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群島の海賊剣士編
熟練度カンストの水泳者
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「しぬう」
「そらそら、何やってるんだい! 犬だってもっとましな泳ぎ方をするよ!」
息継ぎに失敗して、プカリと土左衛門めいて浮かび上がった俺を、アンブロシアが容赦なく叩いた。
いたい!
「だがアンブロシア。人間は水の中で生きられるように出来ていない」
「泳げばいいんだよおばか!」
またぶった!
この娘、とにかく手が早く、口が悪い。
口頭で伝えるよりも実戦で学ばせるタイプで、俺を水に放り込んで、朝から地獄の水泳特訓である。
岸では、俺に付き合って泳ぎを学ぼうとしたサマラが、大量の水に浸かったダメージでダウンしている。
彼女に膝枕しながら、リュカは呑気に応援だ。
「ユーマー、がんばれー」
「が、がんばる」
暖かな声援を受けて、俺はもうちょっと頑張るのである。
息継ぎはダメだ。
もうこれ人間に出来る行為じゃないな。難易度高すぎ。無理。
……はっ。
ならば、息継ぎしなきゃいいんじゃないか。
それだ。
凄い。俺天才。
俺は思い切り息を吸い、肺の中の空気が続く限り泳いで見る。
「おー! やれば出来るじゃないか! その意気だよ!」
アンブロシアが俺を褒める。
なるほど、このやり方か。覚えたぞ。何か決定的に違った方向の気がするが、俺は泳ぎを理解し始めた。
俺が持つ、数多い弱点のうち一つが金槌であることである。
この特訓で弱点を克服する事で、俺は海を制する事ができるようになるのだ。
「アンブロシアは見本を見せてあげないの?」
「あたしは泳げないからね」
リュカと会話していたアンブロシアの言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
「な、なにぃ」
「何驚いてるのさ? 当たり前だろ?」
泳げないと口にした女が、全く悪びれる事無く俺を見下ろしている。
「あたしは水の精霊を使って、水中で呼吸したり地上より早く進んだり出来るんだよ? 泳ぐ必要なんか無いじゃないか」
「な、なるほど……!!」
今初めて、巫女が羨ましいと思った。
泳げなくてもいいなんてずるいぞ。
そこではたと気付く。
「では、この泳ぎの特訓は」
「あたしのフィーリング。何ていうかさ、泳ぎなんて決まった型に嵌まらなくていいじゃないのさ。あたしは精霊を使う。あんたはあんたで、得意なものを使って泳いだらいいのよ」
「おおー」
リュカが感心したようである。
うんうんと頷いている。
しかし、そうは言ってもだ。
俺が長らく通っていた、日本の学校では、泳ぎとはこのようなものだと教えていたのだ。
俺はビート板があってすら沈降する、筋金入りの金槌であった。
水に嫌われているんじゃないかとすら思う。
「泳ぎなんてのはね、水を支配できない奴の言い訳さ! 水に従って、合わせてやって、それでやっと地上で歩くくらいの速さで泳ぐ事が出来る。
だけどあたしをご覧よ!」
そう言うと、アンブロシアは着衣のまま水中に飛び込む。
ちなみに俺は、パンツ一丁である。
服が塩水で濡れてしまう、勿体無い……などと思っていたのだが。
アンブロシアは、腕組みをしたまま、体の半分を水に浮かせているではないか。
彼女が飛び込んだところが、ちょうど腰を飲み込む程度の深さに凹んで、直立しているようだ。
「行くよ、ウンディーネ、ヴォジャノーイ!」
水の巫女が号令を発する。
すると、アンブロシアの背後で水面が爆発した。
まるでジェット噴射のような勢いで、水が後ろへと吐き出されているのだ。
アンブロシアが直立の姿勢のまま、海を切り裂きながら突き進んでいく!
