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3・到着せぬ依頼人
第8話 どこで依頼書が止まっているのか?
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まずは山の手の冒険者ギルド本部に向かうことにした。
アーランの街は大きい。
山の手地区はいわば城下町であり、すぐ背後に山を一つ削って作られた王城を仰ぐ。
「やあ、一つお聞きしたいんですが」
「いらっしゃい。あら、あなたカッパー級? カッパー級が受けられる仕事は、本部にはないわよ」
下町地区よりも明らかにゴージャスな受付嬢。
彼女は僕の身分証明証となる、ギルドカードに目を通してそんな事を言った。
「ええ、存じ上げています。だから困っているんですよ。僕のようなカッパー級冒険者が仕事を受けるためには、下町や商業地区のギルドに行かねばならない。だが、そこに今、依頼書が届いていないんです。状況を伺おうと思いまして。ああ、こちらは下町ギルドマスターからの正式な調査依頼書です」
「このサイン……間違いないわ。あなた、何者……? ただのカッパー級にこんな仕事任せるはずがない」
「何でも屋ナザルです。油使いと言った方が通りがいいかも知れませんね」
「あなたがあの、油使い……!! 何かと言うと、油の安全性を強調するっていう……」
実際に僕の油は安全だからね!
飲めるんだよ。
だが、ここで油アピールをして引かせてしまっては協力が得られなくなるかもしれない。
僕はぐっと、己の主張をこらえた。
「名前をご存知でしたら話が早いです。依頼書はたしかに今朝、この店を出たんですか?」
「ええ、そのはず……。待ってて。えーと、いたいた。グランドマスター! よろしいでしょうか」
「うむ」
豪奢なマントを纏った老人が、カウンターの中をのっしのっしと練り歩いていた。
白髪をオールバックにし、長く伸ばしたヒゲで顔が覆われている。
彼に、受付嬢は声を掛けたのだ。
なるほど、あれがアーラン冒険者ギルド全てを統括するグランドマスターか。
確か、爵位を持っていたはずだ。
「ふむふむ、なにっ!! 依頼書が届いていない!? そんな馬鹿な」
くわっと目を見開くグランドマスター。
「ひぃっ! ほ、本当です。こちら、下町のギルドマスターのサインが」
グランドマスターがど迫力だから、受付嬢が怯えている。
凄まじい眼力だ。
「確かに彼のサインだ。では、依頼書がどこかで紛失したということだろうな。一体どうしてそんな事が……」
「よろしいでしょうか」
僕は挙手して発言の許可を求める。
一応、カッパー級冒険者だしね。
「ああ、構わんよ。何か気付いたところがあるのかね?」
「はい。うちの安楽椅子冒険者の推理なんですが……。何か、犯罪組織に対して攻勢に出る依頼が入っていませんでしたか?」
「むう!!」
グランドマスターの目がまた見開かれた。
「ひぃっ」
また受付嬢が悲鳴を上げた。
他にいたスタッフの人達も、周囲に近づいてこない。
「確かにある……。盗賊ギルドの管轄外である連中がアーランに入り込んでいてな……。いわゆる半グレと言う連中だ。主な活動は商業地区で行っているが、拠点が下町であることまでは掴んだ。盗賊ギルドとの共闘態勢で、この連中を追い詰めるという依頼があった」
「ああ、それです、それ! 彼らはそれを警戒したんでしょう。どうです。依頼書の写しなんかはありませんか?」
「ある。依頼が完全に解決された後も、一年間は保管することになっている。待っているがいい」
グランドマスターが奥に引っ込んでいった。
そしてすぐに、依頼書の写しを持ってくる。
