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精霊の守り手編

熟練度カンストのお客人

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 ぶっ倒れたサマラを介抱しながら、数時間経過しただろうか。
 この辺りの日差しは岩石砂漠と比べれば、それほど強くは無い。
 リュカの日除けの魔法みたいなもので凌げば、それなりにまったりとしていることができるのだ。

「何か来たみたい」

 見渡す限りの地平線。
 どこにも何も見えていないというのに、リュカが何者かの接近を告げた。
 きっと、シルフの目や耳のようなものを通して知覚しているのだろう。
 リュカは、風が吹く環境にいる限り、万能に近い魔法使いだ。
 彼女がシルフを使って成せる事象は、応用範囲も含めると天文学的な数になるだろう。
 今回の知覚もその一つ。

「なんだかね、結構な速さで近寄ってくるけど、数は少ないみたい。先に偵察に来てるのかも?」

「だろうな」

 サマラが所属していた鷹の部族が、アルマース帝国の息がかかっていたらしい傭兵にやられてからまだ日が浅い。
 残る二つの部族とやらも警戒しているだろう。
 のんびり待っていると、ぱかぽことやって来た。
 馬が三頭ばかりと、その上に武装をした男たち。

「ヴルカンの狼煙をあげたのはお前か!」

 誰何してくる。
 俺は無言で、まだぶっ倒れているサマラを指差した。
 リュカに膝枕されているところである。
 リュカの膝は、あれでどうして、なかなか肉付きが良いので寝心地がいいぞ。
 今度俺もしてもらおう……。

「おお、おお……! サマラ! さては、お前がサマラを!」

「違う違う」

 とんだ早とちりである。
 相手は、まだ若い男。血気盛んなようだが、その分物を考えていなさそうな気配がある。
 彼と同行してきた男の一人はそれなりの年配。

「落ち着けユースフ! 火の巫女は生きている! 巫女を殺した者が、のうのうとこの場で我らを待っていると思うか?」
「お、おお、そういえば胸が上下している」

 ユースフと呼ばれた男、サマラの呼吸で上下する胸元をガン見である。
 うむ、でかいものな。

「サマラは無事だよ。あなたたちを呼んだから、疲れて倒れちゃったの」

 リュカがサマラを引きずりながらやってくる。
 その途中で、彼女は頭を覆っていた布を外す。
 すると、特徴的な虹色に反射する、銀の髪があらわになった。
 今度は、年配の男も驚いたようだ。

「おおおおっ!! ま、まさかその髪は! その瞳は! 大巫女様……!? 生きておられたのか……!」

 馬から降りると、平伏した。
 なんだなんだ。
 リュカは何気に、物凄い権威を持っていたりするのだろうか。

「狼の部族が戦士の長、ムハバートでございます。これは、我が息子ユースフ」

 親子であったか。
 さらに彼らの後ろで馬から降りる男は、一番若い。
 ユースフの弟かもしれんな。

「私は風の巫女リュカ。こっちは、私を守る戦士、ユーマです」

「うむ、よろしく」

「大巫女様を守る戦士ですか……なるほど。確かに、自然体でありながら身のこなしに隙が無い」

 そうだろうか。
 俺は基本的に素人だから、隙だらけなのではないかと思っているのだが。
 そもそも、隙が無いってどういう状況だ。俺は他人を見て隙が無いなんて思ったことは無いぞ。

「まさか、大巫女様が火の巫女を連れてきて下さるとは……! これはめでたいことです。我が部族としても、大巫女様をお迎えできるならばこれ以上の誉れはございませぬ」

 ムハバートは、若い戦士に手指で何か指図をする。
 恐らく、部族の本隊を呼んで来いという合図だろう。
 戦士は頷くと、馬に跨って戻っていった。

「そ、それで」

 ユースフが焦った声を出した。

「サマラは無事なのか」
「ユースフ! サマラではない。既に、あの娘は火の巫女なのだ」
「うっ……分かっている」

 おっ、なんだなんだ。
 色恋沙汰か?
 幼馴染とかそういう奴か?
 俺が興味をあらわにした事に気付いたようで、ムハバートが説明してくれた。

「火の巫女は、私の兄の娘なのです。狼の部族の戦士の家を私が継いだのですが、兄は鷹の部族への婿となったのです」

 つまり、サマラはこのユースフにとって従妹であると。
 年齢は、ユースフもサマラもそう変わるまい。
 だがこの男、ただの従兄弟同士以上の気持ちを、サマラに対して抱いている。
 やがて、狼の部族とやらがやって来た。
 人、馬、羊。
 人よりも圧倒的に家畜が多い。
 馬は人ばかりではなく、様々な荷物も背負っている。