凄い。
凄くシュールだ。
だが凄く速い。
馬くらいの速度を出しているのではあるまいか。地上を走るよりも速いとか、どうなのか、それは。
リュカの場合もそうだったが、巫女が精霊を行使する能力は、恐ろしく応用が利くようだ。
それこそ、巫女のイマジネーションによって無限に近い用途があるのだろう。
アンブロシアは、比較的頭が柔らかいタイプと見た。
常識に囚われないタイプの女だな。
リュカは次元が違うとして、サマラはちょっと自分の常識に凝り固まっているタイプ。火の精霊も、色々な応用が出来そうではある。
「これがあたしの泳ぎだよ! つまりこんなもんでいいのさ! さああんたもやってみな!」
「俺もやるのか」
精霊を使えない。
さらには根本的に金槌でもある俺が、どうやってアンブロシアの超常の泳ぎに対抗するか……。
俺の得意なもの……。
思い浮かぶのは、唯一つ。
剣である。
剣で泳ぐ?
どうやって? ハウドゥーイット?
「ユーマ様」
サマラの声が聞こえた。
ちょっと元気になったらしい。半身を起こしながら、訴えかけるように言う。
「アタシ、覚えてます。アータル様の中に閉じ込められたアタシを、ユーマ様が助けに飛び込んできたとき。リュカ様の起こした風を剣で受けて、空を飛んで……! ああいう風にしたらいいんじゃないでしょうか」
「そ、それだ!!」
俺の目から鱗がポロリである。
俺は常識に囚われてしまっていたのだ。
生身で泳げないなら、得意な剣で泳げばいい。それも、俺が必死に手足で水を掻く必要など無いではないか。
「バルゴーン!」
手をかざし、虹の刃を呼ぶ。
形態は、大剣。抜き放ちざまに疾く、強く水面を打つ。
一瞬、俺の眼前で海が割れた。
ここだ!
俺は割れた海に大剣の腹を浮かべ、飛び乗った。
海が戻ろうとする復元力に乗り、大剣が進み始める。
それは徐々に加速し、俺はさながらサーファーの如く、華麗に水上を疾走し始めた。
原理は簡単である。
常に大剣が浮き上がる方向へ、水の復元力が作用するように力を加えてやればいい。
手のひらで加減するのも、足の裏で加減するのも対して変わらんだろう。
俺は踏みしめた刃の腹に力を加え、適時水面を割るように動作を行なう。復元力は一瞬遅れて働くから、それを先読みしてやればいい。
少しこの動作を繰り返すうちに、要領がつかめてきた。
「おお、やるじゃないか! そう、泳ぎってのはそれでいいのさ!」
「ありがとうアンブロシア。俺は泳ぎを理解した」
「うーん、うーん……」
一人、頭を抱えて懊悩するのは岸にいるヨハンである。
「違う……明らかに間違っている……! だが何もかも間違いすぎてて、何も言う事が見つからない……!!」
「ヨハンさん、ユーマ様は剣を扱うのが得意だから」
「そういう次元の話なのか……?」
サマラの言葉にも、納得できなさそうなヨハン。
こうやって実際に、俺が泳ぎをマスターしているのだ。これでいいではないか。
大剣で滑走する水上の、気持ちいいこと!
