上 下
8 / 27

08 転がり込んできた侍女

しおりを挟む
          ◇


 マリオンは1週間ほど小屋でゆっくり養生した。食料はコナー卿の部下が届けてくれる。働かずに食べていけるのは本当にありがたく、毎日、皇太子宮の方角に礼拝した。

「ちょっと」

 庭で両手を合わせて殿下のご健康を祈っていたら、後ろから声をかけられた。振り向くと若い女性が立っている。目立ち始めたお腹がスカートを押し上げていた。

「あなたは…」

「メリー・ショコラ。18歳。元皇妃宮侍女」

 マリオンは思わず後退った。茶色い髪を綺麗に結い上げ、同じく茶色い目をした女性は、眉間に皺を寄せて睨んでいる。

「何の御用で…」

 恐々尋ねるマリオンに、娘は大きな鞄を押し付けた。

「持って。暫く厄介になるから」

「え?」

「家を追い出されたの!行くところが無いの!分かった!?」

 勢いで受け取ったマリオンは、ポカンと口を開けて突っ立っていたが、娘が勝手に小屋に入って行ったので、慌てて後を追った。


          ◇


 メリーは実家の子爵家に絶縁を言い渡され、戻るに戻れず、仕方なくここに来たらしい。図々しいにも程がある。

「あなたのせいで鞭打ち刑になったんですよ?非常識でしょう!」

 思わずキツイ口調で責めてしまったが、メリーは太々ふてぶてしく言い放った。

「王子なんだから、妾の一人や二人、養いなさいよ。で、離宮はどこ?召使いは?」

 ここを東屋か何かと思っているようだ。マリオンは一から説明した。

「…というわけで、住まいはここです。召使いはいません」

「うそ…最悪…」

 彼女は驚いた様子で小屋の中を見まわしたが、出ていこうとはせず、そのまま居座ってしまった。


          ◇


 呆れるほど厚かましい女性だ。ベッドは占領するし、不味いと文句を言うくせに、食事は残さず平らげる。もう怒る気力も失せた。しかし、他に頼れる人はいないのかと訊いたら、口をつぐんでいた。マリオンは憐れみとも同情ともつかぬ気持ちになった。

(18の頃、私は何をしていたかな)

 多分、縁談を断られる度に落ち込んで、めそめそしていた。メリーのしたたかさは尊敬できる。マリオンは腹を決めた。

「問題は食料だね…」

 支給される食料は1人分なので、働きに出ることにした。庭師の親方に事情を話して頼んだら、ぶっきらぼうに「明日から来い」と言われた。

「行ってきます」

 朝早く、まだ寝ているメリーに声をかけてから出勤し、以前のように庭仕事をする生活が始まった。彼女は悪阻が酷いのか、ほぼ寝て過ごしている。マリオンは分けてもらったレモンを持ち帰ったり、細やかに世話をした。しかしメリーはずっと不機嫌なままだった。


          ◇


「いつ生まれるの?」

 ある休日。そろそろ臨月では?と気になったマリオンが尋ねると、メリーは投げやりに言った。

「さあ。あと2、3週間ぐらいじゃない?」

「出産の準備は?」

「何も」

 出産は大仕事だ。分娩や赤子に必要な物が沢山あるはず。お産婆さんだって来てもらわないと。そもそもどこで産むつもりなのか。改めて訊くと、

「ここで産む。あんたが取り上げてよ」

 恐ろしいことをサラッと言った。

「無理に決まってるでしょう!何でそんなにやる気が無いんだ!それでも母親?!」

 マリオンは大声で問い出した。するとメリーは更に大きな声で怒鳴った。

「放っておいてよ!赤ん坊はすぐに殺すのよ!」

「ええっ!?」

「脅されたのよ。赤子は殺せ、でなければお前も殺すって。ここに転がり込んだのも知られてるし、どうせ皇宮を出たら赤ん坊は殺される。何をしても無駄なの!」


          ◇


 マリオンは庭の掃除をしながら、今後どうすべきかを考えていた。

 下宮で働く女性から出産の知識を教えてもらおう。肝心の産婆と、母子が無事に暮らせる場所の手配はどうしよう。

(おかしいなぁ。自分一人でも生きてくのに精一杯なのに)

