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第一部終章 熟練度カンストの凱旋者
熟練度カンストの帰還者
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『まさか、世界の壁を越えて呼ばれるとは思わなかったぞ』
巨大な火竜は、空にその巨体を浮かべて笑った。
現実世界の夜空は、この巨竜が砕いてしまっていた。欠けた空間の向こうには、すっかり日が暮れたこの時間には不釣合いな、青空が広がっている。
あちら側とこちら側での時差であろう。
道行く人々は、誰もが足を止め、ぽかんと口を開いて空を見上げている。
誰もこれを無視する事は出来ない。
視界に入れないなどと言う事が出来ようはずもない。
暗闇の中、青空の輝きを背に受けて、赤く照り返す鱗の巨大な怪物が浮かんでいるのだ。
それは、口を開いてはいなくても、この場にいる全ての人間の耳に届く言葉を発している。
『約定によって、そなたの願いを叶えにやって来た。灰色の剣士ユーマよ、我に願うことは何か』
全長百メートル余り。
翼長に至っては、二百メートルに達するだろう。
これだけでかいものが突然出現したら、きっと自衛隊や米軍のレーダーに引っ掛かっているのだろうなあ、と俺は思う。
「そっちの世界に戻りたい。連れて行ってくれ」
『なんだ。随分と慎ましやかな願いなのだな』
火竜は拍子抜けしたようである。
『我の力を使い、この地を焦土に変えてそなたが君臨する事も可能なのだぞ。ただ一度の願いなのだ。有効に使うが良かろう』
「いや、そういうのいいから。戻るだけでいいから」
『そうか』
ワイルドファイアはフム、と鼻を鳴らした。
鼻息が炎になり、空気を焼き焦がす。
一瞬、まるで周囲が昼間になったかのように照らされた。
これを見て、人々はへなへなと崩れ落ちる。
本当に恐ろしいものを目の前にした時、弱いものは逃げると言う選択肢すら思い浮かばなくなるのだ。
この場にいる、俺以外の全ての人間は死を覚悟したに違いない。
「おい、アリエルまでへたり込んでどうするんだ」
「い、いやあ、だって! あれですよ!? あの火竜がこんな目の前にいるんですよ!? 腰を抜かさない方がおかしいですから!」
「仕方ないなあ……。よっこら」
「ひゃっ」
アリエルをおんぶした。
ふと横を見ると、もう一人だけ、腰を抜かしてない奴がいた。
目をキラキラさせているアルフォンスである。
あれはきっと、「うわー、本当のドラゴンだー」なんて思っているに違いない。
『では乗るが良い』
ワイルドファイアの尻尾が目の前まで垂れてきた。
俺はこいつを駆け上っていく。
鱗や背びれの段々があるから、案外登りやすいぞ。
背中の上に到達した辺りで、火竜は翼を大きく開いた。
『行くぞ。掴まっているがよい』
これは、物凄い風が下に向かって吹くのではないかと俺は思った。
だが、こいつはそれなりに気を使ってくれたらしい。
何やら魔法の力らしきもので、ふわりと火竜の巨体が上空へと舞い上がる。
そこに来て初めて、ワイルドファイアは一度、大きく羽ばたいた。
強烈な風が巻き起こる。
台風とまではいかないが、春一番程度の強さではあったのだろう。
下方に伺える繁華街で、看板が倒れ、チラシやらポスターが剥がれて舞う。
『ふむ? この世界の鳥が近づいてくるようだな』
火竜はどこかに気を取られたようだ。
見つめる先、何やら編隊を組んで飛んでくる。
おお、こいつは戦闘機じゃないのか。
数キロ先なのだろうが、俺にも良く見える。これはワイルドファイアの魔力の影響を受けているのだろうか。
『何か小さいのを出してきたな。どーれ』
それってミサイルじゃないか?
戦闘機が放ったミサイルが、ワイルドファイア目掛けて飛来してくる。
火竜は結構な熱量を常に放っている存在である。
今は、俺とアリエルが乗っかっている背中を冷やしてくれているが、それ以外は戦闘機のアフターバーナーもかくやという熱を放出している。
そこに、ミサイルが飛来し、
『ふむ』
爆発する前に、ワイルドファイアの前で粉々に砕け散った。
これはあれだ、この火竜が次元を斬り裂くようなノリで、ミサイルをぶん殴ったのだろう。
信管が反応するよりも遥かに速いから、爆発するまえに砕け散る。
さらに飛来してきたミサイルを、こいつ、真横にスッと動いて避けた。
旋回半径がどうこうという次元ではない。
一切のGや空気抵抗を無視して、縦横無尽に動けるようなのだ。
こいつ、空を飛ぶとさらに化け物になるのな。
『小うるさい鳥めを叩き落してから行くとするか』
奴が口蓋を展開した。
ビームを吐くつもりだろう。
「ストップストップ。被害が半端じゃないから、スルーしてくれ」
『なんと……。そなたは存外に穏健主義なのだな』
火竜の口がピッタリと閉じた。
翼が空気を打つ。
巨体が一気に、遥かな上空へ舞い上がった。
いや、そこから上は、現実世界の空ではない。
砕けた空間の壁を飛び越えて、あの世界、リュカがいる世界へと飛び込んだのだ。
何だか、物凄い空気抵抗があったような気がするが……。
戦闘機も近くまでやってきて、割れた空の近くをうろうろしてから飛び去っていった。
「あれは自然に塞がるものなのか」
『我が砕いたのだ。そう容易く塞がるはずが無かろう。しかし案ずるな。百年も経てば安定しよう』
塞がるんじゃなくて安定するのか。
今は考えない事にしておこう。
ワイルドファイアを現実世界で暴れさせず、こちらに連れて来られただけでよしとせねばな。
よく、ファンタジー世界の生物が現実に来て、現代兵器で仕留める話なんかがあるが、このワイルドファイアクラスになると、まだ現代兵器では全く歯が立たんな。
それこそSF世界のレベルに足を突っ込まないと……。
「ワイルドファイア。世界は今どうなってる? 俺がいなくなってから二日くらい経ってると思うが」
『レイアめが復活したぞ。彼奴は己の軍勢を作り出し、世界へ攻め寄せているな。我が巫女が彼奴の下僕になっているのが大層面白くない』
「そ、その、あなたは手出ししないんですか?」
恐る恐る、と言った感じでアリエルが尋ねる。
火竜は鼻息を吹いた。
『我ら四竜と精霊王が戦えば、天地は無事では澄むまい。人も獣も、鳥も魚も、虫も草木も、七度滅ぶほどの災厄となるぞ』
「あっ、力が強大すぎて世界がやばくなるのか」
了解した。
この火竜とて、世界を滅ぼしたいと言うわけでは無いのだ。
そう言えば、恐れられている割に、ワイルドファイアは火竜の山でも誰かをみだりに殺したりはしていなかったな。
『そなたの仕事であろう。どれ、特別に望む戦場へ運んでやろう。希望を言え』
「おお、気前いいな。じゃあ……」
俺の脳裏に浮かぶのは、バルゴーンを折った勇者とやらの顔。
「魔剣デュランダルの使い手の元に連れて行ってくれ」
『心得た』
火竜の翼が空を打つ。
途端に、巨体は凄まじい加速を得た。
ここは遥かな天空。
俺たちが旅した世界は、この世界のごく一部でしか無いと知れる。
一瞬見えた、約束の地の彼方に聳える巨大な山々。大地を分かつ、海と見紛うほどの大河。見渡す限りの密林。絶海の孤島。
