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第2章 いがみ合うふたり

2-7 婚約者の裏切り②

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 ルイーズは婚約者の話を、エドワードとしたくなかった。この話題は、いつもお互いの感情がヒートアップして、何故か話がややこしくなるのが分かっていたのだ。

 侯爵家のエドワードから見て、子爵家の婚約者ははるかに格下というのは理解している。
 だけどルイーズは、よく知りもしない人物に、婚約者のことを言われるのは我慢できない。エドワードにモーガンの話をされると、すぐに怒りの感情が湧き起こった。

 ルイーズは、婚約者が自分の部屋に入った途端に愛想をつかされると思っていた。にもかかわらずモーガンは、ルイーズの何もない部屋を見ても、少しも態度を変えなかったのだ。
 ルイーズ自身を好きになってくれたと、心から信じている。唯一のよりどころとなっているモーガンに、ルイーズの心が支えられていた。

 ……それなのに。
 ルイーズの耳には、エドワードから発せられる言葉は、婚約者の悪口にしか聞こえていない。

 エドワードは、以前の夜会でその婚約者の会話を立ち聞きしていた。
 始めは、男にだまされるようなルイーズを不愉快に思っていた。
 ……だが今は、彼女のことを心配している。「悪い男に利用されていることに気付くべきだ」と、言いたいところだが、知ったきっかけが立ち聞きの上「これまでどうして教えなかったのか」と、後ろめたさもある。

 自分が言いだせない以上、ルイーズがあの男でいいのなら、それでいいだろうと割り切っていた。

「せいぜい、お前の本性を知って逃げられないように、頑張ればいいさ」
 エドワードは、馬鹿にしたように言い放った。

 カッツキーン――。
 お互いの剣がぶつかり合い、音を立てた。

「頑張らなくたって、彼のためなら何でもしたくなるような、いい人なんだから」


(冗談だろう。あの婚約者「あけすけにびを売ってくる」と言っていたが……。この馬鹿は、俺に惚気のろけているのか……。ふざけている)

「ふん、そんな顔と体でよく言うなっ! それなら、お前の姉の方が、女らしい色気があるだろう。お前も姉を見習えよ。騎士を目指しているくせに、ガリガリだろう」

 エドワードはルイーズの「何でもしたくなる」を情交に絡めて想像し、ルイーズに嫌味を言って返した。
 1年以上前のこと。落としたハンカチを届けてきたミラベルは、胸の大きいグラマラスな令嬢だった記憶がある。踊りが得意だと食い気味に誘われ必死に断った。
 だが、後からミラベルの姿を見かけると、難曲を軽々と踊っていた。自分を誘った必死な様相は、その自信の表れだろうとエドワードは理解している。
 ……それに引き換え。目の前にいるルイーズは、胸はまるでまな板。太ももさえ棒のように細い。


 ルイーズは、エドワードの感情に全く気付いていない。
 どうして急に姉やら色気やらの話が出てきたのか疑問はありつつも、性格の悪い姉のことを持ち上げられ、怒りがますますヒートアップしていた。

「姉のどこが良いのっ! エドワードは見る目がないわね。それにわたしは、お前じゃなくて、ルイーズ。騎士になりたいなら、紳士的に振る舞うべきよ」

(こいつはどんだけ馬鹿なんだ? 本気で騎士を目指すなら、毎日お前といるわけがないだろう。俺の立場がおかしいって思わないのか……、いい加減に気が付けよ。いつまで、こんな茶番に付き合わなきゃならないんだよ)
 長引くルイーズの世話に戸惑っているエドワードは、そう思っていた。

(どうしてエドワードはこんなに冷たいのよ。一生懸命やっているのに……。少なからず、あの姉よりは毎日まともに生きている。何も知らないくせに、適当に言わないでよ。それにしても、おなか空いたなぁ……)
 そう思っている、どこか、のほほんとしているルイーズ。


 次の王家主催の舞踏会に、父から参加するように指示されている。
 だけど、ドレスの用意をどうするか? ルイーズは、今の一番の悩みが、その準備のことだ。
 余裕のない彼女は、他人の事情をいちいち気にする興味はなかった。

 ルイーズは新しいドレスを買ってもらえるはずもない。
 15歳のとき、初めて参加するために、姉が渡してくれたドレスは、大きな染みが付いて着られなくなったもの。
 姉からのお下がりのドレスを、ルイーズの工夫でリメイクしていた。
 だが、エドワードのハンカチを拾ったときから、普段着さえもらえなくなっている。

 ルイーズのクローゼットの中には、サイズの合わないドレスが1枚。それと、つぎはぎのワンピースが数枚掛かっているだけ。

 今、その姉はベッドの上で、ルイーズの婚約者と情熱的にお互いの舌を絡ませている。それから2人で見つめ合い、姉はモーガンの服を脱がせていた。



 王宮騎士を目指す者が参加している訓練。
 誰もがみんな、1人でもライバルを蹴落とそうと捨て身で稽古に参加している。
 今年、王宮騎士団に入団を許可されるのは最終的に30人。
 それに対して当初の参加者は優に100人を超えていた。けれど、既に2割の訓練生が、この場を去っていた。
 始めから、女子の参加者はルイーズただ1人。

 王宮騎士の警護対象には、王妃や王女などの女性警護があるが、2年続けて女子の参加者がゼロだった。
 それに加え、今年はルイーズ1人だけ。
 そのため、順当にいけばルイーズは、この中で1歩有利な立ち位置といえた。

 令嬢たちの憧れは、王妃や王女の侍女や付き人。汗をかく仕事の女性騎士を目指す者はほとんどいない。
 だが、どう見ても、今年の女性騎士候補は、……的外れだった。

 ルイーズ本人は女性騎士を本気で目指している。けれど、体力、筋力そして経験もないのは、教官たちの目には全く誤魔化せていない、きゃしゃ過ぎる17歳の少女。

 当のルイーズは、自分の評価を全く気付いておらず、訓練期間も半分が過ぎたのだから、見込みがあると思っている。

「あー、全くかわいげがないな。俺が毎日お前なんかの相手をしていることに感謝しろよ」
「はぁぁーっ、感謝って言葉の意味が分かる! エドワードのしていることは、わたしの訓練の妨害でしょ」
「はぁぁーっ、お前なぁ周りの訓練生を見ろよ。お前くらいだぞ、まともに剣も持てないのは。妨害して蹴落とす価値もないだろ。馬鹿っ、そんなに振り回すな、また剣を飛ばすだろう。俺が傷を負って救護室へ行くのは恥ずかしいからな」
「わたしは至って真剣なんだから。見えっ張りなエドワードのプライドなんて、どうでもいいわよ」
「お前なぁ…………」

 まるで痴話げんかであるかのような剣の訓練⁉ ……罵り合いは、まだまだ続いていた。
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