上 下
105 / 202
35・冬のお仕事

第105話 白い都アーラン

しおりを挟む
 飯を食い終わって外に出ると、空からはらはらと雪が降ってくるところだった。
 魔法の灯りに照らされて、なんとも幻想的だ。
 ま、この世界そのものが僕の前世からすると、幻想世界……ファンタジーなんだけど。

「ゆきー! コゲタ、群れにいたときはゆき、きらいだった。エサなくなる。寒いと、弱いなかましぬ。でも、ふしぎ! ご主人といるとゆき、きらいじゃない!」

「いつになく饒舌じゃないか。そうだなな。やっぱ、安心できるようになると余裕って産まれるものだからね。コゲタはやっと落ち着けて、だから雪が綺麗だって思えるようになったんだろう」

 僕の言葉を半分も分かってないと思うが、だけどコゲタはニコニコしながら話を聞いていた。
 その後、二人でパラパラと降る雪の中をのんびり歩く。

 幻想的な夜だ。
 雪雲から降りてくるモンスターなんて、まるでいないかのようだ。

「やあこんばんは。冒険者さん、これから見回りかい? お疲れ様だよ」

「どうもどうも」

「これ、差し入れの焼き肉」

「あっ、こいつはどうも」

 道行く人から差し入れをもらってしまったぞ。
 冬だと言うのにアーランはあったかいな。
 いや、以前はここまであったかくなかった気がする。

 ここ最近、アーランは食生活がどんどん豊かになってきており、民たちは味を楽しむという娯楽を得たことで心豊かになってきているのかも知れない。
 焼き肉、なんかバターで焼かれていて美味いぞ。

「おいしー!」

「コゲタは油とか塩とか摂りすぎるとよくないからな。食べ終わったら小走りで移動しよう」

「わん!」

 腹ごなしも同時にやると、体もポカポカ温まるというものだ。
 商業地区をぐるりと巡り、そこから下町に入っていく。

 徐々に周囲の喧騒は収まり、静かになっていくぞ。
 下町ですら寝静まる冬。
 お陰で治安がとてもいい夜。

 僕らは完全装備でもこもこに着込んでいるから耐えられるのだ。
 靴には水が染み込んでこないよう、蝋を塗っているし。

「雪質的には粉雪か……。ザクザクしてて楽しいんだけど、これからどんどん降り積もって行きそうだな」

「ざくざく、ざくざく!」

 足音が楽しいらしく、コゲタはどんどん先に行った後、こっちに振り返ってから駆け戻って来た。

「ごしゅじーん! だーれもいない!」

「そうだなあー。でも、みんな寝ているところだから静かにな。コゲタだって、いい気分で寝てるところをうるさくされて起こされたらいやだろう?」

「うん! ! ……わかった」

 最後は小声になった。
 賢い。

 いつもなら騒がしく、そしてあちこちでスリや盗みの機会を伺う連中がいる下町。
 だが、今はそんな気配が微塵もない。
 みんなこの寒さにやられて、家の中に閉じこもってぶるぶる震えているに違いない。

「下町の巡回、終了!」

「しゅうりょう!」

 指差し点検の後、居住区画へ向かった。
 たくさんの家々が立ち並ぶ場所で、昼間はみんな働きに出ているから静かなこの場所は、なんと遅くになっても賑やかだった。

 ホームパーティみたいなものが開かれているのかも知れない。
 どこかで誰かが、夜通し飲み明かしているのだな。

 むしろ安心できるかも知れない。
 
「ご主人!」

 ここで、コゲタが注意喚起の声を上げた。
 彼の鼻が、人ならざる何かのにおいを嗅ぎつけたのだろう。

「おそらからにおい! くさいの!」

「モンスターか。居住区画に降り立つつもりだな。やっこさん、静かな場所は好みではないと見える」

 僕が頭上を注視すると、闇に紛れて白いものが降りてくるところだった。
 なるほど、これはなかなか大型のモンスターのようだ。

 冬の風に乗って、アーランの空を滑空している。
 見た目は超大型のムササビのような。

 雪ムササビとでも呼ぼう。
 雪ムササビはパーティをしている家の一つに目をつけたようだった。
 そこを目掛けて降りていこうとする。

 僕はこんなこともあろうかと用意してきていたスリングを構えた。
 石が収まる場所に器があり、そこに油を溜めて放り投げるのだ。

 油、宙を舞う!
 僕は慎重に油をコントロールした。
 形を変え、風に乗り……雪ムササビに見事着弾!

 いやあ、遠距離だとほんの少しの油しか操作できないな。
 だが、今回はこれで十分。
 雪ムササビの体を這い上がった油は、猛烈な勢いでムササビの目玉に入り込む。

『ウグワーッ!!』

 まるで人間みたいな叫び声をあげて、雪ムササビは空中で身を捩った。
 そして落下していく。

「追いかけるぞコゲタ!」

「わん! こっち!」

 コゲタが雪ムササビの臭いを辿ってくれる。
 臭いらしいからな。
 恐らく、見た目通りのムササビじゃない。

 到着した場所で、雪ムササビはその体から大量の雪をふるい落とすところだった。

 雪を集めてハングライダーのようにし、空から降りてきたモンスターだったのだ。
 なんともいい難い見た目の白い獣が、僕を確認してから唸り声を上げた。

『人間め、お前の仕業か! いいだろう! まずはお前から食ってやろう!!』

 立ち上がるモンスター。
 で、既に僕がばらまいていた油。
 モンスターはその上に踏み出したわけだ。

 つるんと滑る。

『ウグワーッ!!』

「地上に降りたんなら、もう僕の勝ちだよ。じゃあね、バイバーイ」

 油があっという間にモンスターを覆っていく。
 相手は油で溺れ、ゴボゴボ言いながら動かなくなったのだった。

「ご主人つよーい!」

「ははは、万に一つもコゲタが怪我をすることがないようにね。速攻で叩き潰したよ」

 後は朝を待ち、ギルドに報告だ。
 ただまあ、モンスターを倒したからと言ってこれで仕事終了とはいかないのが辛いところだ。

 僕の任務は、朝まで巡回すること。
 いやあ、辛い任務だなあ……。

 せめて雪の夜を楽しみながら、ぐるぐる歩き回ることにしよう……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...