「これをお前に預けよう。カッパー級でありながらこの仕事を受けられるということは、ランク通りの実力ではあるまい。これを失えば、また新たに依頼書を作成せねばならず、そのためには盗賊ギルドとのやり取りが必要になる。半グレへの対抗が遅くなることだろう」
「責任は重大ですね。お任せ下さい。僕は仕事の達成率は限りなく100%なので」
「ヒャクパーセント……?」
地球の言い回しはちょいちょい通じない。
だけど思わずやってしまうんだよなあ。
写しを受け取り、僕は本部を出た。
ざっとギルドを見回す。
注目されているな。
これは良くない。
彼らの中に、半グレと繋がった者がいるのは確実だ。
だが、それが誰なのかが分からない。
グランドマスターがあまりにも目立ちすぎるから、他の職員やギルド構成員の印象が薄くなるんだよね。
仕方ない。
今回はこの依頼書を手にしてギルドへ戻り……。
僕自身を餌として、半グレを釣り上げるとしよう。
油使いは、こう言う個人行動で一番威力を発揮する能力だ。
僕は周囲を警戒していない風に装いながら、足元に油を散らしながら歩く。
不自然に近寄ってくる者を引っ掛けるためだ。
僕がギルド本部を出た後、誰かが続いて飛び出してきた。
凄い勢いで走っていくな。
目の端で後ろ姿を確認しておく。
あれは盗賊職だろう。
盗賊職なら盗賊ギルドに所属しているはずで、つまりギルドは内部に、半グレと繋がっている裏切り者を抱えているわけだ。
これは……面倒な話になりそうだ。
僕は所詮、一介のカッパー級冒険者。
手が届く範囲のみで事件の解決に勤しむことにする。
半グレ関連のみならず、他の依頼の写しも受け取っている。
これらは絶対に紛失してはいけない。
魔法的な手続きで、契約の魔法が掛かっているんだそうだ。
さて……。
いつ、僕から依頼書を奪いに来るかな……?
下町に差し掛かる下り坂で、動きがあった。
背後から誰かが駆け寄ってきて……。
「うおーっ!?」
僕が展開していた油に引っかかり、つるりと滑った。
振り返り、油を操作する。
踏ん張ろうとする足の下にも油を広げ、相手が踏ん張れないようにし……。
とっさに相手が手を伸ばした壁にも油を展開。彼はつるりと滑り、ついに転倒した。
「ウグワーッ!!」
受け身も取れずに腰を打ったな。
痛そう……。
一見すると、薄汚れた衣装の下町ではよく見かける男。
だが、見た目通りではないことがすぐに分かる。
「ち、畜生、なんだこれ、なんだ……!!」
「受け身を取れなかったということは、君は盗賊ではないな? 素人だ。ようこそ、半グレ君。君たちが奪った依頼書を返してもらいに来たぞ」
僕は彼に、にっこり笑いながら告げるのだった。
アーランの街は大きい。
山の手地区はいわば城下町であり、すぐ背後に山を一つ削って作られた王城を仰ぐ。
「やあ、一つお聞きしたいんですが」
「いらっしゃい。あら、あなたカッパー級? カッパー級が受けられる仕事は、本部にはないわよ」
下町地区よりも明らかにゴージャスな受付嬢。
彼女は僕の身分証明証となる、ギルドカードに目を通してそんな事を言った。
「ええ、存じ上げています。だから困っているんですよ。僕のようなカッパー級冒険者が仕事を受けるためには、下町や商業地区のギルドに行かねばならない。だが、そこに今、依頼書が届いていないんです。状況を伺おうと思いまして。ああ、こちらは下町ギルドマスターからの正式な調査依頼書です」
「このサイン……間違いないわ。あなた、何者……? ただのカッパー級にこんな仕事任せるはずがない」
「何でも屋ナザルです。油使いと言った方が通りがいいかも知れませんね」
「あなたがあの、油使い……!! 何かと言うと、油の安全性を強調するっていう……」
実際に僕の油は安全だからね!
