私にだけ冷たい最後の優良物件から婚約者のふりを頼まれただけなのに、離してくれないので記憶喪失のふりをしたら、彼が逃がしてくれません!◆中編版
瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
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それってキスじゃない⁉︎ ……じゃない。
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レオナールはアリアの腕をバッと振りほどくと、血相を変えて私へと駆けてくる。
その奥では、「お兄様……?」と、甘えるように呟く声が聞こえた。
だが、そんなことを気にも留めない彼が、私を抱き寄せたかと思えば、怯えるような声を出す。
「エメリーに、ずっと嘘をつき続けて申し訳ない。てっきり俺のことを、怒っているんだと思ったが……違うのか?」
呼吸が荒くなる一方の私は、声も出せずに、こくんと一つ頷く。
するとレオナールは、自分の妹を見て一喝した。
「アリアはエメリーに何をした⁉ まさか毒でも盛ったんじゃないだろうな!」
「お兄様ってば、優しすぎますわよ。彼女は何だか苦しそうにされておりますが、それだってどうせ演技ですわ。記憶喪失のふりをなさるような、あさましい方ですもの、放っておきましょう」
「エメリーはそんな令嬢ではない。俺の大切な婚約者を侮辱するな」
「お兄様……?」
「いいから早く答えろ! アリアはエメリーに何をしたんだ‼︎」
「何もしておりませんわ。わたくしが用意したクッキーとお茶しか口にされていないのに、毒なんてあり得ませんもの。第一、わたくしだって同じものを口にしておりますし」
「これは、俺が用意していたクッキーではないのか!」
「はい……そうですが」
「アリアは何を勝手なことをしているんだ‼」
目を見開くレオナールは、怒気混じりの震える声で言った。
そのせいだろう。泣きそうな顔をするアリアは、口を噤んだ。
「エメリー大丈夫だ。こんなこともあろうかと、ダニエル殿からエメリーの薬を預かっているからな。飲めそうか?」
そう言いながら、彼はジャケットから小さな瓶を出すと、そのキャップを開け、液状の薬の飲み口を近づけてくる。
その促しに素直に従い、彼が持つ瓶にゆっくりと口をつけ、こくこくと飲む。
瓶から唇を離したときに、薬が口の際から漏れる。
するとそれを、真剣な表情のレオナールが、ぺろりと舐めとった。
え……。それってキスではなかろうか、と動揺する私とは裏腹に、至って真面目な様子の彼は、無意識に綺麗にしてくれたのだろう。
瞳を潤ませ私を案じている彼が、真剣に私を見つめる。
ただでさえ心臓がバクバクしているのに、一人だけ不純な思考に陥り、恥ずかしいじゃない。
けれど薬を飲んだということもあるのだろう。今のはキスじゃないと言い聞かせているうちに、少しだけ鼓動が落ち着いてきた気がする。
それでもまだ、声を出せるほど回復はしておらず、呼吸を整えるので精一杯なのだが。
そうこうしていると、レオナールが説明を始めた。
「我が家に来て、こんなことになるなんて、本当に申し訳ない。うちのクッキーはピーナッツが入っているから、以前エメリーの元へ持っていったのは、普段とは違うものを用意していたんだ。アリアが勝手なことをして、すまなかった」
「わたくしは悪くないわ。お兄様のためにしたのよ」
「アリア! 今、俺はエメリーに初めて好きだと言われて最高潮に機嫌がいいから、今回だけは見逃してやるが、今後、俺の最愛の人を傷つけるようなまねをすれば、問答無用で修道院に入れるぞ」
「えぇえ? わ、わたくしが修道院でございますか?」
動揺しきりのアリアは、震える声で言った。
「当たり前だ。俺の天使を害する存在は、妹であろうと擁護する気はない。エメリーから二度と屋敷へ来ないと言われたら、アリアのせいだろう。もしそうなれば、すぐにこの屋敷から出ていってもらうからな」
「ご、ごめんなさい。エメリーヌ様はごゆっくりなさってくださいまし。いいえ、そのまま帰らずに、我が家でお暮らしになるのがよろしいかと存じますわ! あっ! こうしてはいられませんことよ。わたくしはエメリーヌ様のお部屋を準備いたしますわね。では、おほほほ」
そう言いながら真っ青になるアリアは、逃げるように立ち去った──。
そんなアリアの背中を見るレオナールは、ため息まじりの言葉を発する。
「申し訳ない。とんでもないことしでかした妹のことは、あとできつく叱っておくから」
すでにアリアは相当堪えていると思うが、否定する必要もないなと、素直に頷いておく。
そうすれば、レオナールが続けた。
「初めて会ったときからエメリーを好きだったのに、今まで意地悪なことばかり言って、ごめんな。……エメリーの顔を見ると、エメリーからキスされたことを思い出してつい照れてしまい、酷い言葉で誤魔化してしまったんだ。でもそれは本心ではないから」
おいっ! 今のセリフに語弊があるわよ!
あれはキスではなく、人口呼吸だから!
