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27 終話・愛の証

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          ◆


 コージィが怒りながら報告書を渡してきた。ヴィクターはそれを受け取り、目を通した。最後に書記官からの意見メモが挟まれていた。

「殿下は言葉が足りないんです。しかも嵐の山小屋なんて最高のシチュエーションで手を出さないとか、信じられない!愛の女神に謝ってください!」

「…うるさい。余計なお世話だ」

 とはいえ、書記官もマリオン姫への丁寧な説明を求めている。ヴィクターは別の側近に今日の予定を尋ねたが、夜までいっぱいだと言われた。

「2日も政務が滞ってましたから。夜10時以降なら空いています」

 執務室にはいつもより多くの書類が持ち込まれ、皆忙しい。とても時間は作れそうになかった。

「では10時に皇妃宮に行く。コージィ、準備をしてくれ」

 ヴィクターが頼むと、コージィは頬を膨らませながらも承知した。

「花束とチョコレートを用意します。今度こそビシッと決めて下さいよ」

「分かったよ」

 そして全てが片付いた夜遅く、皇妃宮に向かった。


          ◆


 しかし、マリオンはいなかった。少し前に父と母が来て連れ出したそうだ。外宮の小屋に行ったらしい。ヴィクターは慌てて馬車をそちらに向かわせた。

 外の護衛に案内させ、小屋の中に入ると両親とマリオンがいた。3人とも下級貴族のような地味な格好だ。狭い小屋の中、ランプ一つで茶を飲んでいる。

「あら。良いものを持ってきたわね。お出しなさいな」

 と母がチョコレートの箱を奪った。

「ゴダイバ名物トリュフチョコだ。食べてごらん」

 父はマリオンに勧めた。彼女はヴィクターに茶を淹れてから「いただきます」と言ってチョコを食べた。

「美味しいです!ありがとうございます、殿下」

「いや…何をしてるんですか?」

 息子が尋ねると、父は庭を見ながら言った。

「デメルの王子の話をしてたんだ。彼はずっとマリオンを守っていた。最後は僕の息子も救ってくれた。ありがたいよ。僕は酷い友だったのにね」

「ですが、デメル王国は再興しました。陛下のお力です」

 母が労るように言った。

「たまたま彼の妻子が生きてたからだよ。この小屋、誰の目も耳も無くて良いね。今度から家族会議はここでしようか?」

「内宮ではなかなか本音が言えませんものね。さあ、私達は戻りましょうか。後は二人でじっくりとお話しなさい」

 両親は手を繋いで出て行った。あまり見たことがない光景だ。ヴィクターはマリオンを庭に誘った。久しぶりに歩きながら話すと、隠密と王子だった頃を思い出した。

「両親とどんな話を?」

「その…『私なんかに務まるでしょうか』と申し上げたら、陛下が『じゃあ僕の失敗談を聞かせてあげる』と仰って、ここに来たんです」

 デメルの王子が死んだ原因は太公の嘘だが、父が異母弟との確執を放置した結果とも言える。大切な友を失った事を、父は今も悔やんでいた。

「だから殿下の妻の一番大事な仕事は、『元気でいること』だそうです。それならできそうです。丈夫なだけが私の取り柄ですから」

 マリオンは笑顔で彼を見上げた。まるで分かっていない。ヴィクターは立ち止まり、彼女の両肩に手を置いた。

「他にもあるだろ?見事な刺繍をするし、美味いスープを作る。馬で2時間も逃げられる。他人を迷わず助ける優しさを持っている。それに、俺の頭痛を治せるのは君だけだ」

 みるみる薄緑色の目が潤んだ。

「だから妻にする。今は敬愛でも構わない。いずれ…」

「お、お慕いしております!」

 耳まで真っ赤にして、マリオンは言った。嬉しさにヴィクターは彼女を抱きしめた。一番聞きたかった言葉だ。だが思いもよらない告白をされた。

「北の砦で私を支えてくれたのは、背の高い隠密さんとの思い出でした。優しくて、博識で、お顔は見えないけど、声がとっても素敵で…。いけない事ですよね。隠密さんをお慕いするなんて…」

