上 下
18 / 88
第2章 いがみ合うふたり

2-8 婚約者の裏切り③

しおりを挟む
 ルイーズは、大きく剣を振りかぶって、渾身こんしんの力でエドワードに下した。けれど、あっけなく彼に受け止められている。

 まだ剣技の苦手なルイーズが、なりふり構わず本物の剣を振るっていること。
 それに、教官たちが、不慣れな訓練生たちに本物の剣を持たせて訓練させることも、しっかり理由があった。

 この国にはごくまれに、ヒールと呼ばれる回復魔法が使える回復魔法師ヒーラーが生まれる。
 男子だけがその特性を持って生まれ、彼らは王室によって手厚く保護されているのだ。
 回復魔法師ヒーラーたちは、王宮の救護室と呼ばれる部署に配属され、国王と並ぶ、最高位の立場にある。
 富裕層は多額のお金を払って治療を受けられるが、庶民が気軽に希少な回復魔法師ヒーラーから治療は受けられない。

 ただ、王宮に絡む出来事で発生したけがや病気。それらは無償で治療を受けられるため、ここの訓練生たちは、多少のけがはそっちのけで練習に打ち込めるわけだ。

 3か月以上、毎日同じせりふを伝えているエドワード。
「お前のような鈍くさいのが、女騎士になんて、なれないだろう。諦めろよ」
 エドワードが表情も変えずに冷たくルイーズへ言い放った。
 ……3か月たった今。
 本心では、ルイーズを心配しているけれど、それをうまく言えないのがエドワードだった。
 このまま残り3か月いても、最終的に不合格は分かり切ったこと。
 だが、これだけルイーズは真剣に打ち込んでいるのだから、ショックだろうと気に掛かっている。

 それを聞いたルイーズは、さらに眉間のしわが深くなった。
 ルイーズと彼は、剣を交えていないときでさえ、お互いを罵っている。
 それは、エドワードが、ルイーズを怒らすことばかり言うせいだった。
 彼はルイーズに「心配している」とは、言える立場でもない。むしろ、この訓練から彼女を追い出そうとしており、どう伝えていいか分からずにいる。
 ……結局、ストレートな物言いしかできないのだ。
 だけど、エドワードのぶっきら棒な言葉で言われても、ルイーズに分かるはずもなく、相変わらずルイーズにとって不愉快な存在だった。

 エドワードから声を掛けられると、嫌な表情をするルイーズ。
 元々、ルイーズはエドワードに教科書の恨みがある。

 それは逆に、ルイーズの顔を見て、嫌な表情をする彼も同じだった。
 誰から見ても、いつもけんかをしている2人。

「初めから、うまくできる人はいないのよ。あの先輩たちだって、けがを重ねて立派な女性騎士になっているんだから」

(わたしだって、騎士になった後は、自分で稼いだお金で、十分な食事を食べられる。そうすれば今とは変わるはずだもの、きっと役に立つ騎士になれる。今だけ……、今だけ何とか乗り切れば、何とかなる。エドワードは、わたしのことが嫌いなくせに、どうして練習相手にわたしを選ぶのよ。本当に迷惑だわ)

 そう思っているルイーズは、彼が執拗しつように自分を卑下するものだから、顔も見るのも不快な程に大嫌いだった。
 剣術の練習だってできれば、違う訓練生と組みたい、そう思っていた。
 ルイーズがそれを言ったところでエドワードは、他の候補生の元には、何故か行かない。
 どうしてか、不思議なくらいエドワードが、ぴったりと、距離感ゼロでまとわりついてくる。
 

「お前のような、ガサツな女じゃ、王妃様や王女様の近辺警護なんて無理だろう。そんなのろまじゃ、誰も守れないって」

 ピーーッ。
 訓練の終了を知らせる笛の音が鳴り響き、まるで痴話げんかであるような、ルイーズと彼の剣の訓練も終了した。

 笛の音を聞いて、少し浮かれた表情をしているルイーズ。
 このときから、彼女の頭の中は、婚約者のことしか考えていなかった。
 2週間ぶりに会えるのを心待ちにしていた。というのも、先週、モーガンが訪ねてきたときは、ルイーズは訓練中で屋敷にいなかった。

 しばらく帰りを待っていたけど、待ちきれなかった婚約者は帰ってしまったと、聞かされている。けれど、実際のところは姉の部屋にいて、用事を済ませて帰っていた。

 そんなこととは知らないルイーズは、今日はとても張り切っていた。

 婚約者の誕生日を祝うのを、しばらく前から楽しみにしていたのだ。
 何をして過ごすか、色々考えていたルイーズだけど、あまりいい考えも思い浮かんでいなかった。
 色んな話を聞かせてくれる年上の婚約者とは、2人でお茶を飲めば、話題にことは欠かないと、気にしてはいなかったから。

