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第二部 氷の国の調停者編

熟練度カンストの飛来者

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「よし、では俺は一足先に狼煙のところに行ってみよう。リュカ、頼める?」

「いいよー。任せて!」

 リュカが腕まくりをして力こぶを見せる。
 あっ!
 思ったよりも逞しい腕。

「行くって、空を飛んで行くのか!? 剣のシャーマン自ら……!」

 ウルガルに対し、俺はうむ、と頷いた。

「手勢は連れてきてないからな。部族の連中はウルガルがよろしくやってくれ。身軽な俺はさっさと現場に向かう」

「彼は前々から現場主義だよ。全く、困ったものだ。敵の王にして、最大の戦力がホイホイと最前線にやってくるのだから……」

 アブラヒムが肩をすくめた。

「それは狙いやすいという事ではないのか? ウルガルならば、王が前に出てきたら、それを倒して戦いを終わらせる」

「その王様っていう男が、でたらめな強さなんだよ。まさに、でたらめだ」

 アブラヒムが俺を見ながら言うので、何言ってんだこいつ、という気持ちになる。
 だが、ウルガルもまた俺を見て黙り込んだので、ちょっと、そうなのかなという気持ちになった。

『行ってくるが良い、ユーマよ。余は精霊王ゆえ、人の争いには関与せぬ。そも、うぬならばビラコチャとて相手取れるだろうよ』

「おう、だけど、奴らの前で精霊王の顔を潰しちまうと、後々面倒だ。今回も穏当な取引で行ってくる」

 リュカがムササビの術モードに変身した。
 自分のお腹の辺りをぽんぽん叩いて、「ここにぎゅっとしがみ付くのよ」と言ってくる。

「なんという。公衆の面前でハグしろと」

「ハグするの」

「はっ」

 否応無くそうせねばならぬ事になったので、俺はリュカをぎゅっと抱きしめた。

「むふっ」

 リュカは満足気に笑うと、そのまま風を吹かせて、ふわりと舞い上がる。
 この、抱きしめていると分かるリュカの強靭な体幹。

「明らかにかっこ悪いっすなあ」

 下からは、亜由美の余計な感想が聞こえてくるのであった。



 リュカにしがみついたまま、空を飛ぶのである。
 風を自在に操るリュカだが、この風によって他人を浮かせたり飛ばせたりするのには限度があるらしい。

「私が体感でわかるくらいまでね。あとは、怪我をするとかぜんぜん考えなければ、いくらでも行けちゃうけど」

 安全を考えて飛ばすのは、先ほどの亜由美の布に乗れる範囲までと言うことだ。
 で、リュカの体格の都合上、掴まえて飛ぶのは一人まで、と。
 ムササビの術状態ではあるのだが、この飛行、なかなかの速度である。
 そろそろ怪しくなってきた現実世界の記憶を辿るとすると……、そう、新幹線くらいの速度が出ているのではないか。
 音速を出すと、周囲のものを破壊してしまうから、あの最高速度は海限定だとか。

「見えてきたな……。おお、カラフルな軍隊が迫ってきてるな。一旦降りるぞリュカ」

「ほいほーい」

 風向きが変わる。
 俺たちを軟着陸させるように、下方へ向かう風が後ろから吹き付け、ゆっくりとムササビの術が下っていく。
 俺たちを指差して、どこぞの部族の連中が大騒ぎしている。
 あ、ウルガル連れて来たら良かったかもしれんな。
 とりあえず、弓を構え始めた連中に向かって、俺は手を振った。

「味方だー。ワカンタンカに会ってきたんだぞー!」

 俺の声を、リュカが風で届けてくれる。
 これを聞いて、下にいた連中はざわざわと騒ぎ出した。
 だが、ワカンタンカの名前は効いたな。
 彼らが弓を下ろした。
 なんというか、ネイチャーの住民たちは純朴である。

 俺たちが狼煙台の近くに着地すると、責任者らしき派手な毛皮を纏った男が走ってきた。
 恐らくは狼の毛皮を、土の染料で赤く染めている。

「剣のシャーマン、ユーマだ。ワカンタンカに認められた男だぞ」

「ワカンタンカの名前に誓えるなら真実であろう。牙の部族、族長のデロリロだ」

 ここで、とりあえず信頼の証に握手。
 族長デロリロ曰く、先ほど、部族にいるシャーマンがワカンタンカの声を聞き、剣のシャーマンを味方に迎え入れた事実を知ったそうだ。
 タイミングが良かったな。
 ワカンタンカの仕事も迅速だ。
 例によって、物陰から子供たちがこちらを見ている。
 彼らの集合意思みたいなものが、ワカンタンカと繋がった実質的なシャーマンなのだ。
 リュカはそれを即座に感じ取ったらしい。

「ちょっとあっちでお話してくるね!」

 俺に宣言するなり、子供たちの方にトテトテと駆け寄って行った。
 俺は、デロリロと作戦会議だ。

「まず、太陽の帝国の連中はよく攻めてくるのか?」

「うむ。帝国は山地にあり、土地に乏しい。ネイチャーと帝国を結ぶ狭間の地も岩ばかりの砂漠だ。帝国はとうもろこしと芋を育てられる土地を求めている」

「ここは芋が育つの?」

「自生している」

 狩猟採取民族であるネイチャーの民と、農耕民族である帝国か。
 ネイチャーの民にはウルガルみたいなのが何人かいて、質の力で敵の進行を食い止めているのだろう。
 帝国にも、侵略を行なわねばならない理由がある、と。
 だが、今のところ、そんな双方の事情はどうでもいい。
 さっさと休戦させて、ビラコチャを交渉の場に引きずり出さねばな。

「よし、では俺があいつらをちょいと食い止めてきてやろう。どこか攻めやすいところはないか?」

「攻めやすいところ? 牙の民が戦うなら、広い平原だが」

「少人数で、あの大人数と戦う。狭い場所がいいな」

「狭い……。なら、この奥に谷がある」

「よし、じゃあ、そこまで後退して誘い込もう。牙の部族ったって、帝国の連中より数は少ないし女子供もいるだろう」

「牙の部族の男は、妻と子を守って戦える強い戦士だ!」

「だが、死んだら残された連中が困る。そんなわけで、俺が代わりをやるって言ってるんだ。案内してくれ」

 デロリロは目を白黒させたが、彼の背後から近づいてきた怪しい男が、耳元で何か囁くと背筋を伸ばした。

「ワカンタンカの言葉があった! 牙の部族は、剣のシャーマン、ユーマに従う!」

 遠くで、リュカがブイサインをしているのであった。
 そんな訳で、牙の部族はみんなでテントを畳み、大移動を開始する事になる。
 彼らは甲羅で覆われた牛みたいな生き物を連れており、これを荷運びに使っているようである。

「これ何?」

「ヨロイバッファロー。乳も飲めるぞ」

 まんまな名前だった。
 翼の部族でも、こいつを飼っているのかも知れないな。
 家畜に荷物を積み込み、一同、谷に向かって突き進む。
 まだまだ遠くだが、背後から聞こえてくるのは角笛の音だ。
 妙な打楽器も打ち鳴らされている。
 さらに、管楽器があるな。
 俺が子供の頃に聞いた、民謡っぽいコンドルの曲を思い出す響きだ。
 あちらさんは、インカ帝国って感じらしい。
 ヨロイバッファローのミルクを頂戴しつつ、俺たちは牙の部族の案内についていく。

 やがて、一面の赤土のステップみたいなところが、ゴロゴロとした岩石に覆われ始めた。
 地面が大きく隆起した箇所が多くなり、やがて、谷と言って差し支えない場所へと辿りつく。
 不思議なことに、先ほどいた場所よりも、このあたりの方が緑や水は多いようだった。

「この辺りは、今休ませている地域。年が回るたびに、平野と谷を行き来する」

「なるほどな。じゃあ、来年になれば、この辺りはもっと草木が生い茂るわけか」

 先ほどの平野がステップ状になっていたのは、バッファローや家畜たちが草を食ってしまっていたかららしい。
 さて、この谷の中でも、特に入り口が狭い場所を見つけた。
 ここに俺は陣取る事にする。

「しかし剣のシャーマンよ。どうやって太陽の帝国を誘導するのだ」

「俺と一緒に来た娘がいるだろう。彼女は風のシャーマネスだ。彼女が、帝国の連中をこちらに追い込む」

「なんと!!」

 デロリロが目を見開いた。
 よく驚く人々である。

「それも、精霊王の声を聞くだけじゃない。精霊王そのものの力を降ろして行使することができる」

「それならば、風のシャーマネスが太陽の帝国を一掃してくれれば……」

「それではいかんのだ。帝国など小物だぞ。これから、あいつらの力も借りなければとても戦えないような敵がやってくる。ワカンタンカにあとで説明してもらうからな」

「ワカンタンカに!? 底知れぬ男……!」

 デロリロがちょっと畏敬の念が入った目で俺を見てくる。
 ちなみに、俺が彼とやりとりをしている最中、リュカは既に動き出している。
 空高く舞い上がり、遠く、帝国の連中の周囲に強烈なつむじ風を巻き起こす。
 彼らは、風に追いやられるようにして進行方向を変えた。
 楽器の音が止み、足音や人の声が、谷に向かって近づいてくる。

「では、あんたたちは谷から離れず、隠れててくれ。俺のやる仕事を見ててもいいぞ」

 そう言うと、デロリロを始め、部族の男たちが名乗りをあげた。
 彼らが言うには、俺が危なくなったら加勢に駆けつけるのだそうだ。

「好きにするといい。じゃあ、始めるとするか」

 俺が宣言すると同時だ。
 不意に、彼方に強烈な砂嵐が巻き起こった。
 そちらの方向から悲鳴が上がる。
 これで、帝国の部隊の退路は断たれた。
 こちらに向かって来るばかりである。
 俺は、狭隘な地形となった谷間を、悠然と歩いた。
 バルゴーンを抜き放つ。
 やがて、俺は帝国の先陣と接触した。

「お前は、ネイチャーの野蛮人か!」

 いきなりなご挨拶を投げかけてくる。
 俺はその言葉に少し考えた後、

「その加勢だ。とりあえず、この場でお前ら全員をぶちのめす」

「野蛮人が!! 我らを舐めるなよ!! 行け!!」

 一際派手な武装に身を包んだ男が、カラフルな布のついた槍を空に突き上げる。
 すると、そいつの取り巻きらしき男たちが、俺に向かって一斉に襲い掛かってきた。
 俺は、奴らの只中に一歩踏み込み……。
 武器を叩き切り、剣の腹で連中の頭を殴り、腕を殴って武器を落とさせ、足を払って転倒させ、力を利用して放り投げた。
 おそらく十人ばかり。
 これを二、三歩の間に戦闘不能とした後、悠然と派手な鎧の男に剣を向けた。

「どんどん来い。さもないと、この切っ先がお前に届くぞ」

 帝国軍掃討戦……ただし、不殺の条件付の戦いが始まるのである。
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