上 下
8 / 206
3・到着せぬ依頼人

第8話 どこで依頼書が止まっているのか?

しおりを挟む
 まずは山の手の冒険者ギルド本部に向かうことにした。
 アーランの街は大きい。
 山の手地区はいわば城下町であり、すぐ背後に山を一つ削って作られた王城を仰ぐ。

「やあ、一つお聞きしたいんですが」

「いらっしゃい。あら、あなたカッパー級? カッパー級が受けられる仕事は、本部にはないわよ」

 下町地区よりも明らかにゴージャスな受付嬢。
 彼女は僕の身分証明証となる、ギルドカードに目を通してそんな事を言った。

「ええ、存じ上げています。だから困っているんですよ。僕のようなカッパー級冒険者が仕事を受けるためには、下町や商業地区のギルドに行かねばならない。だが、そこに今、依頼書が届いていないんです。状況を伺おうと思いまして。ああ、こちらは下町ギルドマスターからの正式な調査依頼書です」

「このサイン……間違いないわ。あなた、何者……? ただのカッパー級にこんな仕事任せるはずがない」

「何でも屋ナザルです。油使いと言った方が通りがいいかも知れませんね」

「あなたがあの、油使い……!! 何かと言うと、油の安全性を強調するっていう……」

 実際に僕の油は安全だからね!
 飲めるんだよ。
 だが、ここで油アピールをして引かせてしまっては協力が得られなくなるかもしれない。

 僕はぐっと、己の主張をこらえた。

「名前をご存知でしたら話が早いです。依頼書はたしかに今朝、この店を出たんですか?」

「ええ、そのはず……。待ってて。えーと、いたいた。グランドマスター! よろしいでしょうか」

「うむ」

 豪奢なマントを纏った老人が、カウンターの中をのっしのっしと練り歩いていた。
 白髪をオールバックにし、長く伸ばしたヒゲで顔が覆われている。
 彼に、受付嬢は声を掛けたのだ。
 なるほど、あれがアーラン冒険者ギルド全てを統括するグランドマスターか。

 確か、爵位を持っていたはずだ。

「ふむふむ、なにっ!! 依頼書が届いていない!? そんな馬鹿な」

 くわっと目を見開くグランドマスター。

「ひぃっ! ほ、本当です。こちら、下町のギルドマスターのサインが」

 グランドマスターがど迫力だから、受付嬢が怯えている。
 凄まじい眼力だ。

「確かに彼のサインだ。では、依頼書がどこかで紛失したということだろうな。一体どうしてそんな事が……」

「よろしいでしょうか」

 僕は挙手して発言の許可を求める。
 一応、カッパー級冒険者だしね。

「ああ、構わんよ。何か気付いたところがあるのかね?」

「はい。うちの安楽椅子冒険者の推理なんですが……。何か、犯罪組織に対して攻勢に出る依頼が入っていませんでしたか?」

「むう!!」

 グランドマスターの目がまた見開かれた。

「ひぃっ」

 また受付嬢が悲鳴を上げた。
 他にいたスタッフの人達も、周囲に近づいてこない。

「確かにある……。盗賊ギルドの管轄外である連中がアーランに入り込んでいてな……。いわゆる半グレと言う連中だ。主な活動は商業地区で行っているが、拠点が下町であることまでは掴んだ。盗賊ギルドとの共闘態勢で、この連中を追い詰めるという依頼があった」

「ああ、それです、それ! 彼らはそれを警戒したんでしょう。どうです。依頼書の写しなんかはありませんか?」

「ある。依頼が完全に解決された後も、一年間は保管することになっている。待っているがいい」

 グランドマスターが奥に引っ込んでいった。
 そしてすぐに、依頼書の写しを持ってくる。

「これをお前に預けよう。カッパー級でありながらこの仕事を受けられるということは、ランク通りの実力ではあるまい。これを失えば、また新たに依頼書を作成せねばならず、そのためには盗賊ギルドとのやり取りが必要になる。半グレへの対抗が遅くなることだろう」