 婚約者がルイーズの訓練の時間中から、ルイーズの家であるフォスター伯爵の屋敷を訪ねることで、2人は会う約束をしていた。
 ルイーズが訓練から帰ってくるのを婚約者が部屋で待っている。
 それは、婚約者モーガンがルイーズの帰宅する1時間前を指定したからだった。

 婚約者と会うことを心待ちにして、笑みがこぼれているルイーズは、今にも鼻歌をうたいそうなほどうれしそうだ。
(来年の今頃は騎士になって、それなりの給金をもらっているはずだから、もっと盛大にお祝いしてあげられるわね。今はまだ、わたしはモーガンに何もしてあげられないけど、一緒にいられるだけでわたしは十分に幸せだもの)

 そのルイーズの姿を、エドワードが見ているとは全く気付かずに、家路に就いたルイーズ。

 それとその頃、その婚約者は、姉の部屋で一糸まとわぬ姿でいた。

 婚約者が服を着るのと、ルイーズが屋敷へ到着する時刻。
 その、どちらが先になるかは、服を着ていない2人の気分次第だから、まだ分からない。

 陛下の側近であるブラウン公爵が、ルイーズの背中を見ているエドワードに恐る恐る声を掛けてきた。
「あのー、エドワード様、陛下がお呼びです」
「はぁぁーっまたか、あのじじぃー、大したことはないくせに。誰か救護室にいただろう」
「それが、エドワード様が一番癒やされるとのことで、ご指名です」
「めんどくさいな」
 そう言って、エドワードは頭をかきながら陛下の私室へ向かっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇

恋愛
チェーヴァ家の当主であるフィデンツィオ・チェーヴァは暴君だった。 家族や使用人に、罵声を浴びせ暴力を振るう日々…… チェーヴァ家のベニアミーナは、実母エルミーニアが亡くなってからしばらく、僧院に預けられていたが、数年が経った時にフィデンツィオに連れ戻される。 そして地獄の日々がはじまるのだった。 ※復讐物語 ※ハッピーエンドではありません。 ※ベアトリーチェ・チェンチの、チェンチ家の悲劇を元に物語を書いています。 ※史実と異なるところもありますので、完全な歴史小説ではありません。 ※ハッピーなことはありません。 ※残虐、近親での行為表現もあります。 コメントをいただけるのは嬉しいですが、コメントを読む人のことをよく考えてからご記入いただきますようお願いします。 この一文をご理解いただけない方のコメントは削除させていただきます。

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

王子の恋愛を応援したい気持ちはありましてよ?

もふっとしたクリームパン
恋愛
ふわっとしたなんちゃって中世っぽい世界観です。*この話に出てくる国名等は適当に雰囲気で付けてます。 『私の名はジオルド。国王の息子ではあるが次男である為、第二王子だ。どんなに努力しても所詮は兄の控えでしかなく、婚約者だって公爵令嬢だからか、可愛げのないことばかり言う。うんざりしていた所に、王立学校で偶然出会った亜麻色の美しい髪を持つ男爵令嬢。彼女の無邪気な笑顔と優しいその心に惹かれてしまうのは至極当然のことだろう。私は彼女と結婚したいと思うようになった。第二王位継承権を持つ王弟の妻となるのだから、妻の後ろ盾など関係ないだろう。…そんな考えがどこかで漏れてしまったのか、どうやら婚約者が彼女を見下し酷い扱いをしているようだ。もう我慢ならない、一刻も早く父上に婚約破棄を申し出ねば…。』(注意、小説の視点は、公爵令嬢です。別の視点の話もあります) *本編8話+オマケ二話と登場人物紹介で完結、小ネタ話を追加しました。*アルファポリス様のみ公開。 *よくある婚約破棄に関する話で、ざまぁが中心です。*随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

旦那様は転生者!

初瀬 叶
恋愛
「マイラ!お願いだ、俺を助けてくれ!」 いきなり私の部屋に現れた私の夫。フェルナンド・ジョルジュ王太子殿下。 「俺を助けてくれ!でなければ俺は殺される!」 今の今まで放っておいた名ばかりの妻に、今さら何のご用? それに殺されるって何の話? 大嫌いな夫を助ける義理などないのだけれど、話を聞けば驚く事ばかり。 へ?転生者?何それ? で、貴方、本当は誰なの? ※相変わらずのゆるふわ設定です ※中世ヨーロッパ風ではありますが作者の頭の中の異世界のお話となります ※R15は保険です

処理中です...