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★ 五月
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★ 五月
おはよう諸君。人によってはこんにちは諸君。こんばんは諸君。もしくは初めまして、諸君。
今回は自重して一回で収めておくが、今回に関しても私は機嫌が良い。今にも二回目の「おはよう諸君。」の件を書きたくて書きたくて震えるくらい、機嫌が良い。虎藤虎太郎を想うほど遠く感じるくらい、機嫌が良い。
この書き方はそれ相応のシチュエーションでなければ相当気色が悪いのでさすがにこの辺で止めておくが、とにかく諸君らもお察しの通り、またしても虎藤虎太郎の情報を大家から手に入れ、しかもその情報通りの場所に行ってみると、またしても虎藤虎太郎らしき男と遭遇したのだ。これはもう私に運が傾いているとしか思えない。もしくは虎藤虎太郎自身が私の存在に気付き、自ら私に近付いてきているとしか思えない。
まあそれは冗談だとしても、前回に引き続き虎藤虎太郎が私の目の前に現れたのは事実だ。そして虎藤虎太郎は、またしても、只者ではないとしか思えない行動で私の目を魅了したのだ。今回はその一部始終について、たっぷり時間を取って話そうと思う。メモの準備はいいだろうか。今回は前回の話の続きも混ざっているので、前回ルーズリーフ等でメモを取った方は見開きにしておくと後で整理しやすくなると思うのでおすすめだ。
本題に入ろう。
まずはどこで虎藤虎太郎と遭遇したかについてだが、今回は同じ近所でも、ラーメン屋ではなく喫茶店である。そのお店は虎藤虎太郎がまだアパートにいた頃よりもずっと前から開いていたようで、虎藤虎太郎もそのお店には定期的に足を運んでいたみたいだ。虎藤虎太郎が何を思ってこんな古風な喫茶店に通っていたのかは正直言って興味はないが、今回は喫茶店のマスターやら店主がもしかしたら、当時の虎藤虎太郎を少しでも覚えているのではないかと思い私も足を運んだ。なので、まさか再び虎藤虎太郎らしき男本人と遭遇するとは夢にも思わなかった。今にもその男が夢に出てきそうである。
とにかく私はその喫茶店に足を運び、そこに虎藤虎太郎らしき男、もとい虎藤虎太郎が姿を現した。もうこの瞬間から私は周りの目も憚らず虎藤虎太郎に視線が釘付けになっていたのだが、虎藤虎太郎の取った行動は、益々私の関心やら好奇心を増幅させた。
まず虎藤虎太郎はお店のドアを開けて入店し、若干のソワソワを混じらせながら店員に案内されて席に着き、メニューを貰って暫し悩んだ。そこで虎藤虎太郎はアイスコーヒーを飲もうと思ったのか、店員を呼んで「アイスコーヒーを一つお願いします」と口に出した。ここまではなんてことのない普通の接客のやり取りだが、ここから虎藤虎太郎の真骨頂が発揮された。実は、暫し悩んだというのが伏線になっていたのだ。
店員がもう一度注文を確認しようとした直前、虎藤虎太郎は動いた。
「あ、すみません。やっぱりホットカフェラテにしてもらっていいですかね?」、咄嗟に虎藤虎太郎はその言葉を口にした。
「あ、はい! もちろん大丈夫ですよ!」、店員は屈託のない声でそう答えた。
突然小説のような書き方になった件についてはお詫び申し上げるが、一回やってみたくなったのでご了承いただきたい。とにかくそんなやり取りがあった後で、虎藤虎太郎はもう一度この言葉を口にした、「すみません」。
これには店員も若干困っている様子だった。なぜなら虎藤虎太郎はアイスコーヒーからホットカフェラテに変更した件について、なぜか必要以上に申し訳なさを漂わせたのだ。一度目の「すみません」はまだ自然な流れだとしても、二度目の「すみません」は改まった形式で発せられた。虎藤虎太郎は必要以上に「すみません」という言葉を使ったことで、店員に気まずい思いをさせてしまったのだ。
しかし虎藤虎太郎はこのとき、何を考えてそのような行動を取ったのだろうか。虎藤虎太郎はどうして、店員に若干気まずい思いをさせてまでアイスコーヒーからホットカフェラテに注文を変更したのだろうか。味の変更だけならともかく、冷たいものから暖かいものという根本を揺るがすような変更を試みたのだろうか。
今までの私だったらおそらく、わからない、想像つかないで一蹴していただろう。他人の気持ちなど難解な上、環境や状況によってコロコロ変わる厄介極まりない代物だと決めつけて、考える前から考えることを諦めていただろう。
