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第二部 氷の国の調停者編
熟練度カンストの対話者
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気を取り直して。
エインガナとの対話に入るのである。
向こうとしては、現状のこの世界が陥った状況への後ろめたさがあるから、協力的な態度だ。
『あのう……ユーマが頑張ってくれると、私のやらかしは帳消しになりますので、よろしくお願いしますね』
「な、なんて卑屈な精霊王だ」
エインガナは俺と二人きりの対話を望んだので、女性陣や現地人とは離れた場所で、茶のようなものを飲みつつ差し向かいで地べたに座る。
茶は、この土地の人々が木を削って作ったらしい素朴な器に収まっている。
赤い色が付いた湯なのだが、良い香りがして口に含むとちょっと渋い。まあサッパリする、と言えるくらいの味である。
「俺が頑張るのは規定事項だな。これまで生き急いできたので、これを最後の生き急ぎにするつもりでこうして走り回ってるんだ。で、アリエルのパスを使ってきてたが、エインガナが思ったよりも便利な能力を持っているのは幸いだったと思ってる」
『ええ。私は能力の有用さには自信がありますよ。これのお陰で、私は幾つかの世界を渡り歩いています。あなたの世界で言う、オーストラリア。あの地で語られるエインガナは、私と同一人物で、即ち私です。今は皆文明化して、とっつきづらくなったので行っていませんが、昔は三日に一度は覗きに行っていたものです』
「なんてカジュアルに世界を渡るんだ」
聞き取ったエインガナの能力をまとめてみるとだ。
まず、あらゆる場所、様々な世界へと自由に移動する力を持っている。
この時、エインガナが知覚した場所、世界にしか移動できないため、知らない場所には行けない。
そのため、五感的なものでも、魔法的なものでも、伝聞でも、何らかの手段で移動先を知らなければならない。
次に、他者を移動させることができる。
この時、他者が移動を許諾する必要がある。つまり、あの時の俺だな。
俺がこちらの世界に来た時、移動と声を届ける担当がエインガナ、声の主と、ゲーム内能力を現実のものとして俺に与えたのがレイア。二人の精霊女王による協同作戦だったわけだ。
ちなみに、この場合はエインガナに強い縁がある人々……つまりは彼女の信者であれば一度に多くを運べるが、そうでない場合は、一名か二名が限界となる。
最後に、移動する、させる以外のことはできない。
つまり、自在にあらゆる場所へ移動することそのものがエインガナの能力であり、それに特化しているということだ。
仕える妖精は、スプライト。
シルフと近い存在だが、虹を出したり、単純な幻を見せたりするくらいしか出来ない。
とまあ、こんなところだ。
「ピーキーな……。だが便利すぎるくらいには便利だ」
『ええ。そのために、私自身には自衛する能力がありません。どこまでも果てしなく逃げ続けられますけどね。なので、この状況をユーマが解決してくれる事を望むのです。だって逃げたくないじゃないですか』
「分かる。分かりはするが……おりゃ」
俺はエインガナの額にチョップを叩き込んだ。
『いたい! な、何をするんですかぁ』
「なんかモヤモヤする感情を、これで許そうということだよ。次は無いので気をつけて欲しい……!」
『もうやらかしません』
よし、これで互いの間に貸し借りなしだ。
「とりあえず、手近なところで二回、移動を頼みたい。一回目はグラナート帝国帝都。ここに俺とヴァレーリアを。次に、俺が元いた世界だ。……あ、いやこっちは大勢連れて行くから、空の穴からワイルドファイアに乗せていってもらうか……」
『今のところ、私が契約を交わした形になっているのはユーマ一人です。ある程度、儀式のような手続きが必要ですが、それを簡易的に行なえる処置をしておきましょう』
「おお、それは便利だな。助かる」
『では処置しますよ』
「おーいユーマ! 今から妾がジュエンと試合をじゃな……」
『ちゅっ』
「うおっ」
「あっ!!」
何やら、俺のまぶたにキスをして来たのである。
間が悪いことに、ちょうど竜胆ちゃんがやってきて、それを目撃している。
「あ、あ、あわわわわ……! ついにユーマが、精霊女王にまで手出しを……こ、この性豪……!」
「馬鹿な!? おい待て竜胆ちゃん! これは誤解だ! 人聞きの悪い事を言うな!」
竜胆は踵を返し、女性陣まで駆け寄って、俺とエインガナがチョメチョメみたいなことを興奮してまくし立てる。
これはいかん、いかんぞ。
「ユーマさん! い、幾らなんでも畏れ多い……!」
「ユーマ殿は私の想像を超える豪快さだな……。これが英雄色を好むというやつか……!」
「こ、こうなれば、妾もこう、口付けをするしかないのではなないかのう? のう、ユーマ。こう、その、ぎゅっとしてだな……」
「見ろエインガナ! 大変にややこしい事態になってしまったじゃないか!」
『ユーマの左まぶたに、私の印を編み込んだので仕方ないことなのです! これで、あなたの左目には移動するべき土地の姿が見えるようになります。あとはこれに向かって移動する、という意識を持つだけです』
「そう言えば……ユーマ、お主の左目、色が変わっておるな! ちょっと反射すると、まるでリュカのような虹色に見えるぞ」
あわよくばハグしようと思ってか、接近してきていた竜胆の言葉に、俺はちょっと驚く。
「ええ、本当か……?」
水辺まで走って、干潮で磯に取り残された水に、顔を映してみる。
うーむ……。
よく分からん。
『これもまた、あなたが知らない土地には移動できません。だからこそユーマ。あなたがこれまで旅をしてきたことが生きるのです。それから注意してください。この移動は、空間を跳躍するものです。ともに移動できる者は、一人きり。あなたがその時、一緒に移動したいと思う者と手を繋ぐ必要があります』
「了解だ。なかなか応用が利くんだな。ヴァレーリア、ちょっと」
「うん? どうしたんだ」
やって来たヴァレーリアの手を、俺はぎゅっと握る。
「な、な、な!?」
「ちょっと用事を果たしてくる。明日には戻るはずだから待っててくれ」
驚くヴァレーリアを余所に、俺はアリエルと竜胆に告げた。
「えっ!? 行くってどこにいくのじゃ?」
「竜胆さん、これはまあ、いつものユーマさんですから。信じて待っていましょう。私たちはパスを繋がないと」
「お、おう、じゃが……」
ちらちらこっちを見る竜胆。
一緒に来たいんだな。
だが、今回のこれはヴァレーリアと一緒である必要がある。
「では行ってくる。グラナート帝国だ。ちょうどこの星の反対側だな」
「帝国に飛ぶって、ユーマ殿、この辺りには森も無いようだが……」
『では、エインガナの名の元に、あなたの跳躍を許可します。行ってらっしゃい、ユーマ』
「行ってくる。跳躍……っと!」
次の瞬間だ。
俺とヴァレーリアの周囲から風景が消えた。
この感覚は……知っている。
俺が、現実世界からこちらの世界へ来たのと一緒の感覚だ。
それはまるで、どこまで果てしなく落ちていく、穴。
ヴァレーリアが俺の手を、強く握り締めた。
永遠とも思えた跳躍は、実は一瞬だったのだろう。
突如として、周囲に景色が戻ってきた。
そこは、雪がちらつく灰色の町並みである。
俺とリュカ、そしてヴァレーリアで過ごした村だ。
「本当に来てしまった」
俺がキョロキョロ見回していると、周囲の人々がビックリした顔でこちらを見る。
「あれ、あんた、リュカちゃんの旦那さんじゃないかい」
おっ、知り合いの村人がいた。
「うむ。故あって戻ってきたんだが、ちょっとここから帝都まで行くので馬とか欲しい」
「馬かあ。金さえ出せば貸してくれるだろうなあ。それと、ヴァレーリア様と手なんか握っちゃって、リュカちゃんに知られたら大変じゃないかい」
「あっ、そう言えば」
俺は慌てて手を離そうとするのだが、ヴァレーリアがギュッと握ったまま離さない。
いや、よくよく見れば目を力いっぱい瞑っているではないか。
「ヴァレーリア、到着したぞ! 到着ー到着ー」
「はっ!? ほ、本当だ! 森でもないのに一瞬で帝国に……! むうっ、君、いつまで私の手を握っているんだ」
なんと理不尽な。
ヴァレーリアがちょっと顔を赤らめて手を離す。
手汗をかいておったな。
「では、ヴァレーリア。皇帝に状況説明に行こうじゃないか。さっさと済ませてすぐにエインガナの大地に戻るぞ」
「さっさととは、不敬な……。いや、今更君に言っても仕方ないか。君も王だったな」
ヴァレーリアは諦めて溜め息をつくと、動き出した。
彼女も色々な状況に揉まれて、人間として柔らかくなったようである。
さて、ここから帝都まで強行軍だ。
エインガナとの対話に入るのである。
向こうとしては、現状のこの世界が陥った状況への後ろめたさがあるから、協力的な態度だ。
『あのう……ユーマが頑張ってくれると、私のやらかしは帳消しになりますので、よろしくお願いしますね』
「な、なんて卑屈な精霊王だ」
エインガナは俺と二人きりの対話を望んだので、女性陣や現地人とは離れた場所で、茶のようなものを飲みつつ差し向かいで地べたに座る。
茶は、この土地の人々が木を削って作ったらしい素朴な器に収まっている。
赤い色が付いた湯なのだが、良い香りがして口に含むとちょっと渋い。まあサッパリする、と言えるくらいの味である。
「俺が頑張るのは規定事項だな。これまで生き急いできたので、これを最後の生き急ぎにするつもりでこうして走り回ってるんだ。で、アリエルのパスを使ってきてたが、エインガナが思ったよりも便利な能力を持っているのは幸いだったと思ってる」
『ええ。私は能力の有用さには自信がありますよ。これのお陰で、私は幾つかの世界を渡り歩いています。あなたの世界で言う、オーストラリア。あの地で語られるエインガナは、私と同一人物で、即ち私です。今は皆文明化して、とっつきづらくなったので行っていませんが、昔は三日に一度は覗きに行っていたものです』
「なんてカジュアルに世界を渡るんだ」
聞き取ったエインガナの能力をまとめてみるとだ。
まず、あらゆる場所、様々な世界へと自由に移動する力を持っている。
この時、エインガナが知覚した場所、世界にしか移動できないため、知らない場所には行けない。
そのため、五感的なものでも、魔法的なものでも、伝聞でも、何らかの手段で移動先を知らなければならない。
次に、他者を移動させることができる。
この時、他者が移動を許諾する必要がある。つまり、あの時の俺だな。
俺がこちらの世界に来た時、移動と声を届ける担当がエインガナ、声の主と、ゲーム内能力を現実のものとして俺に与えたのがレイア。二人の精霊女王による協同作戦だったわけだ。
ちなみに、この場合はエインガナに強い縁がある人々……つまりは彼女の信者であれば一度に多くを運べるが、そうでない場合は、一名か二名が限界となる。
最後に、移動する、させる以外のことはできない。
つまり、自在にあらゆる場所へ移動することそのものがエインガナの能力であり、それに特化しているということだ。
仕える妖精は、スプライト。
シルフと近い存在だが、虹を出したり、単純な幻を見せたりするくらいしか出来ない。
とまあ、こんなところだ。
「ピーキーな……。だが便利すぎるくらいには便利だ」
『ええ。そのために、私自身には自衛する能力がありません。どこまでも果てしなく逃げ続けられますけどね。なので、この状況をユーマが解決してくれる事を望むのです。だって逃げたくないじゃないですか』
「分かる。分かりはするが……おりゃ」
俺はエインガナの額にチョップを叩き込んだ。
『いたい! な、何をするんですかぁ』
「なんかモヤモヤする感情を、これで許そうということだよ。次は無いので気をつけて欲しい……!」
『もうやらかしません』
よし、これで互いの間に貸し借りなしだ。
「とりあえず、手近なところで二回、移動を頼みたい。一回目はグラナート帝国帝都。ここに俺とヴァレーリアを。次に、俺が元いた世界だ。……あ、いやこっちは大勢連れて行くから、空の穴からワイルドファイアに乗せていってもらうか……」
『今のところ、私が契約を交わした形になっているのはユーマ一人です。ある程度、儀式のような手続きが必要ですが、それを簡易的に行なえる処置をしておきましょう』
「おお、それは便利だな。助かる」
『では処置しますよ』
「おーいユーマ! 今から妾がジュエンと試合をじゃな……」
『ちゅっ』
「うおっ」
「あっ!!」
何やら、俺のまぶたにキスをして来たのである。
間が悪いことに、ちょうど竜胆ちゃんがやってきて、それを目撃している。
「あ、あ、あわわわわ……! ついにユーマが、精霊女王にまで手出しを……こ、この性豪……!」
「馬鹿な!? おい待て竜胆ちゃん! これは誤解だ! 人聞きの悪い事を言うな!」
竜胆は踵を返し、女性陣まで駆け寄って、俺とエインガナがチョメチョメみたいなことを興奮してまくし立てる。
これはいかん、いかんぞ。
「ユーマさん! い、幾らなんでも畏れ多い……!」
「ユーマ殿は私の想像を超える豪快さだな……。これが英雄色を好むというやつか……!」
「こ、こうなれば、妾もこう、口付けをするしかないのではなないかのう? のう、ユーマ。こう、その、ぎゅっとしてだな……」
「見ろエインガナ! 大変にややこしい事態になってしまったじゃないか!」
『ユーマの左まぶたに、私の印を編み込んだので仕方ないことなのです! これで、あなたの左目には移動するべき土地の姿が見えるようになります。あとはこれに向かって移動する、という意識を持つだけです』
「そう言えば……ユーマ、お主の左目、色が変わっておるな! ちょっと反射すると、まるでリュカのような虹色に見えるぞ」
あわよくばハグしようと思ってか、接近してきていた竜胆の言葉に、俺はちょっと驚く。
「ええ、本当か……?」
水辺まで走って、干潮で磯に取り残された水に、顔を映してみる。
うーむ……。
よく分からん。
『これもまた、あなたが知らない土地には移動できません。だからこそユーマ。あなたがこれまで旅をしてきたことが生きるのです。それから注意してください。この移動は、空間を跳躍するものです。ともに移動できる者は、一人きり。あなたがその時、一緒に移動したいと思う者と手を繋ぐ必要があります』
「了解だ。なかなか応用が利くんだな。ヴァレーリア、ちょっと」
「うん? どうしたんだ」
やって来たヴァレーリアの手を、俺はぎゅっと握る。
「な、な、な!?」
「ちょっと用事を果たしてくる。明日には戻るはずだから待っててくれ」
驚くヴァレーリアを余所に、俺はアリエルと竜胆に告げた。
「えっ!? 行くってどこにいくのじゃ?」
「竜胆さん、これはまあ、いつものユーマさんですから。信じて待っていましょう。私たちはパスを繋がないと」
「お、おう、じゃが……」
ちらちらこっちを見る竜胆。
一緒に来たいんだな。
だが、今回のこれはヴァレーリアと一緒である必要がある。
「では行ってくる。グラナート帝国だ。ちょうどこの星の反対側だな」
「帝国に飛ぶって、ユーマ殿、この辺りには森も無いようだが……」
『では、エインガナの名の元に、あなたの跳躍を許可します。行ってらっしゃい、ユーマ』
「行ってくる。跳躍……っと!」
次の瞬間だ。
俺とヴァレーリアの周囲から風景が消えた。
この感覚は……知っている。
俺が、現実世界からこちらの世界へ来たのと一緒の感覚だ。
それはまるで、どこまで果てしなく落ちていく、穴。
ヴァレーリアが俺の手を、強く握り締めた。
永遠とも思えた跳躍は、実は一瞬だったのだろう。
突如として、周囲に景色が戻ってきた。
そこは、雪がちらつく灰色の町並みである。
俺とリュカ、そしてヴァレーリアで過ごした村だ。
「本当に来てしまった」
俺がキョロキョロ見回していると、周囲の人々がビックリした顔でこちらを見る。
「あれ、あんた、リュカちゃんの旦那さんじゃないかい」
おっ、知り合いの村人がいた。
「うむ。故あって戻ってきたんだが、ちょっとここから帝都まで行くので馬とか欲しい」
「馬かあ。金さえ出せば貸してくれるだろうなあ。それと、ヴァレーリア様と手なんか握っちゃって、リュカちゃんに知られたら大変じゃないかい」
「あっ、そう言えば」
俺は慌てて手を離そうとするのだが、ヴァレーリアがギュッと握ったまま離さない。
いや、よくよく見れば目を力いっぱい瞑っているではないか。
「ヴァレーリア、到着したぞ! 到着ー到着ー」
「はっ!? ほ、本当だ! 森でもないのに一瞬で帝国に……! むうっ、君、いつまで私の手を握っているんだ」
なんと理不尽な。
ヴァレーリアがちょっと顔を赤らめて手を離す。
手汗をかいておったな。
「では、ヴァレーリア。皇帝に状況説明に行こうじゃないか。さっさと済ませてすぐにエインガナの大地に戻るぞ」
「さっさととは、不敬な……。いや、今更君に言っても仕方ないか。君も王だったな」
ヴァレーリアは諦めて溜め息をつくと、動き出した。
彼女も色々な状況に揉まれて、人間として柔らかくなったようである。
さて、ここから帝都まで強行軍だ。
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