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第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

あなたは……わたしを捨てた人⑤

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「彼の言うとおりだよジュディ。一緒に帰るよ」

「あの~、失礼ですが、あなたのお名前は? どちらの領地から、ここまでいらしたのですか?」
 アンドレが怪訝な口調で男性に訊ねる。

 そうすると、疲れ果てた顔の男がアンドレの目を真っ直ぐ見て、躊躇いなく口を開く。

「私はケランと申します。ロンギア侯爵領から来ました。他の領地を回ってからここに辿り着いたので、すぐ隣だというのに、娘を見つけるまで時間がかかってしまいました。ここへ一番初めにくれば、もっと早くに再会できたのに」
 
 その男に「分かりました」と答えたアンドレがわたしへ向き直った。

「すぐ隣だし、いつでも会えますよ。ジュディは一度、家に帰った方がいいでしょう」
「やだ!」

「家に帰って過去のことを思い出した後でも、まだ僕に会いたいと思うならここに戻っておいで。僕はジュディが来るのを待っているから」

「どうしてそんなことを言うのよ。さっきまでは『ずっと一緒にいよう』って言ってくれたのに、話が違うじゃない。わたしはアンドレといるの。お願いだから傍にいさせてよ、ねっ」

「一緒にいたいのは変わっていないけど……あの時は、ジュディの迎えが来るとは思ってもいなかったから。ご家族がいるなら、あの話は一度白紙に戻すべきです」

「いやよ。あの人のことを知らないし、怖いの。付いていってはいけないって予感がするわ。わたしの部屋に帰る」

「いいえ駄目です。迎えにいらした家族がいるなら、この場所から出ていってください。ここで誘拐騒ぎを起こされるのは本当に困るので、ジュディを事務所へ置くわけにはいきませんから」

「歓迎会は……。今日の夜はバーベキューパーティーの予定だったのよ。楽しみにしていたのに酷いじゃない」

「ん――……。ジュディは狩る前から食べる話をしていたんでしたね」
 真面目な顔のアンドレは、しばらく考え込んだ後、見知らぬ男を真っ直ぐ見つめる。

「明日、僕が彼女をご自宅へ送り届けますので、家に帰るのは、一日待ってくれませんか? 今晩、ジュディが楽しみにしている食材を皆でいただく予定なんですよ」

「そういうことなら、ジュディと一度帰った後に、夕方、再び訪ねてもよろしいでしょうか? ジュディの婚約者も必死に娘を探しているんです。彼に早く会わせてやりたいので」

「ぇ……婚約者——……」
 そう言ってアンドレが呆然と固まる。そんな彼を横目にキッパリと否定する。

「嫌よ! 帰らない、嘘だわ。婚約者なんていないでしょう。わたしには全然しっくりこないもの。あなたとは一緒に行かない」

「駄目ですよジュディ。必死に探していたお父さんに、そんなことを言うものではありませんよ」

「婚約者なんていないし、どうでもいいのよ」

「ジュディのためです……その魔法契約——。婚約者がいるなら素直に家へ帰りなさい」

「嫌だって言っているのに何よ! もういいわ。アンドレが部屋に入れてくれないなら、ナグワ隊長に頼んで部屋を貸してもらうから。わたしは床でも眠られるから、問題ないもの」

「何を言っているんですか! 許可できるわけがないでしょう」
「やだやだやだやだ。絶対に嫌! ナグワ隊長なら分かってくれるもの」
 アンドレの気を引きたくて、大きな声で騒ぎ立てた。

「いいえ。今の時間をもって、あなたはカステン軍とはなんの関係もありません。寄宿舎へ上がり込むのは金輪際、認めることはできません。早く帰りなさい」

「そんなぁぁ」

 とにかくケランを信じてはいけない。彼に会ってからというもの、体中がぴりぴりと緊張が走っている。

「——ケランさん、ジュディを一度連れ帰ってください。ご実家に帰れば落ち着くでしょうし。せっかくですから、夕方にまた、お二人で来てください。待っていますので」

「アンドレ様。娘を心配してくださり、感謝申し上げます。夕方に再び、お礼も兼ねてうかがいます」

 そう言って頭を下げた父が、強引にわたしの体を引いた。

 ——え? 父の力が尋常ではない。
 嘘っ……。
 この人……魔法を使っているの⁉︎
 どうして?
 駄目だ。この人は危険だわ。娘一人を連れ戻すために身体強化をかけるのは、あり得ないもの。

 カステン軍の兵士たちは、土蜘蛛を目の前にしても身体強化をしていなかった。できないのか、魔力温存なのかは知らないけど、魔物を警戒する兵士でさえ使っていなかったのだ。

 それなのに、父と名乗る庶民の男は、何を恐れて身体強化をかけているというのだ⁉︎ 全ておかしい!

 彼と馬車に乗ってはいけない。まずいと振り返り、アンドレの手を取りたくて腕を伸ばそうとした。
 だがそれをすぐに引っ込め、「助けて」と出かけた言葉は、喉の奥で押し殺した。

 怒った顔のアンドレが目に映った瞬間。わたしの中の何かが、彼からも逃げろと警告した。

「……アンドレよね?」
「ジュディ?」
 ――あの人は誰? 嫌だ。アンドレが怖い――。
 よく知る人物さえ別人に感じるほどパニックを起こし、訳も分からず、前へ向き直った。
 
 逃げろって何? 以前、アンドレと何かあったのだろうか?
 もしかして、森からわたしを拾ってきたという話は全部嘘だったのかもしれない。わたしを欺くために。

 たまに覗かせる彼の冷たい態度が、彼の本性なのか――。
 嘘……。なんてことなの……。

 朝食を摂っていたときの思わせぶりな彼の言葉は何だったんだ……。最低だ。
 ここにいても危険ならば、隙を突いて父から逃げた方がまだ、チャンスがある。そう見込み、誘導される馬車に大人しく乗り込んだ。
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