上 下
12 / 30

12 隷属魔法

しおりを挟む
            ♡


 王子を助けたは良いが、鳥人とバレてしまった。まあ、いざとなったら記憶を消す妖術がある。千鶴はさして気にしていなかった。

 3人が下りたのは森の中だった。鷲に変化して木々の上まで飛んだが、どちらの方角に戻れば良いのか分からない。千鶴は念話をギンとハクに送った。距離のせいか何か障害物があるのか、返事は来なかった。

「どうしよう? 念話が届かない」

 人間形に戻って王子に相談してみた。千鶴よりもずっと子供なのだが、頼りになる雰囲気がある。口調がケンに似ているせいかも。彼は倒木に腰を下ろして、休息を提案した。疲れているようだ。

「きっと捜索隊が出ている。今夜はここを動かずにいよう」

「うん」

 千鶴は薪を集めて火を熾した。久しぶりの野宿だ。シエルは狩りに行った。

「凄い魔法だったね。お腹空いたでしょ? これ、食べて」

 彼女はケン特製の干し芋を王子に勧めた。持っていた水筒も渡した。王子は受け取った。

「ありがとう。助けてもらった礼もしていなかったな」

「良いよ。そうだ。歩兵隊、頑張ったんだよ。ボーナス出してよ」

 ケンはそういうこと言わないから、妻として交渉してみた。王子は笑って頷いた。

「もちろんだ。ケンには勲章を与えるよう、陛下にお願いしよう」

「それは要らないです」

「欲が無いな。では何が良い?」

 千鶴は考えた。

(王子ってことはダチョウ氏の血縁なんだよね)

 何とか断れないか、相談をしてみることにした。


             ▪️


 チヅルの話を聞いて、アウグストは頭を抱えた。腹違いの兄がまた醜聞を起こそうとしている。見初めた人妻を手に入れるために権力を悪用したらしい。

「本当にすまない…。実はこれが初めてじゃないんだ」

「人妻?」

「いや、平民の娘だ。それで婚約破棄をした」

 兄は次期国王に最も近い王子だ。なのに学園で知り合った平民の娘と結婚すると言い出した。国王も王妃も、愛妾にしろと言った。だが執着した兄は、娘を貴族の養女にして、婚約者だった隣国の姫に無体を働いた。

「公衆の面前で婚約破棄を宣言したんだ。姫は怒り狂って帰国した。それがこの戦争の発端となっている」

 チヅルは呆れたような顔で言った。

「バカなの?」

「女性に関してはな」

「じゃあ、やっぱり記憶を消すわ。忘れてもらう」

 アウグストは首を振った。それは何度も試した。だが特殊体質なのか、兄の記憶は改変できなかった。娘と引き離すためにウエスト伯預かりとしたのだ。

「えー。じゃあどうすれば良いの? ウチの村、そこにあるんだよ」

「暫く私の麾下に入ってくれ。今回の手柄を考えれば自然だ。ほとぼりが覚めるまでだ」

「それって、いつまでなの?」

 兄の興味が他に移るまでか。数ヵ月か数年かは分からない。あの学園生だったピンクの髪の娘より、チヅルの方が何倍も美しい。諦めさせるのは難しいかもしれない。

「グ…」

 その時、ハルピュイアが呻いた。目が覚めたようだ。人間に気づくと、鉤爪で地面を蹴って飛び掛かってきた。

「キェエエーッ!」

 上から小さな鷲が急降下して、魔力を込めた蹴りを喰らわせる。ハルピュイアはまた倒れ伏した。

「危ないよ。お母さん」

 小さな鷲は少女に変身した。

「ごめん。つい話し込んでて」

 チヅルは魔力で作った鎖でハルピュイアを縛り上げた。そして王子には分からない言葉で尋問を始めた。


            ♡


 千鶴は鳥人族にだけ通じる言葉で話しかけた。

『なぜ王子を攫おうとしたの?』

『…』

 ハルピュイアは答えない。千鶴とシエルを険しい顔で睨んでいる。匂いは同族なのに、人間形なのが不思議なんだろう。

『野生じゃないでしょ? 妙な鎧をつけてるもん。訳を教えてくれたら、力になるよ』

 千鶴の申し出に迷っているようだ。彼女は無言で足裏を見せた。シエルのように焼印が押されている。でも腐ったりはしていない。ハルピュイアは何度もそれを見せて、頭を左右に振った。

