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35・冬のお仕事
第105話 白い都アーラン
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飯を食い終わって外に出ると、空からはらはらと雪が降ってくるところだった。
魔法の灯りに照らされて、なんとも幻想的だ。
ま、この世界そのものが僕の前世からすると、幻想世界……ファンタジーなんだけど。
「ゆきー! コゲタ、群れにいたときはゆき、きらいだった。エサなくなる。寒いと、弱いなかましぬ。でも、ふしぎ! ご主人といるとゆき、きらいじゃない!」
「いつになく饒舌じゃないか。そうだなな。やっぱ、安心できるようになると余裕って産まれるものだからね。コゲタはやっと落ち着けて、だから雪が綺麗だって思えるようになったんだろう」
僕の言葉を半分も分かってないと思うが、だけどコゲタはニコニコしながら話を聞いていた。
その後、二人でパラパラと降る雪の中をのんびり歩く。
幻想的な夜だ。
雪雲から降りてくるモンスターなんて、まるでいないかのようだ。
「やあこんばんは。冒険者さん、これから見回りかい? お疲れ様だよ」
「どうもどうも」
「これ、差し入れの焼き肉」
「あっ、こいつはどうも」
道行く人から差し入れをもらってしまったぞ。
冬だと言うのにアーランはあったかいな。
いや、以前はここまであったかくなかった気がする。
ここ最近、アーランは食生活がどんどん豊かになってきており、民たちは味を楽しむという娯楽を得たことで心豊かになってきているのかも知れない。
焼き肉、なんかバターで焼かれていて美味いぞ。
「おいしー!」
「コゲタは油とか塩とか摂りすぎるとよくないからな。食べ終わったら小走りで移動しよう」
「わん!」
腹ごなしも同時にやると、体もポカポカ温まるというものだ。
商業地区をぐるりと巡り、そこから下町に入っていく。
徐々に周囲の喧騒は収まり、静かになっていくぞ。
下町ですら寝静まる冬。
お陰で治安がとてもいい夜。
僕らは完全装備でもこもこに着込んでいるから耐えられるのだ。
靴には水が染み込んでこないよう、蝋を塗っているし。
「雪質的には粉雪か……。ザクザクしてて楽しいんだけど、これからどんどん降り積もって行きそうだな」
「ざくざく、ざくざく!」
足音が楽しいらしく、コゲタはどんどん先に行った後、こっちに振り返ってから駆け戻って来た。
「ごしゅじーん! だーれもいない!」
「そうだなあー。でも、みんな寝ているところだから静かにな。コゲタだって、いい気分で寝てるところをうるさくされて起こされたらいやだろう?」
「うん! ! ……わかった」
最後は小声になった。
賢い。
いつもなら騒がしく、そしてあちこちでスリや盗みの機会を伺う連中がいる下町。
だが、今はそんな気配が微塵もない。
みんなこの寒さにやられて、家の中に閉じこもってぶるぶる震えているに違いない。
「下町の巡回、終了!」
「しゅうりょう!」
指差し点検の後、居住区画へ向かった。
たくさんの家々が立ち並ぶ場所で、昼間はみんな働きに出ているから静かなこの場所は、なんと遅くになっても賑やかだった。
ホームパーティみたいなものが開かれているのかも知れない。
どこかで誰かが、夜通し飲み明かしているのだな。
むしろ安心できるかも知れない。
「ご主人!」
ここで、コゲタが注意喚起の声を上げた。
彼の鼻が、人ならざる何かのにおいを嗅ぎつけたのだろう。
「おそらからにおい! くさいの!」
「モンスターか。居住区画に降り立つつもりだな。やっこさん、静かな場所は好みではないと見える」
僕が頭上を注視すると、闇に紛れて白いものが降りてくるところだった。
なるほど、これはなかなか大型のモンスターのようだ。
冬の風に乗って、アーランの空を滑空している。
見た目は超大型のムササビのような。
雪ムササビとでも呼ぼう。
雪ムササビはパーティをしている家の一つに目をつけたようだった。
そこを目掛けて降りていこうとする。
僕はこんなこともあろうかと用意してきていたスリングを構えた。
石が収まる場所に器があり、そこに油を溜めて放り投げるのだ。
油、宙を舞う!