「さて、泳ぎをマスターしたついでに話があるよ。詳しくはこの間話した通りだけどね」
アンブロシアが併走してきた。
彼女も一瞬、俺の足元を見て首をかしげた。
あれ、精霊を使ってるわけじゃないの? とか呟いた気がするが気のせいだろう。
「この辺りの島で、移住の話を進めてるんだよ。そりゃ金をかけずにやるって訳にゃいかないけど、伊達に荒稼ぎはしてないからね。衣類だって集めてみれば、結構な金になるもんさ。
金さえありゃ、なんとかなるもんでね。移住に関しても、出すもの出せば来てもいいって島があった。
だけど、島の連中はいいと言っているのに、邪魔をする奴らがいる」
「エルド教の連中か」
「そうさ。しかも導き手が複数いる。一人はあたしがとっちめて、こうして魔法の筒をたっぷり奪ってやったんだけどね。そうしたら連中、根に持っちまって」
「ふーむ」
俺は腕組みをして考えた。
下手に手を出すと、逆恨みして反撃してくる。
ならば、どうすればいい。
むむ、何やらアンブロシアがチラチラ見てくる。
「あ、あんたヒョロいかと思ったら、結構体つきががっしりしてるのね」
「うむ……リュカと旅をすると鍛えられる……」
かつて家に篭りきりでゲームのみを世界としていた頃、俺は不健康に痩せ、しかし下腹部だけは膨らむような餓鬼的体型であった。
それがリュカと旅をするようになって、あら不思議。
粗食にサバイバル、激戦と常に変化し続ける環境に晒され、見る見る俺の体は野生の力を取り戻していった。
まさか俺の腕に力こぶが出来るようになるなんてな。
……何を顔を赤らめているのだ。
「な、な、なんでもない!!」
ピューッとアンブロシアは行ってしまった。
流石に、大剣を使った泳ぎでは水の巫女には追いつけんな。
俺はマイペースで行こう。
ぷかぷかと水上を走破し、岸に帰還してきた。
「ユーマすごい!! 私も乗せて!」
リュカが服の裾が濡れるのも構わず、水の中に駆け込んでくる。
「よし、来い」
「やったー!」
二人分の重量が乗ると、なるほど大剣は沈み込もうとする力が強くなるな。
普通に浮くのは難しいかもしれない。
「なあユーマ。どうして剣が水に浮いているんだ……」
ヨハンがとても疲れたような顔をして尋ねてくる。
俺は答えてやった。
「長いものが沈む時、どちらかから沈もうとするだろう。ならば沈む前に逆に力をかけてやれば、沈もうとしている側が浮かび上がる。それを繰り返しつつ、復元力を推進力に利用するだけだ」
な。
簡単だろう?
だがヨハンめ、ますます分からなくなったようで、頭を抱えてしまった。
こいつは頭が良さそうに見えたのだが、違ったのだろうか。
「ユーマ、私がシルフさんに風を吹かせてもらうから、それで浮きやすくなる?」
「なるだろうな」
大剣で風を受けられるように調整すれば良いだけだ。
上手くやれば、アンブロシアに追走出来るぞ。
「じゃあ、シルフさん、お願いっ!」
リュカの言葉に応えて、猛烈な追い風が吹いた。
「よし、掴まってろ」
「うん!」
リュカがぎゅっとしがみついてくる。
服が濡れるのもお構いなしである。
俺は彼女の重みも考えつつ、大剣の腹で風を受ける。
これはさらに精緻な剣捌きが必要になるだろう。だが、剣で風を受けて飛んだ時に状況が近いと言えば近い。なんとかなる。
果たして、俺とリュカは凄まじい速度で水上を疾走し始めた。
やれば出来るものだ。
「おお! やるじゃないか! まさか水の精霊の助けなしに、それだけの速さで海を走れる奴がいるとは思わなかったよ!」
「うむ、泳ぎを教えてもらったお陰だ。ありがとう」
俺はアンブロシアに礼を言う。
こうして風を切って走っていると、とても晴れやかな気分だ。いつもは言えない様なこんな礼の言葉も簡単に口を突いて出る。
すると水の巫女は、照れたらしい。
「お、おう! だけどまだまだだよ!」
手厳しい。
「ユーマ! お魚! ぴょんぴょん跳ねてるよ!」
リュカの歓声があがった。
おお、俺たちと並んで、トビウオのような魚が連続ジャンプしてついてくる。
仲間だと思っているのだろうか。
「この辺りは、こいつらの天敵が入って来れないからね。こうして遊ぶ余裕があるのさ。天敵がいたら、とてもそんな暇は無くなるさね」
「ほう……天敵……。 …………それだ」
ピンと来た。
エルド教の連中に、島の住民の移住を邪魔させない為にはどうしたらいいのか。
「アンブロシア、耳を貸せ。策がある」
これより、大移住作戦の始まりである。
「そらそら、何やってるんだい! 犬だってもっとましな泳ぎ方をするよ!」
息継ぎに失敗して、プカリと土左衛門めいて浮かび上がった俺を、アンブロシアが容赦なく叩いた。
いたい!
