上 下
222 / 255
第二部 氷の国の調停者編

熟練度カンストの対話者

しおりを挟む
 気を取り直して。
 エインガナとの対話に入るのである。
 向こうとしては、現状のこの世界が陥った状況への後ろめたさがあるから、協力的な態度だ。

『あのう……ユーマが頑張ってくれると、私のやらかしは帳消しになりますので、よろしくお願いしますね』

「な、なんて卑屈な精霊王だ」

 エインガナは俺と二人きりの対話を望んだので、女性陣や現地人とは離れた場所で、茶のようなものを飲みつつ差し向かいで地べたに座る。
 茶は、この土地の人々が木を削って作ったらしい素朴な器に収まっている。
 赤い色が付いた湯なのだが、良い香りがして口に含むとちょっと渋い。まあサッパリする、と言えるくらいの味である。

「俺が頑張るのは規定事項だな。これまで生き急いできたので、これを最後の生き急ぎにするつもりでこうして走り回ってるんだ。で、アリエルのパスを使ってきてたが、エインガナが思ったよりも便利な能力を持っているのは幸いだったと思ってる」

『ええ。私は能力の有用さには自信がありますよ。これのお陰で、私は幾つかの世界を渡り歩いています。あなたの世界で言う、オーストラリア。あの地で語られるエインガナは、私と同一人物で、即ち私です。今は皆文明化して、とっつきづらくなったので行っていませんが、昔は三日に一度は覗きに行っていたものです』

「なんてカジュアルに世界を渡るんだ」

 聞き取ったエインガナの能力をまとめてみるとだ。

 まず、あらゆる場所、様々な世界へと自由に移動する力を持っている。
 この時、エインガナが知覚した場所、世界にしか移動できないため、知らない場所には行けない。
 そのため、五感的なものでも、魔法的なものでも、伝聞でも、何らかの手段で移動先を知らなければならない。

 次に、他者を移動させることができる。
 この時、他者が移動を許諾する必要がある。つまり、あの時の俺だな。
 俺がこちらの世界に来た時、移動と声を届ける担当がエインガナ、声の主と、ゲーム内能力を現実のものとして俺に与えたのがレイア。二人の精霊女王による協同作戦だったわけだ。
 ちなみに、この場合はエインガナに強い縁がある人々……つまりは彼女の信者であれば一度に多くを運べるが、そうでない場合は、一名か二名が限界となる。

 最後に、移動する、させる以外のことはできない。
 つまり、自在にあらゆる場所へ移動することそのものがエインガナの能力であり、それに特化しているということだ。
 仕える妖精は、スプライト。
 シルフと近い存在だが、虹を出したり、単純な幻を見せたりするくらいしか出来ない。

 とまあ、こんなところだ。

「ピーキーな……。だが便利すぎるくらいには便利だ」

『ええ。そのために、私自身には自衛する能力がありません。どこまでも果てしなく逃げ続けられますけどね。なので、この状況をユーマが解決してくれる事を望むのです。だって逃げたくないじゃないですか』

「分かる。分かりはするが……おりゃ」

 俺はエインガナの額にチョップを叩き込んだ。

『いたい! な、何をするんですかぁ』

「なんかモヤモヤする感情を、これで許そうということだよ。次は無いので気をつけて欲しい……!」

『もうやらかしません』

 よし、これで互いの間に貸し借りなしだ。

「とりあえず、手近なところで二回、移動を頼みたい。一回目はグラナート帝国帝都。ここに俺とヴァレーリアを。次に、俺が元いた世界だ。……あ、いやこっちは大勢連れて行くから、空の穴からワイルドファイアに乗せていってもらうか……」

『今のところ、私が契約を交わした形になっているのはユーマ一人です。ある程度、儀式のような手続きが必要ですが、それを簡易的に行なえる処置をしておきましょう』

「おお、それは便利だな。助かる」

『では処置しますよ』

「おーいユーマ! 今から妾がジュエンと試合をじゃな……」

『ちゅっ』

「うおっ」

「あっ!!」

 何やら、俺のまぶたにキスをして来たのである。
 間が悪いことに、ちょうど竜胆ちゃんがやってきて、それを目撃している。

「あ、あ、あわわわわ……! ついにユーマが、精霊女王にまで手出しを……こ、この性豪……!」

「馬鹿な!? おい待て竜胆ちゃん! これは誤解だ! 人聞きの悪い事を言うな!」

 竜胆は踵を返し、女性陣まで駆け寄って、俺とエインガナがチョメチョメみたいなことを興奮してまくし立てる。
 これはいかん、いかんぞ。

「ユーマさん! い、幾らなんでも畏れ多い……!」

「ユーマ殿は私の想像を超える豪快さだな……。これが英雄色を好むというやつか……!」

「こ、こうなれば、妾もこう、口付けをするしかないのではなないかのう? のう、ユーマ。こう、その、ぎゅっとしてだな……」

「見ろエインガナ! 大変にややこしい事態になってしまったじゃないか!」

『ユーマの左まぶたに、私の印を編み込んだので仕方ないことなのです! これで、あなたの左目には移動するべき土地の姿が見えるようになります。あとはこれに向かって移動する、という意識を持つだけです』

「そう言えば……ユーマ、お主の左目、色が変わっておるな! ちょっと反射すると、まるでリュカのような虹色に見えるぞ」

 あわよくばハグしようと思ってか、接近してきていた竜胆の言葉に、俺はちょっと驚く。

「ええ、本当か……?」

 水辺まで走って、干潮で磯に取り残された水に、顔を映してみる。
 うーむ……。
 よく分からん。

『これもまた、あなたが知らない土地には移動できません。だからこそユーマ。あなたがこれまで旅をしてきたことが生きるのです。それから注意してください。この移動は、空間を跳躍するものです。ともに移動できる者は、一人きり。あなたがその時、一緒に移動したいと思う者と手を繋ぐ必要があります』

「了解だ。なかなか応用が利くんだな。ヴァレーリア、ちょっと」

「うん? どうしたんだ」

 やって来たヴァレーリアの手を、俺はぎゅっと握る。

「な、な、な!?」

「ちょっと用事を果たしてくる。明日には戻るはずだから待っててくれ」

 驚くヴァレーリアを余所に、俺はアリエルと竜胆に告げた。

「えっ!? 行くってどこにいくのじゃ?」

「竜胆さん、これはまあ、いつものユーマさんですから。信じて待っていましょう。私たちはパスを繋がないと」

「お、おう、じゃが……」

 ちらちらこっちを見る竜胆。
 一緒に来たいんだな。
 だが、今回のこれはヴァレーリアと一緒である必要がある。

「では行ってくる。グラナート帝国だ。ちょうどこの星の反対側だな」

「帝国に飛ぶって、ユーマ殿、この辺りには森も無いようだが……」

『では、エインガナの名の元に、あなたの跳躍を許可します。行ってらっしゃい、ユーマ』

「行ってくる。跳躍……っと!」

 次の瞬間だ。
 俺とヴァレーリアの周囲から風景が消えた。
 この感覚は……知っている。
 俺が、現実世界からこちらの世界へ来たのと一緒の感覚だ。
 それはまるで、どこまで果てしなく落ちていく、穴。
 ヴァレーリアが俺の手を、強く握り締めた。

 永遠とも思えた跳躍は、実は一瞬だったのだろう。
 突如として、周囲に景色が戻ってきた。
 そこは、雪がちらつく灰色の町並みである。
 俺とリュカ、そしてヴァレーリアで過ごした村だ。

「本当に来てしまった」

 俺がキョロキョロ見回していると、周囲の人々がビックリした顔でこちらを見る。

「あれ、あんた、リュカちゃんの旦那さんじゃないかい」

 おっ、知り合いの村人がいた。

「うむ。故あって戻ってきたんだが、ちょっとここから帝都まで行くので馬とか欲しい」

「馬かあ。金さえ出せば貸してくれるだろうなあ。それと、ヴァレーリア様と手なんか握っちゃって、リュカちゃんに知られたら大変じゃないかい」

「あっ、そう言えば」

 俺は慌てて手を離そうとするのだが、ヴァレーリアがギュッと握ったまま離さない。
 いや、よくよく見れば目を力いっぱい瞑っているではないか。

「ヴァレーリア、到着したぞ! 到着ー到着ー」

「はっ!? ほ、本当だ! 森でもないのに一瞬で帝国に……! むうっ、君、いつまで私の手を握っているんだ」

 なんと理不尽な。
 ヴァレーリアがちょっと顔を赤らめて手を離す。
 手汗をかいておったな。

「では、ヴァレーリア。皇帝に状況説明に行こうじゃないか。さっさと済ませてすぐにエインガナの大地に戻るぞ」

「さっさととは、不敬な……。いや、今更君に言っても仕方ないか。君も王だったな」

 ヴァレーリアは諦めて溜め息をつくと、動き出した。
 彼女も色々な状況に揉まれて、人間として柔らかくなったようである。
 さて、ここから帝都まで強行軍だ。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

辻ダンジョン掃除が趣味の底辺社畜、迷惑配信者が汚したダンジョンを掃除していたらうっかり美少女アイドルの配信に映り込み神バズりしてしまう

なっくる
ファンタジー
ダンジョン攻略配信が定着した日本、迷惑配信者が世間を騒がせていた。主人公タクミはダンジョン配信視聴とダンジョン掃除が趣味の社畜。 だが美少女アイドルダンジョン配信者の生配信に映り込んだことで、彼の運命は大きく変わる。実はレアだったお掃除スキルと人間性をダンジョン庁に評価され、美少女アイドルと共にダンジョンのイメージキャラクターに抜擢される。自身を慕ってくれる美少女JKとの楽しい毎日。そして超進化したお掃除スキルで迷惑配信者を懲らしめたことで、彼女と共にダンジョン界屈指の人気者になっていく。 バラ色人生を送るタクミだが……迷惑配信者の背後に潜む陰謀がタクミたちに襲い掛かるのだった。 ※他サイトでも掲載しています

ダンジョン菌にまみれた、様々なクエストが提示されるこの現実世界で、【クエスト簡略化】スキルを手にした俺は最強のスレイヤーを目指す

名無し
ファンタジー
 ダンジョン菌が人間や物をダンジョン化させてしまう世界。ワクチンを打てば誰もがスレイヤーになる権利を与えられ、強化用のクエストを受けられるようになる。  しかし、ワクチン接種で稀に発生する、最初から能力の高いエリート種でなければクエストの攻略は難しく、一般人の佐嶋康介はスレイヤーになることを諦めていたが、仕事の帰りにコンビニエンスストアに立ち寄ったことで運命が変わることになる。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。 ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。 そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。 しかも精霊の力に満たされた異世界。 さて…主人公の人生はどうなることやら。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

ガチャ召喚士〜ガチャを使って目指すは最強の王国〜

餅の米
ファンタジー
会社をクビにされ自信も喪失し毎日をただダラダラとゲームをして過ごして居た主人公の榊 隼人 ある日VRMMORPGゲームのサモンズキングダムオンラインにログインするとそのままログアウトが出来なくなって居た。 だが現実世界に未練の無い隼人はゲームの世界に来れた事を少し喜んで居た。 だがそれと同時に向こうの体が衰弱死する可能性の恐怖に怯える。 その時アルラ・フィーナドと名乗る元NPCの部下が隼人の前に姿を現わす。 隼人は彼女に言われるがままついて行くと着いたのは神殿だった。 神殿には地下が存在し、何層ものダンジョンの形をした地下王国となって居た。 そのダンジョンには過去に召喚したキャラクターが守護者として存在し、国を守って居た。 自身が王の国があり、部下も居る、そして圧倒的な強さを誇るアルセリスと言う自分自身のキャラ……この状況に榊はゲーム時の名であるアルセリスとして生きる事を決意した。 この物語は元社畜の榊事アルセリスがゲームだった異世界に飛ばされその世界を統べる為にガチャをしながら圧倒的な力で世界征服を進める物語。 この作品は某作品に影響を受けたオマージュです なろうとカクヨムにも投稿してます 2022年3月25日に完結済みです

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

処理中です...