僕は慎重に油をコントロールした。
形を変え、風に乗り……雪ムササビに見事着弾!
いやあ、遠距離だとほんの少しの油しか操作できないな。
だが、今回はこれで十分。
雪ムササビの体を這い上がった油は、猛烈な勢いでムササビの目玉に入り込む。
『ウグワーッ!!』
まるで人間みたいな叫び声をあげて、雪ムササビは空中で身を捩った。
そして落下していく。
「追いかけるぞコゲタ!」
「わん! こっち!」
コゲタが雪ムササビの臭いを辿ってくれる。
臭いらしいからな。
恐らく、見た目通りのムササビじゃない。
到着した場所で、雪ムササビはその体から大量の雪をふるい落とすところだった。
雪を集めてハングライダーのようにし、空から降りてきたモンスターだったのだ。
なんともいい難い見た目の白い獣が、僕を確認してから唸り声を上げた。
『人間め、お前の仕業か! いいだろう! まずはお前から食ってやろう!!』
立ち上がるモンスター。
で、既に僕がばらまいていた油。
モンスターはその上に踏み出したわけだ。
つるんと滑る。
『ウグワーッ!!』
「地上に降りたんなら、もう僕の勝ちだよ。じゃあね、バイバーイ」
油があっという間にモンスターを覆っていく。
相手は油で溺れ、ゴボゴボ言いながら動かなくなったのだった。
「ご主人つよーい!」
「ははは、万に一つもコゲタが怪我をすることがないようにね。速攻で叩き潰したよ」
後は朝を待ち、ギルドに報告だ。
ただまあ、モンスターを倒したからと言ってこれで仕事終了とはいかないのが辛いところだ。
僕の任務は、朝まで巡回すること。
いやあ、辛い任務だなあ……。
せめて雪の夜を楽しみながら、ぐるぐる歩き回ることにしよう……。
魔法の灯りに照らされて、なんとも幻想的だ。
ま、この世界そのものが僕の前世からすると、幻想世界……ファンタジーなんだけど。
「ゆきー! コゲタ、群れにいたときはゆき、きらいだった。エサなくなる。寒いと、弱いなかましぬ。でも、ふしぎ! ご主人といるとゆき、きらいじゃない!」
「いつになく饒舌じゃないか。そうだなな。やっぱ、安心できるようになると余裕って産まれるものだからね。コゲタはやっと落ち着けて、だから雪が綺麗だって思えるようになったんだろう」
僕の言葉を半分も分かってないと思うが、だけどコゲタはニコニコしながら話を聞いていた。
その後、二人でパラパラと降る雪の中をのんびり歩く。
幻想的な夜だ。
雪雲から降りてくるモンスターなんて、まるでいないかのようだ。
「やあこんばんは。冒険者さん、これから見回りかい? お疲れ様だよ」
「どうもどうも」
「これ、差し入れの焼き肉」
「あっ、こいつはどうも」
道行く人から差し入れをもらってしまったぞ。
冬だと言うのにアーランはあったかいな。
いや、以前はここまであったかくなかった気がする。
ここ最近、アーランは食生活がどんどん豊かになってきており、民たちは味を楽しむという娯楽を得たことで心豊かになってきているのかも知れない。
焼き肉、なんかバターで焼かれていて美味いぞ。
「おいしー!」
「コゲタは油とか塩とか摂りすぎるとよくないからな。食べ終わったら小走りで移動しよう」
「わん!」
腹ごなしも同時にやると、体もポカポカ温まるというものだ。
商業地区をぐるりと巡り、そこから下町に入っていく。
徐々に周囲の喧騒は収まり、静かになっていくぞ。
下町ですら寝静まる冬。
お陰で治安がとてもいい夜。
僕らは完全装備でもこもこに着込んでいるから耐えられるのだ。
靴には水が染み込んでこないよう、蝋を塗っているし。
「雪質的には粉雪か……。ザクザクしてて楽しいんだけど、これからどんどん降り積もって行きそうだな」
「ざくざく、ざくざく!」
