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08 軍隊

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 領都にはすぐ着いた。ハクが所々飛んだからだ。城門でギンが令状を門番に渡したら、事務官という男が来た。

「えーと。騎士ですか?」

 事務官は白馬と従者を見て訊いた。ケンは適当に答えた。

「いや。農夫だ。馬はあると良いと思った。この子は見習いだ」

「…剣を習ったことは?」

「ない」

「では訓練に参加してください」

 ケンは頷いた。

「分かった」

「こちらへ。馬はあそこに見える馬小屋で預かります」

 ギンたちは馬小屋へ向かった。千鶴を肩に載せ、ケンは事務官についていった。少し歩いて、広い運動場のような場所に着いた。鎧をつけた兵士たちが素振りをしたり藁人形をぶっ叩いたりしている。

「教官殿!追加です!」

 大きな声で事務官が呼ぶと、中年の男が振り向いた。頬の傷が迫力満点だ。

「全くの初心者のようです。お願いします」

 教官はケンをジロっと見た。

「格好だけは一人前だな。名前は?」

「ケン」

 事務官は行ってしまった。教官がスラリと剣を抜いた。

「俺の真似をしてみろ」

 中段の構えから剣を振り上げ、下ろす。ケンは千鶴に離れているように合図した。剣を抜くと教官の動きをやってみせた。

「それが素振りだ。俺が良いと言うまでやっとけ」

「はい」

 千鶴は近くの柵に停まり、延々と剣を振る夫を見守った。

「よーし。今日はこれまで!明日は8時に集合しろ!解散!」

 日が暮れて、訓練は終わった。他の兵士たちはヘロヘロと散っていく。ケンと千鶴も行こうとした。

「おい。ケン」

 教官が声をかけてきた。

「お前、何回素振りした?」

「忘れた。多分2万回ぐらいだ」

 千鶴はちゃんと数えていた。2万4千12回だ。

「疲れないのか?」

「農夫だからな。畑仕事より楽だ」

 教官は肩をすくめて去っていった。明日からもっと重い訓練を課す気じゃないか。千鶴はハラハラした。


            ◇


 召集兵にはテントが貸し与えられる。ケンは指定された場所にそれを建てた。夕食を受け取り、鎧を脱いでから、ハクの様子を見にいった。ここにいる間は馬小屋で我慢してもらわねばならない。

「すまんな。ハク」

 彼は謝ったが、白馬は首を振った。

『構いません。人間がいなくなったら抜け出しますから』

 テントに戻ると、ギンとシエルがいなかった。狩りに行ったそうだ。ケンの食事しか出ないからか。

『違うよ。シエルには新鮮な肉が要るから』

 チヅルはほんの少し、彼の夕食を啄んだ。それだけで足りるのか。普段はもっと食うのに。

『鶴以外の姿って疲れるの。もう寝るね』
 
 と言って、ケンの膝の上で寝てしまった。可愛らしい寝顔を見ているうちに彼も眠くなった。そっとチヅルを毛布の上に下ろし、ランプを消した。夜中に目が覚めると、ギンとシエルにハクまでがテントで寝ていた。小屋にいた時より狭くて、可笑しかった。


