上 下
8 / 88
第1章 別世界のふたり

1-8 姿のないルイーズと、エドワードのきっかけ

しおりを挟む
 モーガンとルイーズが出会った王家主催の舞踏会から半年後。
 エドワードは断り切れず、スペンサー侯爵家と共同経営をしているビリング侯爵家の夜会に参加していた。

 親しい間柄の2人の令息が、随分と楽し気に会話をしていた。
 そのすぐ後では、エドワードが、その会話を彼らに背中を向けて聞いている。

「今年の騎士の試験に書類を送ったのか? 前に父親から勧められているって、言っていただろう」
「まさか。あんな仕事はやっていられないさ。もっと楽して暮らす方法を見つけたんだ」
「モーガン、まさか悪事に手を出す気かっ! 俺を巻き込むのはやめてくれよ」

「違うさ。女を利用することにしたんだ。騎士は女の成り手がいなくて困っているから採用されやすいし、この国で稼げる仕事の中で給金も最高だろう。だから婚約者に試験に行かせることにしたんだ」

「あんな、きゃしゃなルイーズ嬢に? 無理だろうそれ。よく彼女が良いって言ったな?」

「僕が勧めたら、その気になって騎士試験に申し込んでいたさ、笑えるよなっ。たかが刺繍ししゅうを喜んでおけば満足する単純で馬鹿な女なんだ。部屋に行けば、あけすけに喜んでびを売ってくるから、笑えるんだよな。こき使える女を見つけて幸運だよ、一生安泰だ、はははっ。あいつの姉はそういうわけにはいかないけど、色気が最高なんだよな――」

 背中を向けていたエドワードは、静かに鼻で笑っていた。
(男にびを売ることしか能がない、俺が最も嫌いな女のタイプだ。婚約者にだまされて騎士を目指すとは、愚かな女だな。あの訓練に不純な動機で参加するなど、言語道断。どうせ、あっという間に痛い目を見ることになるだろう。それでも無駄に俺を頼ってこなければ関係ない話か。まあ、今の話では書類審査で落第だろうが)
 そんなことを思いながら、エドワードはこの場を去っていた。

 まだ、令息2人の間で姉妹の話は続いている。
「危険で容赦ない騎士試験を、ルイーズ嬢が受けると言ったら、普通はフォスター伯爵が承諾しないだろう。どうやって説得したんだ?」

「ここだけの話だぞ。あの女、当主がメイドと作った娘なんだ。だから、当主はあの女のことは気にしていないのさ。あの女のために何かすれば、夫人や姉が怒るからな。屋敷の中でいじめられているけど、あの女もそれが分かっているから、何も言わないんだ。姉にも騎士試験の話を聞かせたからな。姉が当主に後押ししたんだろうさ。実際何をしたのか知らないけど」
 実際のところ、当主はルイーズから騎士試験への参加承諾書の署名を求められ、ためらいなく書いただけだった。

「驚いた。普段はそんな様子もなく、家族そろって夜会に来ていただろう……。お前、どこまでも悪い男だな」
「あいつ、屋敷の話をするのを禁止されているし、伯爵夫婦も世間体を気にして、それなりに体裁を保っているからな、ずっとバレないだろうさ。あの女は、人から優しくされたことがないから、僕のウソで喜んでいるし、お互い様だろう」

 *

 その夜会から少したったころ。
 スペンサー侯爵家の当主の執務室に呼ばれたエドワード。
 そこで、この国の宰相とその息子が雲行きの怪しい話をしていた。

「書類審査で落とすはずだった令嬢に、間違って騎士訓練の合格通知を送ってしまった。悪いが、その令嬢をしばらく見ていてくれないか」

「はぁぁーっ、俺がどうしてそんなことを⁉ 父がその令嬢に不合格だと再通知を送ればいいでしょう」

「簡単に言うな。正式に送った文書を撤回できるわけないだろう。訓練で死人が出れば前代未聞だ。訓練は午前中だけだし、どうせお前は昼まで仕事をしていない。令嬢の世話はうってつけだ」

「はぁぁっ! 俺は朝から動くのが嫌いなんだよ。何だってそんなことのために俺が午前中から働くんだよ」
「文句を言うな。騎士の訓練でその令嬢が死なないように見守るのは、当主から、いや宰相からエドワードへの命令だからだ! 最終的には教官長である騎士団長が何とかするだろうから、私の面子も保たれる。万が一、その令嬢が重傷を負ったら……」