「だがアンブロシア。人間は水の中で生きられるように出来ていない」
「泳げばいいんだよおばか!」
またぶった!
この娘、とにかく手が早く、口が悪い。
口頭で伝えるよりも実戦で学ばせるタイプで、俺を水に放り込んで、朝から地獄の水泳特訓である。
岸では、俺に付き合って泳ぎを学ぼうとしたサマラが、大量の水に浸かったダメージでダウンしている。
彼女に膝枕しながら、リュカは呑気に応援だ。
「ユーマー、がんばれー」
「が、がんばる」
暖かな声援を受けて、俺はもうちょっと頑張るのである。
息継ぎはダメだ。
もうこれ人間に出来る行為じゃないな。難易度高すぎ。無理。
……はっ。
ならば、息継ぎしなきゃいいんじゃないか。
それだ。
凄い。俺天才。
俺は思い切り息を吸い、肺の中の空気が続く限り泳いで見る。
「おー! やれば出来るじゃないか! その意気だよ!」
アンブロシアが俺を褒める。
なるほど、このやり方か。覚えたぞ。何か決定的に違った方向の気がするが、俺は泳ぎを理解し始めた。
俺が持つ、数多い弱点のうち一つが金槌であることである。
この特訓で弱点を克服する事で、俺は海を制する事ができるようになるのだ。
「アンブロシアは見本を見せてあげないの?」
「あたしは泳げないからね」
リュカと会話していたアンブロシアの言葉に、俺は一瞬耳を疑った。
「な、なにぃ」
「何驚いてるのさ? 当たり前だろ?」
泳げないと口にした女が、全く悪びれる事無く俺を見下ろしている。
「あたしは水の精霊を使って、水中で呼吸したり地上より早く進んだり出来るんだよ? 泳ぐ必要なんか無いじゃないか」
「な、なるほど……!!」
今初めて、巫女が羨ましいと思った。
泳げなくてもいいなんてずるいぞ。
そこではたと気付く。
「では、この泳ぎの特訓は」
「あたしのフィーリング。何ていうかさ、泳ぎなんて決まった型に嵌まらなくていいじゃないのさ。あたしは精霊を使う。あんたはあんたで、得意なものを使って泳いだらいいのよ」
「おおー」
リュカが感心したようである。
うんうんと頷いている。
しかし、そうは言ってもだ。
俺が長らく通っていた、日本の学校では、泳ぎとはこのようなものだと教えていたのだ。
俺はビート板があってすら沈降する、筋金入りの金槌であった。
水に嫌われているんじゃないかとすら思う。
「泳ぎなんてのはね、水を支配できない奴の言い訳さ! 水に従って、合わせてやって、それでやっと地上で歩くくらいの速さで泳ぐ事が出来る。
だけどあたしをご覧よ!」
そう言うと、アンブロシアは着衣のまま水中に飛び込む。
ちなみに俺は、パンツ一丁である。
服が塩水で濡れてしまう、勿体無い……などと思っていたのだが。
アンブロシアは、腕組みをしたまま、体の半分を水に浮かせているではないか。
彼女が飛び込んだところが、ちょうど腰を飲み込む程度の深さに凹んで、直立しているようだ。
「行くよ、ウンディーネ、ヴォジャノーイ!」
水の巫女が号令を発する。
すると、アンブロシアの背後で水面が爆発した。
まるでジェット噴射のような勢いで、水が後ろへと吐き出されているのだ。
アンブロシアが直立の姿勢のまま、海を切り裂きながら突き進んでいく!
