記憶と魔力を婚約者に奪われた「ないない尽くしの聖女」は、ワケあり王子様のお気に入り~王族とは知らずにそばにいた彼から なぜか溺愛されています
瑞貴◆後悔してる/手違いの妻2巻発売!
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第5章 離さない
ジュディットの記憶の修復②
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「……不思議だわ。この現象があまり頻繁に続くようなら、何か対策が必要ね」
「そうですね。今後、ジュディット様が王太子妃となれば、今以上に忙しくなるでしょうから、我々騎士団と同行して、瘴気を浄化してもらうのも難しくなるでしょうし」
「そうね。妹のリナが対応できればいいんだけど、彼女だと、魔力が足りなくてお願いできないのよね……」
妹の全魔力を使い切れば、浄化はできると思うが、そうもいかないから頭を悩ませている。
妹は、「魔力が底をつくのが嫌なの~。魔物に遭遇した時にどうするのよ~」と言っては、瘴気の浄化へ同意しないのだ。
それでも「聖女なのか」と説教したいところだが、確かに瘴気だまりへ向かへば周囲に魔物がいるのは否めないし、怖いのかもしれない。普通は。
そんな我が儘な妹を思い出し、一段と深いため息が出る。
すると、シモンから「申し訳ありません……」と、恐縮しきりな口調で言われてしまった。
「何が?」
「今日は、ジュディット様と王太子殿下の婚礼に関する、『禊の儀』でしたよね……。それなのに、騎士団との魔物の討伐を優先させてしまって」
「ああ……、まあ、本当はね……」
「王太子殿下にお渡しするハンカチを、徹夜で完成させたと、昨日、伺ったのに……」
他人行儀な関係を払拭するために、何がいいかとシモンに訊ねたら、「刺繍を入れたハンカチを贈ってみては?」と、アドバイスをもらったものだ。
ちゃんと準備したのにすっかり忘れていたせいで、ポケットの底で、ガラス玉に潰されしわくちゃなはず。
今更渡せないなと思うわたしは、はにかんだ笑顔を見せる。
「ふふっ、慣れない事はするものじゃないわね。お互いに愛称呼びをしてみたくて、ちょっと背伸びをした刺繍を入れてみたんだけどね。殿下にはお渡ししない方がいいのよ。儀式は中止だし」
「中止ですか⁉ てっきり延期だと思ってました! そんなことなら、ジュディット様に森の奥まで同行してもらわなかったのに」
彼が激しく動揺する。
「いいのよ。禊の儀は、月歴で決まっているから変更できないらしいのよ。結婚式の前には、もう満月は来ないし……。だけど、禊の儀をしなくても結婚はできるから」
「リナ聖女が、この瘴気の浄化に動いてくれていれば――」
リナが森へ入るのを拒んだことに納得していないシモンが、唇をかむ。
「『瘴気が大きすぎるから無理だ』と、リナに言われてしまえば仕方がないわ。だけど、お父様は禊の儀が中止になったことを、怒っているだろうな……」
「ドゥメリー公爵様であれば、聖女についてご理解があるから大丈夫でしょう」
「どうかしらね」
本当の話を聞かせるわけにもいかず、曖昧に返答した。
聖女の加護があるくせに、わたしが自分の母を救えなかったことを、父はずっと恨んでいる。
だけど、馬車で事故に遭遇した母に対面したのは、すでに母の息が絶えた後だった。
聖女でもできないことは存在するが、それを理解できないようだ。
そんなことを考えながら、シモンに視線を向ける。
「風刃!」
あえて唱える必要もない魔法名を大声で張り上げる。
目的は、わたしが魔法を使うことをシモンに伝えるため、わざと口に出した。
わたしの声に反応して、同じ歩幅で進んでいた彼が、ピタリと止まった。
