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20・魚醤の噂

第55話 旅支度とギルマン

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 依頼から帰り、まとまった金を得て、そして盗賊ギルドからの協力要請が来る前に。
 僕は宿で旅支度を整えていた。

「ご主人、どこ行くの」

「こっそりとファイブスターズの南国……ファイブショーナンへ行くんだ」

「コゲタ行く!」

「ああ、今回はコゲタも一緒だ!」

「やったー!」

 コゲタが飛び跳ねて喜んだ。
 足裏の肉球がポヨンポヨン音を立てている。
 おお可愛い奴め。

 リップルはまたギルドに引きこもってしまったし、彼女を遠距離連れ回すのは現実的ではない。
 後で鍛え直してやるとして、それは今ではないのだ。

「話のついでに出てきた魚醤が気になって仕方ない。南国にまだ見ぬ香辛料の買い付けに行くのだ……。そして、僕の揚げ物はさらに美味しくなる!!」

 アーランは食材に溢れた場所だが、調味料がハーブと塩と砂糖しかない。
 これは良くない。
 新しい風味が欲しい。

 こうして僕は、盗賊ギルドの協力要請から逃げるのと、新たな調味料の探索という一挙両得を狙い、旅立つのだ。
 コゲタとともにアーランの門をくぐると、顔見知りの門番たちが「おお、仕事かい?」と声を掛けてきた。

「最近のナザルは外で仕事をすることが多いなあ」

「まあね。シルバー級ともなれば引っ張りだこでさ。今回も極めて重要な依頼なんだ」

「重要……!? 守秘義務みたいなものはあると思うけどさ、ちょっと教えてくれないか……?」

「そうか……ここだけの話だぞ。耳を貸せ」

「ああ。絶対にバラさないからな」

「君の口の固さを信じているぞ。僕は今からな、新しい調味料を仕入れに行く……!」

「な、なんだって!?」

 門番が目を見開いた。
 塩や砂糖やハーブしか調味料がない状況において、食物に新しい味を足せる新たな調味料は重要である。

「ナザル、頼む! 仕入れたら、ちょっとだけ味見させてくれ! 弁当の肉に付けて食べてみたいんだ」

「よし来た。僕はこれをそのうち商業地区で大々的に売られるように持って行くつもりなんだ。アーラン国民の感想を聞いてみたかったところだし、ぜひ味見をしてくれ」

「やった……! 頼むぞナザル! 代わりといっちゃなんだが、俺ができることはなんでもやってやるからな」

「じゃあ一つだけ。盗賊ギルドの連中が僕の行方を探したら、密林で仕事をしてると言っておいてくれ」

「……? わ、分かった」

 理解できないだろう。
 国家間の暗闘に関わる仕事に巻き込まれるのが嫌なのだ……!

 こうして門番にお願いをして、用意は万事終了だ。

「おまたせ、コゲタ」

「わん!」

 コゲタが尻尾をぶんぶん振った。
 さて、旅の始まりだ。

 アーランからファイブスターズ方面に移動するのだが、この間の山道を迂回して南方に向かう。
 しばらくは岩山ばかりが見える。
 だが、ここを数時間歩いていると……。

 岩山が途切れ、いきなり視界が拓けた。
 砂浜だ。
 そして、その向こうに真っ青な海。

「ご主人!」

「ああ、コゲタは初めてか。砂浜は走りたくなっちゃうよなあ」

「遊びたい!」

「遊ぶか!」

 全く人気のない砂浜だ。
 ファンタジー世界だから、空き缶や空き瓶、煙草の吸殻なんかのゴミも落ちていない。
 最高……!