「責任は重大ですね。お任せ下さい。僕は仕事の達成率は限りなく100%なので」

「ヒャクパーセント……?」

 地球の言い回しはちょいちょい通じない。
 だけど思わずやってしまうんだよなあ。

 写しを受け取り、僕は本部を出た。
 ざっとギルドを見回す。
 注目されているな。

 これは良くない。
 彼らの中に、半グレと繋がった者がいるのは確実だ。
 だが、それが誰なのかが分からない。

 グランドマスターがあまりにも目立ちすぎるから、他の職員やギルド構成員の印象が薄くなるんだよね。
 仕方ない。
 今回はこの依頼書を手にしてギルドへ戻り……。

 僕自身を餌として、半グレを釣り上げるとしよう。
 油使いは、こう言う個人行動で一番威力を発揮する能力だ。

 僕は周囲を警戒していない風に装いながら、足元に油を散らしながら歩く。
 不自然に近寄ってくる者を引っ掛けるためだ。

 僕がギルド本部を出た後、誰かが続いて飛び出してきた。
 凄い勢いで走っていくな。
 目の端で後ろ姿を確認しておく。

 あれは盗賊職だろう。
 盗賊職なら盗賊ギルドに所属しているはずで、つまりギルドは内部に、半グレと繋がっている裏切り者を抱えているわけだ。
 これは……面倒な話になりそうだ。

 僕は所詮、一介のカッパー級冒険者。
 手が届く範囲のみで事件の解決に勤しむことにする。

 半グレ関連のみならず、他の依頼の写しも受け取っている。
 これらは絶対に紛失してはいけない。
 魔法的な手続きで、契約の魔法が掛かっているんだそうだ。

 さて……。
 いつ、僕から依頼書を奪いに来るかな……?

 下町に差し掛かる下り坂で、動きがあった。
 背後から誰かが駆け寄ってきて……。

「うおーっ!?」

 僕が展開していた油に引っかかり、つるりと滑った。
 振り返り、油を操作する。
 踏ん張ろうとする足の下にも油を広げ、相手が踏ん張れないようにし……。
 とっさに相手が手を伸ばした壁にも油を展開。彼はつるりと滑り、ついに転倒した。

「ウグワーッ!!」

 受け身も取れずに腰を打ったな。
 痛そう……。

 一見すると、薄汚れた衣装の下町ではよく見かける男。
 だが、見た目通りではないことがすぐに分かる。

「ち、畜生、なんだこれ、なんだ……!!」

「受け身を取れなかったということは、君は盗賊ではないな? 素人だ。ようこそ、半グレ君。君たちが奪った依頼書を返してもらいに来たぞ」

 僕は彼に、にっこり笑いながら告げるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

理想とは違うけど魔法の収納庫は稼げるから良しとします

水野忍舞
ファンタジー
英雄になるのを誓い合った幼馴染たちがそれぞれ戦闘向きのスキルを身に付けるなか、俺は魔法の収納庫を手に入れた。 わりと便利なスキルで喜んでいたのだが幼馴染たちは不満だったらしく色々言ってきたのでその場から立ち去った。 お金を稼ぐならとても便利なスキルじゃないかと今は思っています。 ***** ざまぁ要素はないです

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

万能チートで異世界開拓! 〜辺境スタートの最強転移者スローライフ〜

山猪口 茸
ファンタジー
スローライフを夢見る平凡な高校生、藤峰卓人(ふじみね たくと)。屍のように日々を暮らしていた彼がある時転移したのは、岩だらけの辺境の土地だった! 「手違いで転移させちゃった///。万能チートあげるから、ここで自由に暮らしていいよ。ごめんね!」 そんな適当な女神のせいで荒地に転移してしまったものの……これって夢を叶えるチャンスでは? チートや魔法を有効活用しまくって、夢のスローライフを送ってやる!ついでに畑とか施設も作ってのんびり暮らそう!村なんか作っちゃってもいいかも!? そんな彼の送る、目指せほのぼのスローライフ! [投稿はかなり不定期です!小説家になろうにも同時にあげています]

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

処理中です...