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第一章 失恋・左遷・コールセンター
6.一難去ってまた一難
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直の言葉を受けて、瀬央は席を立った。
わざわざ直の横へきて、目を合わせる。
「提案……なにかな?」
「二つありまして、一つは電話対応の分担です」
「分担?」
「先ほどのように、お客様がクレームになってしまったとき、私では対応ができないことがあります。いえ、もちろん対応できるようになりたいですけど……」
言いながら、再び情けなさがこみ上げてきた。
「なりたいですけど……今の私じゃ無理です。だから、分担してほしいんです。最初の電話は私がぜんぶ受けますから、瀬央さんはクレームになったとき――えっと、コールセンター用語でエスカレーションというらしいんですけど」
「へえ、そうなんだ。よく勉強してるね」
「いえ、はい……あの、とにかくそういうときに上司として電話を代わっていただく係に」
「なるほど、それはいい考えだ」
答えてから、瀬央はしかし、困った顔で天井を見上げた。
「だが、それは先の話にしよう。もう一人くらい人員が増えてから」
「……今は無理、ですか」
「無理というほどではないね。ただ、正直僕も初めての仕事だから、慣れるまではちゃんと関わりたい。そうしないと、君の仕事が把握できない」
「……はい」
「いずれはそういう体制にするよ。必要だと僕も思うから。もう一つの提案は?」
却下されはしたが、前向きに考えてくれているのはわかった。
それに勇気づけられて、直はもう一つの提案をくちにした。
「もう一つは、営業からお客様情報をいただけないかと」
「うん?」
「お客様の会社名、連絡先、担当者、住所、レンタル中の機器……そういう情報を先にいただいておけば、こちらも事前に心の準備ができますし、お客様にも一からすべて聞かなくてすみますから」
「ああ、そうだね。今はかかってきた依頼すべて受ければいいけれど、いずれは本当にその機会は当社から貸したものなのかとか、確認しなきゃいけなくなるだろうしね」
瀬央に言われて、確かに、と直も頷いた。
悪意があって騙そうとするお客様はいなくとも、勘違いで当社からのレンタル品以外の故障について連絡してくる方はいるかもしれない。
「わかった。それは二部に連絡入れておこう。用意できた情報から順次になるかもしれないけど。……他になにかある?」
「いえ……あっ」
「どうしたの?」
改めて、直は椅子から立ち上がった。
「あの――今日は本当にすみませんでした!」
瀬央が笑顔で大丈夫だよ、と答える。
それ以上は居づらくて、直は急いでプレハブを飛び出した。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
翌日には、既に営業二部から顧客一覧が届いていた。試行運用対象の中でも、主要な顧客中心のものだが、それでも十分な情報量だ。
どうやら直が帰った後に、瀬央が集めておいてくれたらしい。
「あの……ありがとうございました」
「いや、大事だと思ったからだよ。さ、今日もがんばろう。なにかあったらまた教えて」
「……はい!」
ほっと胸をなでおろす。
今日も頑張ろう、と思える。
直が帰った後――定時後に、瀬央を働かせてしまったのは申し訳ないが、それだけちゃんと取り組もうとしてくれてるのだと思えば、やる気もますます出てくるものだ。
ディスプレイ上に顧客一覧のデータを開いておいて、直は始業のベルを待った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午前中は順調に進んだ。
やはり、顧客情報が先にあると話が早い。
大きなクレームになるような案件はなかったが、故障していることにお客様が気分を害している件が一度あった。だが、それも、瀬央の承諾を得て、直から二部の営業担当に連絡を入れ、フォローの電話を入れてもらって済んだ。
問題は、午後だった。
突然、電話の本数が増えた。
「あっはい、あの……多比良オフィスレンタルサービス株式会社、お客様サポートコールセンターです! はい……あ、いつもお世話になっております」
「ああ、山本様! ええ、本日はいかがいたしましたか?」
ぎこちないながら直が電話を一件終わらせる間に、瀬央は二件、三件と電話を取っていく。
その様子を見ていると、昨日提案した「瀬央をエスカレーション先の担当にする」という話がどれだけ現実的でなかったか、恥ずかしくなってきた。
ふっと電話が途切れたところで、直はぐったりと頭を押さえた。
あんなに密度の濃い時間を過ごしていて、昨日の何倍も電話を取っているというのに、まだ三時。
定時――お客様からの電話が鳴らなくなるまで、あと三時間もある。
「なんで急に、こんなに鳴り始めたんでしょう……」
「うーん……」
唸りながら画面を眺めていた瀬央が、大きく息を吐いた。
「ああ、やっぱりだ」
「どうしました?」
「どうも顧客リストに載ってないと思ったら……これ、営業二部の顧客じゃないな」
「えっ!?」
ディスプレイの向こうで、瀬央が苦笑している。
どういうことかと尋ねようとしたときに、再び電話が鳴り始め――結局、直が状況を理解したのは定時後だった。
つまり、本来なら情報を渡していないはずの試行運用外のお客様――優佑のいる営業一部の顧客から電話が入っている、という状況について、だ。
わざわざ直の横へきて、目を合わせる。
「提案……なにかな?」
「二つありまして、一つは電話対応の分担です」
「分担?」
「先ほどのように、お客様がクレームになってしまったとき、私では対応ができないことがあります。いえ、もちろん対応できるようになりたいですけど……」
言いながら、再び情けなさがこみ上げてきた。
「なりたいですけど……今の私じゃ無理です。だから、分担してほしいんです。最初の電話は私がぜんぶ受けますから、瀬央さんはクレームになったとき――えっと、コールセンター用語でエスカレーションというらしいんですけど」
「へえ、そうなんだ。よく勉強してるね」
「いえ、はい……あの、とにかくそういうときに上司として電話を代わっていただく係に」
「なるほど、それはいい考えだ」
答えてから、瀬央はしかし、困った顔で天井を見上げた。
「だが、それは先の話にしよう。もう一人くらい人員が増えてから」
「……今は無理、ですか」
「無理というほどではないね。ただ、正直僕も初めての仕事だから、慣れるまではちゃんと関わりたい。そうしないと、君の仕事が把握できない」
「……はい」
「いずれはそういう体制にするよ。必要だと僕も思うから。もう一つの提案は?」
却下されはしたが、前向きに考えてくれているのはわかった。
それに勇気づけられて、直はもう一つの提案をくちにした。
「もう一つは、営業からお客様情報をいただけないかと」
「うん?」
「お客様の会社名、連絡先、担当者、住所、レンタル中の機器……そういう情報を先にいただいておけば、こちらも事前に心の準備ができますし、お客様にも一からすべて聞かなくてすみますから」
「ああ、そうだね。今はかかってきた依頼すべて受ければいいけれど、いずれは本当にその機会は当社から貸したものなのかとか、確認しなきゃいけなくなるだろうしね」
瀬央に言われて、確かに、と直も頷いた。
悪意があって騙そうとするお客様はいなくとも、勘違いで当社からのレンタル品以外の故障について連絡してくる方はいるかもしれない。
「わかった。それは二部に連絡入れておこう。用意できた情報から順次になるかもしれないけど。……他になにかある?」
「いえ……あっ」
「どうしたの?」
改めて、直は椅子から立ち上がった。
「あの――今日は本当にすみませんでした!」
瀬央が笑顔で大丈夫だよ、と答える。
それ以上は居づらくて、直は急いでプレハブを飛び出した。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
翌日には、既に営業二部から顧客一覧が届いていた。試行運用対象の中でも、主要な顧客中心のものだが、それでも十分な情報量だ。
どうやら直が帰った後に、瀬央が集めておいてくれたらしい。
「あの……ありがとうございました」
「いや、大事だと思ったからだよ。さ、今日もがんばろう。なにかあったらまた教えて」
「……はい!」
ほっと胸をなでおろす。
今日も頑張ろう、と思える。
直が帰った後――定時後に、瀬央を働かせてしまったのは申し訳ないが、それだけちゃんと取り組もうとしてくれてるのだと思えば、やる気もますます出てくるものだ。
ディスプレイ上に顧客一覧のデータを開いておいて、直は始業のベルを待った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午前中は順調に進んだ。
やはり、顧客情報が先にあると話が早い。
大きなクレームになるような案件はなかったが、故障していることにお客様が気分を害している件が一度あった。だが、それも、瀬央の承諾を得て、直から二部の営業担当に連絡を入れ、フォローの電話を入れてもらって済んだ。
問題は、午後だった。
突然、電話の本数が増えた。
「あっはい、あの……多比良オフィスレンタルサービス株式会社、お客様サポートコールセンターです! はい……あ、いつもお世話になっております」
「ああ、山本様! ええ、本日はいかがいたしましたか?」
ぎこちないながら直が電話を一件終わらせる間に、瀬央は二件、三件と電話を取っていく。
その様子を見ていると、昨日提案した「瀬央をエスカレーション先の担当にする」という話がどれだけ現実的でなかったか、恥ずかしくなってきた。
ふっと電話が途切れたところで、直はぐったりと頭を押さえた。
あんなに密度の濃い時間を過ごしていて、昨日の何倍も電話を取っているというのに、まだ三時。
定時――お客様からの電話が鳴らなくなるまで、あと三時間もある。
「なんで急に、こんなに鳴り始めたんでしょう……」
「うーん……」
唸りながら画面を眺めていた瀬央が、大きく息を吐いた。
「ああ、やっぱりだ」
「どうしました?」
「どうも顧客リストに載ってないと思ったら……これ、営業二部の顧客じゃないな」
「えっ!?」
ディスプレイの向こうで、瀬央が苦笑している。
どういうことかと尋ねようとしたときに、再び電話が鳴り始め――結局、直が状況を理解したのは定時後だった。
つまり、本来なら情報を渡していないはずの試行運用外のお客様――優佑のいる営業一部の顧客から電話が入っている、という状況について、だ。
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