凄い。
凄くシュールだ。
だが凄く速い。
馬くらいの速度を出しているのではあるまいか。地上を走るよりも速いとか、どうなのか、それは。
リュカの場合もそうだったが、巫女が精霊を行使する能力は、恐ろしく応用が利くようだ。
それこそ、巫女のイマジネーションによって無限に近い用途があるのだろう。
アンブロシアは、比較的頭が柔らかいタイプと見た。
常識に囚われないタイプの女だな。
リュカは次元が違うとして、サマラはちょっと自分の常識に凝り固まっているタイプ。火の精霊も、色々な応用が出来そうではある。
「これがあたしの泳ぎだよ! つまりこんなもんでいいのさ! さああんたもやってみな!」
「俺もやるのか」
精霊を使えない。
さらには根本的に金槌でもある俺が、どうやってアンブロシアの超常の泳ぎに対抗するか……。
俺の得意なもの……。
思い浮かぶのは、唯一つ。
剣である。
剣で泳ぐ?
どうやって? ハウドゥーイット?
「ユーマ様」
サマラの声が聞こえた。
ちょっと元気になったらしい。半身を起こしながら、訴えかけるように言う。
「アタシ、覚えてます。アータル様の中に閉じ込められたアタシを、ユーマ様が助けに飛び込んできたとき。リュカ様の起こした風を剣で受けて、空を飛んで……! ああいう風にしたらいいんじゃないでしょうか」
「そ、それだ!!」
俺の目から鱗がポロリである。
俺は常識に囚われてしまっていたのだ。
生身で泳げないなら、得意な剣で泳げばいい。それも、俺が必死に手足で水を掻く必要など無いではないか。
「バルゴーン!」
手をかざし、虹の刃を呼ぶ。
形態は、大剣。抜き放ちざまに疾く、強く水面を打つ。
一瞬、俺の眼前で海が割れた。
ここだ!
俺は割れた海に大剣の腹を浮かべ、飛び乗った。
海が戻ろうとする復元力に乗り、大剣が進み始める。
それは徐々に加速し、俺はさながらサーファーの如く、華麗に水上を疾走し始めた。
原理は簡単である。
常に大剣が浮き上がる方向へ、水の復元力が作用するように力を加えてやればいい。
手のひらで加減するのも、足の裏で加減するのも対して変わらんだろう。
俺は踏みしめた刃の腹に力を加え、適時水面を割るように動作を行なう。復元力は一瞬遅れて働くから、それを先読みしてやればいい。
少しこの動作を繰り返すうちに、要領がつかめてきた。
「おお、やるじゃないか! そう、泳ぎってのはそれでいいのさ!」
「ありがとうアンブロシア。俺は泳ぎを理解した」
「うーん、うーん……」
一人、頭を抱えて懊悩するのは岸にいるヨハンである。
「違う……明らかに間違っている……! だが何もかも間違いすぎてて、何も言う事が見つからない……!!」
「ヨハンさん、ユーマ様は剣を扱うのが得意だから」
「そういう次元の話なのか……?」
サマラの言葉にも、納得できなさそうなヨハン。
こうやって実際に、俺が泳ぎをマスターしているのだ。これでいいではないか。
大剣で滑走する水上の、気持ちいいこと!