そして、短い草が生えた地面に、トサッと小さな音が響き、シモンが音の先へ顔を向けた。
足元に転がる芋虫のような魔物を見て、彼は一瞬で青くなった。
「こらシモン、危ないわよ。討伐が終わったからって油断し過ぎよ。あなたの肩に魔虫が乗っていたわ。わたしのことばかり気にしてないで、自分のことを見ないとね」
「あ、ありがとうございます。こんな近くに魔物がいたのに全く気付きもしませんでした」
「あら、それはもっと困った事態ね。心を澄まして魔力の気配を感じれば、ごくわずかな魔虫の魔力でも分かるはずだけど」
「いや、幼虫ですよ。こんな小さな魔物の気配に気付く方が無茶です。そんなことができるのは、ジュディット様くらいですよ」
そう言って彼は、深々と頭を下げた。
「わたしも、魔物を一掃したと思い込んで、今の今まで気付かなかったのが恥ずかしいわ」
「いえ。撤収を判断したのは我々騎士団ですから。それよりジュディット様、お急ぎください。今なら禊の儀ができるかもしれませんよ」
「そうね」と返したが、きっと、シモンが期待するようなことにはならないわねと考えながら、歩き進める。
ようやっと森を抜けたところで、乗ってきた栗毛の馬が目に入る。
自分自身に身体強化をかけ、ひょいっと容易く馬の背に跨った。
「あ~あ。お腹空いたなぁ。今日は朝ごはんを逃してしまったわね。そーだ! 明日は、魔猪を見つけたゲートへ向かうわよ!」
「魔狼の方がお金になるし、辺境伯領は無理ですからね。どうせ着く頃には逃げてますよ」
「結婚したら、悠長に出かけられないでしょう。今しかないのよ」
「いいえ駄目です。王都から一番近いゲートにしか行きませんよ」
「……つまんないわねぇ。じゃぁ一人で行くわ」
「明日はダチョウを探すよう、騎士たちに命じておきますよ。ダチョウなら、狩ってすぐに食べられますし」
「それなら明日はダチョウでいいや」と短く口にし、手を振った。
彼へ丁寧に別れの挨拶をしなかったのは、これまで九年近く続けた日常が、当然明日もやってくると思っていたのだから――。
そうして到着した王宮で、オレンジの香りがするお茶を飲んでいたのだが、フィリベールから激昂され、慌ててパチッと目を開けた!
「そうですね。今後、ジュディット様が王太子妃となれば、今以上に忙しくなるでしょうから、我々騎士団と同行して、瘴気を浄化してもらうのも難しくなるでしょうし」
「そうね。妹のリナが対応できればいいんだけど、彼女だと、魔力が足りなくてお願いできないのよね……」
妹の全魔力を使い切れば、浄化はできると思うが、そうもいかないから頭を悩ませている。
妹は、「魔力が底をつくのが嫌なの~。魔物に遭遇した時にどうするのよ~」と言っては、瘴気の浄化へ同意しないのだ。
それでも「聖女なのか」と説教したいところだが、確かに瘴気だまりへ向かへば周囲に魔物がいるのは否めないし、怖いのかもしれない。普通は。
そんな我が儘な妹を思い出し、一段と深いため息が出る。
すると、シモンから「申し訳ありません……」と、恐縮しきりな口調で言われてしまった。
「何が?」
「今日は、ジュディット様と王太子殿下の婚礼に関する、『禊の儀』でしたよね……。それなのに、騎士団との魔物の討伐を優先させてしまって」
「ああ……、まあ、本当はね……」
「王太子殿下にお渡しするハンカチを、徹夜で完成させたと、昨日、伺ったのに……」
他人行儀な関係を払拭するために、何がいいかとシモンに訊ねたら、「刺繍を入れたハンカチを贈ってみては?」と、アドバイスをもらったものだ。
ちゃんと準備したのにすっかり忘れていたせいで、ポケットの底で、ガラス玉に潰されしわくちゃなはず。
今更渡せないなと思うわたしは、はにかんだ笑顔を見せる。
