上 下
56 / 255
群島の海賊剣士編

熟練度カンストの水泳者

しおりを挟む
「しぬう」

「そらそら、何やってるんだい! 犬だってもっとましな泳ぎ方をするよ!」

 息継ぎに失敗して、プカリと土左衛門めいて浮かび上がった俺を、アンブロシアが容赦なく叩いた。
 いたい!

「だがアンブロシア。人間は水の中で生きられるように出来ていない」

「泳げばいいんだよおばか!」

 またぶった!
 この娘、とにかく手が早く、口が悪い。
 口頭で伝えるよりも実戦で学ばせるタイプで、俺を水に放り込んで、朝から地獄の水泳特訓である。
 岸では、俺に付き合って泳ぎを学ぼうとしたサマラが、大量の水に浸かったダメージでダウンしている。
 彼女に膝枕しながら、リュカは呑気に応援だ。

「ユーマー、がんばれー」

「が、がんばる」

 暖かな声援を受けて、俺はもうちょっと頑張るのである。
 息継ぎはダメだ。
 もうこれ人間に出来る行為じゃないな。難易度高すぎ。無理。
 ……はっ。
 ならば、息継ぎしなきゃいいんじゃないか。
 それだ。
 凄い。俺天才。
 俺は思い切り息を吸い、肺の中の空気が続く限り泳いで見る。

「おー! やれば出来るじゃないか! その意気だよ!」

 アンブロシアが俺を褒める。
 なるほど、このやり方か。覚えたぞ。何か決定的に違った方向の気がするが、俺は泳ぎを理解し始めた。
 俺が持つ、数多い弱点のうち一つが金槌であることである。
 この特訓で弱点を克服する事で、俺は海を制する事ができるようになるのだ。

「アンブロシアは見本を見せてあげないの?」

「あたしは泳げないからね」

 リュカと会話していたアンブロシアの言葉に、俺は一瞬耳を疑った。

「な、なにぃ」

「何驚いてるのさ? 当たり前だろ?」

 泳げないと口にした女が、全く悪びれる事無く俺を見下ろしている。

「あたしは水の精霊を使って、水中で呼吸したり地上より早く進んだり出来るんだよ? 泳ぐ必要なんか無いじゃないか」

「な、なるほど……!!」

 今初めて、巫女が羨ましいと思った。
 泳げなくてもいいなんてずるいぞ。
 そこではたと気付く。

「では、この泳ぎの特訓は」

「あたしのフィーリング。何ていうかさ、泳ぎなんて決まった型に嵌まらなくていいじゃないのさ。あたしは精霊を使う。あんたはあんたで、得意なものを使って泳いだらいいのよ」

「おおー」

 リュカが感心したようである。
 うんうんと頷いている。
 しかし、そうは言ってもだ。
 俺が長らく通っていた、日本の学校では、泳ぎとはこのようなものだと教えていたのだ。
 俺はビート板があってすら沈降する、筋金入りの金槌であった。
 水に嫌われているんじゃないかとすら思う。

「泳ぎなんてのはね、水を支配できない奴の言い訳さ! 水に従って、合わせてやって、それでやっと地上で歩くくらいの速さで泳ぐ事が出来る。
 だけどあたしをご覧よ!」

 そう言うと、アンブロシアは着衣のまま水中に飛び込む。
 ちなみに俺は、パンツ一丁である。
 服が塩水で濡れてしまう、勿体無い……などと思っていたのだが。
 アンブロシアは、腕組みをしたまま、体の半分を水に浮かせているではないか。
 彼女が飛び込んだところが、ちょうど腰を飲み込む程度の深さに凹んで、直立しているようだ。

「行くよ、ウンディーネ、ヴォジャノーイ!」

 水の巫女が号令を発する。
 すると、アンブロシアの背後で水面が爆発した。
 まるでジェット噴射のような勢いで、水が後ろへと吐き出されているのだ。
 アンブロシアが直立の姿勢のまま、海を切り裂きながら突き進んでいく!
 凄い。
 凄くシュールだ。
 だが凄く速い。
 馬くらいの速度を出しているのではあるまいか。地上を走るよりも速いとか、どうなのか、それは。
 リュカの場合もそうだったが、巫女が精霊を行使する能力は、恐ろしく応用が利くようだ。
 それこそ、巫女のイマジネーションによって無限に近い用途があるのだろう。
 アンブロシアは、比較的頭が柔らかいタイプと見た。
 常識に囚われないタイプの女だな。
 リュカは次元が違うとして、サマラはちょっと自分の常識に凝り固まっているタイプ。火の精霊も、色々な応用が出来そうではある。

「これがあたしの泳ぎだよ! つまりこんなもんでいいのさ! さああんたもやってみな!」

「俺もやるのか」

 精霊を使えない。
 さらには根本的に金槌でもある俺が、どうやってアンブロシアの超常の泳ぎに対抗するか……。
 俺の得意なもの……。
 思い浮かぶのは、唯一つ。
 剣である。
 剣で泳ぐ?
 どうやって? ハウドゥーイット?

