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第1章 別世界のふたり

1-4 エドワードの秘密

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 エドワードを王宮へ連れだすために、陛下の側近であるブラウン公爵が、スペンサー侯爵家を訪ねていた。
 その側近は冷や汗をかきながら、侯爵家の当主へエドワードへの取り次ぎを頼み込んでいる。

 それに頭を抱えたエドワードの父は、その責任から逃れようと逃げ腰になる。ハッとひらめいた当主は、家令にエドワードを起こすように命じて、一目散に自分の部屋へ隠れる作戦に出た。

 何も知らないエドワード。「当主の急用」と、家令から無理やりたたき起こされた時点で、すこぶる機嫌が悪く、足取りの遅い姿は、見るからにめんどくさいと言いたげだ。
 彼は気が乗らない表情をしつつも、父の呼び出しに応じるため、来客が待つエントランスを通り過ぎようとしていた。
 エドワードはこの時間に起きるつもりは毛頭ない。もうひと眠りするつもりの彼は、着替えてもいなかった。
 金糸の刺繍ししゅうで家紋が施された最高級のシルクで作られたガウンを羽織り、大きなあくびをしながら歩いている。

 それでも「当主」からと言われれば、いや応なく父を立てているエドワード。
 彼の中で線引きされた、主従関係がそうさせていた。

 歩く自分に向けられる視線。エドワードは、ふいに目をやる。
 その途端、当主の部屋へ向かうエドワードの足が、ピタリと静止し、体がわなわなと震え始めた。
 お前は家まで来たのか! と、エントランスにいる公爵へ冷たい視線を向ける。
 エドワードは陛下の用件を察知し、いら立ちを抑えられずにいる。
 それと同時に彼は、宰相である父にはめられたことを察する。我慢しきれないエドワードは、当主の部屋の方向をにらみつける。 
 ……が、もちろん、その先に誰もいない。

「朝早くからふざけやがって! 俺は、午前中は働かないって言っているだろう。俺の他にも王宮には2人いるんだ。そいつらを使え」
「そこを何とか頼むエドワード様、と陛下の言葉です。今日は隣国の使節団との会合がありまして……その……」
「じじぃの予定くらいは知っているって。ったく、分かったよ。お前だって、俺が断ったら困るんだろう。あー、って言っても、腹立つなっ。この時間は王宮の仕事の時間外だからな。報酬は、しっかり払ってもらう」
「陛下もそのつもりですので……」

 ムッとした表情のエドワードは、面白くないまま仕立ての良い紳士の装いへ着替えた。

 王宮に着いたエドワードは、起きると同時に着けていた手袋を脱いで、国王陛下の私室へ入っていった。

「おい、じじぃ! わざわざ呼び付けやがって」
 陛下の私室へ入ったエドワードは、いら立ちを隠すことなく、奥にある寝所しんじょへ向かっている。
「悪い、そう怒らんでもいいだろう」

「はぁぁーっ! じじぃが仕事中の2人に頼まず、俺をたたき起こすからだろう。あいつら2人は、昼を過ぎれば疲れたと、ふざけたことを言って帰っていくんだ。午後は俺1人で仕事をしているんだから、たまにはいたわれ!」

 腕を組んだエドワードは、うつぶせで横になったままの陛下へ日頃の不満もぶつけている。

 幼かったエドワードと陛下の、誰にも言えない強烈な出会い。
 エドワードは陛下の恩人だ。
 2人の初対面のとき。今の国王陛下は当時王太子だった。
 あまりに情けない自分自身の状況に、「王太子」と名乗れず、エドワードに「じじぃ」と咄嗟とっさに名乗った関係が今も続いている。

「だが、エドワード様が疲れたと言うのは聞いたことがないな。頼むよ」
「俺があの2人より体力があるからなんだろう。深く考えたこともないから知らないけど。それより大丈夫か、どうしたんだよ」
 そう言うと、エドワードは、陛下の身に何が起きているのかと心配した表情に変わり、無言のまま陛下の手に触れた。

 しばらくして、エドワードがその部位に、軽くたたくような合図を2回送り、自分の仕事の終了を知らせている。
 エドワードの仕事は確実に陛下へ届き、起き上がれずにいた国王は、おもむろに動きだした。

 ……でも、何も言わない2人。
 陛下は無言のまま、じーっっと、エドワードが手袋をはめるのを見守っていた。
 陛下の思惑を知らないエドワードは、陛下が自分を呼び付けた原因に、いささか不満を持っている。

 けれど陛下の公務の時間を知っている彼は、言いだせば長くなると思い、早急にこの場から立ち去るつもりだ。早々に手袋をはめ、部屋の出口へ向かっていた。

 エドワードが両手に手袋をはめ終わるのを見計らい、陛下は、エドワードに命令する。

「エドワード、次の舞踏会で私の娘と踊ってくれ」
 その言葉を聞いたエドワードは、陛下の方を振り返り白い目で見ている。

「――信じられないな。朝から無理やり働かせて、その手できたのか? 陛下の前では、うかつに宰相の息子に戻るのは良くないと分かった」
「ふんっ。欲しいものを手に入れるのに、手段は選んでいられないだろう。王女は3人いるからな、気に入った娘をエドワードの嫁にやる」
「俺はまだ、結婚する気はないですよ」
「スペンサー家の当主の承諾は得ている」

(ったく、あの父は何を勝手に……)

「俺の特性は周囲に知らせる気はないので、陛下と側近、俺の補佐官、騎士隊長の秘匿事項にしたいのは、譲る気はありません。我が家の中でも父しか知らないですから。他人の話を茶会で触れ回る女性たちは信用できませんから、母でさえ知らないことです。それなのに結婚なんて無理でしょう」

「返事は急がないから時間をやろう。娘たちと話をして誰を選ぶか考えろ」
 陛下が高圧的にエドワードに命じたため、彼は唇をグッとかむ。

「――承知しました」
 渋々なのが、はっきり陛下に伝われ。そう思ったエドワードは、不快感のにじむ顔で返答した。

 スペンサー侯爵家の嫡男である、エドワードの立場。
 それとは別に、ごく限られた人間にしか、その権限を行使したことのない、彼の職位。

 エドワードの中で線引きされた肩書は、手袋をはめた時点で、もう1人の立場から宰相の息子に戻っていた。
 自分の特性を周囲に知られたくないエドワードの、立ち位置を分けた主従関係がそうさせている。

 自分がスペンサー侯爵家の令息として陛下の前にいるときは、「陛下」の命令と言われれば、いや応なく陛下を立てるエドワード。
 
 そんなエドワードがルイーズのために毎日朝早くから、世話を焼くとは、このときの彼は知らなかった。
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