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★ 八月
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★ 八月
おはよう諸君。人によってはこんにちは諸君。こんばんは諸君。もしくは初めまして、諸君。
いつもどれくらいの人が本題に入る前のこの前説のようなものを楽しみに読んでいるかは定かではないが、今回に関してはいきなり本題に入らせていただこうと思う。というのもここに来て状況が色々と動き始め、いつも相応の時間をかけて考えていたこの前説部分を考える暇がなかったという言い訳を用いるくらい忙しかった、わけでもないのだが、とりあえずそれほど今までにないことが起こり始めていることは伝えたい次第だ。ちなみにこの前説部分はそこまで時間をかけて考えているわけではないので、次回から読む際にそこに関して変な気を遣ってほしくないことは容赦していただきたい。今回も結局ここまでが前説のようになってしまったことに関しても、改めて容赦していただきたい。
本題に入ろう。まずは状況が色々と動き始めた件について説明を施すと、私はとある伝手から、虎藤虎太郎本人が書いたと思われる日記なるものの一部を入手した。これを入手した経緯は色々と名誉やプライバシーに抵触する可能性があるので直接的な表現は伏せさせてもらうが、とにかくそこにははっきりと「日記」の二文字が書かれていたので、私はその文書を虎藤虎太郎の日記だと解釈した。もちろんこれだけでも大きな転機が訪れたのは言うまでもないが、より重要なのはそこに何が書かれていたかである。私はこのような方法で自らの考えを発信しているが、同じく虎藤虎太郎も自らの考えを文字にしていると思うと非常に興味深い。虎藤虎太郎は何を考え、何を思い、何のために自分の中にある感情を目に見える形で残そうとしたのか、私が見過ごせるはずがなかった。
しかし実際に書かれていた内容は、正直に言うと、拍子抜けするようなものだった。自ら日記だと公言しているだけあって、なぜこのアパートから一度行方不明になっただとか、なぜ突然戻ってくる気になったのかのような謎の大部分を担う内容よりも、日常的なものが主に書かれていることは理解している。したがって以前我々が遭遇したラーメン屋や喫茶店での出来事が書かれていたのも、特別違和感としては認識されなかった。
だがなぜか虎藤虎太郎は、まるで自分が虎藤虎太郎ではないというような前提で話を進めていた。自分は虎藤虎太郎ではなく、あくまで私と同じような、虎藤虎太郎を探す身の上であるというような姿勢が文章から溢れ出ていた。最初は自分で自分を探すような自分探しの体で書いているのではないかとも思った。それならばアパートから行方不明になった理由も説明がつくし、それが終わったから戻ってきたのだとも理解できる。一旦は私もその解釈で納得し、それが全ての真相だったという結論を出した。
しかし日記を読み進めていくうちに、明らかにおかしな文言があることに気付いた。それを見つけた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。
なぜなら虎藤虎太郎は、この私を、虎藤虎太郎だと思い込んでいるようなのだ。
わからない。全くもって理解できない。なぜ虎藤虎太郎が虎藤虎太郎でなくて、よりによって私が虎藤虎太郎なのだろうか。どちらか一方でもあり得ないのに、なぜその二つがたとえ可能性であろうとも浮上してくるのだろうか。
いや、あり得ないものはあり得ないのだ。事実は虎藤虎太郎は虎藤虎太郎であり、私は虎藤虎太郎ではない、ただそれだけだ。それ以上でも以下でもない。虎藤虎太郎が何を言おうと、私は虎藤虎太郎にはなれない。虎藤虎太郎の名を背負えるのは世界にたった一人だけであり、誰も彼もその名を背負えはしない。だからこそ私は、彼が虎藤虎太郎だと直感した。その名を背負うに相応しい、器を持った人間だと一目で確信したのだ。
ただ私がこうした考えを持っているように、虎藤虎太郎には虎藤虎太郎なりの考えを持っていることも理解しなければならない。虎藤虎太郎にも何らかの理由があって、自らが虎藤虎太郎ではないと思い込まなければならなかったのだろう。その理由がもしかすると行方不明になった直接の原因かもしれないし、自分探しの旅という私なりに納得した説が全否定された以上、私ももう一度初心に戻り、虎藤虎太郎を一から理解し直し、たとえ明確な答えは出なくとも、虎藤虎太郎の考えに寄り添う責務があることに異存はない。
だからこそあの日記は、私の眼には奇妙に映る。少なくともあれは虎藤虎太郎の考えや意思ではなく、虎藤虎太郎にとってはただの事実に過ぎない。私が私であって虎藤虎太郎ではないように、虎藤虎太郎にとっては自分は虎藤虎太郎ではなく、その他の別の人間であるということに他ならない。それを信じているとかいないという問題ではないのだ。
この矛盾がなぜ起きてしまったのか、私にはわからない。現実は一つしかないように、この世界に存在している虎藤虎太郎は、一人しかいないのだ。私の見ている現実と、虎藤虎太郎の見ている現実、どちらかは必ず間違っている。モーセが奇跡を起こしても、イエスが隣人愛を唱えても、ムハンマドが啓示を受けても、ゴータマ・シッダールタが悟りを開いても、現実を二つにすることはできない。この世界には、神にも仏にも、そして愛にも、出来ないことがあるのだ。
私から言えることは、ただ、虎藤虎太郎は虎藤虎太郎だということだけだ。それ以外に真実も真理もない。私にとっての信ずべき神は現実であり、従うべき教えは、私の眼に映った光景、ただそれだけである。そこには感情も、情緒も、欲望も存在しない。現実という巨大な摂理に、人間の心が差し挟む余地などない。どれだけ祈っても、願っても、捧げても、現実を変えることなどできないのだ。
それでは、また会う日まで。
おはよう諸君。人によってはこんにちは諸君。こんばんは諸君。もしくは初めまして、諸君。
いつもどれくらいの人が本題に入る前のこの前説のようなものを楽しみに読んでいるかは定かではないが、今回に関してはいきなり本題に入らせていただこうと思う。というのもここに来て状況が色々と動き始め、いつも相応の時間をかけて考えていたこの前説部分を考える暇がなかったという言い訳を用いるくらい忙しかった、わけでもないのだが、とりあえずそれほど今までにないことが起こり始めていることは伝えたい次第だ。ちなみにこの前説部分はそこまで時間をかけて考えているわけではないので、次回から読む際にそこに関して変な気を遣ってほしくないことは容赦していただきたい。今回も結局ここまでが前説のようになってしまったことに関しても、改めて容赦していただきたい。
本題に入ろう。まずは状況が色々と動き始めた件について説明を施すと、私はとある伝手から、虎藤虎太郎本人が書いたと思われる日記なるものの一部を入手した。これを入手した経緯は色々と名誉やプライバシーに抵触する可能性があるので直接的な表現は伏せさせてもらうが、とにかくそこにははっきりと「日記」の二文字が書かれていたので、私はその文書を虎藤虎太郎の日記だと解釈した。もちろんこれだけでも大きな転機が訪れたのは言うまでもないが、より重要なのはそこに何が書かれていたかである。私はこのような方法で自らの考えを発信しているが、同じく虎藤虎太郎も自らの考えを文字にしていると思うと非常に興味深い。虎藤虎太郎は何を考え、何を思い、何のために自分の中にある感情を目に見える形で残そうとしたのか、私が見過ごせるはずがなかった。
しかし実際に書かれていた内容は、正直に言うと、拍子抜けするようなものだった。自ら日記だと公言しているだけあって、なぜこのアパートから一度行方不明になっただとか、なぜ突然戻ってくる気になったのかのような謎の大部分を担う内容よりも、日常的なものが主に書かれていることは理解している。したがって以前我々が遭遇したラーメン屋や喫茶店での出来事が書かれていたのも、特別違和感としては認識されなかった。
だがなぜか虎藤虎太郎は、まるで自分が虎藤虎太郎ではないというような前提で話を進めていた。自分は虎藤虎太郎ではなく、あくまで私と同じような、虎藤虎太郎を探す身の上であるというような姿勢が文章から溢れ出ていた。最初は自分で自分を探すような自分探しの体で書いているのではないかとも思った。それならばアパートから行方不明になった理由も説明がつくし、それが終わったから戻ってきたのだとも理解できる。一旦は私もその解釈で納得し、それが全ての真相だったという結論を出した。
しかし日記を読み進めていくうちに、明らかにおかしな文言があることに気付いた。それを見つけた瞬間、私は頭の中が真っ白になった。
なぜなら虎藤虎太郎は、この私を、虎藤虎太郎だと思い込んでいるようなのだ。
わからない。全くもって理解できない。なぜ虎藤虎太郎が虎藤虎太郎でなくて、よりによって私が虎藤虎太郎なのだろうか。どちらか一方でもあり得ないのに、なぜその二つがたとえ可能性であろうとも浮上してくるのだろうか。
いや、あり得ないものはあり得ないのだ。事実は虎藤虎太郎は虎藤虎太郎であり、私は虎藤虎太郎ではない、ただそれだけだ。それ以上でも以下でもない。虎藤虎太郎が何を言おうと、私は虎藤虎太郎にはなれない。虎藤虎太郎の名を背負えるのは世界にたった一人だけであり、誰も彼もその名を背負えはしない。だからこそ私は、彼が虎藤虎太郎だと直感した。その名を背負うに相応しい、器を持った人間だと一目で確信したのだ。
ただ私がこうした考えを持っているように、虎藤虎太郎には虎藤虎太郎なりの考えを持っていることも理解しなければならない。虎藤虎太郎にも何らかの理由があって、自らが虎藤虎太郎ではないと思い込まなければならなかったのだろう。その理由がもしかすると行方不明になった直接の原因かもしれないし、自分探しの旅という私なりに納得した説が全否定された以上、私ももう一度初心に戻り、虎藤虎太郎を一から理解し直し、たとえ明確な答えは出なくとも、虎藤虎太郎の考えに寄り添う責務があることに異存はない。
だからこそあの日記は、私の眼には奇妙に映る。少なくともあれは虎藤虎太郎の考えや意思ではなく、虎藤虎太郎にとってはただの事実に過ぎない。私が私であって虎藤虎太郎ではないように、虎藤虎太郎にとっては自分は虎藤虎太郎ではなく、その他の別の人間であるということに他ならない。それを信じているとかいないという問題ではないのだ。
この矛盾がなぜ起きてしまったのか、私にはわからない。現実は一つしかないように、この世界に存在している虎藤虎太郎は、一人しかいないのだ。私の見ている現実と、虎藤虎太郎の見ている現実、どちらかは必ず間違っている。モーセが奇跡を起こしても、イエスが隣人愛を唱えても、ムハンマドが啓示を受けても、ゴータマ・シッダールタが悟りを開いても、現実を二つにすることはできない。この世界には、神にも仏にも、そして愛にも、出来ないことがあるのだ。
私から言えることは、ただ、虎藤虎太郎は虎藤虎太郎だということだけだ。それ以外に真実も真理もない。私にとっての信ずべき神は現実であり、従うべき教えは、私の眼に映った光景、ただそれだけである。そこには感情も、情緒も、欲望も存在しない。現実という巨大な摂理に、人間の心が差し挟む余地などない。どれだけ祈っても、願っても、捧げても、現実を変えることなどできないのだ。
それでは、また会う日まで。
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