 なお、この砂浜がこんなにきれいなのは理由があってな。

 コゲタにクァール棒を投げて、取ってきてもらったりなどした。
 砂浜の感触が楽しいらしく、コゲタはパタパタ走っては、ぴょんぴょん飛び回ったりしている。

 少ししたら、貝殻をたくさん拾って戻ってきた。

「ご主人! これ!」

「おおー、宝物をいっぱい集めたな」

「宝物!」

「でも、一杯は持っていけないから、大事なのを一つだけ選ぶんだぞ」

「わかった!」

 コゲタが貝殻を並べ、真剣な顔で吟味している。
 肉球のついた指でぺたぺた触っているではないか。
 一番いいのを一つ選ぶんだぞ……。

 その間に、僕は海から上がってきた連中にお帰り願うからな。

 海に、幾つも青黒い頭が浮かぶ。
 ぎょろりとした金色の目玉がこちらを睨んでいる。
 そして、次々に上陸してきた。

 骨で作られたであろう、銛を構えた、ぬらぬらした肌の種族だ。
 彼らはギルマン。
 いわゆる半魚人だ。

 その中でも敵対的な一派。

「グギャギャギャギャ!!」

 なんか叫んだ。
 ギルマン語だ。
 僕は心得がないな。いわゆる共通語を話す気は無いということだ。
 コゲタですら共通語わかるのにな。

「まあ待つんだ諸君。僕らは貝殻を選んだら立ち去る。君たちのテリトリーを侵す気はない」

「ギャッ! ギャギャギャ!」

「ご主人~」

 コゲタが走ってきて、僕の後ろに隠れた。
 このコボルドはどっちかというと愛玩犬みたいな感じだから、怖いものが出たら隠れるぞ。
 守護してやらねばならない。

「ちょっと猶予をくれないかな?」

「ギャアーッ!!」

 おお、交渉の余地なし!
 銛を僕目掛けて投げつけてきた。

 僕は油を腕に纏って、これを払う。
 表面でツルーンと滑っていった。

「ギャギー!!」

 上がってきたギルマンが、コゲタを指差して何か言っている。
 もしやうちの可愛いコゲタを獲物扱いしているのではないか。

 僕は今、そう捉えたぞ。
 よし。

「コゲタ、僕から離れるなよ。貝殻は持ったか?」

「持った!」

「では、ギルマンに威嚇射撃しながら後退する。後退、後退ー!」

 後退しながら、足元に落ちている小石を拾って投げつける。
 小石はギルマンの眼の前で油を纏い……。

「ギャッ!?」

 僕を追おうとしたギルマンの頭を、油まみれにした。

「ギャボボボボボボボ!!」

 ふふふ、油で鼻とエラを覆われ、陸の上で溺れたな。
 ギルマンたちがこれを見て、激しく動揺する。

 他に、コゲタを狙って襲ってきたギルマンを、三人ばかり油で窒息させてやった。

「ギャギギギギイ!! ギギギャギャギャ!!」

「おっ、僕を知っているやつがいたな。そうだ。僕は油使いだ。ずっと前にこの砂浜に踏み込んで、君たちのお仲間と交戦した事がある。僕は思うんだが、そもそも自然環境を侵入不可能なテリトリーとするなら、僕のような自由人と衝突する可能性もだね」

 つらつら言いながら後退していく僕とコゲタ。
 砂浜の外れまで来たら、ギルマンが前進をやめた。
 ここから先は彼らのテリトリーでは無いのだろう。

 それに、僕の油使いをとても警戒している。

「ご主人、やっつけない?」

「向こうも生きるので必死だからね! 次は大丈夫な砂浜で遊ぼうなコゲタ」

「わん!」

 コゲタが元気な返事をした。
 ギルマンたちも油から解放してやろう。

 仲間から離れ、僕の手元まで生き物のように動いて戻っていく油を見て、ギルマンたちの無表情な目がギョロギョロと動いた。
 彼らは一様に、僕に背を向けないようにしながら「ギョギョギョ」「ギョイギョイ」言いつつ水に戻っていく。

「めちゃくちゃビビられてしまった」

 油まみれになったら水に潜れないし、僕が天敵なのかも知れないなあ。


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