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第3章 わたしを捨てたのはあなた⁉

ワケあり王子の不器用な決断①

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 パジャマを買ってもらった後。アンドレが食堂に来るのを夜まで待っていたが、彼は現れなかった。

 アンドレがわたしに頼みたい仕事とは、何だったのだろう。
 正式な依頼は受けていない気もするが、一応、知った手前だ。このまま知らんふりをするわけにもいくまい。

 そう思って、厨房の仕事をひとしきり終えたあとに、アンドレの部屋を訪ねた。まだ八時だし、一仕事はこなせると思う。

「アンドレ~、いるかしら?」
 部屋の前で声をかけると、ゆっくりと扉が開き、不思議そうな顔をされた。

「どうかしましたか?」
「どうかしましたかも何も、アンドレがわたしに仕事を頼みたいって言っていたでしょう。そのために来たのよ」

「ああ、すっかり忘れていました。確かにそんなことを言った記憶がありますね。もしかして、それを真に受けて僕の部屋に来たんですか?」
 目を瞬かせる彼から、不穏な空気が漂う。

 もしやと思うが、またしても騙されたのだろうか。そうだとしたら、ナグワ隊長といい、アンドレといい、わたしを揶揄いすぎだろう。

 わたしのことを、遊ぶのにちょうどいいマスコットか何かだと勘違いしていないだろうか。

「当たり前でしょう。まさかとは思うけど、あれも冗談でしたって話じゃないでしょうね」

「まったく……。僕の部屋で、ジュディがなんの仕事ができるんですか? そんな誘いに簡単に乗ってはいけませんよ」

「えぇ~。やっぱり、また騙されたのか。もういいわよ、じゃあね」
 と伝え、彼の部屋を後にしようとすれば「待って」と、引き止められた。

「ふふっ、せっかく来てくれたなら仕事をしてもらいますか」
 彼は目を細め、甘えた顔をする。
「だから、わたしに何をさせる気なのよ!」

「僕の話し相手をして欲しんですが、駄目ですか? 部屋では落ち着かないので、リビングで待っていてくれませんか?」
 見つめてくる彼がそう告げた。さすがにこれは揶揄っている様子もなく、「うん」と承諾した。

 一足先に着いたリビング。目についた黒いソファーに深く腰掛ければ自然とあくび溢れ、「ふぁ~あ」と音を出しながら、キョロキョロと周囲を見回す。

 そういえば、この事務所に転がり込んでから、ここへ入ったのは初めてだ。

 余計な物が一切ない広い空間には、テーブルを囲むように一人掛けのソファーが置かれており、家族団らんでくつろぐというよりも、仕事用の応接室に見える。

 アンドレの言うとおり、ここが、カステン辺境伯の事務所というのには頷ける。それくらいに生活感がなく、殺風景である。

 どちらにしても、ちり一つ落ちていない空間を見ると、アンドレは本当に綺麗好きなのだろう。
 しげしげと周囲を窺っていると、お茶を持ったアンドレがやってきた。

「お待たせしました。僕に付き合わせてしまい、申し訳ないですね」

「な~んだ、言ってくれたらお茶くらい淹れたのに」

「ふふっ、ジュディに任せていたら、どんなお茶が出てくるか分からないでしょう」

「ひっどいわね。流石にお茶くらい淹れられるわ。手順は頭に入っているもの」

「ははっ、それなら良かった。次はジュディにおススメのお茶を淹れてもらいますね。ナグワ隊長からお茶に誘われて、随分と食いついていましたから」

 あれ? お茶は一体、どこで、誰と飲んでいたんだろう。
 だけど、随分と上品な方から、いつもおいしいお茶を勧められて飲んでいた気がする。それは、数少ない女性との交流という感覚がある。

 友人と言うより、エレーナのような母に近い感覚の人だ。それは誰だというのだろう。

「わたし……。お茶には煩かったかもしれない、いや、どうだろうなぁ? 色々誰かに教えてもらった気がするんだけど、今はさっぱり分からないわ」
「それがジュディらしくて安心するから、そのままでいて欲しいですね」

「ふふ、確かにわたしらしいわ」
「ジュディの口に合うか分かりませんが、いただきましょう」
 と言いながら、彼がわたしの目の前に、そっとお茶を置いてくれた。その細くて長い指が綺麗で、つい見入ってしまう。

 ――何だろう。かつて、同じような経験がある錯覚で、うなじがピリつく。
 ふわっと浮かび上がるのは、嬉しいような感覚と同時に耐えがたいほどの悲しい感情。
 たかがお茶くらいに、大袈裟なくらい感情が乱され、目頭が熱くなる。何があったというのだ。

 このまま涙を流しては、アンドレに不信感を抱かせる気がする。

 そう思ったわたしは、紅茶の香りを堪能する振りをして、しばらく俯いたまま、昂った感情が鎮まるまでやり過ごす。

 ――不思議だ。ぼんやりと浮かぶ出来事は一回だけなのに、真逆の感情が何故か二つ並んでいる。
 それなのに……。その理由に少しの見当もつかない。

「――ねぇ、わたし……アンドレにお茶を淹れてもらったのは、初めてよね」

「そうですね。そもそも僕が女性にお茶を淹れたのは、今が初めてですし。だから、おいしくないと言われないか、ドキドキしているけど」

「ふふっ。そんなことを言っても、わたしと違って上手にこなすのがアンドレなのよね」
 拗ねた口調でそう伝え、美しい花柄のティーカップに口をつけ、こくりと一口飲む。そうすると、ほらねと鼻が鳴った。
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