「ユーマ様」

 サマラの声が聞こえた。
 ちょっと元気になったらしい。半身を起こしながら、訴えかけるように言う。

「アタシ、覚えてます。アータル様の中に閉じ込められたアタシを、ユーマ様が助けに飛び込んできたとき。リュカ様の起こした風を剣で受けて、空を飛んで……! ああいう風にしたらいいんじゃないでしょうか」

「そ、それだ!!」

 俺の目から鱗がポロリである。
 俺は常識に囚われてしまっていたのだ。
 生身で泳げないなら、得意な剣で泳げばいい。それも、俺が必死に手足で水を掻く必要など無いではないか。

「バルゴーン!」

 手をかざし、虹の刃を呼ぶ。
 形態は、大剣。抜き放ちざまに疾く、強く水面を打つ。
 一瞬、俺の眼前で海が割れた。
 ここだ!
 俺は割れた海に大剣の腹を浮かべ、飛び乗った。
 海が戻ろうとする復元力に乗り、大剣が進み始める。
 それは徐々に加速し、俺はさながらサーファーの如く、華麗に水上を疾走し始めた。
 原理は簡単である。
 常に大剣が浮き上がる方向へ、水の復元力が作用するように力を加えてやればいい。
 手のひらで加減するのも、足の裏で加減するのも対して変わらんだろう。
 俺は踏みしめた刃の腹に力を加え、適時水面を割るように動作を行なう。復元力は一瞬遅れて働くから、それを先読みしてやればいい。
 少しこの動作を繰り返すうちに、要領がつかめてきた。

「おお、やるじゃないか! そう、泳ぎってのはそれでいいのさ!」

「ありがとうアンブロシア。俺は泳ぎを理解した」

「うーん、うーん……」

 一人、頭を抱えて懊悩するのは岸にいるヨハンである。

「違う……明らかに間違っている……! だが何もかも間違いすぎてて、何も言う事が見つからない……!!」

「ヨハンさん、ユーマ様は剣を扱うのが得意だから」

「そういう次元の話なのか……?」

 サマラの言葉にも、納得できなさそうなヨハン。
 こうやって実際に、俺が泳ぎをマスターしているのだ。これでいいではないか。
 大剣で滑走する水上の、気持ちいいこと!

「さて、泳ぎをマスターしたついでに話があるよ。詳しくはこの間話した通りだけどね」

 アンブロシアが併走してきた。
 彼女も一瞬、俺の足元を見て首をかしげた。
 あれ、精霊を使ってるわけじゃないの? とか呟いた気がするが気のせいだろう。

「この辺りの島で、移住の話を進めてるんだよ。そりゃ金をかけずにやるって訳にゃいかないけど、伊達に荒稼ぎはしてないからね。衣類だって集めてみれば、結構な金になるもんさ。
 金さえありゃ、なんとかなるもんでね。移住に関しても、出すもの出せば来てもいいって島があった。
 だけど、島の連中はいいと言っているのに、邪魔をする奴らがいる」

「エルド教の連中か」

「そうさ。しかも導き手が複数いる。一人はあたしがとっちめて、こうして魔法の筒をたっぷり奪ってやったんだけどね。そうしたら連中、根に持っちまって」

「ふーむ」

 俺は腕組みをして考えた。
 下手に手を出すと、逆恨みして反撃してくる。
 ならば、どうすればいい。
 むむ、何やらアンブロシアがチラチラ見てくる。

「あ、あんたヒョロいかと思ったら、結構体つきががっしりしてるのね」

「うむ……リュカと旅をすると鍛えられる……」

 かつて家に篭りきりでゲームのみを世界としていた頃、俺は不健康に痩せ、しかし下腹部だけは膨らむような餓鬼的体型であった。
 それがリュカと旅をするようになって、あら不思議。
 粗食にサバイバル、激戦と常に変化し続ける環境に晒され、見る見る俺の体は野生の力を取り戻していった。
 まさか俺の腕に力こぶが出来るようになるなんてな。
 ……何を顔を赤らめているのだ。

「な、な、なんでもない!!」

 ピューッとアンブロシアは行ってしまった。
 流石に、大剣を使った泳ぎでは水の巫女には追いつけんな。
 俺はマイペースで行こう。
 ぷかぷかと水上を走破し、岸に帰還してきた。

