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東征の魔剣士編

熟練度カンストの夢想者

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『勇者よ、聞こえていますか? 私です』

 お前か、お前だったのか。

『よく分かってないのにいい加減な返事はやめてください。あなたをこの世界に召喚した者です』

 何とも久々の夢見である。
 一応、俺はこの声のお告げに従い、全ての巫女を守り、集めて来たつもりである。
 いや、お告げに従った気は無く、成り行きに任せていたらいつの間にかそうなっていたと言うか。

『勇者よ、見事な働きです。まさかこれほどの事を成し遂げるとは、私も思ってもいませんでした。あの三人もあなたの力を認めざるを得ないでしょう。
 おめでとう、勇者よ。世界が人間の色に塗りつぶされていく変化は、完全に止まりました。
 ……まあ、今度は精霊界とのリンクが深くなりすぎて、世界のあり方が変わってきているのですが』

 ああ、それなあ。
 あれは一体どういう原理で、精霊界がこちらに呼び込まれたんだ?
 そもそもあいつらがここを呼ぶ混沌界ってのは何だ?

『風の巫女リュカ。彼女は生まれたその時より、世界と世界を繋ぐ特異点としての性質を持っていました。それが故の、並外れた魔力でもあります。
 彼女は精霊王や、あるいはそれよりも上位の古代の神とも交信することが可能です。あるいは、彼らをその身に降ろして、神の写し身となる事すら可能でしょう。
 彼女が存在する事は、即ち精霊界とこの世界が深く繋がっている証となります。さらに、彼女と接触した巫女たちがその性質を活性化させたことで、本来であったら命脈が途切れるはずだった巫女という存在が強靭化し、この世界が精霊界とより深く繋がる事になったのです。
 混沌界というのは、全ての精霊界がこの世界に繋がり、精霊力を送り込んでいるために、精霊の力が入り混じった世界という意味です。元は精霊界は一つだったのですが、この世界から分化して行ったのです』

 なるほど。
 今まで起こっていた諸々は、そういう理由だったのだな。
 人間の世界を作ろうとしていたフランチェスコが、リュカを消したがるわけだ。
 リュカは言わば、居るだけで世界を変化させる存在だった訳だ。
 ああ、それから。
 質問がある。

『なんでしょう』

 フランチェスコたちは、あいつらこの世界の人間じゃないだろう。
 あいつらも、お前が呼んだんじゃないのか。
 俺が尋ねると、声はしばし沈黙した。

『……驚きました。そこまで理解していたとは。
 御明察の通りです。彼らは人と人の欲望で、世界が戦乱に飲み込まれようとしていた時、私が召喚した人間たちです。彼らは人々の戦乱の原因を、人間たちの無秩序さであると考えました。そのために、ラグナ、ザクサーン、エルドという三つの教えを作り上げたのです』

 じゃあ、なんであいつらに任せっぱなしにしないで、俺を呼んだ?

『人間だけの世界は歪でしょう。世界はもっと、様々な可能性が認められて良いのです』

 ん?
 んんんー?
 なんか、こう、引っ掛かるな。
 何か思い出しそうな、思いつきそうな。

『さあ、いよいよ時は来ました。
 アルマース帝国の東方、ガトリング山を越えて高原を抜けた場所に、約束の地はあります。
 ここで、巫女たちが精霊と再び契約を交わすことにより、人と精霊は新たなる時代を迎えることになるのです。
 おめでとう、勇者ユーマ。あなたの旅と冒険のクライマックスが見えてきました』

 明確なゴール地点が示された。
 了解だ。
 リュカもゼフィロスからそこへ向かうように意思を受け取っている。
 俺としては、彼女の気持ちを尊重する意味も込めて、東に向かっても良いと思っている。
 最後に。

『なんでしょうか?』

 あんたは、俺やフランチェスコやアブラヒムみたいなのを、どういう基準で召喚できるんだ?
 幾らでも呼べるんじゃないのか。

『その瞬間、その世界において、極限を極めた人間を呼ぶことが出来ます。今の私の力は限定されていますから、ある意味で人の道理を外れた人間のみしか呼ぶことは出来ないのです』

 そうか……。
 剣術スキルをカンストさせた俺は、人の道理を外れていたのか。
 ちょっとショック。

『では、約束の地にてあなたを待っています。勇者ユーマよ』

 あ、そうだ、この間名前を名乗る前に消えちゃったけど、今度こそ名前を……。



「名前を」

「サマラです!!」

 なにぃっ。
 俺は目覚めた。
 物凄く柔らかい感触が横にある。
 スッと横目で見ると、褐色の肌で赤い髪の娘が、密着しているではないか。

「うおわっ!? な、何をしているんだサマラ!」

「ふっふっふ、ユーマ様を起こしにきたんだけど、寝顔を見てたらついつい……」

 なんと言うことだ。
 俺の貞操の危機だったのかもしれない。
 昨日のみんな揃っての入浴後、夕食を食べて歓談して、俺はすぐに寝てしまった。
 熟睡だったのだろう。
 アルコールも摂取していないのに、寝ている間の意識が全く無い。
 いや、夢を見ていた気がするが。
 確か、久々に誰かさんと会ったような。

「ユーマ様……! あのっ! もう、状況的にアタシたち巫女は、巫女しなくてもよくなってると思うんです! だからですねっ」

「な、何が言いたいのかね」

 ベッドの上で、俺はサマラと距離を取ったものの、彼女がにじり寄ってくる。
 壁際に追い詰められる俺。

「ハァ、ハァ……! あのですねっ……! もう、アタシ、ゴールインしちゃっていいんじゃないかなって……! そう、ユーマ様の赤ちゃんを産みたいんです……!!」

「な、なんだってーっ!!」

 いや、君がずっと悶々としていたのは分かっていたのだが。
 だがよりによってこんな朝っぱらに、そんな明け透けな告白をしなくても良かろうもん!
 これはいかん。
 俺の貞操はピンチだったのではない。
 今まさにピンチになったのだ。
 この世界に来てから最大級のピンチでは無いか……!!
 だ、誰か助けてくれえ。

「何をいつまでも時間かけてるんだい! サマラ!」

 バーンと、部屋の入り口を仕切っている布を蹴り上げて、アンブロシア登場である。
 彼女はすぐに、ベッドの上で俺に迫るサマラを発見。

「まーたこの子は!! 抜け駆けは禁止って決めてたろ!」

 後ろからサマラをキャッチすると、

「ひゃあっ!? アンブロシア、後生だからーっ」

「問答無用だよ! どりゃあっ!」

 ベッドからサマラを引っこ抜き、自分ごと床に倒れこんだ。
 もう少し鍛えれば、見事なバックドロップになる事だろう。
 二人は同時に背中を打ったらしく、しばらく涙目でじたばた悶えていた。
 そして咳き込みながら立ち上がると、

「じゃ、じゃあご飯に……」

「そ、そうだね。ユーマ、今日は色々準備しないといけないんだろう? あたしとサマラが手伝うからね」

 サマラも平常運転に戻ったようだ。
 かくして、朝食。
 木の実のパンとハムと卵、それからよく分からんフルーツ。
 コーヒーに似ているが、明らかに違う木の枝から抽出された、黒くて香り高い飲み物。
 エルフの里の食事もなかなかいける。
 俺の隣では、ローザがエドヴィンの書いた旅行記みたいなものを読みつつ、黒い飲み物を口に運んでいる。
 外見はあどけなさの残るハイティーンの少女なのだが、妙にこういうビジネスウーマンめいた仕草が様になる女性である。

「うん? どうした? これか? 砂糖を入れるとなかなかいけるぞ」

「ほう、砂糖を……」

 エルフが使う砂糖は、特定の植物の根っこから取れる汁を煮詰めて作る。
 何もかも自生している植物で補える辺り、エルフの森の植生は豊かである。
 俺もローザに薦められるまま、黒い飲み物に砂糖を入れて飲んでみた。
 うむ。これはあれだな。
 コーヒー豆乳の味だ。
 見た目コーヒーなのに、味がまろやかで苦味が無い。

「ユーマ、その飲み物を飲みすぎると、さっきのサマラみたいになるよ! なんていうかね、頭がカーッと冴えるんだけど落ち着かなくなるんだよ」

 アンブロシアはこの飲み物は口にしないらしい。
 ミルクみたいなのを飲んでいる。
 そうか、さっきのサマラがおかしかったのは、カフェインでテンションがおかしくなったようなものか。
 当のサマラは、今は正気に戻ったらしく、顔を真っ赤にして俺の向かいで小さくなっている。
 小さくなっても体格が大きいので、アンブロシアと同じくらいに見えるな。
 彼女の身長は、背筋を伸ばすと俺より高いかも知れん。

「おや? それで、リュカとアリエルが見当たらないが」

「あの二人なら、エルフの食事会に呼ばれている。貴様が行くと、エルフたちが緊張状態になるから連れてこないで欲しいという話でな」

 なんと言うことか。
 俺が惰眠を貪っている間に、巫女たちやアリエルは働いているのだなあ。

「何。ユーマはゆったりと構えていれば良いのだ。そもそも、世界がこのようになるよう、働き続けていたのは貴様だぞ? 今ぐらい休んでも、誰も文句を言うまい」

「そうですよ! ユーマ様、すごく頑張ってたもの。ちょっとだけお休みしましょう!」

「ま、そうは言っても昼から働いてもらうけどね。あたしらが旅をするのに、亜竜を荷運び用に連れて行きたいからねえ」

「そうだねえ。じゃあ、チェア君とゲイルがいいとアタシは思ってるんだけど」

「いいんじゃないかい? あいつらなら言う事もよく聞くし。ゲイルはユーマが大好きみたいだけど……ってことで、ユーマが仕事しなきゃならないのは決定だねえ?」

「うむ、頑張ります」

 俺は重々しく頷くと、黒い飲み物を啜った。
 こうして、着々と旅立ちの準備が整っていく。
 俺の旅のゴールか。
 夢の中でそういうイメージを得た気がする。
 あと数日で準備も終わるだろう。
 そうしたら、恐らくは最後の旅に出発だ。
 ……最後?
 ごく自然にそう思ってしまった思考に、俺は疑問を感じた。
 どうも、おかしい。
 何か、思考を誘導されているような……。
 まあ、いつも通りの注意はしておくとしよう。
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