上 下
40 / 202
15・奥様はマンドラゴラがお好き

第40話 極上ドーナッツと怪しい草花

しおりを挟む
 最高のドーナッツが揚がった。
 これは素晴らしい。
 本当に凄い。

 油を取って、皿に並べられたこの揚げ菓子を見よ。
 生地がしっかりとまとまり、外はサクサク、きっと中はほっくり揚がっていることだろう。
 コゲタの毛並みみたいな色合いが、実に食欲をそそるドーナッツ。

 粉砂糖を振って、まずはオールドファッションっぽいのが完成だ。
 今後、もちもち食感のリングみたいなドーナッツや、チョココーティングされたもの、しっとり系などを次々に作っていきたい。
 問題は僕がそれらのメニューを全く知らないことだ。

 世界をめぐり、メニューを集めねばならないかも知れない……。

「ナザルさん、難しい顔をしているけれど、ドーナッツは熱も冷めてちょうど食べごろよ」

「あっ、そうでした」

 僕は思索から帰って来る。
 そして、犬用ドーナッツをコゲタに取り分けた。

 コゲタは舌を出して、ハッハッハッとか言っている。

「食べてよし!」

「わん!」

 コゲタがむしゃむしゃドーナッツを食べ始めた。
 美味そうに食うやつだ。

 どれ、僕もこの特製の粉で出来たドーナッツを食べるとしよう。
 よく揚がった表面をサクッと噛むと、中はもっちりとした生地。
 美味い。

 麦そのものの美味さを感じる気がする。
 つまり……砂糖がちょっと足りなかったな。
 これはご飯になるタイプのドーナッツだ。

「お砂糖、多すぎるくらいでいいのね」

「そうみたいですね。お菓子はやっぱり甘くなくちゃ」

 それでも粉の美味さで食べ切れちゃう。
 やはり、いい粉は偉大だ。
 それはそれとして、僕とドロテアさんは教訓を得たのだった。

 砂糖はケチらない。

 ちなみに、砂糖不使用の犬用ドーナッツは、コゲタに大好評だった。
 あっという間になくなって、今はお皿をペロペロ舐めている。

「コゲタ、気に入った?」

「コゲタ、これ好き」

 そうかー。
 僕は彼の頭をわしわし撫でた。
 すると、コゲタは目を細めてされるがままなのだ。

 ドロテアさんにもふもふされるより、僕にわしわしされるのが好きなのか。

「やっぱり御主人様が一番好きなのね」

「そういうもんですか」

「そういうものだと思うわ」

 そして、僕らはお茶を飲みながらのんびりとする。
 ふと、コゲタが持ってきた小さな鉢植えが目に入った。
 青々とした草が茂っているのだが……どうも、土から根っこの一部が見えているような。

 それは真っ赤で、こう……二つの目玉に見える部分があるような。

「……ドロテアさん。あの草なんですけど」

「はい」

「目玉があるような気がするんですが」

「そうかしら……? あら、本当」

 立ち上がったドロテアさんは、鉢植えの草をつんつんと突いた。

「危なくないですか? 目玉がある草……僕が知っている限りだと、マンドラゴラとか」

「あっ、私も知っているわね、それ。引き抜くと悲鳴を上げて、聞いた人をおかしくしてしまう草でしょう? まあ怖い」

 全然怖くなさそうですね。
 つつくと、草が『ア』『アー』とか声をあげてるんですが。

「ドロテアさん、この種を売ってた露天商、ろくでもないやつなのでは?」

「あら? 人の良さそうなおばあさんだったわ。あれはきっといいおばあさんだと思うわ」

「魔女じゃないかなあ……!」

 この世界、魔法使いとは別に魔女というのがいる。
 例えばこの世界のエルフは、かなり昔に消えた。
 だけど、それは彼らが人間と交わり、代を重ねるごとに同化していったからなのだ。
 
 人の中から、時折ハーフエルフが生まれる。
 リップルはそのパターンだ。
 人間の倍から数倍の寿命を持ち、老いることがない。

 そして人間の中にある因子はエルフばかりではない。
 魔女もその一つだ。
 本来は、遥か古代に作られた生物兵器だったと聞く。
 人と魔神を混ぜた存在だ。

 だが、そんな彼らも人と交わり、代を重ねて同化していった。
 人間、なんでもかんでも同化するのか。
 強すぎるぞ。

 で、時々生まれる大隔世遺伝の魔神が魔女だ。
 魔女に生まれつくと凄まじい魔力を持ち、人には使えない魔法を使ったりできるようになるという。
 このマンドラゴラもそのパターンで、魔女が育てて売っているのかも。

 売るな。
 迷惑すぎる。
 いや、ちゃんと煎じれば万能の薬になるとは聞くけどさ。

 引き抜く時が危険すぎるだろ。

「ちょっと引っ張ってみようかしら」

『ア~』

「ドロテアさん危ない! やめましょうやめましょう!!」

 慌てて止めた。
 恐れを知らない人だなあ……!

「こういうのは確か、犬に抜かせるという話もあったと思うわ」

「コゲタ、抜くなよ」

「わん」

「コゲタちゃんに抜かせるなんてかわいそう。犬もかわいそうよね。じゃあ、これがマンドラゴラだとして……どうやって抜けばいいのかしら……」

 僕とドロテアさん、ドーナッツの横にマンドラゴラの鉢植えを置き、うーんと考え込んだ。

「……抜くといけないんですよね? だったら鉢を油でひたひたにして、マンドラゴラを浮かび上がらせるのは」

「あ、抜いたことにならないわよね!」

 これはいい考えだということで、早速その作戦を決行することにした。
 ドーナッツを全てお腹の中に片付けて……。

「油を投入」

 小さな鉢入れに、どんどん油が満たされていく。

『ガボガボガボ』

 マンドラゴラが何か言ってる。

『ギャボボボボボー』

 油でごぼごぼ言っていて悲鳴が聞こえないぞ。
 たっぷり油を吸ったマンドラゴラ。
 つやっつやになって、ぷかぁっと油の中に浮かび上がってきた。

「まあ、安全にマンドラゴラを抜けたわ! ありがとうナザルさん! あのおばあさんも、きっとこうすれば安全だって知ってて売ったのね」

「そうかなあ……。そうなのかなあ……」

 とりあえず、その露天商のことはギルマスや盗賊ギルドに教えておいた方がいい気はする。
 それはそれとして、油でいけるんだなあ、マンドラゴラ採取……!!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜

西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。 転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。 - 週間最高ランキング:総合297位 - ゲス要素があります。 - この話はフィクションです。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...