「おうおう、ムハバート! 大巫女様がおられるそうだな!」
「おうよ! なんと、生きてディアマンテからこの地へやって来られなさった!」
「おおー!」

 人が多いのはあまり好かんな。
 俺は集団行動と言うやつから離れて久しい。
 大量の人間がこちらにやって来るのを見るだけで、少々うんざりするのだ。

「そしてこちらが、大巫女様の守り手、戦士ユーマ殿だ」
「ほほー」

 幾つもの目が俺を向く。
 被害妄想ではなく理解できるのだが、それらは決して好意的なものではない。

「年がよく分からん男だな。髭を生やしておらんからか」
「あれ、背丈があまりないようだね」
「ふーむむ、余り強そうに見えんなあ」
「戦士と言うのか? とても馬に乗って戦えそうには見えんが」

 連中にとっての戦士基準は、馬に乗れる基準か。
 確かに俺は、馬には乗れんな。

「おいおい皆よ。このわしの目を持って見れば、戦士ユーマ殿が非凡であることはよく分かるぞ!」
「そりゃあムハバート、お主の目を疑うわけでは無いさ。だが、誰にだって間違いというものはあるだろう?」
「ムハバート殿は、目に馬乳酒が回って来られたのかもしれんな!」
「わはは、こりゃあいい」

 どっと受けている。
 おっ。
 俺の近くに戻ってきたリュカが、ぷくーっとむくれている。
 これは大変見事にぷくっと膨らんだ頬なので、俺は指先を伸ばしてつついてみた。
 素晴らしい弾力である。

「どうしたリュカ」

「あの人たち、なんにも分かってないんだもん!! なんで、ユーマのこと悪くゆうの!!」

 お怒りである。
 集まってきた連中、皆体格はがっしりとし、体つきもでかい。
 遊牧民と言う奴だ。
 大きな馬に乗り、家畜の肉や乳を常食としている連中だ。
 そりゃあタンパク質が足りているのだから体もでかくなろう。

「まあ気にするな。俺は確かに強そうに見えん」

「だってだって」

 またぷくーっとむくれた。

「大巫女様はユーマ殿を気に入っておられるようだな」

 ムハバートである。
 こいつは比較的、俺に好意的なようだ。

「部族の者が無礼を言っているが、許して欲しい。彼奴ら、戦と言えば腕力と馬術しか知らぬ単細胞なのだ」

「うむ、そのようだ」

「ほう、お分かりになるか」

「うむ」

 ムハバートは愉快そうに笑った。
 ふーむ、このおっさんは強いな。恐らく、部族の中でも飛び抜けている。
 なんとなく、他の連中よりも身のこなしの隙が少ないのだ。
 そんな事を考えていると、向こうが騒がしくなってきた。
 サマラが目覚めたようだ。
 そしてどうやら、ユースフと揉めているらしい。
 なんだなんだ。
 俺の野次馬根性がうずうずするぞ。

「行くぞリュカ」

「へ? どうしたの?」

「見に行くのだ」

「うん?」

 分からないなりに、俺が野次馬根性に駆られているのを理解したらしい。
 リュカが俺と並ぶ。
 二人でてくてくとそちらに行くと、リュカに気づいた人々が道を開けてくれる。
 彼女には好意的な視線を。
 俺には、好奇心に満ちた視線。