だが虎藤虎太郎という一人の人間をひたすら追いかけるにつれて、私は段々「虎藤虎太郎だったらどう考えるだろうか」、「虎藤虎太郎だったらどんなことを想像しているだろうか」などという事柄を考えるようになった。そうして次第に、虎藤虎太郎の行動の全てを心得たいと考えるようになった。一見とんでもなく気持ち悪い話に聞こえるのは自覚しているし、大袈裟に言っているだけだろうと諸君らが鼻で笑っているのも理解している。
しかし私にとっては、この理解というものが最も重要なのだ。私はとにかく、虎藤虎太郎を理解したい。なぜアイスコーヒーからホットカフェラテに変更したのかも理解したいし、どうして「すみません」と二度も言ったのかについても理解したいし、そもそもなぜ、どうして、喫茶店に足を運んだのかについても、その動機、動機が生まれたきっかけ、きっかけに行き着いたまでの全ての過程を、この私の頭で解答を導き出したい。
なにせ私は、虎藤虎太郎のことを何も知らないのだ。虎藤虎太郎をこんなにも探しているのに、居所はもちろん、普段はどんなことをしている人物だとか、どんな見た目をしているだとか、鼻は高いのか低いのかだとか、声は高いのか低いのかだとか、血液型は何型だとか、外食に行くなら洋食と和食どっちが多いかだとか、映画は──、以下は省略するが、私は何一つ、虎藤虎太郎のことを知らないのだ。
でも今は、それでいいのかもしれない。私は虎藤虎太郎のことを何も知らないし、何かを知った気でいても、それは大いに憶測を含んだ浅はかな仮説に過ぎない。構成要素の大半を空想と希望的観測で埋め尽くした、小学生の落書きのような絵空事に過ぎない。だからこそ、私は虎藤虎太郎のことを考える。考えて考えて、考え抜いて出した自分なりの解答で、虎藤虎太郎を理解する。結局は独りよがりの考え方であるし、最初から方向性は間違っているのかもしれない。
それでも私は、何かを信じるということを知った。虎藤虎太郎を通して、何かをひたすらやり遂げるという信念を得た。いつしか虎藤虎太郎は私にとって、そういう存在になっていたのだ。虎藤虎太郎は、私という存在を根拠づける概念になっていたのだ。
私はこの概念を解き明かすために、これからも虎藤虎太郎を追い続ける。どんなに些細な情報であっても、きっと虎藤虎太郎に繋がる何らかの情報を探し出して、私自身の答えを見つけてみせる。そうしていつの日か、虎藤虎太郎と肩を並べられるような存在に、私もなってみせる。
それでは、また会う日まで。
おはよう諸君。人によってはこんにちは諸君。こんばんは諸君。もしくは初めまして、諸君。
今回は自重して一回で収めておくが、今回に関しても私は機嫌が良い。今にも二回目の「おはよう諸君。」の件を書きたくて書きたくて震えるくらい、機嫌が良い。虎藤虎太郎を想うほど遠く感じるくらい、機嫌が良い。
この書き方はそれ相応のシチュエーションでなければ相当気色が悪いのでさすがにこの辺で止めておくが、とにかく諸君らもお察しの通り、またしても虎藤虎太郎の情報を大家から手に入れ、しかもその情報通りの場所に行ってみると、またしても虎藤虎太郎らしき男と遭遇したのだ。これはもう私に運が傾いているとしか思えない。もしくは虎藤虎太郎自身が私の存在に気付き、自ら私に近付いてきているとしか思えない。
まあそれは冗談だとしても、前回に引き続き虎藤虎太郎が私の目の前に現れたのは事実だ。そして虎藤虎太郎は、またしても、只者ではないとしか思えない行動で私の目を魅了したのだ。今回はその一部始終について、たっぷり時間を取って話そうと思う。メモの準備はいいだろうか。今回は前回の話の続きも混ざっているので、前回ルーズリーフ等でメモを取った方は見開きにしておくと後で整理しやすくなると思うのでおすすめだ。
本題に入ろう。
まずはどこで虎藤虎太郎と遭遇したかについてだが、今回は同じ近所でも、ラーメン屋ではなく喫茶店である。そのお店は虎藤虎太郎がまだアパートにいた頃よりもずっと前から開いていたようで、虎藤虎太郎もそのお店には定期的に足を運んでいたみたいだ。虎藤虎太郎が何を思ってこんな古風な喫茶店に通っていたのかは正直言って興味はないが、今回は喫茶店のマスターやら店主がもしかしたら、当時の虎藤虎太郎を少しでも覚えているのではないかと思い私も足を運んだ。なので、まさか再び虎藤虎太郎らしき男本人と遭遇するとは夢にも思わなかった。今にもその男が夢に出てきそうである。
とにかく私はその喫茶店に足を運び、そこに虎藤虎太郎らしき男、もとい虎藤虎太郎が姿を現した。もうこの瞬間から私は周りの目も憚らず虎藤虎太郎に視線が釘付けになっていたのだが、虎藤虎太郎の取った行動は、益々私の関心やら好奇心を増幅させた。