「ふふっ、慣れない事はするものじゃないわね。お互いに愛称呼びをしてみたくて、ちょっと背伸びをした刺繍を入れてみたんだけどね。殿下にはお渡ししない方がいいのよ。儀式は中止だし」
「中止ですか⁉ てっきり延期だと思ってました! そんなことなら、ジュディット様に森の奥まで同行してもらわなかったのに」
彼が激しく動揺する。
「いいのよ。禊の儀は、月歴で決まっているから変更できないらしいのよ。結婚式の前には、もう満月は来ないし……。だけど、禊の儀をしなくても結婚はできるから」
「リナ聖女が、この瘴気の浄化に動いてくれていれば――」
リナが森へ入るのを拒んだことに納得していないシモンが、唇をかむ。
「『瘴気が大きすぎるから無理だ』と、リナに言われてしまえば仕方がないわ。だけど、お父様は禊の儀が中止になったことを、怒っているだろうな……」
「ドゥメリー公爵様であれば、聖女についてご理解があるから大丈夫でしょう」
「どうかしらね」
本当の話を聞かせるわけにもいかず、曖昧に返答した。
聖女の加護があるくせに、わたしが自分の母を救えなかったことを、父はずっと恨んでいる。
だけど、馬車で事故に遭遇した母に対面したのは、すでに母の息が絶えた後だった。
聖女でもできないことは存在するが、それを理解できないようだ。
そんなことを考えながら、シモンに視線を向ける。
「風刃!」
あえて唱える必要もない魔法名を大声で張り上げる。
目的は、わたしが魔法を使うことをシモンに伝えるため、わざと口に出した。
わたしの声に反応して、同じ歩幅で進んでいた彼が、ピタリと止まった。
そして、短い草が生えた地面に、トサッと小さな音が響き、シモンが音の先へ顔を向けた。
足元に転がる芋虫のような魔物を見て、彼は一瞬で青くなった。
「こらシモン、危ないわよ。討伐が終わったからって油断し過ぎよ。あなたの肩に魔虫が乗っていたわ。わたしのことばかり気にしてないで、自分のことを見ないとね」
「あ、ありがとうございます。こんな近くに魔物がいたのに全く気付きもしませんでした」
「あら、それはもっと困った事態ね。心を澄まして魔力の気配を感じれば、ごくわずかな魔虫の魔力でも分かるはずだけど」
「いや、幼虫ですよ。こんな小さな魔物の気配に気付く方が無茶です。そんなことができるのは、ジュディット様くらいですよ」
そう言って彼は、深々と頭を下げた。
「わたしも、魔物を一掃したと思い込んで、今の今まで気付かなかったのが恥ずかしいわ」
「いえ。撤収を判断したのは我々騎士団ですから。それよりジュディット様、お急ぎください。今なら禊の儀ができるかもしれませんよ」
「そうね」と返したが、きっと、シモンが期待するようなことにはならないわねと考えながら、歩き進める。
ようやっと森を抜けたところで、乗ってきた栗毛の馬が目に入る。
自分自身に身体強化をかけ、ひょいっと容易く馬の背に跨った。
「あ~あ。お腹空いたなぁ。今日は朝ごはんを逃してしまったわね。そーだ! 明日は、魔猪を見つけたゲートへ向かうわよ!」
「魔狼の方がお金になるし、辺境伯領は無理ですからね。どうせ着く頃には逃げてますよ」
「結婚したら、悠長に出かけられないでしょう。今しかないのよ」
「いいえ駄目です。王都から一番近いゲートにしか行きませんよ」
「……つまんないわねぇ。じゃぁ一人で行くわ」
「明日はダチョウを探すよう、騎士たちに命じておきますよ。ダチョウなら、狩ってすぐに食べられますし」
「それなら明日はダチョウでいいや」と短く口にし、手を振った。
彼へ丁寧に別れの挨拶をしなかったのは、これまで九年近く続けた日常が、当然明日もやってくると思っていたのだから――。
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