2 / 203
1・とあるカップル冒険者の依頼
第2話 油使いはこういうお仕事
しおりを挟む
宿に保管してある、野宿セットを用意。
我らが冒険者の街、アーラン西方に広がる密林へ向かうことにする。
密林の入口には林業に従事する職人さんたちの拠点がある。
ここで聞き込みだ。
「どうも、こんにちは」
「おお、ナザルじゃないか。今日もまた密林に入り込んだやつを連れ戻すのかい?」
「ええ、この季節は新しい冒険者が加入するね。風物詩みたいなもんだよ。それで、見覚えのない男性が密林に単独で入ったと思うんだけど」
「ああ。ありゃあ前衛職のやつだな。金属鎧に長い剣を持ってた。全く、密林は遺跡と違うぞ。声を掛けてやったが、余計なお世話だったようで無視されちまった」
「いやあ、それはよくない。挨拶は人間関係の潤滑油だというのに」
僕は天を仰いだ。
一見して無駄にしか思えないことでも、それが行われている理由があるものだ。
挨拶なんかは、知らない人間同士がお互いを敵ではない、と自己申告するための一番簡易な手段と言えるだろう。
「ところでどうだい、景気は。お化けムササビが悪さをしていないかい?」
「困ったもんだよ! あいつら、ずっと西から移り住んで来やがった。あの前歯で木をかじり倒すから、商品が傷物になっちまう」
「そりゃあ困りものだ。では、行きがけの駄賃で一匹か二匹減らしてくるよ」
「本当か! そりゃあ助かる!」
僕が親方たちと談笑しているので、焦った顔のメリアが袖を引っ張ってきた。
「ちょっと! そんな無駄話してる暇があるの!?」
「無駄じゃないですよ。ああ、親方! みんな、また!」
手を振って別れる。
そして森に入りながら、
「ああして普段から彼らと交流を持っておけば、何かあった時に情報をもらえたりするもんです。今だって、お化けムササビは一匹じゃないという情報を得た! そして実害だってある。同時に、彼らはこれから材木にするであろう樹木を傷物にしている……」
「それがなんだっていうの!?」
「つまり、構えが立派で、建材として使いやすい樹木に彼らは集まるということです。そしてエレクさんの狙いはそのお化けムササビだ。目的地が絞られた」
「あっ、そういう……」
ご納得いただけたらしい。
こういう時、理解を得るための言葉を惜しんではいけない。
多少の時間を費やすことで信頼が得られるなら、安いものだ。
少し進んだだけで、辺りは下草に覆われて容易に進めなくなった。
これも好都合。
「密林は広いから、どこに行ったらいいか分からなくなるわ……。無事でいて、エレク……!」
メリアさんは不安げだ。
エレクさんを見つけられるか、心配でならないんだろう。
お気持ちは大変分かる。
「一つ伺いたいんですが、エレクさんは無鉄砲なタイプでしたか? こう、計算無しでどこまでも突っ込む蛮勇の持ち主というか」
「いいえ。そうだったら彼は遺跡で命を落としてると思うわ。できることを堅実にヤろうとするタイプよ。今回一人で突っ込んだのは……その……私がカッとなってひどいことを言ったからで」
「なるほど」
深くは聞かないでおこう。
色恋沙汰だ。
そういうのは、僕の専門外である。
「なるほど、なるほど。では彼は一時的に正気を失っていたものの、その大本は冷静なプロであると。なるほど」
僕は下草の多い場所から、踏み固められた林道へ移動する。
「では、この林道をたどればいいでしょう。彼は、自分がこういう自然環境のプロではないことを知っている。こういう場所ではあなたが頼りだったでしょう?」
「ああ、うん、そう。あたしはレンジャーだから。今もちゃんと襲ってくるモンスターを警戒してるから安心して」
「はい、それは安心です。僕も僕らのちょっと外側に油を噴霧して警戒してましてね」
「油を!? 噴霧!?」
「詳しい説明は省きますね」
ややこしい話になるし、話に集中されたらメリアさんの警戒が薄れそうだから。
「あっ、何か来る!」
メリアさんが弓を構える。
レンジャーという職業には、危険感知能力が備わっている。
第六感みたいなものだ。
こういう屋外環境では実に頼りになる。
……遺跡をタッグで攻略していたエレクさんは、どうして屋外専門家のメリアさんと一緒に……?