            ♡


 目が覚めたら、ケンの隣に中華美女と銀髪美少年が寝ていた。許せん。千鶴は怒りの嘴突きを2人にお見舞いした。

「痛えっ!何すんだよ!」

「じゃかあしいわっ!何で私だけ動物なのよ!」

 ハクが千鶴の首をぎゅっと掴んだ。

「昼間はケンと一緒ですよね? 心が狭いんですよ。あなた」

「グエッ!」

 ドタバタしてたらケンが起きた。彼は争う理由を聞いてため息をついた。

「皆、動物になってくれ。狭くてかなわん」

 結局、全員が動物に変化することで妥協した。


            ♡


 朝食後、千鶴はシエルと朝の散歩(?)に出かけた。鳥形で大空を飛ぶのは気持ちが良い。

「シエル。狩りはうまくいった?」

 飛びながら昨日の成果を訊いた。

「うーん。何回か逃しちゃって。ギンが追い込んでくれて、やっと1匹…」

「すぐ上達するよ。あなたは天才だから」

 えへへと笑う娘と城の上空を旋回する。庭園に昨日の事務官がいた。教官のおっさんと話している。千鶴は娘に妖術を教えようと思い、木の枝に下りた。

『あの人間たちの会話を聴いてみよう。耳に霊力をグッと溜めてみて。それをボワーンって投げて、シュシュッと音を拾うの』

 秘技・大阪人話法だ。シエルは頷いた。2羽の鷲は聞き耳を立てた。

「…訓練が短すぎるって。素人共だぞ。1週間やそこらで戦場なんか出せない」

 教官が渋い顔で言う。

「ここだけの話、捨て駒なんですよ。アレを引きつけるだけの」

 事務官は小さな声で言った。千鶴はハッとした。捨て駒って言った。ケンを。

「各領から歩兵100を出すよう言われています。武器と訓練は最低限で良いとも」

「殺す気か?」

「そういう人選なんです。貧しい平民とか…」

 教官が事務官の胸ぐらを掴んだ。

「俺もお前も平民だぞ!」

 2人は睨み合った。数秒後、教官は手を離して去っていった。シエルと千鶴は顔を見合わせた。ケンに知らせないと。母子は急いでテントに戻った。


            ▪️


(クソっ!)

 教官はベンチを蹴り飛ばした。新兵の訓練など引き受けるんじゃなかった。剣の扱い方を教えても無駄だ。奴らは最前線で切り裂かれる。

(逃げる…追いつかれるな。盾で防ぐ…何秒持つ?)

 どいつも若い。助けたい。教官はふと思い出した。

(2万回素振りをして平気な顔をしてた)

 恵まれた身体をしている。鍛えればあいつだけでも。教官は厳しい顔で訓練場に向かった。僅かな希望でも無いよりマシだ。


            ◇


 訓練が始まった。鎧を着たまま2時間ぶっ続けで走った後、ケンだけ稽古を付けられた。まずは教官に一通りの型を習った。始めは型通りだったが、徐々に本気の打ち合いになっていった。

「ケン!お前っ!素人じゃないだろ?!」

 教官の剣を受け流し、脚を払う。しかし飛び退いて避けられる。

「いや。昨日初めて剣を握った」

 突きを躱し、剣を叩き落とそうとするが失敗した。

「嘘つけ!」

「嘘じゃない」

 30分も打ち合い、稽古は終了した。ケンは一礼して下がった。教官は荒い息を整えている。

「お疲れ」

 今日はギンも訓練場にいる。ケンは差し出された手拭いで汗を拭いた。

「ピュルルっ!」

 チヅルが水筒を運んできた。

「ありがとな」

 水を飲み、水筒を投げるとチヅルは受け止めた。手拭いはシエルが回収する。他の兵たちはポカンと口を開けてケンを見ていた。

「何この優雅な人…」


            ♡


 昼休憩になると、彼らはケンに群がってきた。みんな10代後半から20代前半くらいの若者だ。

「あんた、凄いな!オレ、スギ並木村のダン。よろしく!」

「オレはセタ谷村のオル。その鷲、見せてくれるかい?」

「シブ谷村のウィル。鳥ちゃんの名前、教えてよ!」

 自己紹介をして、一緒に昼食を食べることになった。

「ナカの村から来たケンだ。これは見習いのギン。大きい鷲がチヅルで小さいのがシエルだ」

 ケンが触らせても良いかと訊くので、千鶴は羽だけ許可した。童顔の兵士は恐る恐る大鷲の羽を撫でた。触れ合い動物園だ。対価に弁当のハムを奪ったら喜んでいた。変な奴。シエルは怖がりなので触らせなかった。

「あと5日したら、移動するんだと。すぐに戦になるのかな?」

「通用する気がしないよ」

 食べながら、若者達は不安そうに話し合っている。ほとんどが農家の三男以下だ。

「三男なんて土地も貰えないし。死んでも困らないからさ」

 捨て鉢な若者をケンは励ました。

「大丈夫だ。お前はあれだけ走ってもバテなかったな。俺たち農夫の強みだぞ」

「そ、そうかな?」

「勝とうと思うな。時間いっぱい逃げ回れば良い」

 若者は明るい顔になった。ケンにはカリスマがある。彼が大丈夫だと言えば、そんな気がするのだ。

(不思議。軍隊にケンはしっくりくる。優しいのは変わらないけど、“デクノボー”じゃない)

 まるで大将軍のような頼もしいオーラで、彼はあっという間に兵達の心を掴んでしまった。
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