 そのことを想像して、途端に顔色が悪くなるエドワードの父。
「エドワード様が、その場で治療をしてください、お願いします」
 治療の話になった途端、エドワードにペコペコと頭を下げだす宰相。

 その依頼にあきれた顔で応えるエドワードは、宰相を白い目で見ている。

「馬鹿か? 俺が顔を見せて治療するわけがない。それに、騎士団長は俺が救護室の人間だって知っているんだ、訓練に俺がいるのはおかしいだろう」

「それは、私がうまい言い訳を考えて騎士団長と教官に説明しておくから、このとおり」
 宰相は、両手を力強く合わせてエドワードを拝んでいた。

 苦虫をかみ潰したような顔をしているエドワードは、先日の夜会で耳に入ってきた話を思い出しイラついていた。

(俺が、あの不純な動機で参加する、馬鹿女のせいで面倒なことを任される羽目になっただと……。俺の嫌いな人間に自ら関るなど、最悪な話だ。こんな時間の無駄に付き合っていられるか。こうなれば、騎士を目指す愚かなことは、さっさと諦めさせてやる!)

「ったく、めんどくさいな。次はもう頼まれないですよ」

**

 そのころ、女性騎士を目指すルイーズは、フォスター伯爵家の自分の部屋で婚約者と過ごしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子の恋愛を応援したい気持ちはありましてよ?

もふっとしたクリームパン
恋愛
ふわっとしたなんちゃって中世っぽい世界観です。*この話に出てくる国名等は適当に雰囲気で付けてます。 『私の名はジオルド。国王の息子ではあるが次男である為、第二王子だ。どんなに努力しても所詮は兄の控えでしかなく、婚約者だって公爵令嬢だからか、可愛げのないことばかり言う。うんざりしていた所に、王立学校で偶然出会った亜麻色の美しい髪を持つ男爵令嬢。彼女の無邪気な笑顔と優しいその心に惹かれてしまうのは至極当然のことだろう。私は彼女と結婚したいと思うようになった。第二王位継承権を持つ王弟の妻となるのだから、妻の後ろ盾など関係ないだろう。…そんな考えがどこかで漏れてしまったのか、どうやら婚約者が彼女を見下し酷い扱いをしているようだ。もう我慢ならない、一刻も早く父上に婚約破棄を申し出ねば…。』(注意、小説の視点は、公爵令嬢です。別の視点の話もあります) *本編8話+オマケ二話と登場人物紹介で完結、小ネタ話を追加しました。*アルファポリス様のみ公開。 *よくある婚約破棄に関する話で、ざまぁが中心です。*随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

旦那様は転生者!

初瀬 叶
恋愛
「マイラ!お願いだ、俺を助けてくれ!」 いきなり私の部屋に現れた私の夫。フェルナンド・ジョルジュ王太子殿下。 「俺を助けてくれ!でなければ俺は殺される!」 今の今まで放っておいた名ばかりの妻に、今さら何のご用? それに殺されるって何の話? 大嫌いな夫を助ける義理などないのだけれど、話を聞けば驚く事ばかり。 へ?転生者?何それ? で、貴方、本当は誰なの? ※相変わらずのゆるふわ設定です ※中世ヨーロッパ風ではありますが作者の頭の中の異世界のお話となります ※R15は保険です

私はただ普通の愛が欲しかった

ララ
恋愛
縁談が決まり、この地獄から抜け出せると思った。 しかしそれは儚い願いだった。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

【完結】ベニアミーナ・チェーヴァの悲劇

恋愛
チェーヴァ家の当主であるフィデンツィオ・チェーヴァは暴君だった。 家族や使用人に、罵声を浴びせ暴力を振るう日々…… チェーヴァ家のベニアミーナは、実母エルミーニアが亡くなってからしばらく、僧院に預けられていたが、数年が経った時にフィデンツィオに連れ戻される。 そして地獄の日々がはじまるのだった。 ※復讐物語 ※ハッピーエンドではありません。 ※ベアトリーチェ・チェンチの、チェンチ家の悲劇を元に物語を書いています。 ※史実と異なるところもありますので、完全な歴史小説ではありません。 ※ハッピーなことはありません。 ※残虐、近親での行為表現もあります。 コメントをいただけるのは嬉しいですが、コメントを読む人のことをよく考えてからご記入いただきますようお願いします。 この一文をご理解いただけない方のコメントは削除させていただきます。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

処理中です...