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第20話 戦争終結。もうひとりの聖女
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かくして、戦争は終わった。
空に投影された大画面で、聖女と鉄人の試合を見届けた者達は、己の中にあったモヤモヤが綺麗サッパリなくなっていることに気づいたのである。
聖女と鉄人に感情移入して試合を観戦していたため、そこに自らの中にある暴力的な衝動を吸い取られたのだ。
全てが終わり、騎士達もならず者達も、スッキリとした顔をしていた。
それから、戦場には神が降臨して『勝者アンゼリカ!』みたいな事を宣言していったので、みんな納得したからでもあった。
試合もなんかそんな風に最後は決まったし。
むしろ、近くにいた騎士とならず者が、試合の感想を言い合う光景まで見られた。
「俺はもう駄目かと思ったが、まさかあそこで聖女様が立ち上がるとは……」
「ああ! 敵ながらあれを立ち上がってからの空手チョップ!! ありゃダメだ、避けれねえー!! 鉄人様がやられたのも仕方ねえわー」
戦場であったインター平原に、爽やかな風が吹く。
人々の心が、プロレス観戦という体験を通じて繋がっていくのだ。
「不思議なものだ。けっして分かりあえぬと思っていたならず者が、今では言葉が通じるとは」
クラウディオ王子は、周囲に広がっていく感想戦の輪を見つめて呟いた。
その目の前に、試合を終えたアンゼリカが立っている。
「今まで、彼らには共通の言葉がなかったのです。言語が通じたとしても、人が己の中に抱いている物語があまりにも異なっていれば、まるで別の生き物あるかのように分かり合うことは困難になります」
アンゼリカが、人の輪に歩みを進めていく。
騎士達が、ならず者達が、大歓声で彼女を迎える。
ヒーローの登場だ!
「クラウディオ殿下。今、彼らは共通の言葉を得たのです。プロレスという物語を、共有したのですよ。だからこそ、互いを知り、理解することができるようになったのです……!」
「なんと……!」
クラウディオは呆然とした。
胸の中に強い感情が湧き上がってくる。
これは、これが、感動というものだろうか。
間違いなく、聖女アンゼリカは神が遣わした聖女だった。
当の神がなんかあんなのだったが、そんな神が遣わしたのなら聖女の形がアンゼリカのようになることは、当然だと思ったのだ。
神は人を見捨ててなどいなかった。
人がわかり合うための手段として、アンゼリカをこの世界へ遣わしたのだ。
共通言語にする対象がプロレス一択ではあったが。
こうして、空白地帯は今、新たな歴史を歩み始めることになる。
これが終わりではない。
ここは始まりであった。
「聖女アンゼリカ!」
王都に戻ったアンゼリカを出迎えたのは、大教会の者達。
彼らはアンゼリカを見ると、一様に跪いた。
「あれっ、こ、こりゃあどうしたことなんだぜ!?」
「みんなこの間はあんなにイヤミだったのにー」
シーゲルとミーナが過去の話を掘り返すと、跪いた一同がビクッと動いた。
かなり後ろめたいらしい。
かろうじて顔を上げた、大聖女マーサが言う。
「聖女アンゼリカの戦いを、なんと、神が降臨なされて見守られたとか……!! それほどの奇跡が起きるなんて、大教会始まって以来のこと……!! そのような方に向かって、先日の心無い物言い。お許しくださいませ……!」
「いいのです。お顔を上げて下さい」
アンゼリカは微笑んだ。
過去を心から悔い、繰り返さぬと誓うならば構わない。
それが、アンゼリカという聖女の心の大きさだった。
救世とプロレス以外は些事に過ぎない。
邪魔する者があれば粉砕し、恭順する者があれば見どころがあれば付き人や弟子にする。
それだけのことである。
跪いてはいるが、マッチョな大司祭ダーマスは実に嬉しそうであった。
「やはり、わしの見立ては間違っていなかったのだ! 暗殺者を送って確かめるまでもなかった! おお、聖女アンゼリカ……! そのバルクに偽りなし……!!」
嬉しすぎて、感激の涙を目と同じ幅で流している。
今、名実ともに、アンゼリカはノーザン王国大教会のトップに立ったことになる。
奇跡を体現し、神と対話し、一つの戦争を終わらせた聖女など歴史上に存在しなかったからである。
「教主猊下が聖女アンゼリカに会いたいと」
「とうとうお戻りになられたのですね」
アンゼリカは、教主の間へと向かう。
ノーザン正教の教主。
それは、国王にも比肩するほどの地位と権力を有する存在である。
口さがないものは、影の王と呼ぶこともある。
ノーザン王国のみならず、他四国へのパイプを持ち、各国を外遊していることも多い。
アンゼリカの半身である聖女も、教主を見たことは数えるほどしかなかった。
その姿は確か……。
教主の間の奥で、彼は佇んでいた。
身の丈はそれほどでもない。
だが、教主という立場にしては、異常に若い。
若すぎる。
黒髪、黒瞳の美青年がそこにはいた。
「あなたが聖女アンゼリカか。なるほど、アンゼの面影を色濃く残している。あれは僕が外遊をしている間に起こった不幸な事故だった。彼女を救えなかった事を今でも悔やんでいるよ。どうか許して欲しい」
さらりと、アンゼリカの中にいる半身を見抜き、謝罪の言葉から入る。
やり手であった。
「許しましょう」
アンゼリカが許した。
これを見て、彼女を連れてきた教会騎士がびっくりする。
えっ、教主を許しましょうとか何様ですか!? あ、アンゼリカ様でした、と自己完結する。
「それは良かった。では話を戻しましょう。僕は先日、サウザン帝国を巡ってきました。そこで、良からぬ話を聞いたのですよ」
「はい」
ちょっと思わせぶりに目配せする教主だが、アンゼリカは普通に返事をするだけである。
別に先が気になっていない。
「君はこういうやり取りに乗ってこないタイプですね? なかなかやりにくいですよ。ともかく、サウザン帝国は現在、魔王を名乗る勢力によって脅かされているということなのです。魔族なる存在がモンスターを引き連れ、帝国を襲っていたのです」
「それは大変ですね。ですが、サウザン帝国には軍事力があるのでは?」
「あります。ですから、魔王の軍勢は食い止めることができています。問題はここからですよ。魔王と戦う軍隊には、サウザー教も人を派遣していましてね。ああ、サウザー教とは、彼の国の教えです。明確に人々の地位を分け、人は死んでからも幾度も世界に生まれ変わるという教えの」
「はい」
「そこに……聖女がいました。ちょうど君と同じように、前線に立ち、武器一つ手にせず戦う聖女が……!」
「それは、プロレスでしょうか?」
今、初めてアンゼリカが興味を抱いた。
別に関心がなかった訳ではない。
魔王軍の脅威のレベルが分かれば、サウザン王国に手を貸すこともやむなしくらいは考えていたのだ。
魔族やモンスターはプロレスできるのかどうかが、アンゼリカにとって最も重要なポイントなのであった。
だが、もうひとりの聖女がいるとなると話は違ってくる。
「その聖女は……覆面を被っていました。真っ白な覆面です」
「マスクマン……!!」
アンゼリカの目が強い輝きを放つ。
「足四の字固め」
アンゼリカが呟いた言葉に、教主が驚き、目を見開く。
「な……何故その名を……!? それはかの聖女が、魔将と相対した時に使った神の技の名……! 僕ですら知らなかったそれを、なぜ君が!」
アンゼリカが微笑んだ。
「私にとって、親しく……そして懐かしい名だからです。私が勝ち越すことの無かった、あのレスラーが得意とする技。教主猊下、お教え下さいな。その聖女の名を」
「あ、ああ。彼女は魔族に殺されたはずだったが、それが神の力を受けて新たな魂を宿して復活した。そして、このような恐ろしい洗礼名を名乗っているという」
一拍置いて、教主は口を開いた。
「デストロイヤー」
二人目の聖女が、異世界世紀末に降り立っていた……!!
空に投影された大画面で、聖女と鉄人の試合を見届けた者達は、己の中にあったモヤモヤが綺麗サッパリなくなっていることに気づいたのである。
聖女と鉄人に感情移入して試合を観戦していたため、そこに自らの中にある暴力的な衝動を吸い取られたのだ。
全てが終わり、騎士達もならず者達も、スッキリとした顔をしていた。
それから、戦場には神が降臨して『勝者アンゼリカ!』みたいな事を宣言していったので、みんな納得したからでもあった。
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むしろ、近くにいた騎士とならず者が、試合の感想を言い合う光景まで見られた。
「俺はもう駄目かと思ったが、まさかあそこで聖女様が立ち上がるとは……」
「ああ! 敵ながらあれを立ち上がってからの空手チョップ!! ありゃダメだ、避けれねえー!! 鉄人様がやられたのも仕方ねえわー」
戦場であったインター平原に、爽やかな風が吹く。
人々の心が、プロレス観戦という体験を通じて繋がっていくのだ。
「不思議なものだ。けっして分かりあえぬと思っていたならず者が、今では言葉が通じるとは」
クラウディオ王子は、周囲に広がっていく感想戦の輪を見つめて呟いた。
その目の前に、試合を終えたアンゼリカが立っている。
「今まで、彼らには共通の言葉がなかったのです。言語が通じたとしても、人が己の中に抱いている物語があまりにも異なっていれば、まるで別の生き物あるかのように分かり合うことは困難になります」
アンゼリカが、人の輪に歩みを進めていく。
騎士達が、ならず者達が、大歓声で彼女を迎える。
ヒーローの登場だ!
「クラウディオ殿下。今、彼らは共通の言葉を得たのです。プロレスという物語を、共有したのですよ。だからこそ、互いを知り、理解することができるようになったのです……!」
「なんと……!」
クラウディオは呆然とした。
胸の中に強い感情が湧き上がってくる。
これは、これが、感動というものだろうか。
間違いなく、聖女アンゼリカは神が遣わした聖女だった。
当の神がなんかあんなのだったが、そんな神が遣わしたのなら聖女の形がアンゼリカのようになることは、当然だと思ったのだ。
神は人を見捨ててなどいなかった。
人がわかり合うための手段として、アンゼリカをこの世界へ遣わしたのだ。
共通言語にする対象がプロレス一択ではあったが。
こうして、空白地帯は今、新たな歴史を歩み始めることになる。
これが終わりではない。
ここは始まりであった。
「聖女アンゼリカ!」
王都に戻ったアンゼリカを出迎えたのは、大教会の者達。
彼らはアンゼリカを見ると、一様に跪いた。
「あれっ、こ、こりゃあどうしたことなんだぜ!?」
「みんなこの間はあんなにイヤミだったのにー」
シーゲルとミーナが過去の話を掘り返すと、跪いた一同がビクッと動いた。
かなり後ろめたいらしい。
かろうじて顔を上げた、大聖女マーサが言う。
「聖女アンゼリカの戦いを、なんと、神が降臨なされて見守られたとか……!! それほどの奇跡が起きるなんて、大教会始まって以来のこと……!! そのような方に向かって、先日の心無い物言い。お許しくださいませ……!」
「いいのです。お顔を上げて下さい」
アンゼリカは微笑んだ。
過去を心から悔い、繰り返さぬと誓うならば構わない。
それが、アンゼリカという聖女の心の大きさだった。
救世とプロレス以外は些事に過ぎない。
邪魔する者があれば粉砕し、恭順する者があれば見どころがあれば付き人や弟子にする。
それだけのことである。
跪いてはいるが、マッチョな大司祭ダーマスは実に嬉しそうであった。
「やはり、わしの見立ては間違っていなかったのだ! 暗殺者を送って確かめるまでもなかった! おお、聖女アンゼリカ……! そのバルクに偽りなし……!!」
嬉しすぎて、感激の涙を目と同じ幅で流している。
今、名実ともに、アンゼリカはノーザン王国大教会のトップに立ったことになる。
奇跡を体現し、神と対話し、一つの戦争を終わらせた聖女など歴史上に存在しなかったからである。
「教主猊下が聖女アンゼリカに会いたいと」
「とうとうお戻りになられたのですね」
アンゼリカは、教主の間へと向かう。
ノーザン正教の教主。
それは、国王にも比肩するほどの地位と権力を有する存在である。
口さがないものは、影の王と呼ぶこともある。
ノーザン王国のみならず、他四国へのパイプを持ち、各国を外遊していることも多い。
アンゼリカの半身である聖女も、教主を見たことは数えるほどしかなかった。
その姿は確か……。
教主の間の奥で、彼は佇んでいた。
身の丈はそれほどでもない。
だが、教主という立場にしては、異常に若い。
若すぎる。
黒髪、黒瞳の美青年がそこにはいた。
「あなたが聖女アンゼリカか。なるほど、アンゼの面影を色濃く残している。あれは僕が外遊をしている間に起こった不幸な事故だった。彼女を救えなかった事を今でも悔やんでいるよ。どうか許して欲しい」
さらりと、アンゼリカの中にいる半身を見抜き、謝罪の言葉から入る。
やり手であった。
「許しましょう」
アンゼリカが許した。
これを見て、彼女を連れてきた教会騎士がびっくりする。
えっ、教主を許しましょうとか何様ですか!? あ、アンゼリカ様でした、と自己完結する。
「それは良かった。では話を戻しましょう。僕は先日、サウザン帝国を巡ってきました。そこで、良からぬ話を聞いたのですよ」
「はい」
ちょっと思わせぶりに目配せする教主だが、アンゼリカは普通に返事をするだけである。
別に先が気になっていない。
「君はこういうやり取りに乗ってこないタイプですね? なかなかやりにくいですよ。ともかく、サウザン帝国は現在、魔王を名乗る勢力によって脅かされているということなのです。魔族なる存在がモンスターを引き連れ、帝国を襲っていたのです」
「それは大変ですね。ですが、サウザン帝国には軍事力があるのでは?」
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「はい」
「そこに……聖女がいました。ちょうど君と同じように、前線に立ち、武器一つ手にせず戦う聖女が……!」
「それは、プロレスでしょうか?」
今、初めてアンゼリカが興味を抱いた。
別に関心がなかった訳ではない。
魔王軍の脅威のレベルが分かれば、サウザン王国に手を貸すこともやむなしくらいは考えていたのだ。
魔族やモンスターはプロレスできるのかどうかが、アンゼリカにとって最も重要なポイントなのであった。
だが、もうひとりの聖女がいるとなると話は違ってくる。
「その聖女は……覆面を被っていました。真っ白な覆面です」
「マスクマン……!!」
アンゼリカの目が強い輝きを放つ。
「足四の字固め」
アンゼリカが呟いた言葉に、教主が驚き、目を見開く。
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アンゼリカが微笑んだ。
「私にとって、親しく……そして懐かしい名だからです。私が勝ち越すことの無かった、あのレスラーが得意とする技。教主猊下、お教え下さいな。その聖女の名を」
「あ、ああ。彼女は魔族に殺されたはずだったが、それが神の力を受けて新たな魂を宿して復活した。そして、このような恐ろしい洗礼名を名乗っているという」
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