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刺客

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       ◇


 幽閉3日目の夜。牢にあの翁がやってきた。王城の警備は紙のように薄い。

「殿下。お呼びで」

 床から声がしたと思ったら、石が外され、翁が現れた。

「呼び立ててすまんな。…何故まだ“殿下”と呼ぶ?」

 皇子は老人を引き上げながら訊いた。別人だと納得したはずだったが。

「あの美しい側女が“宮様”とお呼びしておりましたので」

 色々説明するのが面倒なので、話題を変える。

「…ヤマタイ皇国とやらへ帰ったのではなかったのか?」

「それが船が出せんのです」

 翁は事情を話した。

 ヤマタイ皇国へ行くには海の難所を通らねばならない。冬はひどく時化しけるので、専門の船が春から秋の間だけ航行する。だがその船長が海賊と間違えられて捕まってしまった。彼が出てくるまで、翁とその手下たちはこの国を出られない。

「それは難儀なことだな。ところで、お前たちに頼みがある」

「何なりと。脱獄でしょうか?」

 あっさりと翁は言った。この分だとかなり非合法な依頼でも受けそうだ。

「いや、この国の王女を探してほしい」


       ◆


 定例の御前会議は不穏な空気に包まれていた。反王太子派の筆頭である大臣は嘆願書の山を睨んだ。あの忌々しい平民を排除できたはずだった。だが事態は思いもよらない方へ転がっている。

「拘留中の魔法士モーリーの釈放を求める署名です。既定の数に達しておりますので、本日の議案といたします」

 若い役人が粛々と進める。大臣派は「闇魔法を使うあの者が最も疑わしい」という理由で反対した。

 娘が家出した貴族たちは渋々賛成に回る。賛否は拮抗していた。

「その件でルクスソリア教神殿から抗議文が届けられました。内容は“聖人モーリー様の釈放と名誉回復がなされない限り、全ての貴族家の洗礼と魔力検査を凍結する”というものです」

 会議に参加した上位貴族たちがどよめく。今まで神殿が王城に圧をかけてきたことは無い。しかも聖女が抗議にやってきたことで、民にあらぬ噂が流れている。信者たちが集まり始め、暴動の気配もある。至急市中警護の増員を検討すべきだ…。

 穏やかでない情報がもたらされ、大臣派に動揺が広がった。たかが平民1人が、なぜこうまで影響力があるのか。大臣は内心歯ぎしりした。

「元より宮中警護がろくに調べもせずに逮捕したのです。一旦、彼を出しましょう」

 政敵の騎士団長が進言すると、王は決を下した。

「城下の治安を優先する。モーリーを釈放せよ」

「は…」

 怒りを押し殺して大臣は礼を取った。まだ手はある。老貴族は最後の手段に出た。


       ◇


 御前会議の結果を侯爵令嬢が伝えてくれた。皇子は今夜あたり刺客が来るだろうと踏んだ。己が敵ならそうする。

 真夜中過ぎ、5人の黒装束たちが来た。寝台で休む皇子に、一斉に短剣を突き立てる。

「!?」

 だが感触で人間ではないことをに気づき、周囲を見回すが誰もいない。ふいに1人が足元の影に落ちた。抵抗する間もなく消え失せる。

「魔法だ!気を付けろ!」

 かしららしき男が叫ぶ。だが次々と暗殺者たちは消えた。残るは1人。皇子は隠形を解いた。

「誰の命だ?」
 
 最後の男を土魔法で拘束し、尋問する。顔を覆う覆面も剥ぎ取る。日に焼けた若い男だった。

「素直に吐けば楽に殺してやる。吐かねば…」

「まっ待ってくれ!言う!言います!だから殺さないで!」

 男はすぐに命乞いをする。もう少し抵抗すると思った皇子は肩透かしを食らった。

「どのみち殺す。苦か楽か、選べ」

 冷たく突き放すと、その男は交渉を持ち掛けてきた。

「生かしてくれたら、ヤマタイ皇国の財宝をやる!」

 思わぬ所で思わぬ言葉を聞き、皇子は男に興味を持った。

「お前は何者だ。刺客がなぜそんな財宝を持っている」

「オレは船乗りだったんだ。ドジを踏んで捕まっちまって。ムショから出してやる代わりに、平民を1人殺れって言われてよ」

「誰にだ」

「えーっと何とかって言う大臣だ。顔を見れば分かるけどよ」

 皇子はスクリーンにボアの時に発言した大臣の姿を映した。反王太子派の筆頭だと言う。刺客を送る可能性が最もある人物だ。男は「こいつだ!」と叫んだ。

「なあ、依頼主を教えたんだ。助けてくれるよな?」

「そんなお人好しに見えるか?」

 男は青ざめた。するとそこへ翁の気配がする。

「殿下。…おや刺客が?」

 忍びの老人は、いつもの通り床石を外して顔を出した。床に転がった男と翁の目が合う。

「お前は!!」「げえっ!!」

 目を吊り上げる翁。顔を引きつらせる男。2人は知り合いのようだった。



       ♡


「「お勤め、ご苦労様でした!!」」

 翌朝、ミナミはリコリスと牢を出された皇子を迎えに行った。ほんの5日ぶりくらいだが、ずいぶん会っていない気がした。

「…何だそれは」

 皇子は直立不動で意味不明な挨拶をする二人を冷たい目で見た。

「牢から出た主を迎える言葉だと、ミーナ様が」

 リコリスは泣いていた。皇子はため息をつきながらも、「世話をかけたな」と言ってハンカチを渡す。風呂も着替えも無かったのに、パリッとしている。理由を訊くと、“浄化”と“再生”をかけていたそうだ。

 城門に向かって歩きながら、皇子の為にどれだけ皆が協力してくれたかを伝えた。侯爵令嬢、推しの会の令嬢たち、魔法騎士団、魔法学園、大神官と聖女。実はヴィレッジ子爵も署名してくれていた。

「…ありがたいな。いつかこの恩を返さねば」

 柔らかく微笑む皇子。男子三日会わざれば何とやらだ。ずいぶん丸くなっちゃって。こういう彼も悪くないとミナミは思った。

 だがすぐにいつもの皇子に戻った。

「老師と合流したら出撃だ。姫を取り戻す。必ず犯人を捕らえる」
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