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39・ごま油の気配

第117話 遥か彼方からの商人

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 アーランは一応港があり、ここを使って、遥か彼方にある南方大陸と貿易したりしている。
 まあ、大変危険な海なので、出ていった船団の三つに一つは帰ってこない。

 南方大陸から来る船も似たようなものだろう。
 基本は帆船だが、魔力を使って蒸気船のような動きもできる。
 これは風を受けて、それを魔力に変換する装置が働いており、凪になれば魔力による稼働が始まるのだという。

 それほどの技術を持ってしても、南方大陸へ向かう航路は危険でいっぱいなのだ。
 どれくらいの距離なの? とリップルに聞いたら。

「そうだなあ。順風満帆、追い風を受けてまっすぐに進めたとして、一ヶ月は掛かると聞いたことがあるね」

「遠い!!」

 とんでもない距離である。
 そりゃあ出ていった船団は帰ってこないだろう。
 第一、食料はどうするんだ。
 生鮮食品が圧倒的に足りなくなって壊血病になるではないか。

「野菜は大切だ……」

 僕は呟きながら、最近市場に並び始めたトマドを丸かじりするのだった。
 酸味が強くて甘みは少ない。
 だが、これに砂糖を掛けるとちょうどいい。
 恐ろしく汁気が多いので、喉の乾きも潤うというものだ。

「それで、私を久々にやって来た商船を見に誘おうっていうのかい」

「そういうこと。船を見に人がいっぱい集まってるってさ。野次馬目当ての露天もたくさん出てるから、買い食いしながら船を眺めて遠い国の品々を拝もうぜ」

「露天があるなら……」

 安楽椅子冒険者が立ち上がった!
 最近は比較的まったりと暮らしていたリップルだが、いつまでも引きこもっているのも良くはない。
 こうやってたまに日に当ててやらないとな。

 二人で連れ立って出かけていくと、港は凄い人だかりだった。
 そう言えば、下町の店はどこも休みだったな。
 みんな店を閉めて船を見に来たな!?

 本当に毎日をエンジョイしてる連中だ。
 と思ったら、下町の店主たちが露天を出しているではないか。 
 たくましい連中だ。

「おーいナザル! なんだ、女連れか」

「おおギルボウ! あんた、露天で手延べパスタ出してるのか!」

「わっはっはっはっは! 俺の手技はなかなかのものでな! おいそれと真似できん! ほれ、手延べパスタのトマドソース三人前だ!」

 大皿に山盛りになったパスタがテーブルを滑っていく。
 これを待ち受けていた客たちが歓声を上げた。

 おおっ、もうトマドがソースになっている!
 ドロドロになるまで煮込んで、塩とハーブとにんにくで味を整え……。
 ちょいちょいっとオブリーオイルを垂らした一品である。

 パスタとトマドソースしかない。
 だが、この世界ではかなりの美食であろう!!

「リップル、ちょっと食べていこう。あれなら粉とトマドしか使ってないからお腹に持たれないよ」

「なるほどー。ナザルが美味しいって言うものは確かに美味しいからね。私もいただくとしよう」

 ということで、ギルボウのトマドパスタをもりもり食べながら船を眺めるのだった。

 船は大型で、三隻。
 色は黒くて、立派なマストがついていた。
 一隻のマストはへし折れており、外壁には何かに巻きつけられた跡があるな。

「あれはクラーケンと戦ったね。よく無事だったもんだ。ああ、分かった。水夫に深き海の民を雇ったな」

「深き海の民?」

 それはなんだと思ったら、荷物を運び出している水夫の何人かがカエル人みたいな外見をしていた。

「南方の大陸ではアビサルワンズと呼ばれていてね。ちょっと変わった風貌だが、話してみれば気持ちのいい連中だよ。はんばーがーやふらいどぽてとという不思議な食べ物を作れるらしい」

「な、な、なんだってー!!」

 僕は飛び上がった。
 それはすごい情報じゃないか!!
 つまりこの世界に、ハンバーガーとフライドポテトが存在するということになる!!

 コツコツとパスタを復活させてきた僕だが、海の向こうではハンバーガー文化が根付いていたのか!!
 一気に親近感が湧いてきたぞ、南方大陸。

 僕はアビサルワンズに接触すべく、食事を終えてから動き出した。
 途中で休んでいるアビサルワンズを発見。

「ちょっといいかな?」

「なんです?」

 見た目はカエル人間みたいだが、話してみると全然フランクだ。

「ハンバーガーやフライドポテトがある文化圏に住んでいると聞いたんですが本当ですか」

「あ、本当ですよー。ご存知でしたか。実はこれ、我らが神の住んでいた聖なる地の食事でして。他にフライドタコスとピザとコーラという聖なる食事があります」

「おほー!」

 僕は興奮のあまり倒れそうになった。
 リップルが後ろから支えて、僕の頬をペチペチ叩く。

「正気に戻れナザル! 片道一ヶ月で、三割が死ぬ旅に出なければ味わえない美食だぞ? 命あってのものだねじゃないか」

「言われてみれば……」

 アビサルワンズの面々も頷く。

「我々も生きて故郷の土を踏めるかは分かりません。それに、北方大陸のご飯は美味しくないと聞きます」

 これに対して、僕はにっこり微笑んだ。

「安心して欲しい。アーランの食事は大きく改善したんです。今はパスタが大流行!  ぜひ食べていって欲しい」

「パスタ!?」「我が神から聞いたことがあるような……」「ま、まさかあなたは、我が神と魂の故郷を同じくする神人……」

 ははーっ、とアビサルワンズが僕にかしこまってしまった。
 これは調子が狂う。
 だがここで確信する。

 彼らの神もまた、異世界転生者だ。
 そして南方大陸の地にて、アメリカンファストフード文化を広めているのだ。

 おお、素晴らしきこの世界、パルメディア!
 いつか絶対に南方大陸に行くぞ。

 天を仰ぎ誓う僕だった。
 そんな僕の鼻腔をくすぐる、西洋風とは違う、どこか懐かしい香り……。
 これは……。

「水夫たち、運んで運んで! 売り物を並べてお金にするんだから!」

 どじょうヒゲの商人が、アビサルワンズたちに指示を下す。
 カエルみたいな水夫たちが、わいわいと動き出した。

 僕の鼻に届いた香りは、その商人の手の中にあるが……。

「失礼ですが、何をお持ちで……?」

「あ、これですか? お目が高い」

 商人がニッコリ笑った。

「北方大陸へ向かう途中の島で採取しました、セサミと言う香辛料でございます」

 ご、ご、ゴマだーっ!!

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