飲めるんだよ。
だが、ここで油アピールをして引かせてしまっては協力が得られなくなるかもしれない。
僕はぐっと、己の主張をこらえた。
「名前をご存知でしたら話が早いです。依頼書はたしかに今朝、この店を出たんですか?」
「ええ、そのはず……。待ってて。えーと、いたいた。グランドマスター! よろしいでしょうか」
「うむ」
豪奢なマントを纏った老人が、カウンターの中をのっしのっしと練り歩いていた。
白髪をオールバックにし、長く伸ばしたヒゲで顔が覆われている。
彼に、受付嬢は声を掛けたのだ。
なるほど、あれがアーラン冒険者ギルド全てを統括するグランドマスターか。
確か、爵位を持っていたはずだ。
「ふむふむ、なにっ!! 依頼書が届いていない!? そんな馬鹿な」
くわっと目を見開くグランドマスター。
「ひぃっ! ほ、本当です。こちら、下町のギルドマスターのサインが」
グランドマスターがど迫力だから、受付嬢が怯えている。
凄まじい眼力だ。
「確かに彼のサインだ。では、依頼書がどこかで紛失したということだろうな。一体どうしてそんな事が……」
「よろしいでしょうか」
僕は挙手して発言の許可を求める。
一応、カッパー級冒険者だしね。
「ああ、構わんよ。何か気付いたところがあるのかね?」
「はい。うちの安楽椅子冒険者の推理なんですが……。何か、犯罪組織に対して攻勢に出る依頼が入っていませんでしたか?」
「むう!!」
グランドマスターの目がまた見開かれた。
「ひぃっ」
また受付嬢が悲鳴を上げた。
他にいたスタッフの人達も、周囲に近づいてこない。
「確かにある……。盗賊ギルドの管轄外である連中がアーランに入り込んでいてな……。いわゆる半グレと言う連中だ。主な活動は商業地区で行っているが、拠点が下町であることまでは掴んだ。盗賊ギルドとの共闘態勢で、この連中を追い詰めるという依頼があった」
「ああ、それです、それ! 彼らはそれを警戒したんでしょう。どうです。依頼書の写しなんかはありませんか?」
「ある。依頼が完全に解決された後も、一年間は保管することになっている。待っているがいい」
グランドマスターが奥に引っ込んでいった。
そしてすぐに、依頼書の写しを持ってくる。
「これをお前に預けよう。カッパー級でありながらこの仕事を受けられるということは、ランク通りの実力ではあるまい。これを失えば、また新たに依頼書を作成せねばならず、そのためには盗賊ギルドとのやり取りが必要になる。半グレへの対抗が遅くなることだろう」
「責任は重大ですね。お任せ下さい。僕は仕事の達成率は限りなく100%なので」
「ヒャクパーセント……?」
地球の言い回しはちょいちょい通じない。
だけど思わずやってしまうんだよなあ。
写しを受け取り、僕は本部を出た。
ざっとギルドを見回す。
注目されているな。
これは良くない。
彼らの中に、半グレと繋がった者がいるのは確実だ。
だが、それが誰なのかが分からない。
グランドマスターがあまりにも目立ちすぎるから、他の職員やギルド構成員の印象が薄くなるんだよね。
仕方ない。
今回はこの依頼書を手にしてギルドへ戻り……。
僕自身を餌として、半グレを釣り上げるとしよう。
油使いは、こう言う個人行動で一番威力を発揮する能力だ。
僕は周囲を警戒していない風に装いながら、足元に油を散らしながら歩く。
不自然に近寄ってくる者を引っ掛けるためだ。
僕がギルド本部を出た後、誰かが続いて飛び出してきた。
凄い勢いで走っていくな。
目の端で後ろ姿を確認しておく。
あれは盗賊職だろう。
盗賊職なら盗賊ギルドに所属しているはずで、つまりギルドは内部に、半グレと繋がっている裏切り者を抱えているわけだ。
これは……面倒な話になりそうだ。
僕は所詮、一介のカッパー級冒険者。
手が届く範囲のみで事件の解決に勤しむことにする。
半グレ関連のみならず、他の依頼の写しも受け取っている。
これらは絶対に紛失してはいけない。
魔法的な手続きで、契約の魔法が掛かっているんだそうだ。
さて……。
いつ、僕から依頼書を奪いに来るかな……?
下町に差し掛かる下り坂で、動きがあった。
背後から誰かが駆け寄ってきて……。
「うおーっ!?」
僕が展開していた油に引っかかり、つるりと滑った。
振り返り、油を操作する。
踏ん張ろうとする足の下にも油を広げ、相手が踏ん張れないようにし……。
とっさに相手が手を伸ばした壁にも油を展開。彼はつるりと滑り、ついに転倒した。
「ウグワーッ!!」
受け身も取れずに腰を打ったな。
痛そう……。
一見すると、薄汚れた衣装の下町ではよく見かける男。
だが、見た目通りではないことがすぐに分かる。
「ち、畜生、なんだこれ、なんだ……!!」
「受け身を取れなかったということは、君は盗賊ではないな? 素人だ。ようこそ、半グレ君。君たちが奪った依頼書を返してもらいに来たぞ」
僕は彼に、にっこり笑いながら告げるのだった。
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