勝手に解釈を変えて、レオナールに攻め寄る肉食女子にしないでよねと思う私は、今しがた、唇を舐められた感覚を鮮明に思い出してしまい、さらに熱を増す顔で、彼を見つめる。
「エメリーが俺の傍にいてくれるのは、『記憶が戻った』と言われるまでだと思っていたんだが……どうやら振られるのは免れたようだ。良かった……」
「──う……ん」
「愛してる。俺にはエメリーしかいないから」
私の記憶があると知ったうえでも言ってくれるのだから、彼に愛されていると、自惚れてもいいかしらと笑みが溢れる。
だがしかし──。
記憶喪失のふりをしていたと聞かされたにもかかわらず、レオナールは怒ったり、呆れたりする様子が全くないのだ。
それがどうしてなのか、と不思議でならない。
その奥では、「お兄様……?」と、甘えるように呟く声が聞こえた。
だが、そんなことを気にも留めない彼が、私を抱き寄せたかと思えば、怯えるような声を出す。
「エメリーに、ずっと嘘をつき続けて申し訳ない。てっきり俺のことを、怒っているんだと思ったが……違うのか?」
呼吸が荒くなる一方の私は、声も出せずに、こくんと一つ頷く。
するとレオナールは、自分の妹を見て一喝した。
「アリアはエメリーに何をした⁉ まさか毒でも盛ったんじゃないだろうな!」
「お兄様ってば、優しすぎますわよ。彼女は何だか苦しそうにされておりますが、それだってどうせ演技ですわ。記憶喪失のふりをなさるような、あさましい方ですもの、放っておきましょう」
「エメリーはそんな令嬢ではない。俺の大切な婚約者を侮辱するな」
「お兄様……?」
「いいから早く答えろ! アリアはエメリーに何をしたんだ‼︎」
「何もしておりませんわ。わたくしが用意したクッキーとお茶しか口にされていないのに、毒なんてあり得ませんもの。第一、わたくしだって同じものを口にしておりますし」
「これは、俺が用意していたクッキーではないのか!」
「はい……そうですが」
「アリアは何を勝手なことをしているんだ‼」
目を見開くレオナールは、怒気混じりの震える声で言った。
そのせいだろう。泣きそうな顔をするアリアは、口を噤んだ。
「エメリー大丈夫だ。こんなこともあろうかと、ダニエル殿からエメリーの薬を預かっているからな。飲めそうか?」
そう言いながら、彼はジャケットから小さな瓶を出すと、そのキャップを開け、液状の薬の飲み口を近づけてくる。
その促しに素直に従い、彼が持つ瓶にゆっくりと口をつけ、こくこくと飲む。
瓶から唇を離したときに、薬が口の際から漏れる。
するとそれを、真剣な表情のレオナールが、ぺろりと舐めとった。
え……。それってキスではなかろうか、と動揺する私とは裏腹に、至って真面目な様子の彼は、無意識に綺麗にしてくれたのだろう。
瞳を潤ませ私を案じている彼が、真剣に私を見つめる。
ただでさえ心臓がバクバクしているのに、一人だけ不純な思考に陥り、恥ずかしいじゃない。
けれど薬を飲んだということもあるのだろう。今のはキスじゃないと言い聞かせているうちに、少しだけ鼓動が落ち着いてきた気がする。
それでもまだ、声を出せるほど回復はしておらず、呼吸を整えるので精一杯なのだが。
そうこうしていると、レオナールが説明を始めた。
「我が家に来て、こんなことになるなんて、本当に申し訳ない。うちのクッキーはピーナッツが入っているから、以前エメリーの元へ持っていったのは、普段とは違うものを用意していたんだ。アリアが勝手なことをして、すまなかった」
「わたくしは悪くないわ。お兄様のためにしたのよ」
「アリア! 今、俺はエメリーに初めて好きだと言われて最高潮に機嫌がいいから、今回だけは見逃してやるが、今後、俺の最愛の人を傷つけるようなまねをすれば、問答無用で修道院に入れるぞ」
「えぇえ? わ、わたくしが修道院でございますか?」
動揺しきりのアリアは、震える声で言った。
「当たり前だ。俺の天使を害する存在は、妹であろうと擁護する気はない。エメリーから二度と屋敷へ来ないと言われたら、アリアのせいだろう。もしそうなれば、すぐにこの屋敷から出ていってもらうからな」
「ご、ごめんなさい。エメリーヌ様はごゆっくりなさってくださいまし。いいえ、そのまま帰らずに、我が家でお暮らしになるのがよろしいかと存じますわ! あっ! こうしてはいられませんことよ。わたくしはエメリーヌ様のお部屋を準備いたしますわね。では、おほほほ」
そう言いながら真っ青になるアリアは、逃げるように立ち去った──。
そんなアリアの背中を見るレオナールは、ため息まじりの言葉を発する。
「申し訳ない。とんでもないことしでかした妹のことは、あとできつく叱っておくから」
すでにアリアは相当堪えていると思うが、否定する必要もないなと、素直に頷いておく。
そうすれば、レオナールが続けた。
「初めて会ったときからエメリーを好きだったのに、今まで意地悪なことばかり言って、ごめんな。……エメリーの顔を見ると、エメリーからキスされたことを思い出してつい照れてしまい、酷い言葉で誤魔化してしまったんだ。でもそれは本心ではないから」
おいっ! 今のセリフに語弊があるわよ!
あれはキスではなく、人口呼吸だから!
勝手に解釈を変えて、レオナールに攻め寄る肉食女子にしないでよねと思う私は、今しがた、唇を舐められた感覚を鮮明に思い出してしまい、さらに熱を増す顔で、彼を見つめる。
「エメリーが俺の傍にいてくれるのは、『記憶が戻った』と言われるまでだと思っていたんだが……どうやら振られるのは免れたようだ。良かった……」
「──う……ん」
「愛してる。俺にはエメリーしかいないから」
私の記憶があると知ったうえでも言ってくれるのだから、彼に愛されていると、自惚れてもいいかしらと笑みが溢れる。
だがしかし──。
記憶喪失のふりをしていたと聞かされたにもかかわらず、レオナールは怒ったり、呆れたりする様子が全くないのだ。
それがどうしてなのか、と不思議でならない。
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