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30・安楽椅子冒険者、走る
第89話 探せ、新たな食材(デーモン)を
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昼の町中は賑やかだ。
それなりに稼ぎのある人々が家を構える場所で、男たちは仕事に向かい、昼は女たちの時間。
あちこちで賑やかな話し声が響いていたかと思ったら、楽器の音が聞こえたり、静かだと思ったら老婦人が軒先で椅子に腰掛けて編み物をしていたり。
「アーランにもこんな場所があるんだなあ……。冒険者をしていると、あまりこういうところに立ち入らないよなあ」
「盗賊は普通にこういうところを仕事場にしているぜ。何せ、盗みが仕事だからな。もっとも、盗賊ギルドは盗みに入られないための保険を売っていてな。これが目下のところ、一番大きい稼ぎだ」
おうおう、やくざなお仕事だ。
そのものなんだが。
「ふむふむ……。おかしなところはないかな? 私はこの辺りの日常をあまり良く知らないんだ。アーガイルが教えてくれると助かるな」
「もちろんです、リップルさん!」
アーガイルさんがにっこにこになった。
本当にファンだなあ。
どこそこは婦人会の集まりがあるとか、だからどこの家とどこの家が留守にしているとか、時折歩き回っている男は盗賊ギルドの監視員だとか。
監視員は、アーガイルさんを見ると背筋を伸ばし、会釈した。
我らがゴールド級の盗賊は鷹揚に手を上げて反応する。
偉い人ではあるんだよな。
「ふむ、だとすると……。この家は保険に入っている?」
リップルが目を留めたのは、一軒のお屋敷だ。
この辺りでは、ちょっと大きめなんじゃないだろうか。
塀は飾り彫がされており、あちこちが風を通すための穴になっている。
そこから、庭の中がある程度覗けるのだ。
「こういうものは、あえて整えられた庭を見せるために開けてあるのだろうけど……それにしては、庭師がはしごを途中で放りだして消えているんだよね。それを片付けようという人もいない」
「ああ、なるほど。盗賊が入り込んで、家人を殺したり、あるいは束縛したりしてないかってことですか。だったら安心してください。この家は保険に入ってます。つまり」
「見せるための庭で、はしごを放りだしてそのままにしておく者はいない。異常事態が起こっている可能性があるということだ。じゃあ頼むよー」
「うっしゃあ!」
僕は壁を駆け上がった。
生み出した油が圧縮され、強い反発力を生む。
僕は油で作り上げた足場を蹴りながら、塀を一瞬で飛び越えた。
「とんでもねえ応用しやがる……。負けちゃいられんな」
アーガイルさんの声が聞こえたと思ったら、彼は一跳びで塀の上に立った。
なんだその跳躍力。
ゴールド級になる冒険者は、唯一人の例外もなく、近隣諸国から『化け物』と呼ばれるレベルの実力者だ。
順当な方法で強くなってたどり着ける領域におらず、ギフトに近いありえない強さを持ってる……とか。
で、まあ、ゴールド級の上のプラチナ級は名誉職。
ダイヤ級は成果を重ね、信頼を得たプラチナ級が到達する頂点で、マスター級は歴史上でほんの数人。
例えば、リップルが所属していた英雄パーティのリーダーがこの数十年でたった一人のマスター級だ。
つまり……冒険者として普通に到達するなら、ゴールド級で頂点。
そこから名誉を得てプラチナ級になる。
叩き上げのプラチナ級は、ゴールド級の中でもとびきりの化け物だという噂だ。
いやあ怖い怖い。
なお、リップルは多分そんなプラチナ級だろうが蹴散らせるだろう。
インフレがひどい。
僕はね、この世界で戦うのは馬鹿らしいからやめようと思うんだ。
つるりと油を張って、壁を滑り降りる。
庭はよく手入れされていたが、明らかにはしごの周りはその手入れが途中だった。
投げ出してどこかに行ったのか?
