直の答えをみなまで聞かず、優佑はまっすぐにミーティングスペースを出て行く。
どきどき跳ねる心臓を押さえたまま、直はその背中を見送り――そして、テーブルの脚を思い切り蹴とばした。
ガンっという強い振動を足に感じて、直は強く心に誓った。
まともに仕事するためにプロ意識が必要だというなら、私こそプロだと見せつけてやる。
優佑に――営業一部に。
直の言葉に、瀬央は無言で苦笑を浮かべた。
これまでの優佑の、瀬尾に対する腹立たしい態度。
そのうえで、瀬央ばかりでなく会社にまで迷惑をかけようとしている。
そう思えば、我慢ならなくなった。
「……私、ちょっと行ってきます」
「え、行ってくるって……」
「ちょっとその……あの、あっ、もう定時なので帰ります! お疲れ様でした!」
「えっ、煙咲さん!?」
瀬央の伸ばした手をすり抜けて、直は駆け足でプレハブを出た。
まっすぐに向かった先は――慣れ親しんだ営業一部の事務所である。
扉を力いっぱい開く。直の足音と勢いに、扉に近い席の同僚たちが振り返った。
入ってきたのが直だとわかると、すぐに興味を失ったが。
営業一部にはまだ大勢の社員が残っていた。
薄暗くなり始めた窓際、オフィスの奥にどっしりとした管理職向けのデスクが置いてある。
その向こう、ひじ掛け付きの椅子にどかりと座っているのが、営業一部の部長――佐志波 優佑だった。
「……直? どうしてこっちに」
近づいてきた直を見て、眉を上げる。
そのいかにも迷惑そうな顔を見て――水を浴びせられたように興奮が冷めた。
「あ、あの……ゆ、さ、佐志波部長……」
いったい自分はなにを言いに来たのか、頭が真っ白になる。
直がもごもごと口ごもるのを見て、優佑はため息をつき、興味を失ったように手元の資料に視線を戻した。
「どうした、なにか失敗でもしたか?」
「佐志波部長、あの……ご確認したいことが」
こうして事務所で優佑を前にしたときは、いつも本音を押し殺すようにしてきた。
誰にも内緒にしたいと言われていたから、このシチュエーションに出会うと、反射で敬語が出てしまう。
絶対に目が合わないように、横顔をこっそり覗き込んでいたあの頃のことを思い出して。
怒鳴りつけてやりたいと思ってたのに、震えて声が出ない。
言いたいと思っていたことが、山ほどあったはずなのに。
優佑は目を上げもせず、資料をじっと眺めている。
その口元が小声で囁いた。
「……用がないなら戻れ。お前の居場所はもうここじゃないだろう」
「あの……あな、たが、やったの?」
「なんだ?」
問い返す優佑の声は、なにを言っているのか本気でわからない様子だった。
だから、直はなんとか――絞り出すように声を出した。
「営業一部のお客様に、コールセンターの連絡先を教えたのは……あなたですか?」
「……は?」
見上げた表情は、完全に予想外だと告げていた。
その間抜けた顔に、さっき失せた怒りが再燃した。
いつかと同じように、嘘をついている。しらを切りとおそうとしている――そう感じたから。
「……どうして、あんなことしたんです? お客様にもご迷惑をおかけして、会社にとっても不名誉な評判が広がることになるんですよ!」
「なっ、なんのことを言ってるんだ、君は! 試行運用は二部限定だろう。この俺が、大事なうちのユーザーを瀬央なんかに任せるもんか!」
「なんのこともなにも、今日かかってきたんです! 二部から貰った顧客一覧にない、営業一部のお客様からいっぱい電話が……」
「なにを根拠に! それは本当に一部の顧客なのか?」
「根拠は――」
言いかけて、はっと気づいた。
根拠なんて、瀬央の言葉しかない。
頭に血が上り過ぎて、今日電話がかかってきた顧客を確認することさえ忘れていた。
直が口を閉じたのを、好機と見たらしい。
優佑はがたんと席を立つと、直の腕を引いてミーティングスペースへ向かった。
入り口を閉め切ると、直の身体を乱暴に壁へ突き放す。
「おい、いきなりなんなんだ。あんな風に事務所で喚かれたら困るんだよ。振られたことをまだ根に持ってるのか?」
「そっそんなのはどうでもいいです! そうじゃなくて、電話が……」
「さっきも言っただろ! 俺の大事なユーザーをお前らなんかに預けるか。いい加減にしろ!」
言いたいだけ声を上げると、優佑は大きなため息をついた。
「ろくでもない迷惑かけるなよな」
「待ちなさい、どっちが迷惑かけてるんですか!」
「お前だよ。さっきの顔色見るに、どうせ証拠もろくにないんだろ。俺に振られた腹いせに、くだんねぇ因縁をつけようとしてるんじゃないか」
「そんなことしません! そ、そうだ……証拠というなら――」
「ああ?」
「――営業一部からも顧客リストを出してください!」
どん、とテーブルを叩くと、一瞬だけ優佑がひるんだように見えた。
……が、すぐにネクタイを引いて、表情を険しく戻す。
「ユーザーリストだ? ぜっっったいに嫌だね!」
「どうしてですか」
「言っただろう! 大事なユーザーの情報を、お前――いや、瀬央には渡したくないからだ」
「じゃあ、一部のお客様から連絡が入ってきたら、どうすればいいんですか?」
「どうすれば? お前、自分の仕事をなんだと思ってるんだ?」
くるりと踵を返した優佑は、背中を向けたまま、ふん、と鼻で笑った。
「お前の仕事は電話を取ることだろう。これだから、プロ意識がないっていうんだ」
「わっ私は……私だってプロ意識持って――ちょっと! 聞いてください!」
「知らん。余計なことを言ってる場合か。やるべきことをやれ」
直の答えをみなまで聞かず、優佑はまっすぐにミーティングスペースを出て行く。
どきどき跳ねる心臓を押さえたまま、直はその背中を見送り――そして、テーブルの脚を思い切り蹴とばした。
ガンっという強い振動を足に感じて、直は強く心に誓った。
まともに仕事するためにプロ意識が必要だというなら、私こそプロだと見せつけてやる。
優佑に――営業一部に。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが
雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。
それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。
エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり……
◆エール、ブクマ等ありがとうございます!
◆小説家になろうにも投稿しております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる