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21・女王陛下の油使い

第59話 お忍び旅行ですと

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「よし、ナザルとやら。しばし待っておれ。アーランについていくわらわの使いを連れてきてやろう」

 バルバラ女王がそんなことを言ったら、周りの侍従たちがちょっとニヤッとした。
 なんだなんだ……?

 僕はそのまま、その場でココナッツジュースなどを振る舞われながら待つことになる。
 コゲタもココナッツジュースをチャパチャパ飲んでいる。

「おいしいー」

「コゲタはたくさん美味しいものが食べられて良かったなあ」

「コゲタ、おいしい好き! すきー!」

 うんうんいいことだ。

「愛情を掛けられてるのが分かるコボルドだなあ」

「御主人様大好きなんだねえ」

 ファイブショーナンの人々は犬への愛情をよく分かってらっしゃる。
 パラダイスなのではないか。
 だが、ここはこう、娯楽が歌と踊りと食べて寝て釣りをすることしかない。

 僕はアーランの、あのちょこちょこ不健全なところもある文化的なところが気に入っているのだ。
 ここに居着くことはあるまい……。

「待たせたな! わらわ……おほん、わたしが使いじゃ……だ!」

 現れたのは、黒髪をお団子にまとめた紫の瞳の女の子。
 ……。
 僕はじーっと彼女を見た。

「若返ってますけど、女王陛下なのでは?」

「な、なんのことだ? わたしはバルバラの使いのリシアだが?」

 セイレーンは幾つもの姿を使い分けると聞いたことがある。
 半人半鳥、半人半魚とか。
 これもその姿の一つではないだろうか……?

 いや、なんかここで突っ込んでもろくでもないことになりそうな気がする。
 考えるのはやめよう。

 彼女と、お付きの戦士を一人連れて僕はアーランへ帰ることになった。
 なんと、魚醤をたっぷりと積んだ荷車と荷馬をつけてくれるらしい。
 ありがたい。

 なお、馬は荷車を引くだけなので僕らは歩きだ。

 ファイブショーナンを一泊した後、朝に発つ。
 バルバラ女王……改めリシアは、鼻歌などうたいながら一番前を歩いている。
 コゲタもとことこと前進していって、女王陛下と並んだ。

「ほう、そなた、わらわと競争する気じゃな?」

「コゲタ、競争すき!」

「良かろう、勝負じゃ! うりゃあー!」

「わんわんわーん!」

「あっ、二人でダッシュしてしまった!」

「いつもああですから」

 お付きの戦士が諦めたように呟いた。
 この人は、槍を装備したマッチョな戦士。
 ファイブショーナンでも最強と呼ばれる人で、ベイスと言うななんだそうだ。

「ベイスさん、苦労してるね」

「まああの奔放さが魅力なんですよ。そしてファイブショーナンの誰よりも強い。だからこそ、女王は自由に振る舞うのです。女王がああだから、我らの国もまた自由で光に満ちている」

 なるほどねえ……。
 ファイブショーナンは、文明の進化を拒否したような国だ。
 だが、明るくて日々を楽しく過ごすことを何よりも大事にしているように見える。

 あれは幸福度高いよなあ。
 政治は女王に任せきりだし、女王は代替わりもしない。

 政争は発生せず、国民はみんな自分の好きなことをやって暮らしている。
 やらなければいけないことは、交代交代の当番制なんだそうだ。

 恐らく、ファイブショーナンはあれ以上発展しない。
 あそこから領地を広げたりもしないだろうし、パラダイスに見えてまあまあ乳幼児死亡率が高かったりもして、人口は安定している。
 未来というものは無いが、現在がずーっと連続して続いていく、そんな国だ。

 セイレーンであるバルバラ女王の理想通りの国家なのだろう。

「ふう、やはりコボルドにスタミナでは勝てぬな! じゃが、わらわは飛べるぞ! こうじゃ!」

「ずるいー!」

 バルバラ女王が翼を生やして飛び上がったので、コゲタがぴょんぴょん飛び跳ねながら抗議している。
 うんうん、大人げないよなあ。
 あまりにも自由すぎる、女王陛下。

 旅の途中でちょうどいい広場に到着し、一泊する。
 今回は人が多いから、僕が能力で見張らなくてもいいな。
 便利便利。

 また、巡回しているファイブショーナンの兵士と出会った。
 彼らは使者という名目でお忍び旅行に出ている女王に気づき、仰天したようだった。

「またですか陛下~」

「無事に帰ってきてくださいよ」

「わらわ……じゃない、わたしは使いのリシアだから平気だ!」

「はいはい、そういうことにしておきますから」

 いつものことらしいな……。
 こんなので、よく政治が務まってるもんだなあ。
 いや、こんなんだから、国民が自分たちの生活範囲はちゃんとしておこうと意識ているのかも知れないな。

 毎日を享楽的に過ごしているようで、魚醤を作ったり、食べ物を準備したりなどは最低限きちんとやっていたもんな。

「持つべき者は良き民じゃなあ!」

 ニコニコする女王陛下。
 もう隠す気もないのでは?
 一応、僕は気付かないふりをしておいた。

 そして翌日はのんびりと旅をし、途中で釣りをして昼ご飯を調達し。

「天ぷらは無いのか?」

「衣は使い切りましたよ」

「ええー」

 女王陛下がぶーたれるのをなだめすかし、コゲタが「焼いたお魚、コゲタ好き!」とかフォローしてくれるのをありがたく思ったりしつつ。

 とうとうアーランが見えてきた。
 門番は、僕がファイブショーナンの人を二人連れているのでとても驚いたようだ。
 そこで、ベイスさんが親書を差し出した。

「ファイブショーナン女王、バルバラ陛下からの親書です。アーランの国王陛下へ」

「こ、これはどうも……!!」

 どうやら正式な来訪らしいぞということを察し、門のあたりがにわかに騒がしくなった。
 ベイスさんが肩を竦める。

「ここからは俺が正規の使者としてアーランと話をしますんで。陛下、昨夜親書をまとめて書いてたので、これを使ってですね。だからまあ、ナザルさんは陛下をお願いします」

「僕が!?」

「なんとかお願いしますよ」

「ま、まあそこまでお願いされると……」

 バルバラ陛下改め、使者リシアは胸を張り、「わたしからもお願いするのだ!」とか言ってくるのだった。
 ず、頭が高いー!

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