6 / 88
第1章 別世界のふたり
1-6 17歳の舞踏会②
しおりを挟む
エドワードは、第1王女のレベッカと踊る前に、15歳の第3王女と、16歳の第2王女と踊っていた。
そのせいで、もうすっかりダンスに嫌気が差し、表情がさえなかった。
疲労のにじむ彼の顔を見て、レベッカが頬笑みを向ける。
「あの子たちは、まだ子どもだから、エドワードが相手をするのは大変だったでしょう」
そう言うレベッカは18歳で、エドワードは23歳だ。
「いや、そんなことはありませんが……、堅苦しいダンスが少々苦手でして」
「まあ、それならわたしとだけ踊りたいって父へ伝えれば良かったのに。わたしだって、エドワードなら大歓迎よ」
「ははは、ありがたいお言葉です……」
エドワードの本心を知らないレベッカ王女は、彼は自分に気があると勘違いをしている。
控え目な彼が、自分への婚約の申し出を、ためらっていると考えていたのだ。
これまでの舞踏会で、エドワードがダンスを踊っていたのは自分だけだと知っていた。
そのせいで、レベッカ王女は存分に誤解している。
レベッカ王女とだけ踊っていた本当の理由。
それは、エドワードは陛下とスペンサー侯爵家の当主から王女とのダンスを命じられ、その気もないのに声を掛ける羽目になっていただけ。
けれど、その事情を王女は知らない。
エドワードの本音は、王女と話すのもめんどくさい。といったところ。
エドワードは王女である自分にダンスを申し込み、1曲踊った後は他の誰とも踊らないのだ。
端正な顔立ちのエドワードは、数多の令嬢たちからダンスの申し出を受けている。
それを全て断る。それほどまで、自分を立てていることに快くしていた。
そして、いつまでも煮え切らないエドワードとの結婚を後押しするため、自分から積極的なアピールを始めてきたのだ。
「ふふっ。そう言うと思ったから、わたしとエドワードが結婚するなら、スペンサー侯爵家を公爵家にしてと、父へ頼んでみたの。父からはお許しが出たわ」
それを聞いてエドワードは、じわりと額に汗がにじんだ。
「いや、でも我が家は」
「大丈夫よ、スペンサー侯爵家が、ご両親と一緒に暮らしていることでしょう。それなら、わたしの父が王家所有の、王宮から近い土地を譲ってくれるから。新居を建てれば、わたしも義母に気兼ねなくお茶会が開催できるし、いいと思わない?」
王女からのあり得ない提案が、エドワードの顔をピクピクと引きつらせている。
「俺には過分な条件が次々と用意されて、少し気が引けてしまいます。何より、俺ではレベッカ王女殿下の夫としては、務まらないと思いますよ」
「わたしはわがままだから、エドワードみたいに、落ち着いて、包容力のある人が良いのよ。あなたは優しいから、何でもわたしのお願いを聞いてくれるでしょう」
「いや、俺は王女が思っている人間とは違うだろうから、ご期待に沿えなくて申し訳ない……」
「ふふっ。すぐに謙遜するのね。エドワードからの婚約の申し出、できるだけ早く頂戴ね」
(俺が、落ち着いている? 包容力? 優しい? おいおい、そんな人間じゃないだろう。謙遜じゃねーよ。そう感じているなら、俺が精いっぱい、王女に気を遣っているからだ)
エドワードの表情はこわばっているが、周囲の人間からは「エドワードが王女に照れている」ぐらいに見えてしまう。
黒髪に黒い瞳の見目麗しい、体躯の良いエドワードが、令嬢たちの視線を一身に集めていた。
陛下から、王女3人と踊って欲しいと懇願されていたため、エドワードは致し方なく、その3人目とのダンスをたった今終えたばかり。彼は立ち尽くして、げんなりしていた。
婚約者のいない侯爵家の嫡男へ、令嬢たちが熱い視線を送っている。だが、当のエドワードは、それに全く興味がなかった。
言い寄ってくる令嬢の中には、モーガンのように、この舞踏会だけで振る舞われるリンゴの酒を、是非にと差し出す者も多かった。
それを、しきりに断り続けるエドワード。
(王家主催の舞踏会で、令嬢たちが食いつくような珍しい酒を振る舞うなよ……。次から次へとやって来て、迷惑だっ)
内心は相当に怒っているエドワード。
そのエドワードへ、陛下の側近であるブラウン公爵が、周囲の様子をうかがいながら声を掛けてきた。
「エドワード様、陛下がお呼びになっています」
エドワードは、その側近へ不愉快だと言わんばかりに、眉間にしわを寄せた顔を向ける。
「それは、スペンサー侯爵家の俺か? それとも、もうひとり、としてか?」
「陛下が『エドワード様』と呼ばれていたので、もうひとりとして、だと思います」
「何が起きてんだか知らんが、王宮の仕事中じゃないからな。後で正規の報酬を払えと伝えておけよ」
ブラウン公爵へ、強い口調で言ったエドワード。
(ったく、あのじじぃ。俺を無理やり娘と躍らせた後は、これか……。今は仕事の時間じゃないだろう)
不承不承のエドワードは、おもむろに両手にはめていた手袋を脱ぎながら、陛下の元へ向かっていった。
全く住む世界の違うルイーズとエドワードが、モーガンの企てによって出会うことになるとは、このときの会場にいる誰もが知らなかった。
そのせいで、もうすっかりダンスに嫌気が差し、表情がさえなかった。
疲労のにじむ彼の顔を見て、レベッカが頬笑みを向ける。
「あの子たちは、まだ子どもだから、エドワードが相手をするのは大変だったでしょう」
そう言うレベッカは18歳で、エドワードは23歳だ。
「いや、そんなことはありませんが……、堅苦しいダンスが少々苦手でして」
「まあ、それならわたしとだけ踊りたいって父へ伝えれば良かったのに。わたしだって、エドワードなら大歓迎よ」
「ははは、ありがたいお言葉です……」
エドワードの本心を知らないレベッカ王女は、彼は自分に気があると勘違いをしている。
控え目な彼が、自分への婚約の申し出を、ためらっていると考えていたのだ。
これまでの舞踏会で、エドワードがダンスを踊っていたのは自分だけだと知っていた。
そのせいで、レベッカ王女は存分に誤解している。
レベッカ王女とだけ踊っていた本当の理由。
それは、エドワードは陛下とスペンサー侯爵家の当主から王女とのダンスを命じられ、その気もないのに声を掛ける羽目になっていただけ。
けれど、その事情を王女は知らない。
エドワードの本音は、王女と話すのもめんどくさい。といったところ。
エドワードは王女である自分にダンスを申し込み、1曲踊った後は他の誰とも踊らないのだ。
端正な顔立ちのエドワードは、数多の令嬢たちからダンスの申し出を受けている。
それを全て断る。それほどまで、自分を立てていることに快くしていた。
そして、いつまでも煮え切らないエドワードとの結婚を後押しするため、自分から積極的なアピールを始めてきたのだ。
「ふふっ。そう言うと思ったから、わたしとエドワードが結婚するなら、スペンサー侯爵家を公爵家にしてと、父へ頼んでみたの。父からはお許しが出たわ」
それを聞いてエドワードは、じわりと額に汗がにじんだ。
「いや、でも我が家は」
「大丈夫よ、スペンサー侯爵家が、ご両親と一緒に暮らしていることでしょう。それなら、わたしの父が王家所有の、王宮から近い土地を譲ってくれるから。新居を建てれば、わたしも義母に気兼ねなくお茶会が開催できるし、いいと思わない?」
王女からのあり得ない提案が、エドワードの顔をピクピクと引きつらせている。
「俺には過分な条件が次々と用意されて、少し気が引けてしまいます。何より、俺ではレベッカ王女殿下の夫としては、務まらないと思いますよ」
「わたしはわがままだから、エドワードみたいに、落ち着いて、包容力のある人が良いのよ。あなたは優しいから、何でもわたしのお願いを聞いてくれるでしょう」
「いや、俺は王女が思っている人間とは違うだろうから、ご期待に沿えなくて申し訳ない……」
「ふふっ。すぐに謙遜するのね。エドワードからの婚約の申し出、できるだけ早く頂戴ね」
(俺が、落ち着いている? 包容力? 優しい? おいおい、そんな人間じゃないだろう。謙遜じゃねーよ。そう感じているなら、俺が精いっぱい、王女に気を遣っているからだ)
エドワードの表情はこわばっているが、周囲の人間からは「エドワードが王女に照れている」ぐらいに見えてしまう。
黒髪に黒い瞳の見目麗しい、体躯の良いエドワードが、令嬢たちの視線を一身に集めていた。
陛下から、王女3人と踊って欲しいと懇願されていたため、エドワードは致し方なく、その3人目とのダンスをたった今終えたばかり。彼は立ち尽くして、げんなりしていた。
婚約者のいない侯爵家の嫡男へ、令嬢たちが熱い視線を送っている。だが、当のエドワードは、それに全く興味がなかった。
言い寄ってくる令嬢の中には、モーガンのように、この舞踏会だけで振る舞われるリンゴの酒を、是非にと差し出す者も多かった。
それを、しきりに断り続けるエドワード。
(王家主催の舞踏会で、令嬢たちが食いつくような珍しい酒を振る舞うなよ……。次から次へとやって来て、迷惑だっ)
内心は相当に怒っているエドワード。
そのエドワードへ、陛下の側近であるブラウン公爵が、周囲の様子をうかがいながら声を掛けてきた。
