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第1章 別世界のふたり
1-8 姿のないルイーズと、エドワードのきっかけ
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モーガンとルイーズが出会った王家主催の舞踏会から半年後。
エドワードは断り切れず、スペンサー侯爵家と共同経営をしているビリング侯爵家の夜会に参加していた。
親しい間柄の2人の令息が、随分と楽し気に会話をしていた。
そのすぐ後では、エドワードが、その会話を彼らに背中を向けて聞いている。
「今年の騎士の試験に書類を送ったのか? 前に父親から勧められているって、言っていただろう」
「まさか。あんな仕事はやっていられないさ。もっと楽して暮らす方法を見つけたんだ」
「モーガン、まさか悪事に手を出す気かっ! 俺を巻き込むのはやめてくれよ」
「違うさ。女を利用することにしたんだ。騎士は女の成り手がいなくて困っているから採用されやすいし、この国で稼げる仕事の中で給金も最高だろう。だから婚約者に試験に行かせることにしたんだ」
「あんな、きゃしゃなルイーズ嬢に? 無理だろうそれ。よく彼女が良いって言ったな?」
「僕が勧めたら、その気になって騎士試験に申し込んでいたさ、笑えるよなっ。たかが刺繍を喜んでおけば満足する単純で馬鹿な女なんだ。部屋に行けば、あけすけに喜んで媚びを売ってくるから、笑えるんだよな。こき使える女を見つけて幸運だよ、一生安泰だ、はははっ。あいつの姉はそういうわけにはいかないけど、色気が最高なんだよな――」
背中を向けていたエドワードは、静かに鼻で笑っていた。
(男に媚びを売ることしか能がない、俺が最も嫌いな女のタイプだ。婚約者にだまされて騎士を目指すとは、愚かな女だな。あの訓練に不純な動機で参加するなど、言語道断。どうせ、あっという間に痛い目を見ることになるだろう。それでも無駄に俺を頼ってこなければ関係ない話か。まあ、今の話では書類審査で落第だろうが)
そんなことを思いながら、エドワードはこの場を去っていた。
まだ、令息2人の間で姉妹の話は続いている。
「危険で容赦ない騎士試験を、ルイーズ嬢が受けると言ったら、普通はフォスター伯爵が承諾しないだろう。どうやって説得したんだ?」
「ここだけの話だぞ。あの女、当主がメイドと作った娘なんだ。だから、当主はあの女のことは気にしていないのさ。あの女のために何かすれば、夫人や姉が怒るからな。屋敷の中でいじめられているけど、あの女もそれが分かっているから、何も言わないんだ。姉にも騎士試験の話を聞かせたからな。姉が当主に後押ししたんだろうさ。実際何をしたのか知らないけど」
実際のところ、当主はルイーズから騎士試験への参加承諾書の署名を求められ、ためらいなく書いただけだった。
「驚いた。普段はそんな様子もなく、家族そろって夜会に来ていただろう……。お前、どこまでも悪い男だな」
「あいつ、屋敷の話をするのを禁止されているし、伯爵夫婦も世間体を気にして、それなりに体裁を保っているからな、ずっとバレないだろうさ。あの女は、人から優しくされたことがないから、僕のウソで喜んでいるし、お互い様だろう」
*
その夜会から少したったころ。
スペンサー侯爵家の当主の執務室に呼ばれたエドワード。
そこで、この国の宰相とその息子が雲行きの怪しい話をしていた。
「書類審査で落とすはずだった令嬢に、間違って騎士訓練の合格通知を送ってしまった。悪いが、その令嬢をしばらく見ていてくれないか」
「はぁぁーっ、俺がどうしてそんなことを⁉ 父がその令嬢に不合格だと再通知を送ればいいでしょう」
「簡単に言うな。正式に送った文書を撤回できるわけないだろう。訓練で死人が出れば前代未聞だ。訓練は午前中だけだし、どうせお前は昼まで仕事をしていない。令嬢の世話はうってつけだ」
「はぁぁっ! 俺は朝から動くのが嫌いなんだよ。何だってそんなことのために俺が午前中から働くんだよ」
「文句を言うな。騎士の訓練でその令嬢が死なないように見守るのは、当主から、いや宰相からエドワードへの命令だからだ! 最終的には教官長である騎士団長が何とかするだろうから、私の面子も保たれる。万が一、その令嬢が重傷を負ったら……」
そのことを想像して、途端に顔色が悪くなるエドワードの父。
「エドワード様が、その場で治療をしてください、お願いします」
治療の話になった途端、エドワードにペコペコと頭を下げだす宰相。
その依頼にあきれた顔で応えるエドワードは、宰相を白い目で見ている。
「馬鹿か? 俺が顔を見せて治療するわけがない。それに、騎士団長は俺が救護室の人間だって知っているんだ、訓練に俺がいるのはおかしいだろう」
「それは、私がうまい言い訳を考えて騎士団長と教官に説明しておくから、このとおり」
宰相は、両手を力強く合わせてエドワードを拝んでいた。
苦虫をかみ潰したような顔をしているエドワードは、先日の夜会で耳に入ってきた話を思い出しイラついていた。
(俺が、あの不純な動機で参加する、馬鹿女のせいで面倒なことを任される羽目になっただと……。俺の嫌いな人間に自ら関るなど、最悪な話だ。こんな時間の無駄に付き合っていられるか。こうなれば、騎士を目指す愚かなことは、さっさと諦めさせてやる!)