足音が楽しいらしく、コゲタはどんどん先に行った後、こっちに振り返ってから駆け戻って来た。
「ごしゅじーん! だーれもいない!」
「そうだなあー。でも、みんな寝ているところだから静かにな。コゲタだって、いい気分で寝てるところをうるさくされて起こされたらいやだろう?」
「うん! ! ……わかった」
最後は小声になった。
賢い。
いつもなら騒がしく、そしてあちこちでスリや盗みの機会を伺う連中がいる下町。
だが、今はそんな気配が微塵もない。
みんなこの寒さにやられて、家の中に閉じこもってぶるぶる震えているに違いない。
「下町の巡回、終了!」
「しゅうりょう!」
指差し点検の後、居住区画へ向かった。
たくさんの家々が立ち並ぶ場所で、昼間はみんな働きに出ているから静かなこの場所は、なんと遅くになっても賑やかだった。
ホームパーティみたいなものが開かれているのかも知れない。
どこかで誰かが、夜通し飲み明かしているのだな。
むしろ安心できるかも知れない。
「ご主人!」
ここで、コゲタが注意喚起の声を上げた。
彼の鼻が、人ならざる何かのにおいを嗅ぎつけたのだろう。
「おそらからにおい! くさいの!」
「モンスターか。居住区画に降り立つつもりだな。やっこさん、静かな場所は好みではないと見える」
僕が頭上を注視すると、闇に紛れて白いものが降りてくるところだった。
なるほど、これはなかなか大型のモンスターのようだ。
冬の風に乗って、アーランの空を滑空している。
見た目は超大型のムササビのような。
雪ムササビとでも呼ぼう。
雪ムササビはパーティをしている家の一つに目をつけたようだった。
そこを目掛けて降りていこうとする。
僕はこんなこともあろうかと用意してきていたスリングを構えた。
石が収まる場所に器があり、そこに油を溜めて放り投げるのだ。
油、宙を舞う!
僕は慎重に油をコントロールした。
形を変え、風に乗り……雪ムササビに見事着弾!
いやあ、遠距離だとほんの少しの油しか操作できないな。
だが、今回はこれで十分。
雪ムササビの体を這い上がった油は、猛烈な勢いでムササビの目玉に入り込む。
『ウグワーッ!!』
まるで人間みたいな叫び声をあげて、雪ムササビは空中で身を捩った。
そして落下していく。
「追いかけるぞコゲタ!」
「わん! こっち!」
コゲタが雪ムササビの臭いを辿ってくれる。
臭いらしいからな。
恐らく、見た目通りのムササビじゃない。
到着した場所で、雪ムササビはその体から大量の雪をふるい落とすところだった。
雪を集めてハングライダーのようにし、空から降りてきたモンスターだったのだ。
なんともいい難い見た目の白い獣が、僕を確認してから唸り声を上げた。
『人間め、お前の仕業か! いいだろう! まずはお前から食ってやろう!!』
立ち上がるモンスター。
で、既に僕がばらまいていた油。
モンスターはその上に踏み出したわけだ。
つるんと滑る。
『ウグワーッ!!』
「地上に降りたんなら、もう僕の勝ちだよ。じゃあね、バイバーイ」
油があっという間にモンスターを覆っていく。
相手は油で溺れ、ゴボゴボ言いながら動かなくなったのだった。
「ご主人つよーい!」
「ははは、万に一つもコゲタが怪我をすることがないようにね。速攻で叩き潰したよ」
後は朝を待ち、ギルドに報告だ。
ただまあ、モンスターを倒したからと言ってこれで仕事終了とはいかないのが辛いところだ。
僕の任務は、朝まで巡回すること。
いやあ、辛い任務だなあ……。
せめて雪の夜を楽しみながら、ぐるぐる歩き回ることにしよう……。
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