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第1章 気が付かない3人の関係

再会②

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 6歳の夏は、例年にない熱波がこの国を襲った年だった。

 わたしは、体調を崩した母に付き添い、避暑地であるリンゼー湖の近くに別荘を借りて過ごした。
 リンゼーに着いてみれば、体調を崩したはずの母は、なんと仮病で、屋敷の者全員を騙していたのだ。
 その理由が、わたしを外に出したかったと言うんだから驚いた。

 母の演技で父から逃れたわたしは、あの時初めて、子どもらしい時間と、おとぎ話のような経験をしていた。
 これまでの人生で一番輝き、まるで主人公みたいなわたし。

 わたしは、その時に出会ったリックから、プロポーズされたのだ。
 公爵家のわたしと、商人の子のリックが互いに求め合っても、結婚できるわけがない。
 まだ幼かったといっても、我が家の事情はよく分かっていた。

 だけど、何度も想いを伝えるリックを、適当にあしらえないどころか、わたしの中でリックへの恋心が、どんどんと膨らんだ。
 
 そのときのリックは、自分の母のことを誇らし気に話をしていた。
 母への気持ちを言葉に出せるところも、彼のような勉強熱心な性格も、わたしにピッタリだって感じた。

 それに何といっても、見た目がわたしの理想そのものだったの。
 キリリッとした力強い目に、美しい顔立ちの美少年は、既に将来が分かるような容姿。
 またいつか、どこかで会えたらいいな、と思ったのが素直な気持ちだった。

 だけどまぁ現実はこんなもので、結局、いくら待っても目の前にリックは現れなかった。
 いつか会えると夢見たけど、わたしの18歳の誕生日が過ぎていた。

 父が持ってきた政略結婚。

 わたしは、覚悟を決めて父の前に立ったけど、父の方が腑に落ちない表情だ。
 呼び出されたのは、わたしよねと、違和感を抱く。

「遅くにすまないが、断るなら早い方がいい案件だから、明朝直ぐに返事を送るつもりだ。アリーチェを指名して、フレデリック第1王子が妃候補の試験をしたいそうだ」

「試験? それは面接ですか」
 今まで聞いたことのない話で、思わず聞き返してしまった。

「いや違う。これと同じ通知を30人の令嬢が受け取っている。それに、妃を決定するのは3年後と、ふざけた内容だ。第2王子よりは真面だが、これにアリーチェが参加すれば、他に婚約者を決められなくなる。一応アリーチェの意向を聞こうと思っただけだ」

 早口で喋り切った父からは、この試験を断る気配しか伝わってこない。
 心底迷惑そうな顔をしている父は、わたしがこの国の王族と結婚することに、全く興味がない。

 実のところ、メレディス王国の王室から届いた縁談は今回が初めてではない。

 間もなく成人するミカエル第2王子から、何度も婚約者指名の書簡が届いていた。

 大した時間も空けずに2度3度と続き、その度に父は不機嫌な顔で、わたしに意向を聞いていた。

 父が乗り気にならない結婚に、わたしが飛びつくわけもなく、いつも断っていた。

 だけど今回ばかりは違う。
 目の前が急にキラキラ輝いた気がした。

 これってもしかして、舞台のスポットライトってやつかしら。
 演劇なんて行ったことがないから、知らない。でも、きっとそうだ。

 6歳の頃に出会ったリックは、もしかして、王子かもしれないと思っていた。

 これまで何度もわたしに婚約を願ってきた第2王子は、わたしより年下だから絶対に違う。
 だって、リンゼー湖で出会った王子が、3歳の頃のミカエル殿下では、到底あり得ないもの。

 でも、この度の妃試験を主催しているのは、わたしより1つ年上の第1王子だ。

 そして、王子の名前はフレデリック。
 しかも、わざわざ30人も令嬢を集めて。
 それって、わたしを探しているんじゃない?
 きっとそうだ。
 その試験に行けば、リックに会える。

「行く! 参加しますっ! わたしはお父様のお陰で知らないことは何もないもの、妃試験なんて寝ていても受かっちゃいます。ちゃちゃっと、わたしが妃になって、3年後といわず、明日にでも妻になるわっ! そうだったのね~、わたしの運命の赤い糸は、この国の第1王子とつながっていたんだ。きゃ~どうしよう――」

 わたしは、これまで出会ったてきた家庭教師達から、普通じゃないとか変だ、と言われることが多い。
 どうやら世間から見ると気味が悪い存在らしい……。
 だけど、こんなわたしを直ぐに好きだと言ってくれたリックなら、大丈夫だわ。

「いや、試験は1週間後から…………」

 
 知らない土地へ行くのが不安で、どんよりとした気持ちは、嘘のようになくなり、今は飛び立てそうなくらいに弾んでいる。

 居ても立ってもいられなくて、勢い余って父の部屋から飛び出してきた。

 リンゼー湖で出会った時に、迎えにいくときに欲しい物は? と、聞かれて、わたしはサンドイッチと答えた。

 そして、リックはフィナンシエが好きだって言っていた。
 そうだ、今からフィナンシエを焼こう。10個、いや、足りないから100個。
 ううん、朝まで焼けるだけ焼かなきゃ。

 やっぱりわたしは、本の中のヒロインと一緒なんだわ。


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