まず虎藤虎太郎はお店のドアを開けて入店し、若干のソワソワを混じらせながら店員に案内されて席に着き、メニューを貰って暫し悩んだ。そこで虎藤虎太郎はアイスコーヒーを飲もうと思ったのか、店員を呼んで「アイスコーヒーを一つお願いします」と口に出した。ここまではなんてことのない普通の接客のやり取りだが、ここから虎藤虎太郎の真骨頂が発揮された。実は、暫し悩んだというのが伏線になっていたのだ。
店員がもう一度注文を確認しようとした直前、虎藤虎太郎は動いた。
「あ、すみません。やっぱりホットカフェラテにしてもらっていいですかね?」、咄嗟に虎藤虎太郎はその言葉を口にした。
「あ、はい! もちろん大丈夫ですよ!」、店員は屈託のない声でそう答えた。
突然小説のような書き方になった件についてはお詫び申し上げるが、一回やってみたくなったのでご了承いただきたい。とにかくそんなやり取りがあった後で、虎藤虎太郎はもう一度この言葉を口にした、「すみません」。
これには店員も若干困っている様子だった。なぜなら虎藤虎太郎はアイスコーヒーからホットカフェラテに変更した件について、なぜか必要以上に申し訳なさを漂わせたのだ。一度目の「すみません」はまだ自然な流れだとしても、二度目の「すみません」は改まった形式で発せられた。虎藤虎太郎は必要以上に「すみません」という言葉を使ったことで、店員に気まずい思いをさせてしまったのだ。
しかし虎藤虎太郎はこのとき、何を考えてそのような行動を取ったのだろうか。虎藤虎太郎はどうして、店員に若干気まずい思いをさせてまでアイスコーヒーからホットカフェラテに注文を変更したのだろうか。味の変更だけならともかく、冷たいものから暖かいものという根本を揺るがすような変更を試みたのだろうか。
今までの私だったらおそらく、わからない、想像つかないで一蹴していただろう。他人の気持ちなど難解な上、環境や状況によってコロコロ変わる厄介極まりない代物だと決めつけて、考える前から考えることを諦めていただろう。
だが虎藤虎太郎という一人の人間をひたすら追いかけるにつれて、私は段々「虎藤虎太郎だったらどう考えるだろうか」、「虎藤虎太郎だったらどんなことを想像しているだろうか」などという事柄を考えるようになった。そうして次第に、虎藤虎太郎の行動の全てを心得たいと考えるようになった。一見とんでもなく気持ち悪い話に聞こえるのは自覚しているし、大袈裟に言っているだけだろうと諸君らが鼻で笑っているのも理解している。
しかし私にとっては、この理解というものが最も重要なのだ。私はとにかく、虎藤虎太郎を理解したい。なぜアイスコーヒーからホットカフェラテに変更したのかも理解したいし、どうして「すみません」と二度も言ったのかについても理解したいし、そもそもなぜ、どうして、喫茶店に足を運んだのかについても、その動機、動機が生まれたきっかけ、きっかけに行き着いたまでの全ての過程を、この私の頭で解答を導き出したい。
なにせ私は、虎藤虎太郎のことを何も知らないのだ。虎藤虎太郎をこんなにも探しているのに、居所はもちろん、普段はどんなことをしている人物だとか、どんな見た目をしているだとか、鼻は高いのか低いのかだとか、声は高いのか低いのかだとか、血液型は何型だとか、外食に行くなら洋食と和食どっちが多いかだとか、映画は──、以下は省略するが、私は何一つ、虎藤虎太郎のことを知らないのだ。
でも今は、それでいいのかもしれない。私は虎藤虎太郎のことを何も知らないし、何かを知った気でいても、それは大いに憶測を含んだ浅はかな仮説に過ぎない。構成要素の大半を空想と希望的観測で埋め尽くした、小学生の落書きのような絵空事に過ぎない。だからこそ、私は虎藤虎太郎のことを考える。考えて考えて、考え抜いて出した自分なりの解答で、虎藤虎太郎を理解する。結局は独りよがりの考え方であるし、最初から方向性は間違っているのかもしれない。
それでも私は、何かを信じるということを知った。虎藤虎太郎を通して、何かをひたすらやり遂げるという信念を得た。いつしか虎藤虎太郎は私にとって、そういう存在になっていたのだ。虎藤虎太郎は、私という存在を根拠づける概念になっていたのだ。
私はこの概念を解き明かすために、これからも虎藤虎太郎を追い続ける。どんなに些細な情報であっても、きっと虎藤虎太郎に繋がる何らかの情報を探し出して、私自身の答えを見つけてみせる。そうしていつの日か、虎藤虎太郎と肩を並べられるような存在に、私もなってみせる。
それでは、また会う日まで。
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