 アンリに『ひっそりと生きていく」なんて言ったくせに、馬鹿なマリオン。どんよりと箒を動かしていると、声をかけられた。

「マリオン殿!お元気だったか!」

 フジヤマ国から戻ったアオキが訪ねてきてくれた。


          ◆
 

 皇太子は不機嫌な顔で見合いの席にいた。内宮のサロンで度々、候補者と茶を飲み、会話をしてきたが、未だこれと言う女性はいない。今日も違ったので早々に下がらせた。すると母が入れ替わりにやって来た。

「まだ見つからないの?これで国内の高位貴族の令嬢はお仕舞いよ。あとは乙女の宮でも見てきなさい」

 母はヴィクターの前に座り、侍女に茶の支度を命じた。

「お久しぶりです、母上。皇太子妃が外国人でもよろしいのですか?」

「私もウエスト王国出身ですよ。ねえコージィ、ヴィクターの好みを教えてちょうだい。大陸中に触れを出すから」

 皇后に問われたコージィは恭しく一礼してから答えた。

「ズバリMです。殿下は真性のSですから。お見合い相手は残念ながら、全員肉食系でしたので相性が悪うございます。か弱いウサギが涙を落とす時、殿下はその気になられるのです」

「あら嫌だ。変態ね。ウサギで思い出したわ。例の侍女だけれど、外宮のウサギ小屋に居るらしいの。知っていた?」

 ヴィクターは思わずカップを落としそうになった。マリオンを遠ざけてから4ヶ月近くが経つ。食料を届けさせてはいるが、あえて放置していた。

「母子をクレイプ国で受け入れるそうよ。凄いわね、赤の他人の子を。ウサギの優しさに免じて、許可したわ」

「…そうですか」

 ヴィクターが知らぬ間に、彼は更に重荷を背負わされていた。皇后は茶を飲み終え、席を立つと息子に念を押した。

「乙女の宮に行くこと。結婚したら、ウサギを飼って良いわ」


          ◇


 外宮から出られないマリオンに代わり、メリーの出国申請をアオキに頼んだ。

「あとはクレイプに行く隊商と話をつければ良いのだな?」

 彼は快く交渉を引き受けてくれた。マリオンは心から感謝した。この計画は、彼の助け無しには成し得ない。フジヤマ国にも礼拝しなくては。

「ありがとうございます。お金はこれで」

 モロゾフ伯爵邸から持ち込めた、数少ない宝飾品をアオキに渡す。

「承知した。換金して、手付金を渡しておく。それと、トラが産婆の資格を持っている。寄越そう」

「何から何まで…本当に申し訳ありません」

 深く頭を下げると、アオキは細い目をますます細めて笑った。

「何の。義を見てせざるは…だ。マリオン殿は勇気がある。友として誇らしい」

 あまりに嬉しくて泣いてしまった。だがこうしてはいられない。次にマリオンは外宮の女性職員がたむろする休憩場所に向かった。


          ◇


 説明をしなくても、小屋に妊婦がいることは知れ渡っていた。

「大丈夫。あんたが侍女に手を出したなんて、誰も信じてないから」

 女性達は皆、優しかった。赤ん坊に必要な物を尋ねると、産着やおしめのお下がりをくれるという人が沢山いた。

「出産に要るものは産婆が知ってるよ。後は、産褥用の当て布だね」

 マリオンは経験者のアドバイスを熱心に書き留め、質問をした。

「普通の月の物用ではダメですか?これくらいの大きさの」

「月の物の何倍も出血するよ…何で知ってんのさ?男だろ」

「えーっと。勉強しました」
 
 トラも小屋に来てくれて、出産準備は完璧に整った。しかし当のメリーは全然できていなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 「番外編 相変わらずな日常」 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

あたし、今日からご主人さまの人質メイドです!

むらさ樹
恋愛
お父さんの借金のせいで、あたしは人質として連れて行かれちゃった!? だけど住み込みでメイドとして働く事になった先は、クラスメイトの気になる男の子の大豪邸 「お前はオレのペットなんだ。 オレの事はご主人様と呼べよな」 ペット!? そんなの聞いてないよぉ!! 「いいか? 学校じゃご主人様なんて呼ぶなよ。 お前がオレのペットなのは、ふたりだけの秘密なんだからな」 誰も知らない、あたしと理央クンだけのヒミツの関係……! 「こっち、来いよ。 ご主人様の命令は、絶対だろ?」 学校では、クールで一匹狼な理央クン でもここでは、全然雰囲気が違うの 「抱かせろよ。 お前はオレのペットなんだから、拒む権利ないんだからな」 初めて見る理央クンに、どんどん惹かれていく ペットでも、構わない 理央クン、すき_____

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...