「私の推理によると……まず、ゼルケルは庭師に化けた。だが、それは家人に見つかっているはずだよ。なぜだろうね?」
いつの間にかリップルがいる。
飛行の魔法でやって来たんだろう。
「えーと……やつが壁を超える姿を、庭師に見られたからですかね?」
「そう、その通り。ゼルケルは人間に化けるが、デーモンのままでは空を飛べるわけでもなく、並外れた跳躍力があるわけでもない。あくまで化けた対象に能力を頼る類のデーモンだ。彼は驚き、声を上げた庭師に化けた。そしてまずは庭師を殴り倒す。殺す時間はなかっただろう。だから……」
リップルが耳を澄ませた。
ムームー言う声が聞こえる気がする。
「あっ、こっちに……!」
アーガイルさんがまめに働いているな。
茂みから、ふん縛られた庭師が出てきた。
彼は束縛を解かれると、
「ば、化け物が! 化け物が奥様に化けて、それで奥様を……!」
「殺したのかい?」
「あ、いや、雑に壺の中に突っ込んでいった。奥様は閉所恐怖症だから気絶しちまったんだ」
いやあ、良かった。
デーモンめ、どうやら人を殺していないようじゃないか。
人食いなんかやって、味が落ちてもらっては困る。
僕らは庭師に案内してもらい、壺を叩き割って中に詰め込まれた奥方を救出した。
「さて問題だ。ゼルケルは庭師の姿のままか? それとも奥方に化けているのか?」
僕とアーガイルさんは首をひねることになった。
うーむ、どっちになっているんだろう……?
どちらとも考えられるが……。
「では確認するよアーガイル。こういうちょっとした異変、盗賊ギルドは見逃すものかな?」
「いやいや、ご冗談を。きちんと保険に入っている家なら、隅々までチェックして賊が入り込めないようにしますよ! だからこんな不自然なことは……」
ここで、アーガイルさんの顔色がスーッと白くなった。
「あいつか!!」
「ご明察! 追いかけるぞ!」
リップルがなんだかいきいきしているなあ!
彼女、やっぱり荒事がそれなりに好きなんじゃないだろうか?
なお、入口の扉脇で、さっきアーガイルさんに会釈したはずの盗賊が目を回して倒れていたのだった。
それなりに稼ぎのある人々が家を構える場所で、男たちは仕事に向かい、昼は女たちの時間。
あちこちで賑やかな話し声が響いていたかと思ったら、楽器の音が聞こえたり、静かだと思ったら老婦人が軒先で椅子に腰掛けて編み物をしていたり。
「アーランにもこんな場所があるんだなあ……。冒険者をしていると、あまりこういうところに立ち入らないよなあ」
「盗賊は普通にこういうところを仕事場にしているぜ。何せ、盗みが仕事だからな。もっとも、盗賊ギルドは盗みに入られないための保険を売っていてな。これが目下のところ、一番大きい稼ぎだ」
おうおう、やくざなお仕事だ。
そのものなんだが。
「ふむふむ……。おかしなところはないかな? 私はこの辺りの日常をあまり良く知らないんだ。アーガイルが教えてくれると助かるな」
「もちろんです、リップルさん!」
アーガイルさんがにっこにこになった。
本当にファンだなあ。
どこそこは婦人会の集まりがあるとか、だからどこの家とどこの家が留守にしているとか、時折歩き回っている男は盗賊ギルドの監視員だとか。
監視員は、アーガイルさんを見ると背筋を伸ばし、会釈した。
我らがゴールド級の盗賊は鷹揚に手を上げて反応する。
偉い人ではあるんだよな。
「ふむ、だとすると……。この家は保険に入っている?」
リップルが目を留めたのは、一軒のお屋敷だ。
この辺りでは、ちょっと大きめなんじゃないだろうか。
塀は飾り彫がされており、あちこちが風を通すための穴になっている。
そこから、庭の中がある程度覗けるのだ。
「こういうものは、あえて整えられた庭を見せるために開けてあるのだろうけど……それにしては、庭師がはしごを途中で放りだして消えているんだよね。それを片付けようという人もいない」