「チヅル。隷属魔法だ。喋れないように呪いがかかっている」

 王子が言った。彼は近づいてきて、足裏を観察した。

「絶対服従、秘密の保持、逃走の禁止…高度な隷属印だな」

「もしかして、人狼も? 誰がそんなことを?」

 ゾッとした。妖は自らの意思でしか従属しない。こんなのは間違っている。

「隣国の魔法士が開発したと聞く。何らかの方法で魔物を捕まえ、刻印したのだろう」

 ではその印を消せば良い。シエルの時は、腐った肉を治したら消えた。千鶴は荒っぽい治療をすることにした。ハルピュイアの頬を両手で包み、念話を送る。

『あなたの足裏を焼く。そして再生する。かなり痛むけど、耐えて』

 そしてシエルと王子に協力を求めた。

「押さえててくれる? 凄く痛がると思うの」

「私が癒しの魔法で痛みを抑えよう。だが今は魔力が…」

 王子が困ったように言った。するとシエルが彼の両手を取り、霊力を分け与えてた。

「これぐらいでいい?」

「充分だ。ありがとう」
 
 微笑みあう美少女と美少年。甘酸っぱい。千鶴はケンが恋しくなったが、頭を振って雑念を払った。

「今から隷属印の除去手術を行います」


             ▪️


 アウグストは初めて見る魔法を興味深く観察した。焼くと言うから火を使うのかと思ったが、違った。超低温で凍らせた肉ごと隷属印を削り落としていた。それを再生する時に、痛みが襲ってきたらしい。王子は癒しの魔法をかけた。しかしハルピュイアは布を噛み締め、涙を流して暴れた。

「終わったー!」

 チヅルが拳を突き上げた。大したものだ。時間にして数分だが、繊細な技術を駆使した魔法だった。

「あ…ありが…とう」

 ハルピュイアが、人間にも分かる言葉で礼を言った。驚いた。魔物と意思の疎通ができる。大発見だ。

「どういたしまして。よく頑張ったね!」

 チヅルが笑って拘束魔法を解いた。ハルピュイアは彼女の前に平伏した。

「女王陛下。仲間が…仲間をお救いください!」

「へ?」

「雛の命を盾に取られ、この印を押されました」

 ハルピュイアは話し始めた。隣国の、魔物を使役する仕組みが明らかになった。


            ♡


 同胞の悲劇を聞くうちに、千鶴の霊力が漏れ出し始めた。

 隣国の魔法使いはハルピュイアの営巣地に火をかけた。腕がない彼女達は雛を置いて逃げるしかなかった。奴らは雛を奪い、隷属印を強要した。ハルピュイアはスパイや戦争の道具にされた。

「あの国の人間は、魔物を使って世界を征服するつもりです」

 あまりに酷い。千鶴は制御できない霊力を、ドカンと上空に放った。青白い雷が天を割く。

「お母さん!落ち着いて!」

「殺す気か!」

 しまった。少年少女を怖がらせてしまった。慌てて千鶴は力を抑えた。そこへ愛しい夫の声が聞こえた。

「チヅル!無事か!?」

「おーい!シエル!」

 ギンの声もする。見上げると、空飛ぶ白馬に跨ったケンと、天翔ける小狐がいた。王子が目を見開いている。

「ケーン!こっち!」

 千鶴は大きく手を振った。白馬は下りてきた。

「何度も念話を送ったんですよ。返事くらいしなさい」

 ハクがぷりぷり怒っている。こっちだって送ったよ。たまには念話障害だってあるよ。白馬と言い争ってたら、ケンが飛び降りて2人の口を塞いだ。

「…もう何も驚くまいよ。ケン。お前の妻も配下もな」

 王子が達観したような顔で言った。後ろではシエルが小狐と再会を喜び合っている。

「ご無事で何よりでした。アウグスト殿下」

 ケンは何事もなかったかのように跪いた。

「ああ。攫われたおかげで、色々と分かってきたぞ」

 捜索隊がすぐ近くまで来ているらしい。王子をハクに乗せ、一行はそちらに向かった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...