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第2章 いがみ合うふたり

2-1 騎士訓練初日①

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 王宮の騎士訓練場で、半年間の騎士試験が開始される。
 そもそも、騎士試験の書類審査で合格し、騎士の候補生になるのは「剣技の経験者」のみ。
 ……それなのに、ルイーズに限っては全くの素人である。

 モーガンからの助言は「剣技経験あり」と記載するようにだった。もちろん彼も、この試験は、未経験者では話にならないことを知っていた。
 だが、虚偽を書くのをためらったルイーズの書類は「剣技経験ゼロ」と正しく記載されていた。
 この時点で書類審査は落第なのに、宰相が間違ってしまったわけだ。

 令嬢たちが刺繍ししゅうたしなむように、この国では令息たちは剣技を幼い頃から習得している。
 令嬢の中には兄弟の練習相手として、令息たちと剣技を習得する者がいる。
 そんな令嬢がごくまれに、女性騎士を目指してくるわけだった。

 訓練初日に、ざっと集まった100人を大きく超える訓練生。
 事前に支給された騎士服と靴だけは全員おそろい。みんな黒一色だ。
 ここまでは、横一線に並んでいるように思われた。けれど、訓練のために、王宮所有の剣が貸し出されたときから、ルイーズは既に浮いていた。
 
 教官から1人ひとりに渡された、その剣が重すぎて、先を地面に付けたまま持ち上げることもできないのだ。
 さやに収まった剣を、ベルトで腰に巻くことも、さやから引き抜くこともできずにいる。
 だが、怪しい動きをしているルイーズにはお構いなしで、訓練は進行していく。

「各自相手を見つけて、練習開始」と、教官が指示した。その言葉と同時にルイーズの周囲から、他の訓練生は一斉にいなくなり、広い屋外の訓練場に散り散りになっていた。
 ポツンと独り立ち尽くしているルイーズが慌てて振り返ると、他の訓練生たちは、対になって練習をしている。

 それもそのはず、この訓練の参加者は、みんな剣技の経験者で貴族のみ。
 日頃から、社交界で顔を合わせている間柄が集まっているのだから、自然と見知った相手と訓練を始めていたのだ。

(ちょっと待ってどうなっているの⁉ 剣に触ったことがない素人でも、1から教えてくれるんじゃなかったの……だから合格したんでしょう。どうしたらいいのよ)

 そう思いながらへっぴり腰でオロオロしているルイーズ。

 不審な動きをしているルイーズを目にしたエドワード。彼は彼女があまりにも素養がないことが分かり、あきれ返り顔を引きつらせる。
 けれど、宰相からの依頼を嫌々ながらも受けたエドワードは、このまま見ない振りもできず、致し方なく声を掛けるために近づく。

(重いわ、重すぎる。なのに、他の訓練生は、どうしてコレを片手で持って走り去ったのよ……)
 そう思っているルイーズへ声を掛けてきたエドワード。
「お前、もしかして剣を持ち上げられないのか?」
「あなたは誰? 教官? わたしはフォスター伯爵家のルイーズよ。この剣、みんなのよりも重いんじゃないかしら」
 ルイーズは至って真面目だった。
 けれど、それを聞いたエドワードは耳を疑った。ルイーズは、おかしな発言をサラリと言ったのだ。

 エドワードは、彼女のその言葉に、あんぐりと口を開けている。
 彼の頭の中はもう、早急にルイーズを、この危険な訓練場から立ち去らせたい一心だ。

 この訓練では、騎士の見込みのある者に絞られるまで、手から剣を滑らせ、飛ばす訓練生もいるのだ。ボケッと訓練場の中に立っているだけでも十分に危険行為。

「俺は教官ではないが、お前は馬鹿か……。それ、お前の力が足りないからだろう。剣も持てないなら、もう帰れよ」
「駄目よ、わたしは絶対に騎士になるって決めているし、婚約者だって、それを応援してくれているの」

 宰相に依頼され、朝から嫌々この場にいるエドワードは、この状況で婚約者の話を持ち出したルイーズを、心底不愉快そうに冷めた目で見ている。
(本当にコイツは婚約者にびているのかよ。鬱陶うっとうしい女……)

 令嬢にしては背が高いルイーズは、大きなエドワードの胸位の高さまで頭がある。
 身長は高く、一見すると体格に恵まれているかと思いきや、細腰で棒のような足。今にも折れそうなほどの手首が、騎士服の隙間から見えている。
 それを見たエドワードは我慢できずに、ルイーズへ冷たく言い放った。

「そもそもどう見ても、お前には無理だろう」
「そんなことを言わないでよ。これでも、ちゃんと書類審査で合格したんだから、あなたに帰れと言われる筋合いはないわ。文句があるなら、わたしへ合格通知を送った偉い人に言えばいいでしょう」

 そう言い終われば、あなたのことは関係ないと、ルイーズはプイッと横を向く。そして、勝手に剣技の練習を始めた。

(だから、その書類審査がそもそも不合格なんだよ。何にも分かっていないなコイツ……。文句なら今朝も宰相に言ってきたって)

 エドワードは、剣を地面から10センチメートル浮かせただけで、手を大きくプルプルと震わせているルイーズを見て、目が点になっている。

「おい、意地張っていないで諦めろって。そんな細い腕では持てないだろう。何食ってんだお前」
「もう、あなたは失礼ね。お前じゃなくて、わたしはルイーズだから、そう呼んで。それに、わたしに構っていたら、あなたの練習ができなくなるから、気にしなくていいわよ」

「はぁぁーっ、お前、俺が構ってやっているのに、なんて言い分だ……。俺は、スペンサー侯爵家のエドワードだ。名前くらい知っているだろう」

 まじまじと、エドワードの顔を見るルイーズ。
 黒髪、黒い瞳のエドワードの整った容姿を、騎士服が引き立てていた。
 ルイーズは、端正な顔立ちの見目麗しい彼を見ても、浮かれた感情は沸いてこない。むしろ、その逆だった。

(そんなことを言われても、知らない……。そうだ、あの拾ったハンカチの人だわ。この人のせいで、アランの教科書がボロボロになったのよ。侯爵家なんだから、様くらい付けておけばいいのかしら。それにしても、うるさいわねこの人)

「エドワード様……。そう、じゃぁ、お互いに騎士の試験に合格するように頑張りましょう。わたしはあっちでやるわ」
 そう言って、ルイーズはズルズルと剣を引きずって去ろうとする。
 その彼女の手首を抑えて、エドワードはすかさず制止した。

「馬鹿、剣を引きずるな痛むだろう。今日1日だけ見ていてやるよ。今日中に剣を持ち上げることができなければ、あしたは来るな。それと、騎士の訓練同士で様は要らない。そんなことを気にして、けがをされたら困るからな」

「分かったけど、エドワードは横にいなくていいわよ、1人でやるからっ!」
「はぁぁーっ、何言ってんだ! お前に拒否権ねえよ、馬鹿」
 エドワードは、ルイーズの剣を奪うとさやから出し、ルイーズに渡す。
 だが、ルイーズは彼から奪い取るようにして剣を握っている。

 訓練生の掛け声でにぎやかな訓練場に、1組だけ、いがみ合う声を響かせるルイーズとエドワードの姿があった。
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