「さて、泳ぎをマスターしたついでに話があるよ。詳しくはこの間話した通りだけどね」
アンブロシアが併走してきた。
彼女も一瞬、俺の足元を見て首をかしげた。
あれ、精霊を使ってるわけじゃないの? とか呟いた気がするが気のせいだろう。
「この辺りの島で、移住の話を進めてるんだよ。そりゃ金をかけずにやるって訳にゃいかないけど、伊達に荒稼ぎはしてないからね。衣類だって集めてみれば、結構な金になるもんさ。
金さえありゃ、なんとかなるもんでね。移住に関しても、出すもの出せば来てもいいって島があった。
だけど、島の連中はいいと言っているのに、邪魔をする奴らがいる」
「エルド教の連中か」
「そうさ。しかも導き手が複数いる。一人はあたしがとっちめて、こうして魔法の筒をたっぷり奪ってやったんだけどね。そうしたら連中、根に持っちまって」
「ふーむ」
俺は腕組みをして考えた。
下手に手を出すと、逆恨みして反撃してくる。
ならば、どうすればいい。
むむ、何やらアンブロシアがチラチラ見てくる。
「あ、あんたヒョロいかと思ったら、結構体つきががっしりしてるのね」
「うむ……リュカと旅をすると鍛えられる……」
かつて家に篭りきりでゲームのみを世界としていた頃、俺は不健康に痩せ、しかし下腹部だけは膨らむような餓鬼的体型であった。
それがリュカと旅をするようになって、あら不思議。
粗食にサバイバル、激戦と常に変化し続ける環境に晒され、見る見る俺の体は野生の力を取り戻していった。
まさか俺の腕に力こぶが出来るようになるなんてな。
……何を顔を赤らめているのだ。
「な、な、なんでもない!!」
ピューッとアンブロシアは行ってしまった。
流石に、大剣を使った泳ぎでは水の巫女には追いつけんな。
俺はマイペースで行こう。
ぷかぷかと水上を走破し、岸に帰還してきた。
「ユーマすごい!! 私も乗せて!」
リュカが服の裾が濡れるのも構わず、水の中に駆け込んでくる。
「よし、来い」
「やったー!」
二人分の重量が乗ると、なるほど大剣は沈み込もうとする力が強くなるな。
普通に浮くのは難しいかもしれない。
「なあユーマ。どうして剣が水に浮いているんだ……」
ヨハンがとても疲れたような顔をして尋ねてくる。
俺は答えてやった。
「長いものが沈む時、どちらかから沈もうとするだろう。ならば沈む前に逆に力をかけてやれば、沈もうとしている側が浮かび上がる。それを繰り返しつつ、復元力を推進力に利用するだけだ」
な。
簡単だろう?
だがヨハンめ、ますます分からなくなったようで、頭を抱えてしまった。
こいつは頭が良さそうに見えたのだが、違ったのだろうか。
「ユーマ、私がシルフさんに風を吹かせてもらうから、それで浮きやすくなる?」
「なるだろうな」
大剣で風を受けられるように調整すれば良いだけだ。
上手くやれば、アンブロシアに追走出来るぞ。
「じゃあ、シルフさん、お願いっ!」
リュカの言葉に応えて、猛烈な追い風が吹いた。
「よし、掴まってろ」
「うん!」
リュカがぎゅっとしがみついてくる。
服が濡れるのもお構いなしである。
俺は彼女の重みも考えつつ、大剣の腹で風を受ける。
これはさらに精緻な剣捌きが必要になるだろう。だが、剣で風を受けて飛んだ時に状況が近いと言えば近い。なんとかなる。
果たして、俺とリュカは凄まじい速度で水上を疾走し始めた。
やれば出来るものだ。
「おお! やるじゃないか! まさか水の精霊の助けなしに、それだけの速さで海を走れる奴がいるとは思わなかったよ!」
「うむ、泳ぎを教えてもらったお陰だ。ありがとう」
俺はアンブロシアに礼を言う。
こうして風を切って走っていると、とても晴れやかな気分だ。いつもは言えない様なこんな礼の言葉も簡単に口を突いて出る。
すると水の巫女は、照れたらしい。
「お、おう! だけどまだまだだよ!」
手厳しい。
「ユーマ! お魚! ぴょんぴょん跳ねてるよ!」
リュカの歓声があがった。
おお、俺たちと並んで、トビウオのような魚が連続ジャンプしてついてくる。
仲間だと思っているのだろうか。
「この辺りは、こいつらの天敵が入って来れないからね。こうして遊ぶ余裕があるのさ。天敵がいたら、とてもそんな暇は無くなるさね」
「ほう……天敵……。 …………それだ」
ピンと来た。
エルド教の連中に、島の住民の移住を邪魔させない為にはどうしたらいいのか。
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