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帝都制圧

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 両親を殺された陛下の怒りは分かる。だからと言って帝都が燃えても困る。ヴァイオレットはあの本の続きが読みたかった。

「おそらく“盗み”の仕組みもバレてます。わざと毒入りの糧食を奪わせるかも。同じ手はもう使えませんね」

 ミロードが軍議を仕切る。参加者はマーク陛下、リトナード将軍、ハルク兄さま、それにヴァイオレットだ。凄く少なくなった。

「連合国の皆さんはどうしたの?」

「彼らはここで待機するそうだ」

 彼女の疑問に陛下が答えてくれた。結局、ケイオスに付いていくのはオダキユだけだった。

「僕たちが勝ったらそれで良し。負けたら帝国に尻尾を振る。勝ち馬に乗るつもりなのさ」

 兄さまは肩をすくめた。ヴァイオレットは呆れた。

「まあ。勝つに決まってるじゃない。馬鹿ね。みんな」

「何か策があるのですか?無いですよね」

 眼鏡が決めつける。無いけどさ。頬を膨らませて奴を睨んでいると将軍に笑われてしまった。

「まず7カ所ある城門の制圧。“転送”で兵を内側に送り込みます。これはオダキユ側が受け持ちます」

 ポンタは転移と転送の両方が得意だった。ヴァイオレットの膝上で狸は頷いた。

 次に騎士団の兵舎から武器を奪い、無力化する。

「どうやって?イーオンの騎士は特殊な体術を使うと言うぞ」

 無手でも強いとか。陛下が訊くとナナコが飛び上がった。

「幻覚を見せるの!敵がお母さんに見えるんだよ!」

「…なんと卑怯な…」

 陛下は不服そうだが将軍がこれを受け持つ。そして陛下と兄さま率いる本隊が一気に皇城を制圧する。ヴァイオレットも本隊に加わる予定だ。それを聞いた陛下と兄さまが「危険だ!」と反対した。

「大丈夫だ。俺がヴィーを守る」

 突然、ヴァイオレットの横に赤毛の騎士が現れた。

「誰だ!?」

 陛下と護衛たちは剣を抜こうとした。だが鞘に張り付いたように抜けない。

「コイツはディー。あたしのお兄ちゃん!」

 ナナコが陽気に紹介する。ヴァイオレットも初対面だ。

「ディーの特技は“鉄壁”。どんな攻撃も防ぐよ!」

 剣を抜こうとあがく騎士たちを、ディーとやらは鼻で笑った。陛下がものすごく怖い顔で睨んでいる。同盟にヒビが入りそうなので、彼には一旦消えてもらった。とにかく兄さまの許可も得たので軍議はお開きとなった。



            ◆



 赤毛の男は挑戦的な目でマークを見た。ヴィーが命じると消えたが、整った顔なのが殊更に忌々しい。天幕に戻ったマークは荒々しく椅子に座った。将軍が苦笑している。

「人間ではありませんぞ。ご案じめさるな」

「私は別に…」
 
 心配していない。断じて違う。だが彼女の側にいる男は誰であれ気に入らない。

「それを嫉妬と言うのですよ。わっはっはっ!」
 
 将軍は豪快に笑うと帝都の地図を広げた。これもヴィーが奪ってきた軍事機密だ。決行は明日。マークは将軍とケイオス軍の動きを確認した。



            ◆
 


「よくぞ此処まで追い詰めてくれたな。褒めて遣わす」

 本隊が玉座の間に踏み込んだ。城門は呆気なく開き、騎士団は母親に無力化された。皇城に辿り着くまで損害は無い。ヴィーの魔法のお陰だ。

 イーオン皇帝は大柄な初老の男だった。鎧を纏い、長槍を手にしている。戦う気だ。マークは油断なく剣を構えた。

「お初にお目にかかる。ケイオス王マークだ。我が国への侵略の礼を言いに来た」

 2人は睨み合う。皇帝はヴィーに気付いた。

「その方が魔女か。儂に付け。何でもやるぞ。皇后にもしてやろう」

 彼女は驚いて従兄の後ろに隠れた。妖精と何やら話している。皇帝は更にハルク王子にも甘言を弄した。

「オダキユ王家を準皇族として遇しよう。魔女が皇子を産めば外戚となろう」

「黙れ!!」

 マークは激怒した。聞くに耐えぬ。

「決闘だ。イーオン皇帝!」



            ♡



 ヴァイオレットはナナコに囁いた。

「このおじさん、頭大丈夫かしら?」

「ハーレムでチヤホヤされてるから、常識無いんだよ!」

 ハーレム。輝く美貌の皇帝ならアリなんだけど。現実はゴツいおじさんかぁ。夢が壊された。ガッカリしていたら、ディーが肩を突っついた。

「何?」

「ケイオス王が皇帝と戦うらしいぞ」

 兄さまの肩越しに剣と槍を構える2人が見えた。

「え?一対一で?」

 いつの間にそんな事になったんだろう。兄さまも何故止めないのか。戦は此方の勝ちなのに。意味無いよね。

「マークは怒ったら止められないから。放っておいて良い」

 兄さまは淡々と占領の指示を出している。ヴァイオレットは老若2人の支配者たちの闘いを見守ることになった。



            ◆



 皇帝は槍の達人だった。マークとて腕におぼえはある。互角のまま打ち合いは続いた。しかし剣を持つ腕に異変を感じる。

(おかしい。身体が…)

 重い。槍が掠ってからだ。毒か。皇帝がニヤリと笑った。鋭い突きを払い、敵の懐に飛び込む。マークの打ち込みを槍が受けた。そのまま押し合う。

「マーク!頑張って!」

 ヴィーの声が聞こえた。初めて名前で呼ばれた。感動で力が湧いてくる。だが押し負けそうだ。マークはがくりと膝を付いた。

 その時、ヴィーがとんでもない声援を送った。

「負けるなっ!!!」



            ♡



 マーク陛下が負けそう。皇帝は卑劣にも穂先に毒を仕込んでいた。かすり傷を受けてから陛下の動きが鈍い。

(どうしよう。何か良い応援を…)

 ヴァイオレットはふいに思い出した。男は若い娘と魚釣りに行きたがる。きっと陛下もそうだろう。

 楽しみがあれば頑張れるはず。彼女は大声で叫んだ。



            ◆



 マークは凄まじい力で槍を跳ね返すと、返す刀で皇帝のヘルムを断ち割った。勝負はついた。振り返ると、ハルクがヴィーの口を押さえている。

「それは本当か?ヴィー」

 彼女は頷いた。分かってないな。しかし言質は取った。マークはハルクに言った。

「ヴィオレッタ姫に正式に婚姻を申し込む。姫の意思は聞いたとおりだ」

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