「ユーマすごい!! 私も乗せて!」

 リュカが服の裾が濡れるのも構わず、水の中に駆け込んでくる。

「よし、来い」

「やったー!」

 二人分の重量が乗ると、なるほど大剣は沈み込もうとする力が強くなるな。
 普通に浮くのは難しいかもしれない。

「なあユーマ。どうして剣が水に浮いているんだ……」

 ヨハンがとても疲れたような顔をして尋ねてくる。
 俺は答えてやった。

「長いものが沈む時、どちらかから沈もうとするだろう。ならば沈む前に逆に力をかけてやれば、沈もうとしている側が浮かび上がる。それを繰り返しつつ、復元力を推進力に利用するだけだ」

 な。
 簡単だろう?
 だがヨハンめ、ますます分からなくなったようで、頭を抱えてしまった。
 こいつは頭が良さそうに見えたのだが、違ったのだろうか。

「ユーマ、私がシルフさんに風を吹かせてもらうから、それで浮きやすくなる?」

「なるだろうな」

 大剣で風を受けられるように調整すれば良いだけだ。
 上手くやれば、アンブロシアに追走出来るぞ。

「じゃあ、シルフさん、お願いっ!」

 リュカの言葉に応えて、猛烈な追い風が吹いた。

「よし、掴まってろ」

「うん!」

 リュカがぎゅっとしがみついてくる。
 服が濡れるのもお構いなしである。
 俺は彼女の重みも考えつつ、大剣の腹で風を受ける。
 これはさらに精緻な剣捌きが必要になるだろう。だが、剣で風を受けて飛んだ時に状況が近いと言えば近い。なんとかなる。
 果たして、俺とリュカは凄まじい速度で水上を疾走し始めた。
 やれば出来るものだ。

「おお! やるじゃないか! まさか水の精霊の助けなしに、それだけの速さで海を走れる奴がいるとは思わなかったよ!」

「うむ、泳ぎを教えてもらったお陰だ。ありがとう」

 俺はアンブロシアに礼を言う。
 こうして風を切って走っていると、とても晴れやかな気分だ。いつもは言えない様なこんな礼の言葉も簡単に口を突いて出る。
 すると水の巫女は、照れたらしい。

「お、おう! だけどまだまだだよ!」

 手厳しい。

「ユーマ! お魚! ぴょんぴょん跳ねてるよ!」

 リュカの歓声があがった。
 おお、俺たちと並んで、トビウオのような魚が連続ジャンプしてついてくる。
 仲間だと思っているのだろうか。

「この辺りは、こいつらの天敵が入って来れないからね。こうして遊ぶ余裕があるのさ。天敵がいたら、とてもそんな暇は無くなるさね」

「ほう……天敵……。 …………それだ」

 ピンと来た。
 エルド教の連中に、島の住民の移住を邪魔させない為にはどうしたらいいのか。

「アンブロシア、耳を貸せ。策がある」

 これより、大移住作戦の始まりである。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

赤毛のアンナ 〜極光の巫女〜

桐乃 藍
ファンタジー
幼馴染の神代アンナと共に異世界に飛ばされた成瀬ユウキ。 彼が命の危機に陥る度に発動する[先読みの力]。 それは、終焉の巫女にしか使えないと伝えられる世界最強の力の一つだった。 世界の終わりとされる約束の日までに世界を救うため、ユウキとアンナの冒険が今、始まる! ※2020年8月17日に完結しました(*´꒳`*) 良かったら、お気に入り登録や感想を下さいませ^ ^ ------------------------------------------------------ ※各章毎に1枚以上挿絵を用意しています(★マーク)。 表紙も含めたイラストは全てinstagramで知り合ったyuki.yukineko様に依頼し、描いて頂いています。 (私のプロフィール欄のURLより、yuki.yukineko 様のインスタに飛べます。綺麗で素敵なイラストが沢山あるので、そちらの方もご覧になって下さい)

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫
ファンタジー
亡くなった祖父の後を継いで、半農半猟の生活を送る主人公。 ある日の事故がきっかけで、違う世界に転生する。 そこは中世日本の面影が色濃い和風世界。 しかも精霊の力に満たされた異世界。 さて…主人公の人生はどうなることやら。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

世界⇔異世界 THERE AND BACK!!

西順
ファンタジー
ある日、異世界と行き来できる『門』を手に入れた。 友人たちとの下校中に橋で多重事故に巻き込まれたハルアキは、そのきっかけを作った天使からお詫びとしてある能力を授かる。それは、THERE AND BACK=往復。異世界と地球を行き来する能力だった。 しかし異世界へ転移してみると、着いた先は暗い崖の下。しかも出口はどこにもなさそうだ。 「いや、これ詰んでない? 仕方ない。トンネル掘るか!」 これはRPGを彷彿とさせるゲームのように、魔法やスキルの存在する剣と魔法のファンタジー世界と地球を往復しながら、主人公たちが降り掛かる数々の問題を、時に強引に、時に力業で解決していく冒険譚。たまには頭も使うかも。 週一、不定期投稿していきます。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...