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14 マリオンを助けに

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          ◆


「申し上げます!シャトレー族が国境を越えました!」

 皇太子宮では使節団の人員を決める会議中だった。そこへ伝令が飛び込んできた。

「規模は?」

「約5万!現在、北方5号砦が包囲されています!」

 マリオンがいる砦だ。思わず立ち上がったヴィクターはコージィに訊いた。

「今すぐ発てば間に合うか?」

 彼女は数秒考えて答えた。

「…20騎なら。不眠不休で行けば、あるいは。でもそれでは…」

 護衛にもならない。死にに行くようなものだ。暗にそう言っていた。側近達は皆、押し黙って主人の決断を待つ。答えは決まっている。ヴィクターの安全が何よりも優先されなければならない。

(マリオンを見捨てる?)

 そうすべきだ。だが声が出ない。執事が長い沈黙を破った。

「殿下。アオキというフジヤマ人が謁見を願い出ております」

「通せ」

 許可すると、サムライが一風変わった甲冑姿で入ってきた。黒髪の騎士を伴っている。2人はガシャリと音を立てて跪いた。アオキは深く頭を下げて言った。

「皇太子殿下にお願い申し上げる。是非とも、我らをお連れください」

「何故だ?」

 ヴィクターは驚いた。確か、フジヤマの姫を人質に取られているはず。

「先にご紹介いたす。こちらはアンリ・シャルパンティア殿。クレイプ国の騎士で、マリオン殿の乳兄弟です」

 鎧姿の黒髪の騎士は、薄緑の瞳でヴィクターを見上げた。思い出した。外宮の庭でマリオンと抱き合っていた男だ。

「お初お目にかかります。クレイプ人は山岳の民。騎馬で遅れを取ることはありません。是非、お供に加えていただきたい」

「二人はお知り合い?」

 コージィが問うと、アオキは細い目で笑った。

「会ったのは今日が初めてだが、メリー殿の件から連絡を取り合っていた。いやあ、我らが偶然帝都にいて良かった。さあ、殿下。お嫌でしたら、後からゆっくりおいで下さい。先にマリオン殿を救って感謝されるのは、それがしとアンリ殿ですから」

 自信たっぷりに当てこすられ、ヴィクターはかっとなった。

「外国人が、どうやって関所を越えるつもりだ」

それがしはサムライ大将マスターですぞ。アンリ殿は剣聖ソードマスター。我らを止めたければ、10万の犠牲を覚悟されよ」

 その場にいた全員が息を呑んだ。サムライ・マスターとソード・マスター。伝説級の剣士が揃うなど、まずあり得ない。アオキはサッと立ち上がり、皆に号令をかけた。

「ご安心あれ!マリオン殿の友と兄は世界最強。必ずや殿下をお守りいたす。急ぎ支度を!」


          ◇


 まともに動ける兵より負傷者の方が多くなった。食堂の床にも怪我人が呻いている。司令官が不在だったので、副司令が指揮を取っていたが、投石に当たって倒れた。敵は矢も射るし、槍や岩も投げ込んでくる。もはや哨戒どころではないので、マリオン達は怪我人の手当てに専念した。

 不思議と死人がいない。その理由を副司令は、

「重症者が増える方が打撃なのさ。面倒を見なければならん。怪我したって飯は食うだろ」

 と分析した。このまま飢えていくのかと思うと、ゾッとする。だが非力な自分には何もできない。またしても後悔が押し寄せた。アンリに武術を教えてもらうべきだった。

「マリオン王子。頼みがある」

 ベッドに横たわったまま、副司令が真剣に話しはじめた。

「はい?」

「とうとう衛生長までやられた。もう士官が一人もいない。動ける兵の中で、あなたが一番の高位だ。指揮を取ってくれ」

「へ?でも私は…」

 雑用係ですけど。言いかけて、察した。副司令は降伏したいのだ。外国人の王子が勝手に降伏したなら、上に言い訳がたつ。マリオン一人が泥を被れば良いのだ。

「分かりました。お引き受けします…」

 泣く泣く、マリオンは指揮権を受け取った。少しでも立派に見えるよう、司令官の軍服を借りて馬に乗り、白旗を掲げて門を出ると、蛮族の兵達が彼女を取り囲んだ。


          ◆


 100騎で出発した皇太子の護衛は次々に脱落してゆき、2日後にはちょうど20騎になっていた。先行し過ぎたヴィクターらは、川の側で後続を待った。

「暗殺者なんぞいたか?それがしは気付かなんだ」

 馬に水を飲ませながら、アオキとシャルパンティアが話していた。

「いた。我々が早過ぎて、どれが皇太子か分からなかったようだ」

「三流だな。殿下、あと5分待って来なかったら出発しますぞ」

 ヴィクターは返事もできずに、草の上に倒れていた。何とかついてこられたコージィとペルティエも同様だ。マスター2人は全く疲労を見せない。超人だ。

「動けませんか?上等、上等。とても大帝国のお世継ぎとは思えません。コナー殿も素晴らしい。文官とお聞きしたが」

 コージィは突っ伏したまま、掠れた笑い声を漏らした。

「ふ…ふふふふ腐…サムライに乳兄弟…オチを見るまで死ねないわ…」

 ペルティエが尻をさすりながら起き上がり、アオキらに質問した。

「どうしてお二人の馬はバテないんです?」

 そう言えば、我々は頻繁に馬を替えているのに、マスター達は同じ馬に乗り続けている。

「コツがある。今度教えてやろう。さて、あと1両日中にも砦に着くだろう。シャトレー族とはどのような民なのか。ペルティエ殿、教えてくれ」

「約束ですよ。アオキ殿。…最大の特徴は2メートルを超える巨体ですね。言葉も違います。蛮族と言われますが、馬具も剣も精巧ですし、北方諸国と交易をしているのでしょう。短期間で籠城に追い込まれたことから、戦術にも明るいと思われます」

 ペルティエは悔しそうに呟いた。

「私が不在だったばかりに…。司令官失格です」

 剣術大会の時の覇気が無くなっている。隠密にあっさり捕まった事で更に自信を失っていた。落ち込むペルティエに、意外にもシャルパンティアが慰めの言葉をかけた。

「運が無かっただけだ。俺とアオキとお前がいれば、まだ取り戻せる」

「おおアンリ殿!我が師とお呼びしてもよろしいか!」

「それは断る」

「冷たいっ!」

 これほどの強行軍なのに、じゃれている。さすが現役の騎士達だ。アオキが出発の合図をした。ヴィクターはやっとのことで起き上がり、また馬に乗った。
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