「あああっ! うっさいユースフ! アンタ分かってないったら!」

「だからサマラ! 俺はお前が、これ以上辛い思いをしないように、巫女という立場から開放してやろうって思ってるんだよ!」

「ユースフが何を分かるのさ!? アタシはやらなくちゃいけないことがあるんだってば!」

「鷹の部族の無念だったら、俺たち狼の部族で晴らせばいい! 俺は強くなった! ザクサーンの狂戦士にだって負けん! だから、何もお前が背負い込まなくてもいいんだよ!」

「どういうことよ!? アタシが、どういう気持ちで戻ってきたか……!」

「俺の子を産めサマラ! そうすれば、お前は巫女から解放される!」

「なっ……!?」

 痴話喧嘩だ!!
 俺はこう見えて、割りとゴシップなネタが好物である。
 作業中に別窓で、無料掲示板などを巡回していると、こういった暇つぶしに最適のネタが転がっているものなのだ。
 しかしまさか、リアルに目の前で見ることが出来るとはな。
 煽り文句などを書き込めないことだけが残念だ。

「アンタね、ユースフ……!!」

 おや、だが、サマラの口調は本気で怒っている。
 そして、悲しんでいるな。
 ユースフは、サマラのことを好いている。これは間違いない。
 それ故に、生まれた部族を滅ぼされ、ザクサーンへの復讐心に燃えるサマラを救ってやりたいと思っているのだ。
 ユースフは、サマラが巫女という立場であるが故に、鷹の部族の復讐に縛られていると思っているのだろう。
 だから、子供を産ませて巫女としての力を、その子へ受け継ごうと考えているわけだ。
 なるほどなあ。
 身勝手だが、まあ愛情ではある。

「んー?」

「リュカにはまだ早かったか」

 まあ、俺も恋愛沙汰は未経験である。だが、幾多の創作物を経て耳年増になってはいる。

「ユーマだって分かってないでしょー」

「それが俺は分かっているのだ」

「えー!! ずるい!!」

 何がずるいのか。
 うわ、リュカ、俺をぽかぽか叩くのではない。
 ……ふむ。
 何やら、俺とリュカを見る周囲の視線、好意的なものではなくなっているな。
 なんだなんだ。
 疑問を感じていたらだ。
 ぱしーん、と乾いた音が響いた。
 こ、この音はーっ!

「…………ッ!!」

 顔を真赤にして、涙目になって立つサマラ。
 彼女は、手のひらを振り切った姿勢で、その手をもう片腕で抑えている。
 対するのは、尻もちをついたユースフ。
 頬が腫れていく。
 ひ、平手打ちだーっ!
 初めて見た。

「ひょ、ひょえー! ユーマ、ほっぺを叩いたよ! サマラが男の人のほっぺ叩いた!」

「うむ……こう、何故か心が躍るな」

 俺とリュカのテンションが上がる。
 他人事の修羅場は楽しいのう。
 ところがだ。
 これは他人事などではなかったのである。

「サマラ、お前……!!」

 ユースフが立ち上がり、サマラの腕を強引に掴む。

「い、痛いっ!!」

 サマラも女性としては長身である。
 だが、恐らくは戦いの経験がある、狼の部族の戦士たるユースフと比べると、いかにも小さい。
 力では及ぶまい。
 豪腕系女子のリュカじゃないんだから。
 そんな訳で、俺は気がつくと動いていた。
 ユースフの傍らに立ち、ぺしっとその腕にチョップを叩き込む。

「ぐわあっ!?」

 ユースフがサマラから手を離した。
 腕を抑えて後退る。
 剣の腹で、相手を叩く要領である。軽い打撃でも、骨に響かせれば相手の力を奪うことが出来る。
 肘を叩くと、じーんと痺れるのと一緒だ。

「け、剣士様!!」

 ぱあっとサマラの表情が明るくなった。
 彼女は、俺の背後に縋り付く。
 そして、

「ユースフ! アタシは、アンタの力なんて無くても復讐をやり遂げてみせるから! だって、剣士様はアンタより、何倍も強いんだから!!」

 えっ。
 何を仰ってるんですかあなた。
 目の前では、ユースフが燃えるような視線を俺に投げかけてくる。
 おお……こ、これは、修羅場ですなあ……。
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