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王太子との茶会

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       ◇


うるさい」

 王の一声で貴族たちが口を閉じた。よく躾けられた宮廷雀どもだ。皇子は感心した。

「なぜだ?良い話だと思うがな」

 穏やかに王は尋ねるが、目は鋭い。権力で押し通される前に逃げることにした。

「我々は魔法の修行中の身だ。師の許しなく決められん」

 しれっと言い逃れる。

「お前は魔力持ちなのか。師とは誰だ?」

「前宮廷魔法士団の団長殿だ」

 雀どもがやかましく騒ぎ出した。老師はかなりの有名人らしい。王太子が王に耳打ちをしている。

(事実だから確認されてもかまわん)
 
 皇子は護衛騎士などになるつもりはない。宮中は権謀術数渦巻く魔窟だ。ミナミを連れてそこに飛び込むほど無謀ではない。今はただの平民なのだ。

「…では仕方ない。今回は諦めるとしよう」

「かたじけない」

 残念そうな王の言葉に皇子は深く頭を下げ、見かけ上は礼を尽くした。そして改めて褒美の金貨がつまった袋を受け取り、二人は謁見の間を辞した。
 

       ◇


「待ってヨッシー。歩くの速い」

 控えの間へ戻る途中、ミナミが立ち止まった。

「どうした?」

「ヒールが高すぎて歩きにくいの。腕貸して」

 靴のかかとのことらしい。ミナミは皇子の左腕につかまると、よたよたと歩きだした。

「さっきのあれ、何なの?」

 小声でミナミが訊いてくる。騎士団長のことだろう。

「王太子派の騎士団長と重臣の、些細な権力闘争だ」

「さっぱり分かんない」

「王太子派は盤石ではなさそうだ。暗殺未遂はその現れだ。王と騎士団長は王太子の守りを固めたい、という話だ」

 簡単に説明してやるが、ミナミは首を傾げている。

「王様の勧誘、断って大丈夫だったかなぁ?後で刺客とか来ない?」

「…お前のなかの君主はどれだけ暴君なんだ」

 妙な想像力に呆れる。すると、長い廊下の向こうから見知った顔がやってきた。

「モーリー様!ミーナ様!お久しぶりでございます!」

 騎士団を訪ねた時に案内してくれた少年だ。着飾ったミナミを見て頬を紅潮させている。

「おっお綺麗です!男神と女神のようです!」

「ありがと~。見習い君も来てたんだ。あ、騎士団長のお供?」

 ミナミは初々しい賛辞に気を良くしたようだ。少年は真っ赤になりながらも伝言を伝える。

「はいっ。団長と王太子殿下がお二人をお茶にお誘いです。王太子宮に来ていただけますか?」

 皇子とミナミは顔を見合わせた。お茶という名の交渉だろう。行きたくはないが断り辛い。

「伺おう」

 仕方なく、二人は騎士見習の案内で王太子宮に向かった。


       ◇


「やあ、来てくれてありがとう。モーリー君、ミーナ嬢」

 王太子が笑顔で二人を迎える。案内された部屋では、すでに王太子と騎士団長が待っていた。皇子らが着席すると、すかさず茶が出される。ミナミは用意された茶菓子に目を輝かせていた。

「用件を聞こう」

 皇子が先に切り出す。面倒ごとの予感しかない。

「まずは謝罪を。ボアの件は我々騎士団の不注意だ。面目ない」

 騎士団長が頭を下げた。皇子は不機嫌に答える。

「そんなことはどうでも良い。俺たちを宮廷の茶番に巻き込むな」

「僕にとっては命がけの茶番なんだけどね…。護衛騎士の件、考えてくれないかな?」

 王太子が茶を飲みながら頼んでくる。王の話は本人の意向だったようだ。

「断る。碌な数の護衛も付けずに出歩く王族なぞ、早晩死ぬ」

「だから優秀な護衛が欲しいんじゃないか。暗殺なんか日常茶飯事なんだ。ボアをぶつけてくるパターンは初めてだったけど。大体、ボアの首を一太刀で落とせる騎士なんて、そうそういるもんじゃない」

「敵を倒すことが護衛の役目ではない。自らが盾となり、太子を逃がす時間を稼ぐのが護衛だ」

 王太子の背後の護衛騎士たちが青ざめる。王太子は面白そうに訊く。

「君が僕なら、君のような護衛を求めると思わない?」

「思わぬ。太子の護衛は十分優秀だ。誰も死ななかった。ボアの件は、暗殺を想定しなかった太子の失態だ」

 皇子はずばりと王太子の責任を突いた。その場にいた者、全員が固まった。騎士団長も驚いて言葉を失っている。

「騎士団の不注意だと?優秀な護衛が欲しい?その前に太子自身を鍛えるが良い。牡鹿一匹まともに射れぬ腕で抜かすな」

 皆が沈黙した。王太子はこの場で最も身分が高い。その王太子に何という無礼な物言いか。不敬罪で拘束され処刑されてもやむを得ない…誰もがそう思っていた時、ミナミが皇子に物申した。

「言いすぎだよ、ヨッシー。普通、偉い人ってそんなに鍛える必要なくない?部下が守って当たり前なんだから」

 出された茶菓子をもりもり食べながらミナミは意見を述べる。とたんに場の緊張が霧散する。

「要はあれでしょ?現状プラスヨッシーで万事解決っていうのが気に入らないんでしょ?」

「まあ…そうなるか」

 皇子は毒気を抜かれた。王太子も騎士団長も呆気に取られて、ミナミを見ている。

「すいませんねー。この人努力大好き人間なんで。お願いを聞いてもらうには、ちょっとコツがいるんです」

「それを教えてもらっても?」

 ミナミに自分の菓子を渡しながら王太子が訊く。彼女はそれをありがたく受け取ると、敬礼をして芝居がかった口調で騎士団長に言う。

「…ミナミ一等兵、意見具申いたします!王太子殿下の護衛騎士隊は、敵の排除と同時に護衛対象の安全確保を優先する再訓練が必要と思われます!同時に王太子殿下も弓術の向上を目指していただきます!理由は騎射が下手っぴだからです!弓術指南はベテランハンターのモーリー氏とミナミ氏に依頼すべきかと思います!」

「プハッ!」

 王太子が口を押えて噴き出した。騎士団長も下を向いて悶絶している。

「ちなみに両氏の日給は、騎士の平均月給の日割りで結構です」

「…結構だ」

 皇子はため息をついて了承した。まずまずの落としどころだったからだ。こうして二人は王太子の弓術指南の役目を仰せつかった。
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