 背後で隠密達が一斉に首を振る気配がする。ヴィクターは少し意地悪をしたくなった。

「ああ。けしからんな。だが俺の魅力を言ってくれたら許そう。背が高い、優しい、博識、声が良い、以外でだ」

 マリオンは小さな声で言った。

「…眼鏡です…」


          ◇


 数ヶ月後、マリオンは皇太子妃になった。結婚の儀にはクレイプ国から両親と兄夫婦、アンリとその妻が出席した。フジヤマ国のペコ姫とアオキも来てくれた。

 盛大な披露宴ではシャトレー王夫妻にも挨拶をした。王妃殿下はとても大きな女性だった。

「ウチのが言い寄って困らしたろう?げに女好きでいかん男や。ごめんちや!」
 
 と明るく夫に肘鉄をする豪快な女性で、マリオンとよく似た白金の髪がまるで姉妹のようだった。

「全部冗談じゃ。けんど、わしとヴィクターは好みが似ちゅーきな」

 相変わらず自由なシャトレー王は殿下の肩をバンバン叩いている。

「お前と一緒にするな。これほど美しい妻がいながら、第二夫人などと…」

 殿下は不機嫌そうに眼鏡を直した。

「冗談じゃちば!お?また目が悪うなったがか?」

「なってない。これは『ダテ眼鏡』と言うものだ」

 視力が戻った殿下は、ガラスを嵌めただけの眼鏡をかけ始めた。マリオンが小さな声で経緯を説明すると、思った通り、夫妻に笑われた。

「はははは!まっこと愛されちゅーね!マリオンは!」

「羨ましいねや」

 その後、アオキとペコ姫にも大笑いされた。


          ◇


 披露宴が終わり、夜の舞踏会までの休憩中にマリオンは殿下に頼んでみた。

「あの…やっぱり眼鏡は外された方が」

 殿下の魅力を問われ、咄嗟に『眼鏡です』と言ったのは失敗だった。それ以来、マリオンの好みだからとずっとかけている。もう必要ないのに。

「嫌だ。これは俺たちの仲は良好だという証だ」

「で、でも恥ずかしいです」

 コナー卿が、マリオンは『眼鏡ふぇち』だと言っていた。意味はわからないけれど、何となく淫靡な感じがする。皇室の威厳を損ねないか心配だ。だが殿下はまるで気にしていないようで、

「外すと不安で頭痛がするんだ。そうなると四六時中君を側に置かねばならない。それでも良いのか?」

 などと真面目な顔で冗談を言い、ソファに横になってマリオンの膝の上に頭を乗せた。侍女も小姓も見ているのに。

「じゃあ私もかけます。お貸しください」

 マリオンは殿下の眼鏡をサッと取った。かけてみると視界に黒い縁が見えて、不思議な感じだった。侍女が鏡を近くに持ってきてくれたが、やっぱり変だ。全く似合っていない。

「…可愛い」

 殿下は目を見開いてボソッと言った。

「何という可愛らしさだ。攫われるじゃないか。おい、いるか?」

「はっ」

 天井から隠密さんが返事をする。

「皇太子妃の護衛を増やせ。俺がいない時は第一種警戒体制にしろ」

「はあ」

 マリオンは慌てて否定した。

「嘘です!普通で結構ですから!」

「それ、俺以外に見せたらダメだぞ」

 殿下は眼鏡をマリオンの顔から外すと、起き上がって彼女の頬に口付けた。甘い。もう慣れたけれど、初めの頃は目眩がしたものだ。

「恐れながら」

 隠密さんの声が聞こえた。

「何だ」

「ご懐妊されますと、規定により増員できます」

「…分かった」

 実に晴れやかな顔で笑って、殿下はまた眼鏡をかけた。やっぱり素敵だ。でも隠密さん、今何て言ったかしら。ぼんやりして聞き逃してしまった。マリオンは殿下に尋ねたが、教えてくれなかった。

「眼鏡に見惚れてるからだ」

「違いますってば!」


          ◆


 ヴィクター1世は生涯、伊達眼鏡を外さなかった。マリオン皇后との間に多くの皇子皇女をもうけ、史上、最も妻を熱愛した皇帝として伝えられる。


(終)
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感想 1

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みんなの感想(1件)

めろどねいあ

面白かったです。

でも皇国側はマリオンにもっと謝ってもいいよね?
鞭打ちとかリンチとか、到底王女にする仕打ちじゃない事散々して。
マリオンの性別が判明した後、皇子がしばらく怒っていたのもイラッとしました。男判定したのお前らじゃーん!って。

でもハラハラワクワクで読み進められました!

二階堂吉乃
2024.10.15 二階堂吉乃

感想ありがとうございます!
そうですよね!酷い仕打ちの数々、賠償金1兆イエンは出すべきです。
いやー。殿下の怒りが長くてすいません。不器用な人なんでしょう。
ともあれ、楽しんでいただけ嬉しいです!

解除

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