いつか、旅してみたいものだ。
そう思いながら、俺は火竜の加速に身を委ねた。
「なんだ……? 空が割れた……?」
勇者リョウガは、空を見上げていた。
今は、アルマース帝国に巣食う魔王の軍勢の中でも、火に属するモンスターたちとの戦いの最中である。
絶対魔剣デュランダルが唸りをあげ、巨大な亜竜の首を斬り飛ばす。
リョウガが経験したゲームに登場した竜に比べれば、幾分か強力な相手であった。
何より、個体によって能力が大きく異なる。
「なんだ、ありゃ?」
「何かのイベントじゃないのか?」
集まってくるのは、リョウガの仲間たちである。
ギルド”デスブリンガー”を構成するメンバーの一部。
誰もがレイアに召喚されたとき、特別な力を授かっている。
彼らの中では、本日はゲーム二日目。
召喚者である女神レイアからは、魔王と魔物、そして人々に圧政を強いる悪逆な宗教指導者たちを撃破するという指名を受けていた。
「うわー」
「とても叶わん」
「逃げろ逃げろ」
ドワーフたちが逃げていく。
「ははっ! ドワーフってマジで短足じゃねえか。足が遅えからすぐ追いつけるぜ! ほれほれ! 逃げろ逃げろ!」
「ひー」
逃げるドワーフを、槍を振り回しながら追い回す者が一人。
「ぬっ、させヌ!」
「うっせーよ! 雑魚モンスのリザードマンが舐めた口叩くんじゃねえ!」
「ぐうっ!」
槍が、ドワーフを守ろうと立ちふさがったリザードマンの腹を貫く。
分厚い鎧も、鱗も役には立たない。
全てを貫き通す最強の槍なのだ。
「うはは! マジスゲエー!! 俺の槍、何でもぶち抜いちまうぜ!! そぉら!!」
彼はリザードマンを持ち上げて、貫いたまま振り回し、地面に叩き付けた。
「ぐハッ……!」
「さーて、じゃあ次はドワーフを……って、おっと、小さいリザードマンもいるじゃねえか! これってレアキャラ? 経験値入るのか?」
「みゅッ」
戦場に迷い出てきたのだろうか。
明らかに年若いリザードマンは、槍を持った男の鬼気に当てられて立ち竦んだ。
「よっしゃ! レアキャラゲットー!!」
槍が幼いリザードマン目掛けて襲い掛かる。
「は、灰王さマッ……!」
ぎゅっと、その幼いリザードマン、マルマルが目をつぶった時だ。
凄まじい風が、周囲に吹き付けた。
「おい、ショウマ! 注意しろ、何か降って……」
リョウガの声が聞こえたと思った。
ショウマと呼ばれた槍の使い手は、一瞬頭上で、光が翳ったように思う。
「あ?」
疑問を感じて見上げたそれが、彼の見た最後の光景だった。
振り下ろされる虹色の刃。
頭頂から入り、股間へと抜ける。
行き掛けの駄賃とばかりに、最強の槍が縦に真っ二つ。
「やはり、デュランダルと同じ構造か。据え物斬りならこんなものだろうな」
「はっ、灰王様ッ! 灰王様ーッ!」
小さいリザードマン、マルマルが、降り立った男にしがみついた。
「おう、マルマル! 危ないところだったな。戦場に出てきたらだめだぞ」
「うン。でモ、あいつら、遊牧民の人たちを人質に……」
「そうか、許せんな」
男は振り返る。
それを見て、勇者リョウガは全身に震えが起こるのを感じた。
何故だ。
あの男は、女神レイアが別の世界へ飛ばしてしまったはずだ。
それが、今ここにいる。
確かにへし折ったはずの、そして自分の足を切断した、あの虹色の剣を手にして。
「おい、勇者とやら」
男はリョウガの様子に委細構わず、言葉を紡ぐ。
「俺の女はどこだ。あいつらを出せ」
灰色の剣士にして、灰王。魔剣士ユーマの反撃が始まる。
巨大な火竜は、空にその巨体を浮かべて笑った。
現実世界の夜空は、この巨竜が砕いてしまっていた。欠けた空間の向こうには、すっかり日が暮れたこの時間には不釣合いな、青空が広がっている。
あちら側とこちら側での時差であろう。
道行く人々は、誰もが足を止め、ぽかんと口を開いて空を見上げている。
誰もこれを無視する事は出来ない。
視界に入れないなどと言う事が出来ようはずもない。
暗闇の中、青空の輝きを背に受けて、赤く照り返す鱗の巨大な怪物が浮かんでいるのだ。
それは、口を開いてはいなくても、この場にいる全ての人間の耳に届く言葉を発している。
『約定によって、そなたの願いを叶えにやって来た。灰色の剣士ユーマよ、我に願うことは何か』
全長百メートル余り。
翼長に至っては、二百メートルに達するだろう。
これだけでかいものが突然出現したら、きっと自衛隊や米軍のレーダーに引っ掛かっているのだろうなあ、と俺は思う。
「そっちの世界に戻りたい。連れて行ってくれ」
『なんだ。随分と慎ましやかな願いなのだな』
火竜は拍子抜けしたようである。
『我の力を使い、この地を焦土に変えてそなたが君臨する事も可能なのだぞ。ただ一度の願いなのだ。有効に使うが良かろう』
「いや、そういうのいいから。戻るだけでいいから」
『そうか』
ワイルドファイアはフム、と鼻を鳴らした。
鼻息が炎になり、空気を焼き焦がす。
一瞬、まるで周囲が昼間になったかのように照らされた。
これを見て、人々はへなへなと崩れ落ちる。
本当に恐ろしいものを目の前にした時、弱いものは逃げると言う選択肢すら思い浮かばなくなるのだ。
この場にいる、俺以外の全ての人間は死を覚悟したに違いない。
「おい、アリエルまでへたり込んでどうするんだ」
「い、いやあ、だって! あれですよ!? あの火竜がこんな目の前にいるんですよ!? 腰を抜かさない方がおかしいですから!」
「仕方ないなあ……。よっこら」
「ひゃっ」
アリエルをおんぶした。
ふと横を見ると、もう一人だけ、腰を抜かしてない奴がいた。
目をキラキラさせているアルフォンスである。
あれはきっと、「うわー、本当のドラゴンだー」なんて思っているに違いない。
『では乗るが良い』
ワイルドファイアの尻尾が目の前まで垂れてきた。
俺はこいつを駆け上っていく。
鱗や背びれの段々があるから、案外登りやすいぞ。
背中の上に到達した辺りで、火竜は翼を大きく開いた。
『行くぞ。掴まっているがよい』
これは、物凄い風が下に向かって吹くのではないかと俺は思った。
だが、こいつはそれなりに気を使ってくれたらしい。
何やら魔法の力らしきもので、ふわりと火竜の巨体が上空へと舞い上がる。
そこに来て初めて、ワイルドファイアは一度、大きく羽ばたいた。
強烈な風が巻き起こる。
台風とまではいかないが、春一番程度の強さではあったのだろう。
下方に伺える繁華街で、看板が倒れ、チラシやらポスターが剥がれて舞う。
『ふむ? この世界の鳥が近づいてくるようだな』
火竜はどこかに気を取られたようだ。
見つめる先、何やら編隊を組んで飛んでくる。
おお、こいつは戦闘機じゃないのか。
数キロ先なのだろうが、俺にも良く見える。これはワイルドファイアの魔力の影響を受けているのだろうか。
『何か小さいのを出してきたな。どーれ』
それってミサイルじゃないか?
戦闘機が放ったミサイルが、ワイルドファイア目掛けて飛来してくる。
火竜は結構な熱量を常に放っている存在である。
今は、俺とアリエルが乗っかっている背中を冷やしてくれているが、それ以外は戦闘機のアフターバーナーもかくやという熱を放出している。
そこに、ミサイルが飛来し、
『ふむ』
爆発する前に、ワイルドファイアの前で粉々に砕け散った。
これはあれだ、この火竜が次元を斬り裂くようなノリで、ミサイルをぶん殴ったのだろう。
信管が反応するよりも遥かに速いから、爆発するまえに砕け散る。
さらに飛来してきたミサイルを、こいつ、真横にスッと動いて避けた。
旋回半径がどうこうという次元ではない。
一切のGや空気抵抗を無視して、縦横無尽に動けるようなのだ。
こいつ、空を飛ぶとさらに化け物になるのな。
『小うるさい鳥めを叩き落してから行くとするか』
奴が口蓋を展開した。
ビームを吐くつもりだろう。
「ストップストップ。被害が半端じゃないから、スルーしてくれ」
『なんと……。そなたは存外に穏健主義なのだな』
火竜の口がピッタリと閉じた。
翼が空気を打つ。
巨体が一気に、遥かな上空へ舞い上がった。
いや、そこから上は、現実世界の空ではない。
砕けた空間の壁を飛び越えて、あの世界、リュカがいる世界へと飛び込んだのだ。
何だか、物凄い空気抵抗があったような気がするが……。
戦闘機も近くまでやってきて、割れた空の近くをうろうろしてから飛び去っていった。
「あれは自然に塞がるものなのか」
『我が砕いたのだ。そう容易く塞がるはずが無かろう。しかし案ずるな。百年も経てば安定しよう』
塞がるんじゃなくて安定するのか。
今は考えない事にしておこう。
ワイルドファイアを現実世界で暴れさせず、こちらに連れて来られただけでよしとせねばな。
よく、ファンタジー世界の生物が現実に来て、現代兵器で仕留める話なんかがあるが、このワイルドファイアクラスになると、まだ現代兵器では全く歯が立たんな。
それこそSF世界のレベルに足を突っ込まないと……。
「ワイルドファイア。世界は今どうなってる? 俺がいなくなってから二日くらい経ってると思うが」
『レイアめが復活したぞ。彼奴は己の軍勢を作り出し、世界へ攻め寄せているな。我が巫女が彼奴の下僕になっているのが大層面白くない』
「そ、その、あなたは手出ししないんですか?」
恐る恐る、と言った感じでアリエルが尋ねる。
火竜は鼻息を吹いた。
『我ら四竜と精霊王が戦えば、天地は無事では澄むまい。人も獣も、鳥も魚も、虫も草木も、七度滅ぶほどの災厄となるぞ』
「あっ、力が強大すぎて世界がやばくなるのか」
了解した。
この火竜とて、世界を滅ぼしたいと言うわけでは無いのだ。
そう言えば、恐れられている割に、ワイルドファイアは火竜の山でも誰かをみだりに殺したりはしていなかったな。
『そなたの仕事であろう。どれ、特別に望む戦場へ運んでやろう。希望を言え』
「おお、気前いいな。じゃあ……」
俺の脳裏に浮かぶのは、バルゴーンを折った勇者とやらの顔。
「魔剣デュランダルの使い手の元に連れて行ってくれ」
『心得た』
火竜の翼が空を打つ。
途端に、巨体は凄まじい加速を得た。
ここは遥かな天空。
俺たちが旅した世界は、この世界のごく一部でしか無いと知れる。
一瞬見えた、約束の地の彼方に聳える巨大な山々。大地を分かつ、海と見紛うほどの大河。見渡す限りの密林。絶海の孤島。
いつか、旅してみたいものだ。
そう思いながら、俺は火竜の加速に身を委ねた。
「なんだ……? 空が割れた……?」
勇者リョウガは、空を見上げていた。
今は、アルマース帝国に巣食う魔王の軍勢の中でも、火に属するモンスターたちとの戦いの最中である。
絶対魔剣デュランダルが唸りをあげ、巨大な亜竜の首を斬り飛ばす。
リョウガが経験したゲームに登場した竜に比べれば、幾分か強力な相手であった。
何より、個体によって能力が大きく異なる。
「なんだ、ありゃ?」
「何かのイベントじゃないのか?」
集まってくるのは、リョウガの仲間たちである。
ギルド”デスブリンガー”を構成するメンバーの一部。
誰もがレイアに召喚されたとき、特別な力を授かっている。
彼らの中では、本日はゲーム二日目。
召喚者である女神レイアからは、魔王と魔物、そして人々に圧政を強いる悪逆な宗教指導者たちを撃破するという指名を受けていた。
「うわー」
「とても叶わん」
「逃げろ逃げろ」
ドワーフたちが逃げていく。
「ははっ! ドワーフってマジで短足じゃねえか。足が遅えからすぐ追いつけるぜ! ほれほれ! 逃げろ逃げろ!」
「ひー」
逃げるドワーフを、槍を振り回しながら追い回す者が一人。
「ぬっ、させヌ!」
「うっせーよ! 雑魚モンスのリザードマンが舐めた口叩くんじゃねえ!」
「ぐうっ!」
槍が、ドワーフを守ろうと立ちふさがったリザードマンの腹を貫く。
分厚い鎧も、鱗も役には立たない。
全てを貫き通す最強の槍なのだ。
「うはは! マジスゲエー!! 俺の槍、何でもぶち抜いちまうぜ!! そぉら!!」
彼はリザードマンを持ち上げて、貫いたまま振り回し、地面に叩き付けた。
「ぐハッ……!」
「さーて、じゃあ次はドワーフを……って、おっと、小さいリザードマンもいるじゃねえか! これってレアキャラ? 経験値入るのか?」
「みゅッ」
戦場に迷い出てきたのだろうか。
明らかに年若いリザードマンは、槍を持った男の鬼気に当てられて立ち竦んだ。
「よっしゃ! レアキャラゲットー!!」
槍が幼いリザードマン目掛けて襲い掛かる。
「は、灰王さマッ……!」
ぎゅっと、その幼いリザードマン、マルマルが目をつぶった時だ。
凄まじい風が、周囲に吹き付けた。
「おい、ショウマ! 注意しろ、何か降って……」
リョウガの声が聞こえたと思った。
ショウマと呼ばれた槍の使い手は、一瞬頭上で、光が翳ったように思う。
「あ?」
疑問を感じて見上げたそれが、彼の見た最後の光景だった。
振り下ろされる虹色の刃。
頭頂から入り、股間へと抜ける。
行き掛けの駄賃とばかりに、最強の槍が縦に真っ二つ。
「やはり、デュランダルと同じ構造か。据え物斬りならこんなものだろうな」
「はっ、灰王様ッ! 灰王様ーッ!」
小さいリザードマン、マルマルが、降り立った男にしがみついた。
「おう、マルマル! 危ないところだったな。戦場に出てきたらだめだぞ」
「うン。でモ、あいつら、遊牧民の人たちを人質に……」
「そうか、許せんな」
男は振り返る。
それを見て、勇者リョウガは全身に震えが起こるのを感じた。
何故だ。
あの男は、女神レイアが別の世界へ飛ばしてしまったはずだ。
それが、今ここにいる。
確かにへし折ったはずの、そして自分の足を切断した、あの虹色の剣を手にして。
「おい、勇者とやら」
男はリョウガの様子に委細構わず、言葉を紡ぐ。
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灰色の剣士にして、灰王。魔剣士ユーマの反撃が始まる。
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「劣等な血に価値はない」
アルバートは幼馴染との婚約も無かったことにされ、さらに神秘研究における最高権威:魔術協会からも追放されてしまう。こうして魔術家アダンは、力をうしない没落と破滅の運命をたどることになった。
──だがこの時、誰も気がついていなかった。アルバートの【観察記録】は故人の残した最強スキルだということを。【観察記録】の秘められた可能性に気がついたアルバートは、最強の怪物学者としてすさまじい早さで魔術世界を成り上がっていくことになる。
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