上 下
26 / 27

26 皇太子の求婚

しおりを挟む
          ◇


 太公軍の残党を捕縛してから、マリオンは殿下とコナー卿と同じ馬車で帝都に出発した。その道中、白髪赤目の男が刺されて消えたと聞いた。きっとあの幽霊だ。マリオンが太公から聞いたデメルの王子の話をしたら、お二人は驚いていた。

「恨みを晴らして消えたのか。…コージィ、父にどう報告する?」

 殿下がコナー卿に尋ねた。

「陛下はその王子と面識があるんですよね?信じてくださると思いますよ。ふーん。若き日の陛下と異国の王子…ああ!傑作が生まれる予感が!」

「やめておけ。それよりあの武器は何だ?いつの間に開発した?」

 コナー卿はペロっと舌を出して答えた。

「あのクソ野郎どもを絶対殺すって、言ったじゃないですか。あれからです。ご安心ください、コナー兵器工房しか作れませんから。本当ならこの新兵器で、華麗に奴らを片付けるはずだったのに~」

 マリオンは思い出した。太公の部下に私刑リンチされた時のことだ。そんな前の事をずっとコナー卿は覚えていてくれたのだ。

「ありがとうございます…」

 涙ぐんでお礼を言ったら、コナー卿は笑顔でマリオンの手を握った。

「いいえ。今後ともよろしくお願いします。殿下はちょっと言葉が足りないし、むっつりでSでツンデレで、時々意味もなく不機嫌になるけど、マリオン様なら支えていけると思います!」

「え?またお仕えしても宜しいのですか?」

 あまりの嬉しさにマリオンは涙が止まらなかった。殿下のお怒りは解け、コナー卿もお許しくださった。今度は性別を隠す事なく、堂々とお側にいられる。

「ありがとうございます!一生懸命働きます!まだドアマンの職は空いていますか?」

「え?」

 コナー卿はびっくりしたように目を見開いて、殿下を見た。

「まさかまだ?」

「…言うタイミングが無かった。少し外してくれ」

 と殿下が仰ったので、小休止となった。コナー卿が馬車を降りて二人きりになると、マリオンは急に心配になった。

(やっぱり女が仕えるのはお嫌なのかしら…)

 殿下は彼女の手を取り、真剣な表情で忠誠を求められた。

「マリオン。君の一生を俺に捧げてほしい。死ぬまで側にいると誓ってくれ」

 感激したマリオンは殿下の御手に額をつけた。

「勿論でございます!生涯の忠誠を誓います!」

「違う。…君を妻にしたいんだ」

 彼女は顔を上げた。帝国語で『妻』の同音異義語は何だったか。

「ツマというのはどんな仕事ですか?」

 分からないので素直に訊いた。すると殿下は眉を顰めて、向かいに座るマリオンの腕をグイッと引いた。

「こういう仕事だ」

 マリオンは殿下に口付けられた。


          ◆


「分かったか?妻になるな?」

「…」

 ヴィクターは彼女が「はい」と言うまで口付けた。しかしその後、マリオンは気を失ってしまった。昨日からの疲れもあるだろう。腕の中で安らかに眠らせた。

 皇宮に着いたのは夜だった。そのまま皇妃宮へと言われたので、馬車をそちらに回し、ヴィクター自ら彼女を抱き上げて運んだ。侍女に世話を任せ、部屋を出たら両親がいた。

「お帰り」

「お帰りなさい」

 事後処理はコージィがしているだろうから、ヴィクターは長い説教を受ける覚悟を決めた。

「只今帰りました。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 しかし頭を下げて謝罪すると、父は疲れた顔で許してくれた。

「うん。分かっているよね。自分の命の重さは。なら良い」

 叱責と罰は無かった。それが余計に重かった。

「それと父上。マリオン姫と結婚します」

「分かった。姫の了承は取ったね?」

「はい」

「おめでとう、ヴィクター。家族が増えて嬉しいわ」

 母は笑って息子を抱きしめた。成人してからはこんな愛情表現はなかったので驚いた。

「あれ?眼鏡してないけど。大丈夫?」

 父の指摘で気付いた。山小屋で目覚めた時はぼんやりとしていたが、今朝からくっきりと見える。それを聞いた母は生暖かい笑顔で息子を見た。

「大人になったのね」

「どういう意味ですか?」

「陛下もお若い頃はかけていたのよ。真実の愛に触れると、治るみたいね」

 嘘だ。ヴィクターは父をチラッと見たが、父は肯定も否定もしなかった。


          ◇


 翌朝。目覚めたマリオンは見覚えのない部屋に困惑したが、すぐに侍女がやってきて皇妃宮の一室だと教えてくれた。風呂に入り、美味しい食事をいただいた。疲れがまだ残っているのか、頭がぼんやりとしている。

 その後、女性の書記官が来て、今回の事件の聞き取り調査が行われた。

「どこからお話しすれば…」

「一昨日のご出発からお願いします」

 マリオンは思い出せる限り正確に話した。幽霊が敵の接近を教えてくれた言うと、書記官は一瞬、筆を止めた。でも何も言わなかった。その後はひたすら逃げ回り、結局太公に捕まってしまった、と話した。

 
「最後に山小屋でのお話を伺います。慣例なので。できるだけ詳しくお聞かせください」

 二人の服装から立ち位置までを細かに記していく。マリオンは不安になってきた。書記官が何度も『それだけですか?本当に?』と確認するからだ。もしや帝国法に触れてしまったのだろうか。

「ありがとうございます。以上です」

 書記官は書類の最後に大きくバツを書いた。あれは有罪ってこと?マリオンが涙目で震えていると、

「大丈夫です!殿下とマリオン様のご婚約は問題ございませんよ」

 と言われ、はたと思い出した。マリオンは書記官に質問した。

「あの、帝国語で『つま』とは、どんな意味ですか?」

 彼女は驚いたような顔で答えた。

「本妻、正妻です。それ以外は『側室』あるいは『妾』と言います。おめでとうございます。マリオン様は皇太子妃に決まりました」

 それを聞いたマリオンは、あまりの衝撃にパタリと倒れてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

囚われの姫〜異世界でヴァンパイアたちに溺愛されて〜

月嶋ゆのん
恋愛
志木 茉莉愛(しき まりあ)は図書館で司書として働いている二十七歳。 ある日の帰り道、見慣れない建物を見かけた茉莉愛は導かれるように店内へ。 そこは雑貨屋のようで、様々な雑貨が所狭しと並んでいる中、見つけた小さいオルゴールが気になり、音色を聞こうとゼンマイを回し音を鳴らすと、突然強い揺れが起き、驚いた茉莉愛は手にしていたオルゴールを落としてしまう。 すると、辺り一面白い光に包まれ、眩しさで目を瞑った茉莉愛はそのまま意識を失った。 茉莉愛が目覚めると森の中で、酷く困惑する。 そこへ現れたのは三人の青年だった。 行くあてのない茉莉愛は彼らに促されるまま森を抜け彼らの住む屋敷へやって来て詳しい話を聞くと、ここは自分が住んでいた世界とは別世界だという事を知る事になる。 そして、暫く屋敷で世話になる事になった茉莉愛だが、そこでさらなる事実を知る事になる。 ――助けてくれた青年たちは皆、人間ではなくヴァンパイアだったのだ。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...