愛かな? 愛だな……。
口にしないでおこう。
僕はメリアさんが警戒する方向に向けて、手をかざす。
「じゃあ、お見せしましょう。これが油使いです」
『ギギィッ!!』
甲高い叫び声が響いた。
木々の合間を縫って、猛スピードでこちらに突っ込んでくる大きな影がある。
お化けムササビだ。
そこに、僕は腕全体を油を打ち出す砲口に見立てる。
「発射」
ヌポンッと音がして、油の玉が飛び出していく。
木々の合間から差し込む光を受けて、キラキラ黄金に輝く美しい油だ。
そこに、お化けムササビは自ら突っ込んでいった。
『イギィーッ!? ギギギギギィーッ!!!』
頭から毛並みまで油まみれだねえ。
ヌットヌトになった体が風を受けられなくなり、ポトッと落ちた。
「チャ、チャンス!! えいっ!!」
頭を狙って矢を打ち込むメリアさん。
僕も小走りで寄っていって、のたうち回るお化けムササビの口目掛けて、油の玉を打ち込んだ。
過剰な量の油が流し込まれ、お化けムササビが窒息する。
あとは見ているだけ。
少ししたら、お化けムササビは動かなくなった。
「え……えっぐい……」
「これが油使いの実力の一端です。ああ、油は僕の魔力と等価交換なんで、また魔力に戻しますね」
油が消える。
お化けムササビは、まるで地上で溺れ死んだような有り様だった。
「ちなみにこの油、飲めるんですよ。お料理の時にはぜひ活用して下さい」
「い、いや、遠慮しておきます」
なぜかドン引きで断ってくるメリアさんなのだった。
我らが冒険者の街、アーラン西方に広がる密林へ向かうことにする。
密林の入口には林業に従事する職人さんたちの拠点がある。
ここで聞き込みだ。
「どうも、こんにちは」
「おお、ナザルじゃないか。今日もまた密林に入り込んだやつを連れ戻すのかい?」
「ええ、この季節は新しい冒険者が加入するね。風物詩みたいなもんだよ。それで、見覚えのない男性が密林に単独で入ったと思うんだけど」
「ああ。ありゃあ前衛職のやつだな。金属鎧に長い剣を持ってた。全く、密林は遺跡と違うぞ。声を掛けてやったが、余計なお世話だったようで無視されちまった」
「いやあ、それはよくない。挨拶は人間関係の潤滑油だというのに」
僕は天を仰いだ。
一見して無駄にしか思えないことでも、それが行われている理由があるものだ。
挨拶なんかは、知らない人間同士がお互いを敵ではない、と自己申告するための一番簡易な手段と言えるだろう。
「ところでどうだい、景気は。お化けムササビが悪さをしていないかい?」
「困ったもんだよ! あいつら、ずっと西から移り住んで来やがった。あの前歯で木をかじり倒すから、商品が傷物になっちまう」
「そりゃあ困りものだ。では、行きがけの駄賃で一匹か二匹減らしてくるよ」
「本当か! そりゃあ助かる!」
僕が親方たちと談笑しているので、焦った顔のメリアが袖を引っ張ってきた。
「ちょっと! そんな無駄話してる暇があるの!?」
「無駄じゃないですよ。ああ、親方! みんな、また!」
手を振って別れる。
そして森に入りながら、
「ああして普段から彼らと交流を持っておけば、何かあった時に情報をもらえたりするもんです。今だって、お化けムササビは一匹じゃないという情報を得た! そして実害だってある。同時に、彼らはこれから材木にするであろう樹木を傷物にしている……」
「それがなんだっていうの!?」
「つまり、構えが立派で、建材として使いやすい樹木に彼らは集まるということです。そしてエレクさんの狙いはそのお化けムササビだ。目的地が絞られた」
「あっ、そういう……」
ご納得いただけたらしい。
こういう時、理解を得るための言葉を惜しんではいけない。
多少の時間を費やすことで信頼が得られるなら、安いものだ。
少し進んだだけで、辺りは下草に覆われて容易に進めなくなった。
これも好都合。
「密林は広いから、どこに行ったらいいか分からなくなるわ……。無事でいて、エレク……!」
メリアさんは不安げだ。
エレクさんを見つけられるか、心配でならないんだろう。
お気持ちは大変分かる。
「一つ伺いたいんですが、エレクさんは無鉄砲なタイプでしたか? こう、計算無しでどこまでも突っ込む蛮勇の持ち主というか」
「いいえ。そうだったら彼は遺跡で命を落としてると思うわ。できることを堅実にヤろうとするタイプよ。今回一人で突っ込んだのは……その……私がカッとなってひどいことを言ったからで」
「なるほど」
深くは聞かないでおこう。
色恋沙汰だ。
そういうのは、僕の専門外である。
「なるほど、なるほど。では彼は一時的に正気を失っていたものの、その大本は冷静なプロであると。なるほど」
僕は下草の多い場所から、踏み固められた林道へ移動する。
「では、この林道をたどればいいでしょう。彼は、自分がこういう自然環境のプロではないことを知っている。こういう場所ではあなたが頼りだったでしょう?」
「ああ、うん、そう。あたしはレンジャーだから。今もちゃんと襲ってくるモンスターを警戒してるから安心して」
「はい、それは安心です。僕も僕らのちょっと外側に油を噴霧して警戒してましてね」
「油を!? 噴霧!?」
「詳しい説明は省きますね」
ややこしい話になるし、話に集中されたらメリアさんの警戒が薄れそうだから。
「あっ、何か来る!」
メリアさんが弓を構える。
レンジャーという職業には、危険感知能力が備わっている。
第六感みたいなものだ。
こういう屋外環境では実に頼りになる。
……遺跡をタッグで攻略していたエレクさんは、どうして屋外専門家のメリアさんと一緒に……?
愛かな? 愛だな……。
口にしないでおこう。
僕はメリアさんが警戒する方向に向けて、手をかざす。
「じゃあ、お見せしましょう。これが油使いです」
『ギギィッ!!』
甲高い叫び声が響いた。
木々の合間を縫って、猛スピードでこちらに突っ込んでくる大きな影がある。
お化けムササビだ。
そこに、僕は腕全体を油を打ち出す砲口に見立てる。
「発射」
ヌポンッと音がして、油の玉が飛び出していく。
木々の合間から差し込む光を受けて、キラキラ黄金に輝く美しい油だ。
そこに、お化けムササビは自ら突っ込んでいった。
『イギィーッ!? ギギギギギィーッ!!!』
頭から毛並みまで油まみれだねえ。
ヌットヌトになった体が風を受けられなくなり、ポトッと落ちた。
「チャ、チャンス!! えいっ!!」
頭を狙って矢を打ち込むメリアさん。
僕も小走りで寄っていって、のたうち回るお化けムササビの口目掛けて、油の玉を打ち込んだ。
過剰な量の油が流し込まれ、お化けムササビが窒息する。
あとは見ているだけ。
少ししたら、お化けムササビは動かなくなった。
「え……えっぐい……」
「これが油使いの実力の一端です。ああ、油は僕の魔力と等価交換なんで、また魔力に戻しますね」
油が消える。
お化けムササビは、まるで地上で溺れ死んだような有り様だった。
「ちなみにこの油、飲めるんですよ。お料理の時にはぜひ活用して下さい」
「い、いや、遠慮しておきます」
なぜかドン引きで断ってくるメリアさんなのだった。
34
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜
西園寺若葉
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。
4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。
そんな彼はある日、追放される。
「よっし。やっと追放だ。」
自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。
- この話はフィクションです。
- カクヨム様でも連載しています。
3点スキルと食事転生。食いしん坊の幸福論。〜飯作るために、貰ったスキル、完全に戦闘狂向き〜
西園寺若葉
ファンタジー
伯爵家の当主と側室の子であるリアムは転生者である。
転生した時に、目立たないから大丈夫と貰ったスキルが、転生して直後、ひょんなことから1番知られてはいけない人にバレてしまう。
- 週間最高ランキング:総合297位
- ゲス要素があります。
- この話はフィクションです。
通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる