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東征の魔剣士編

熟練度カンストの王様

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 忙しい日々であった。
 俺は、火と水と風、三つの精霊界を行き来して、妖精たちとの交渉を繰り返すことになった。
 何故、俺なのか。
 俺が下手に、あの火竜ワイルドファイアに認められてしまったのが問題だった。
 あいつ、どうやら精霊界では大変有名な怪物らしく、強さランキング的なもので言えば論議は多々あれど、必ず頂点に君臨するという話だった。
 そんな訳で、火竜のお墨付きを貰った俺は、自身が妖精たちにとって印籠のような役割を果たすことになっている。

「ユーマ、次はエルフの森。荒ぶる風氏との会談となろう。時刻も押し迫ってきているから、亜竜を準備しておいたぞ」

 隣で羊皮紙に書かれたスケジュール表を管理しているのは、なんと俺の秘書みたいな地位になっている元辺境伯……ローザリンデである。
 ほっそりとした体を、それなりに上質な黒のドレスに包んでいる。材質は革を混ぜているそうで、見た目よりも頑丈らしい。
 ドワーフどもの自信作である。
 で、俺はと言うと。

「ローザは気が回るな……。俺、この鎧嵩張って動きにくいんだけど」

「貴様が我々の代表である以上、いつもの身軽な格好でいられては権威と言うものが追いつかんのだ。慣れよ」

 大変いかめしい肩アーマー。ブレストアーマー、腰アーマーに具足と篭手。
 そして超イカス角がついた兜。
 そこから靡くマントまで、全てが濃淡のあるグレーでまとめられた俺の衣装である。
 素材はケラミス。
 細かな細工はドワーフが担当している。

「なんじゃこのケラミスとか言うもんは」
「戦場で拾ったもんと精度が違うのう」
「気合の入り方っちゅうかのう」
「わしらも負けちゃおれんわい」
「こりゃ愛が入っとるからなあ」

「何を言っているのか貴様ら!」

「うひゃーっ」

 勝手なことを抜かしたドワーフどもが、ローザに一喝されて逃げて行った。

「あれがドワーフという者たちか。どうも、腕はいいのだが性格に難有りだな」

「俺は割りと気が合うんだが」

「ユーマも変わり者だものな」

 フッと笑われた。
 な、なんか悔しい。

「ユーマ、行ってらっしゃい! これお弁当」

「おおー、済まんなリュカ! これで元気百倍だぞ」

「うふふ、行ってらっしゃい」

 亜竜に跨った俺に、駆けつけたリュカが包みを渡した後、ジャンプして抱きついてくる。
 何というか、出勤する新婚夫婦のやりとりのようで胸が熱くなる。

「あ、アタシも用意してきました! これデザートです! それから行ってらっしゃいのハグ!」

「なにっ、サマラ、お前まで来るとなると流石に重量がぐわーっ!!」

 俺は押しつぶされた。



「随分と仲が進展したようだな。まさか、共に寝てはおるまいな?」

「直接的な表現やめてください!」

 空の上である。
 さて、ローザと他愛も無い話を……と思ったところ、この核心に切り込んでくる一撃必殺ぶり。
 ローザ、君はもっと会話の機微とかを学んだほうがいい……。

「まだお互い清い体だ」

「そうか。なら良し。だが……貴様がいれば風の妖精たちの信を得られる以上、別にリュカを娶ってしまっても良いのだぞ? それは、他の巫女たちにも言えよう。火の巫女も貴様のことをあからさまに好いているではないか」

「いや、それはそうなんだが。最初にリュカと約束をしたんだ。東に向かう旅に付き合うと」

「それが、東に行く事も無くこうして各国をうろうろしている、と」

「その通りなんだけどな。ローザ、物言いが大変厳しい」

「むっ……すまない。ローザリンデとしての人生よりも、辺境伯として生きた時間が長いものでな。なかなか、こう、この物言いが抜けぬ」

 背格好は、小柄で儚げな黒髪の少女。
 声色だって澄んだハイトーンボイスなのだが、とにかく中身が鬼の将校みたいなきっつい性格なのである。
 大変残念な美少女と言えよう。
 実年齢四十三歳だし。

「ローザは、最初からそういう喋り?」

「いや、きちんと年齢相応の娘であったと記憶している。だが、課せられた役割が、私に娘であり続ける事を許さなかったのだ」

「ロールプレイしてたらその役割が染み付いてしまった訳だな」

「? よく分からない単語があるが、役割に馴染みすぎてしまった、という言い方は正しいな。既に私は貴様の補助をする立場であるし、もっと柔らかな話し方をせねばとは思うのだが」

 うーむ、と考え込むローザ。
 そのまま空を見上げて、うーむむむ、と唸っていたら、ポロッと亜竜から落ちそうになった。
 彼女、運動神経はさほどよろしくない。
 辺境伯時代も、戦場では戦っていなかったしな。
 俺は咄嗟に手を差し伸べて支えた。

「お、おお、すまない。ありがとう」

 支えられて初めて、自分の状況に気付いたらしい。
 彼女はちょっと恥ずかしそうに礼を言うと、ふむ、と唸った。

「これは、貴様にしがみついていた方が良いようだな。前を向け」

「ほうほう」

 言われるままに前を向くと、背中にむぎゅっとしがみつく気配がある。
 だが、悲しいかな。
 重厚なるケラミスの鎧と、豪奢な灰色のマントが邪魔をして、彼女の感触は全く分からない。
 やはり鎧は良くない……!
 鎧に対する俺の憤懣を生み出しつつ、空の旅はすぐに終了した。
 飛行型亜竜の速度は速い。
 恐らく、高速道路で自動車が普通に走るくらいの勢いで空を飛ぶ。
 これを、障害物も何も無い空で行なうのだから、旅程の消化速度は他の移動手段の追随を許さない。
 マーメイドたちに支えられ、俺とリュカが辿った海路が一昼夜ほどだったが、その距離を一時間ほどで駆け抜けた。

「空を飛ぶというのは、凄まじいものだな……! む、見えてきたぞ。あれがエルフの森か」

 ローザが俺の肩越しに手を伸ばして指し示す。
 そこには、ディアマンテの一角を覆いつくす、鬱蒼うっそうたる森があった。
 この間は地上から行ったから、そのサイズ感はよく分からなかった。
 だがこうして上空から見ると、とんでもなく広い森なのである。
 ちょっと飛んで行くと、ヘリポートのような場所があった。
 なんだあれ。
 ぽっかり空いた空間にエルフが立って、両手に旗を持ってこちらに振っている。

「よし、あそこに着地な」

 俺の指示に従う亜竜。
 高度を下げ、ゆっくりと着地点へ降りていく。

「待っていたよ、戦士ユーマ。いや、最早、我らの王ユーマと呼んだほうが良いかな」

 出迎えは、エルフの長老じきじきである。
 しかし、俺も出世したものである。
 自分で組織を作ってしまったようなものだから、俺がトップなのは仕方ないのだが。

「そちらが土の巫女かね? 君がこの戦いを始める切欠になったという。さあ、付いて来たまえ」

 長老に案内されて、森へ一歩踏み出す。
 ローザは改めて言われて、むむむ、と唸った。

「そ、そうか。この大仰な事態は、貴様が私を助ける為だったな……」

「まあ成り行き成り行き」

 そんな会話をしつつ、長老の後に続いた。
 森は、エルフたちにとって、行きたい場所へ転移するショートカットのような力を持っている。
 長老が一歩進むと、既にそこはエルフの里だった。

「こ……これはどういう原理なのだ? なに、魔法? そうか、魔法か……」

 一々気にする娘さんである。
 生真面目なのだなローザは。
 さて、エルフたちとは特に面白い話をしたわけでもない。
 基本、秘書であるローザが長老とやり取りをし、今後のうちの軍勢とエルフの関係を決定した。
 エルフはうちの軍勢に戦力を提供する。
 その代わりに、うちは他勢力との調停を受け持つ。
 ラグナ教の総本山であるディアマンテでは、いかなエルフといえど、一種族だけでやっていけるものではない。
 常に他の種族が、ディアマンテや他の国々に手出しをすることで、定期的に人間側の戦力を疲弊させる。
 これによって、数的には劣勢であるうちの軍勢と、そこに所属する妖精たちを守るわけだ。

「俺は見ての通り、政治とか出来ないから、代わりにやってくれる組織が欲しいな。元老院みたいな」

「なるほど、確かに道理だ。我ら四属性に所属する妖精たちの意見を纏めるには、人間一人では荷が重かろう」

「うむ。ただし、議長はユーマの代弁者としてこの私にやらせてもらおう。各陣営から代表者を選出し、彼らによる合議でこの集団を運営する」

「議場は森を提供しよう。各地の森に我が森へと通じるパスを通す。こうすれば、他の種族が存在する地域からこちらへ、すぐに抜けてくる事が出来るはずだ。だが、通行許可は絞らせてもらう」

「それで構わない」

「ほうほう」

 俺はたまにちょこっと口出しして、無理なものを無理と言う仕事。
 で、基本はローザと長老が物事を決めていく。
 一応、決定する際に、ローザはちょっと俺のほうを見て判断を求める。
 よく分からないので一任する時は、一度頷く。
 完全に同意で一任する時は、二度頷く。
 よく分からないがなんか嫌な時は、首を横に振る。すると、ローザが勝手に判断してくれる。
 有能……!!
 ローザが来てくれて本当に良かった!
 うちの巫女たち、野生児のリュカと、常識的なようで最近脳みそがピンク色のサマラと、色々なあなあで基本面倒ごと嫌いなアンブロシアの三名だ。
 政治能力を持った巫女は大変貴重である。

「……何を目をキラキラさせて私を見ているのだ」

「いやあ、頼りになるなあと思って」

「何を言う。戦場において、貴様ほど頼りになる男はいないのだぞ? そもそもこれ程多くの種族を惹き付けて一つにしているのは、貴様が他に比べられぬほどの力と、世界の道理に縛られぬ志を持っているためだ。誇るがいい」

「お、おう」

 凄く褒められた気がする。

「だが、こう言ったまつりごとにおける戦いは私の領分だ。貴様は私に、そうせよと命じて任せていれば良い」

 うーん、なんと頼もしい。
 伊達に二十年以上、政治の世界でやって来てないという訳だ。
 よし、全て任せて俺は弁当を食っていよう。

「それで、土の妖精たちとの連絡は取れたのかね?」

 不意に長老が尋ねてきた。
 そう言えば……そういうのがいる事をすっかり忘れていたような気がする。

「土の妖精トロルは、高度な知性を持つが、同時に蛮性を尊ぶ種族だ。まさに、我らの王の力が必要になると思うがね」

 なるほど。
 では、俺の出番なのであろう。
 エルフの里を後にし、俺たちは一路、エルフェンバインの山地へと向かう。
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