「ったく、めんどくさいな。次はもう頼まれないですよ」
**
そのころ、女性騎士を目指すルイーズは、フォスター伯爵家の自分の部屋で婚約者と過ごしていた。
エドワードは断り切れず、スペンサー侯爵家と共同経営をしているビリング侯爵家の夜会に参加していた。
親しい間柄の2人の令息が、随分と楽し気に会話をしていた。
そのすぐ後では、エドワードが、その会話を彼らに背中を向けて聞いている。
「今年の騎士の試験に書類を送ったのか? 前に父親から勧められているって、言っていただろう」
「まさか。あんな仕事はやっていられないさ。もっと楽して暮らす方法を見つけたんだ」
「モーガン、まさか悪事に手を出す気かっ! 俺を巻き込むのはやめてくれよ」
「違うさ。女を利用することにしたんだ。騎士は女の成り手がいなくて困っているから採用されやすいし、この国で稼げる仕事の中で給金も最高だろう。だから婚約者に試験に行かせることにしたんだ」
「あんな、きゃしゃなルイーズ嬢に? 無理だろうそれ。よく彼女が良いって言ったな?」
「僕が勧めたら、その気になって騎士試験に申し込んでいたさ、笑えるよなっ。たかが刺繍を喜んでおけば満足する単純で馬鹿な女なんだ。部屋に行けば、あけすけに喜んで媚びを売ってくるから、笑えるんだよな。こき使える女を見つけて幸運だよ、一生安泰だ、はははっ。あいつの姉はそういうわけにはいかないけど、色気が最高なんだよな――」
背中を向けていたエドワードは、静かに鼻で笑っていた。
(男に媚びを売ることしか能がない、俺が最も嫌いな女のタイプだ。婚約者にだまされて騎士を目指すとは、愚かな女だな。あの訓練に不純な動機で参加するなど、言語道断。どうせ、あっという間に痛い目を見ることになるだろう。それでも無駄に俺を頼ってこなければ関係ない話か。まあ、今の話では書類審査で落第だろうが)
そんなことを思いながら、エドワードはこの場を去っていた。
まだ、令息2人の間で姉妹の話は続いている。
「危険で容赦ない騎士試験を、ルイーズ嬢が受けると言ったら、普通はフォスター伯爵が承諾しないだろう。どうやって説得したんだ?」
「ここだけの話だぞ。あの女、当主がメイドと作った娘なんだ。だから、当主はあの女のことは気にしていないのさ。あの女のために何かすれば、夫人や姉が怒るからな。屋敷の中でいじめられているけど、あの女もそれが分かっているから、何も言わないんだ。姉にも騎士試験の話を聞かせたからな。姉が当主に後押ししたんだろうさ。実際何をしたのか知らないけど」
実際のところ、当主はルイーズから騎士試験への参加承諾書の署名を求められ、ためらいなく書いただけだった。
「驚いた。普段はそんな様子もなく、家族そろって夜会に来ていただろう……。お前、どこまでも悪い男だな」
「あいつ、屋敷の話をするのを禁止されているし、伯爵夫婦も世間体を気にして、それなりに体裁を保っているからな、ずっとバレないだろうさ。あの女は、人から優しくされたことがないから、僕のウソで喜んでいるし、お互い様だろう」
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その夜会から少したったころ。
スペンサー侯爵家の当主の執務室に呼ばれたエドワード。
そこで、この国の宰相とその息子が雲行きの怪しい話をしていた。
「書類審査で落とすはずだった令嬢に、間違って騎士訓練の合格通知を送ってしまった。悪いが、その令嬢をしばらく見ていてくれないか」
「はぁぁーっ、俺がどうしてそんなことを⁉ 父がその令嬢に不合格だと再通知を送ればいいでしょう」
「簡単に言うな。正式に送った文書を撤回できるわけないだろう。訓練で死人が出れば前代未聞だ。訓練は午前中だけだし、どうせお前は昼まで仕事をしていない。令嬢の世話はうってつけだ」
「はぁぁっ! 俺は朝から動くのが嫌いなんだよ。何だってそんなことのために俺が午前中から働くんだよ」
「文句を言うな。騎士の訓練でその令嬢が死なないように見守るのは、当主から、いや宰相からエドワードへの命令だからだ! 最終的には教官長である騎士団長が何とかするだろうから、私の面子も保たれる。万が一、その令嬢が重傷を負ったら……」
そのことを想像して、途端に顔色が悪くなるエドワードの父。
「エドワード様が、その場で治療をしてください、お願いします」
治療の話になった途端、エドワードにペコペコと頭を下げだす宰相。
その依頼にあきれた顔で応えるエドワードは、宰相を白い目で見ている。
「馬鹿か? 俺が顔を見せて治療するわけがない。それに、騎士団長は俺が救護室の人間だって知っているんだ、訓練に俺がいるのはおかしいだろう」
「それは、私がうまい言い訳を考えて騎士団長と教官に説明しておくから、このとおり」
宰相は、両手を力強く合わせてエドワードを拝んでいた。
苦虫をかみ潰したような顔をしているエドワードは、先日の夜会で耳に入ってきた話を思い出しイラついていた。
(俺が、あの不純な動機で参加する、馬鹿女のせいで面倒なことを任される羽目になっただと……。俺の嫌いな人間に自ら関るなど、最悪な話だ。こんな時間の無駄に付き合っていられるか。こうなれば、騎士を目指す愚かなことは、さっさと諦めさせてやる!)
「ったく、めんどくさいな。次はもう頼まれないですよ」
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