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19・安楽椅子冒険者、久しぶりに動く

第53話 やっぱりいた、邪悪な魔導書!

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 一階の清掃を終えて、昼。
 なかなか順調なペースだ。

「ナザル、ここはちょっと魔導書を読んでサボってもいいんじゃないか」

「うーん、そうかも知れない。あまり早く終えるとアーガイルさんが僕を誘いに来るからな……」

 一泊するくらいの感じで行こう、ということになった。
 午後はのんびりタイム。

 リップルは存分に魔導書を読み漁り……もちろん、その中には不用意に書を開いたものに呪いを掛けたり、攻撃魔法を放ってくる代物もあったが、その全てをプラチナ級冒険者は一蹴した。

「古代の魔法は確かに凄いんだけど、そもそも人が積み上げて到達できるレベルだからね。現代の魔法にも受け継がれているんだ。だから私は仕組みさえ分かれば全ての魔法的な罠を解除できる……」

「リップルが踊っている怪しい動きはともかく、本当にプラチナ級なんだなって納得したよ」

「はっはっは、尊敬したまえ。……いや、そもそも出会ったばかりのナザル少年は私を尊敬してた気がする……」

「いかに能力的に優れた人でも、色々と人間的な荒を見せられるとね……」

「それを言われると弱い」

 自覚があるのがリップルのいいところではある。
 さて、夕方になり、僕らは書庫から外に出てキャンプを張った。
 管理人がこれを見に来て、中庭で天ぷらを揚げる僕らに大層びっくりしていたのだ。

 魔導書庫はカタカナのコの字型をしており、そこに包みこまれる形で枯れた噴水のある中庭が存在しているのだ。
 なお、正面は細い通路と壁がある。

「魔導書庫の中庭で揚げ物をするなど、前代未聞ですな……。ですが確かに燃えるものは一切無いし風も無いので問題がない……」

「ご一緒されますか」

「揚げ物は久しく食べていませんねえ……」

 管理人も加えて、三人で天ぷらを食べた。
 いやあ、山菜の天ぷらは常に美味い。
 あとはこれだ。
 練り物の天ぷら。

 アーランは岩山を隔てたところが海であり、そこで様々な海産物も捕れるのだ。
 そしていわゆる雑魚……。
 そのままでは美味くない魚の肉だけを落とし、すり身にして塩で味付けをして練り物を作ったりもする。

 これは子どもたちのおやつでもあり、大人にとって酒のつまみでもある。
 アーランでは比較的ポピュラーな食べ物だ。

 日本のかまぼこほど洗練されてはいないが、まあ練られて固まった魚肉はぷりぷりして美味い。
 これに衣をつけて揚げるのだ。

「練り物を揚げるのかい!? 新しい発想じゃないか。一体どうなってしまうんだ……」

「練り物はわっしもよく食べますが、揚げるなんてそんな……。思いつきもしなかった」

「まあ見ててくれ。こうしてたっぷりの衣を纏った練り物が、サクサクに揚がって……。召し上がれ!」

「どーれ……。おほー」

 リップルが目を見開いた。

「サクッとかじったら中がもっちもちだよ! こりゃあ美味しいねえ! 衣にも味がついてる」

「塩とハーブを混ぜたからね。贅沢を言えば醤油を作りたい」

「ショウユ?」

 この世界には存在しないものだよ……!
 都市国家群の南方に行けば、魚醤はありそうだ。
 今度買い付けに行くかなあ。

「いやはや、本当に美味しいものをご馳走になってしまいました。それに一階の清掃を終えて無傷とは、あなた方は腕の良い冒険者です」

 管理人さんがニコニコした。

「明日もがんばってください。賄賂ではありませんが、美味しい天ぷらをごちそうしていただいたので、わっしからは国に良く言っておきますんで」

「それはありがたい!」

 うまい飯は食べさせておくものだなあ。
 こうして僕らは火の後始末をしてから眠り、朝になった。
 さあ、清掃の再開だ。

 二階に入ると、床に血の跡が残っていた。
 ああ、ここで前任の魔法使いが死んだんだな。

 それだけの危険がある書庫というわけだ。
 注意深く扉を開く。

「あー、扉が開くのと同時に飛び出してくる魔導書があるねえ」

 リップルが不思議な構えになった。
 僕は足元に油を撒き、身を投げだした。

「任せた」

「任された」

 油でつるーっと滑って屋内へ。
 僕の頭上に浮かぶ魔導書が、前方に向かって目に見えるほど濃厚な呪詛を放ってきた。
 キャロティのガンドの、桁違いに濃厚なやつだ。

 これはリップル目掛けて殺到し、しかし安楽椅子冒険者は真っ向から呪詛を受け止める。
 片手~。

「普段は詠唱しないで魔法を使ってるんだから、手を使うってことはよっぽどだよ」

 指がワキワキ動いて、呪詛を解体していく。
 あれ、指先で呪印を描いているんだな。
 それで魔法をバラバラにして意味のない魔力の流れにしてしまう。

 いやあ、噂には聞いていたが、リップルは化け物だねえ。
 魔導書はそれを意に介さず、次々に呪詛を放ってくる。
 これは呪いの魔導書か。

 僕が本の裏側に回っても、魔導書はこちらに気を割かない。
 いや、割けないでいるんだな。
 リップルが片手で、あらゆる呪詛を解体しながらじりじり近づいてくる。

 魔導書、呪詛をマシンガンみたいにぶっ放す。
 それに必死で、そこから一歩も動けない。

 僕は立ち上がり、魔導書を後ろからパタンと閉じた。

『もがーっ!?』

 魔導書がじたばた暴れる。
 これを紐でぐるぐるっと巻いた。
 よしよし……。

「ナイスだねナザル。そこで魔導書を閉じられる度胸のある男はなかなかいないよ」

「いやあ、表紙には呪文が書いてないんだもん」

「鋭いなあ。魔導書は開かないと呪文がどこにもないから無力なんだ。ということで、しまっちゃおうね」

 ジタバタ暴れる魔導書を、しっかりと本棚に戻した。
 すると、スーッと大人しくなる。

「死んだ魔法使いは、多分この本を引き抜いてしまったんだろうねえ。それで呪詛の魔導書が目覚めた。きちんと素養がないと、魔導書を読むのは自殺行為なんだよ」

「つまり、あの魔導書みたいなのが何冊もあるってこと? 本当に怖いところだなここは!」

 だが、この書庫の前で人が死んでいたということは、裏を返せば他の場所で魔導書は引き抜かれていないということだった。
 呪詛の魔導書はちょっと高級な見た目で、金で箔押しされていたから興味を惹かれるはわかる。

 売れると思っちゃったんじゃないかな。
 魔が差したら死んだんだよな。
 いやあ……欲は己を殺すね。
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