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第2章 あなたは暗殺者⁉

窺い合う二人①

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「ジュディ、待たせてしまい申し訳ありませんね」

 廊下からノックと共に声が聞こえる。
 アンドレが部屋まで迎えに来てくれたと分かり、すぐさま扉へ駆け寄り彼の顔を覗く。
 何故か顔が赤い。それに酷く項垂れている。

 おそらくだが、彼はカステン辺境伯と相当揉めたに違いない。
 そうでなければ、ここまでへこまないわよね。
 一体何を話していたのかと、心配になる。
 
「カステン辺境伯様のことは、大丈夫なの?」

「ええ、イヴァン卿の事は、全く問題はないので心配しなくて大丈夫ですよ」
 そう言う割に、彼は嘘くさい澄まし顔をする。

「じゃあ、どうしてそんなに落ち込んでいるのかしら」

「ジュディの……いいえ。何を言おうとしたか忘れました、すみません」
 申し訳なさげに告げたが、どうしたと言うのだろう。

 よく分からず「ん? 本当に問題はないの?」と、首を傾げる。

「突然イヴァン卿が来て、ジュディを驚かせて申し訳ありませんでした。彼のことは気にする必要はありませんので、気を取り直して買い物へ行きましょう」

 うんと返すわたしは、当初の予定どおり買い物へ向かう。

 なんだろう……。言い争うカステン辺境伯とアンドレは、随分と親しい間柄に見えた。
 どういう繋がりなのかと、二人の関係を知りたい。

 けれど、この手の質問で昨日は、図々しいと呆れられたのよね。
 今一度冷静になり、口走りそうな感情を必死に堪えた。

 たかだか年齢と仕事を訊ねたくらいで野宿に変わったんだ。布団は逃したくないもの。

 苦い出来事を思い返したわたしは、カステン辺境伯との関係を、もう少し関係が深まってから訊ねることに決めた。

 それからわたしたちは、彼の馬に乗って、領内にある服屋へ到着した。

 彼が連れてきてくれたのは、辺境伯領の目抜き通りの角にある大きな服屋だ。
 その店は、なかなか小洒落た外観の店舗である。窓から見える店内には、男女問わずの衣服が並ぶ。

 パッと見たところ、女性の間では、オーガンジーの素材が流行っているのかしら。
 飾ってあるブラウスにしても、スカートにしても、とても薄くて軽い素材で作られた、女性らしい衣裳が飾られている。

 年ごろのくせに、「流行っているのかしら」なんて思うくらい、お洒落に疎いところみると、あんまりお金のある暮らしを送っていなかったのね。
 お嬢様ではないなと、しみじみ痛感する。

 そう思いながら店のガラス扉に手をかけ開けようとすれば、スラックスの裾をまくり、あり合わせの白いシャツを着ている野暮ったい自分の格好が映る。

 嫌だな、なんだか恥ずかしい。

 一緒に入店するアンドレは、同伴者の格好を気にしていないかしらと、様子を窺う。

 すると、至って平気な顔をしている彼は、わたしのためにさっと扉を開いてくれた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとう」

 彼の目を見て礼を告げた後、今めかしい服がひしめく店内へ入る。すると、キラキラと素敵な服が目に飛び込んでくる。

 うわぁ~、なんて可愛い服がいっぱいなの!

 決して欲張りではないと信じたいのだけれど、ついついあれも、これもと目移りしてしまう。お金もないくせに。

 気に入ったのを手当たり次第、目星を付けた。

 そして、店内を流し見しているわたしの視界に、ランジェリーコーナーが目に止まった。

 やばい。下着の存在を忘れていた。気づいて良かったわ。これは必須だ。
 けどな……。無駄に種類が多いなと顔が引きつる。

 ……そう。
 形や生地が違う、色とりどりの下着がわんさとある。

 そもそも彼にも予算というものがあるはずなのよ。
 ってことは、お金を払ってもらう手前。最後には買いたい品を見せる必要があるのよね。

 絶対に買って帰らないといけないけど、「こんな子どもっぽいのを選ぶんだ」とか「ふしだら」とかアンドレに思われたらどうしよう。

 不安になってアンドレをちらりと見る。
 すると、先ほどまで真横にいたはずの彼の姿がない。

 どこへ行ったのかと思い、ぐるりと見渡し彼を探す。そうすると、彼は買い物に付き合うのに飽きたのだろう。

 扉から外の景色を眺めている。

 何を見ているのかと思って窺っていると、ガラス越しにアンドレとばっちり目が合った。

 わたしが彼を見ているのがバレて、パッと視線を戻した。

 よし、下着を吟味するなら彼が外を見ている今がチャンスだな――。
 そう判断して、無造作にたくさん入っている下着コーナーから物色する。

 そうだなぁ~。とは悩んでみたけど、無難なのってどれを指すんだろうか?
 全部同じ白一択で選ぶと、無難を通り過ぎて、無頓着な人みたいじゃない。

 ええ~、何がいいんだろう……。
 それに、何の違いがよく分からないのに、お値段も結構違うし。

 人様に見せる予定のない下着ごときに散々迷った挙句。パステルカラーの紫、黄緑、水色、ピンクで一揃え集めてみた。

 それと先に店内を歩いている時に気になった、ワンピースやスカート、ブラウスを何点かずつ手に取る。
 下着は服に隠すように混ぜ込み、空いていた商品棚へと広げた。
 よし! これでいいわね。

「ねぇねぇ、どの服が似合うかしら。気に入ったのがいっぱいありすぎて、選べないわ。アンドレの気に入ったのを買おうと思うのよね」

「なんでそんなことを、僕に聞くんですか?」

 何故か恥ずかしげに口ごもる。
 下着は隠れて見えないわよねと、不思議に思う。

「ん? 何が? アンドレの好みを聞いているのよ」

「好みって……。それは、ご自分で選んでください。僕の好みは関係ないでしょう」

「ええぇ~。そんな釣れない事を言わないでよね。こっちは困って聞いているんだから。わたしに、似合う服はどれかしら?」

「似合う服って言われても……」

「なんかね。こうして誰かと一緒に服を選びたいと思っていた気がするの。自分が身に着ける服を、あーだ、こーだ言いながら決めるのを、ずっと憧れていた感覚があるわ」

「そうなんですか――」

「うん。胸の中がふわふわしていて不思議な感じがするわ。こうしてアンドレと話をしながら買い物をすれば、何かを思い出せるかもしれないもの。アンドレは何がいいと思う?」

「ジュディが選んだのは、全部、露出が多いのでどうかなぁ……。できれば軍の連中の気を引く様な、肩の開いた刺激の強い服は着ないで欲しいですね。トラブルの原因になるので」

「そんなぁ~。じゃあ、アンドレはどの服がいいって言うのよ」

「僕は、今ジュディが着ている。……僕の服が一番似合っていると思います」

 アンドレがそれを言い切ると、顔を逸らした。
 その態度を見て、ははぁ~ん。なるほどなと思う。

「そう。その手できたのね!」
「何がですか⁉」

「服を買ってくれると約束したのに、いざ目の前にしたら、思っていた以上に高くて、買うのを躊躇っているんでしょう」

「え⁉ どうしてそうなるんですか?」
 目をパチクリさせるアンドレから、動揺の色が見える。ほらね。

「もういいわよ自分で何とかするから。やっぱり指輪を売って、お金に換えてから出直すわ」

「だから、それは売るなと言ったはずです。分かりました。そういうことなら、ジュディが気に入ったものを全部買うとしましょう!」
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