「ああ、なるほど。盗賊が入り込んで、家人を殺したり、あるいは束縛したりしてないかってことですか。だったら安心してください。この家は保険に入ってます。つまり」
「見せるための庭で、はしごを放りだしてそのままにしておく者はいない。異常事態が起こっている可能性があるということだ。じゃあ頼むよー」
「うっしゃあ!」
僕は壁を駆け上がった。
生み出した油が圧縮され、強い反発力を生む。
僕は油で作り上げた足場を蹴りながら、塀を一瞬で飛び越えた。
「とんでもねえ応用しやがる……。負けちゃいられんな」
アーガイルさんの声が聞こえたと思ったら、彼は一跳びで塀の上に立った。
なんだその跳躍力。
ゴールド級になる冒険者は、唯一人の例外もなく、近隣諸国から『化け物』と呼ばれるレベルの実力者だ。
順当な方法で強くなってたどり着ける領域におらず、ギフトに近いありえない強さを持ってる……とか。
で、まあ、ゴールド級の上のプラチナ級は名誉職。
ダイヤ級は成果を重ね、信頼を得たプラチナ級が到達する頂点で、マスター級は歴史上でほんの数人。
例えば、リップルが所属していた英雄パーティのリーダーがこの数十年でたった一人のマスター級だ。
つまり……冒険者として普通に到達するなら、ゴールド級で頂点。
そこから名誉を得てプラチナ級になる。
叩き上げのプラチナ級は、ゴールド級の中でもとびきりの化け物だという噂だ。
いやあ怖い怖い。
なお、リップルは多分そんなプラチナ級だろうが蹴散らせるだろう。
インフレがひどい。
僕はね、この世界で戦うのは馬鹿らしいからやめようと思うんだ。
つるりと油を張って、壁を滑り降りる。
庭はよく手入れされていたが、明らかにはしごの周りはその手入れが途中だった。
投げ出してどこかに行ったのか?
「私の推理によると……まず、ゼルケルは庭師に化けた。だが、それは家人に見つかっているはずだよ。なぜだろうね?」
いつの間にかリップルがいる。
飛行の魔法でやって来たんだろう。
「えーと……やつが壁を超える姿を、庭師に見られたからですかね?」
「そう、その通り。ゼルケルは人間に化けるが、デーモンのままでは空を飛べるわけでもなく、並外れた跳躍力があるわけでもない。あくまで化けた対象に能力を頼る類のデーモンだ。彼は驚き、声を上げた庭師に化けた。そしてまずは庭師を殴り倒す。殺す時間はなかっただろう。だから……」
リップルが耳を澄ませた。
ムームー言う声が聞こえる気がする。
「あっ、こっちに……!」
アーガイルさんがまめに働いているな。
茂みから、ふん縛られた庭師が出てきた。
彼は束縛を解かれると、
「ば、化け物が! 化け物が奥様に化けて、それで奥様を……!」
「殺したのかい?」
「あ、いや、雑に壺の中に突っ込んでいった。奥様は閉所恐怖症だから気絶しちまったんだ」
いやあ、良かった。
デーモンめ、どうやら人を殺していないようじゃないか。
人食いなんかやって、味が落ちてもらっては困る。
僕らは庭師に案内してもらい、壺を叩き割って中に詰め込まれた奥方を救出した。
「さて問題だ。ゼルケルは庭師の姿のままか? それとも奥方に化けているのか?」
僕とアーガイルさんは首をひねることになった。
うーむ、どっちになっているんだろう……?
どちらとも考えられるが……。
「では確認するよアーガイル。こういうちょっとした異変、盗賊ギルドは見逃すものかな?」
「いやいや、ご冗談を。きちんと保険に入っている家なら、隅々までチェックして賊が入り込めないようにしますよ! だからこんな不自然なことは……」
ここで、アーガイルさんの顔色がスーッと白くなった。
「あいつか!!」
「ご明察! 追いかけるぞ!」
リップルがなんだかいきいきしているなあ!
彼女、やっぱり荒事がそれなりに好きなんじゃないだろうか?
なお、入口の扉脇で、さっきアーガイルさんに会釈したはずの盗賊が目を回して倒れていたのだった。
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