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04 お母上

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          ◆


 レオナルドには分かった。あれは間違いなくブランカだった。副官は混乱している。

「え?今のが?蝶だったのでは?」

「それより、この女はどうするか」

 倒れた侍女を助けようか迷っていると、後ろから聖女一行が来た。

「放っておいて結構です。それは裏切り者ですから」

 聖女は冷たく言い捨てた。護衛騎士が侍女を縛り上げ、運んで行った。

「裏切り者とは?」

「フォクス殿下とラクン殿下に買収されています。私の寝所に貴方を引き入れようとしました」

 予言者である聖女は騙せない。今の一幕を見ていたらしい。

「白い御遣い様を大切になさいませ。貴方の運命ですから」

「…」

 謎めいた言葉を残して聖女は去った。運命ならまた会えるだろう。レオナルドは神殿を後にした。


          ◇


(レオ様。レオ様。レオ様。蝶だったらお側にいられたのに)

 ブランカは泣きに泣いた。涙は出ない。尻から糸が出る。倉庫の天井を蜘蛛の巣だらけにした。ついに糸が尽きると、彼女は決意した。

(蜘蛛だからこそできる事があるはず。今日から影のしもべになろう)

 姿は見せずに愛しい彼を護るのだ。しかしふと気がついた。

(あれ?レオ様はどこにいるんだろう?)

 天幕はもう無いだろうし。王子なら城か。神殿をウロウロしていたら、聖女の部屋で有力な情報を得た。

「この書状とお詫びの品をレオナルド殿下に届けておくれ」

 大きな箱に贈り物が用意されている。ブランカはこれ幸いとその箱に忍び込んだ。蓋が閉められて真っ暗になる前に、綺麗な女の人が覗き込んだ。美人は不思議な事を言った。

「頑張って。彼はあなたの運命よ」


          ◇


 無事にレオナルド王子の住む屋敷に忍び込めた。王城内の一番端っこだ。そこに王子はお母上と住んでいた。

 お母上は黒髪黒目のエキゾチックな美人だ。朗らかで優しい。ブランカを叩き潰そうとした使用人を止めてくれた。

「朝蜘蛛は殺しちゃダメなのよ」

 少女はお母上が好きになった。独り言が多くてちょっと心配だが、王子の情報を沢山教えてくれる。

「レオがね。陛下に勲章を賜ったの。それを私にくれたのよ。良い子でしょ?」

 母親思いの素晴らしい息子さんですね。ブランカは天井裏で頷いた。

「もう25なのに婚約者もいなくて。心配だわ。モテないのかしら」
 
 へえ。あんなにカッコいいのに。不思議ですね。カーテンの陰で首を傾げる。

「私の実家は子爵家でね。あの子、虐められてると思うの」

 そうなんですか。貴族は大変ですね。観葉植物の葉裏で涙する。

 昼間はお母上の独り言を聞き、夜はレオナルド王子の顔を覗き見る。ブランカは幸福だった。


          ◆


 召使いから、母の様子がおかしいと聞かされた。ブツブツと1人で話しているらしい。レオナルドは朝食の席で訊いてみた。

「お寂しいのですか?話し相手になる女性でも雇いますか?」

 今は休戦中だから帰れるが、いつまた戦場に行くか分からない。母は笑って要らないと言った。

「お嫁さんが欲しいわ。孫も」

「…」

「心配しないで。蜘蛛ちゃんと話してるの。今はいないわね」

 レオナルドは驚いた。ブランカのことか。全く気が付かなかった。

「私には気を許してるのよ。彼女。うふふふふ」

「…」

 母とブランカが家にいる。王子は不思議な気持ちだった。


          ◇


 お母上に甘えて、本来の目的を見失っていた。ブランカは王城内の探索に精を出していた。尻から糸を繰り出し、建物から建物へと飛び移る。いっぱしの諜報員のようだった。城の一室で、聞き覚えのある声が聞こえた。

「…で、レオナ妃の護衛はいつ下がる?」

「今日の昼だ。夕方まで屋敷には女と老人しかいない」

 部屋を覗くと、あの悪辣な兄王子たちが密談をしていた。レオナ妃とはお母上の名だ。ブランカは緊張した。

「真っ昼間から刺客なんか送って大丈夫なのか?」

「皆殺しにすりゃ良いのさ」

 あんな外れの屋敷。目撃者も出まい。2人は笑っていた。レオナルド王子の留守にお母上を殺す気だ。ブランカは慌てて外に飛び出した。気が急いて気配を消すのを怠った。

(あっ!!)

 空中を飛ぶ蜘蛛は、パクリと雀に喰われてしまった。


          ◇
 

 目が覚めると、ブランカは自分の羽で飛んでいた。

(え!?羽?)

 また蝶に戻ったのかしら。彼女は王宮の窓辺にとまった。ガラスに映ったのは白い雀だった。

(これはこれで…可愛い?)

 丸い赤目も愛嬌がある。色々なポーズをとって姿を確認しているうちに思い出した。フォクス王子とラクン王子がお母上に刺客を放ったのだ。白い雀は矢の如く飛んだ。まだ昼前のはず。まだ間に合う。

 屋敷に着いた。しかし窓が開いていない。蜘蛛ならば僅かな隙間から侵入できるのに。

「チィーッ!チチチチッ!」

 お母上の部屋の窓に体当たりをして、声を限りに叫んだ。逃げて。今すぐ。

「あら?あなたは誰?」

 窓が開き、お母上が笑って手を差し伸べた。ブランカはその手に下りた。

「チチチチッ!チチッ!」

「そうね。良い天気ね。外でお昼をいただこうかしら?」

 駄目だ。全く通じない。雀は室内を見回した。読みかけの本が開いている。ブランカはサッとその上に飛び移った。

「どうしたの?読んでほしいの?」

 お母上が覗き込んだ。雀は小さな嘴で、文字を一つづつ指した。

「に・げ・て・し・か・く…」

 逃げて。刺客来る。護衛いない。お母上の顔が強張った。
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