「エドワード様、陛下がお呼びになっています」
エドワードは、その側近へ不愉快だと言わんばかりに、眉間にしわを寄せた顔を向ける。
「それは、スペンサー侯爵家の俺か? それとも、もうひとり、としてか?」
「陛下が『エドワード様』と呼ばれていたので、もうひとりとして、だと思います」
「何が起きてんだか知らんが、王宮の仕事中じゃないからな。後で正規の報酬を払えと伝えておけよ」
ブラウン公爵へ、強い口調で言ったエドワード。
(ったく、あのじじぃ。俺を無理やり娘と躍らせた後は、これか……。今は仕事の時間じゃないだろう)
不承不承のエドワードは、おもむろに両手にはめていた手袋を脱ぎながら、陛下の元へ向かっていった。
全く住む世界の違うルイーズとエドワードが、モーガンの企てによって出会うことになるとは、このときの会場にいる誰もが知らなかった。
0
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
王子の恋愛を応援したい気持ちはありましてよ?
もふっとしたクリームパン
恋愛
ふわっとしたなんちゃって中世っぽい世界観です。*この話に出てくる国名等は適当に雰囲気で付けてます。
『私の名はジオルド。国王の息子ではあるが次男である為、第二王子だ。どんなに努力しても所詮は兄の控えでしかなく、婚約者だって公爵令嬢だからか、可愛げのないことばかり言う。うんざりしていた所に、王立学校で偶然出会った亜麻色の美しい髪を持つ男爵令嬢。彼女の無邪気な笑顔と優しいその心に惹かれてしまうのは至極当然のことだろう。私は彼女と結婚したいと思うようになった。第二王位継承権を持つ王弟の妻となるのだから、妻の後ろ盾など関係ないだろう。…そんな考えがどこかで漏れてしまったのか、どうやら婚約者が彼女を見下し酷い扱いをしているようだ。もう我慢ならない、一刻も早く父上に婚約破棄を申し出ねば…。』(注意、小説の視点は、公爵令嬢です。別の視点の話もあります)
*本編8話+オマケ二話と登場人物紹介で完結、小ネタ話を追加しました。*アルファポリス様のみ公開。
*よくある婚約破棄に関する話で、ざまぁが中心です。*随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)
野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。
※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。
※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、
どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。
私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?
ラキレスト
恋愛
わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。
旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。
しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。
突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。
「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」
へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか?
※本編は完結済みです。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
婚約者にフラれたので、復讐しようと思います
紗夏
恋愛
御園咲良28才
同期の彼氏と結婚まであと3か月――
幸せだと思っていたのに、ある日突然、私の幸せは音を立てて崩れた
婚約者の宮本透にフラれたのだ、それも完膚なきまでに
同じオフィスの後輩に寝取られた挙句、デキ婚なんて絶対許さない
これから、彼とあの女に復讐してやろうと思います
けれど…復讐ってどうやればいいんだろう
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる