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灰色の剣士編

熟練度カンストの参戦者

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 ヴァイデンフェラー辺境伯からの、突然の巫女カミングアウト。
 言われたら言われたで、なるほどな、という印象がある。
 四十三歳でこの若さはありえない。
 染みもしわも全く無く、張りと艶のある十代特有の肌。
 背丈は高からず、リュカよりはちょっと大きいくらい。
 体型は服の上からでは伺えないが、大変姿勢が良い。お尻は小さめである辺りはリュカと違う。

「……ということだ」

 えっ、今なんて?
 まじまじと辺境伯の外見について考察をしていた俺は、彼女が口にした重要っぽいところを聴き逃した。

「聞いていなかった顔をしているな。後で風の巫女から聞くがいい」

 二度は話さないと。
 仕方ない。後ほど、リュカ語に翻訳された辺境伯の話を聞くとしよう。

「貴様たちはしばらくこの館に逗留せよ。これは要請ではない。この地を治めるものとしての命令だ」

「ほえ? なんでですか?」

 元同じ立場の人間ということで、ちょっと気が緩んだのかリュカ。
 間抜けな声を出して辺境伯に尋ねる。
 辺境伯、一瞬微妙な顔をした。リュカをアホの子だと思ったのかも知れぬ。

「エドヴィンがじきに戻ってくるからだ。あ奴は学者だが、当人は戦争学などと語っている。殺された巡礼者の検分により、どのような無理難題をディアマンテがつけてくるか、これを予測するのが奴の仕事なのだ。大方、巡礼者は風の巫女への追っ手。殺したのはそこの戦士であろう?」

 リュカがドキッ! という顔をした。なんと分かりやすい。
 だが、俺の表情は少しも変わらない。これを見て、辺境伯や騎士たちは、ほう、と感心したようである。
 違うぞ。
 感情を隠すことが得意なのではない。
 人とリアルに接しなかったニート時代に、表情筋が衰えて表情のパターンが少なくなっているだけだ。
 俺自身は大変驚いている。
 なんだこの洞察力。探偵か。中世ヨーロッパ巫女貴族探偵なのか。

「なかなか肝が据わっておるようだな。まあいい。間違いなく、ディアマンテはこの機会に国境を侵してくるであろう。常にその口実を探しているような連中だ。狂信者どもに理屈は通用せぬ。何せ、かの帝国はラグナ本教会に、中枢まで侵食されてしまっておるからな。冷静な国家としての判断は期待出来まいよ」

「戦争になる、と」

「いかにも」

「あのー、私とユーマは、東に行かなくちゃいけないんだけど……」

「遥か東方には、精霊たちが集う場所があるという。言い伝えにある精霊の理想郷へ向かうつもりだったのか? だが、その前に一働きはしてもらう」

 行かせてはくれるらしい。
 だが、事を起こす責任だけはとっていけと。そいういった意図であろうか。

「ユーマ殿は頭抜けた実力を持つ戦士。我らヴァイデンフェラー辺境騎士団、ユーマ殿の技を少しでも習い覚えたく」

 ベルンハルトが言ってきた。
 なるほど……。
 見れば、騎士どもは俺を爛々と光る眼で見つめている。
 誰も口で、師事したいなどと言ってこない辺りが不気味である。
 この中で一番まともそうな男がベルンハルト。
 他は、案外コミュ障なのかもしれない。
 オーベルトなどは、俺を何やら熱っぽい目で見つめている。

「ユーマ殿! 先程は大変な無礼を働き、このオーベルト汗顔の至りでござる……! されど、私を打ち据えたあの技の冴え。技の切れ! あれほどの技を使う戦士には、今まで会ったこともございませぬ……! 是非に、また私と手合わせを……!」
「何、次は我と」
「俺とだ」
「僕がやらせてもらう」

 騎士どもが沸き立った。
 うわあ。
 男に物凄くモテ始めたぞ。
 助けを求めるようにリュカを見た。
 すると、彼女は大変なドヤ顔で騎士どもに言い放つのだ。

「そうよ。ユーマは凄いんだから。百人くらいなら一人でやっつけちゃうのよ。ラグナ教の司祭が呼び出した巨人も、一発で仕留めちゃうんだから」

 あっ。
 その話題は今はよろしくないような。
 リュカが放った言葉を噛みしめるように、一瞬しんとなるこの場。
 俺は思う。
 こいつら、ござるとか、ございませぬとか、武士っぽ過ぎはしないだろうか。
 それに今も、訓練所らしき場所の床に直接座っている。床だって、動き回る所は畳のような板が敷き詰められているぞ。大変和風な雰囲気だ。
 ここで、辺境伯までもがどっかりと胡座をかいて座っているのは、実にお館様という雰囲気がして良い。外見は美少女だから大変に良い。
 よし、現実逃避終わり。
 次の瞬間である。

「なんとおおおおおおおっ!? 執行者を単身で倒されるのか!?」
「執行者だけを狙って倒すならば聞いたことがある。だが、分体を斬ることが出来る剣士など、ザクサーンの聖戦士くらいしかいないとばかり……!」
「ま、まさかユーマ殿はザクサーンの……?」
「いや、それにしては決して欠かさぬ礼拝の時間にぼーっと突っ立っておっただろうが」
「ではエルド教の導き手……」
「あの知性の欠片もない顔を見よ! 高度な魔法道具を扱うように見えるか!」
「見えぬなあ」

 なにこいつら、超失礼。
 そんなやり取りに、辺境伯は肩を震わせていたかと思うと、げらげらと笑いだした。

「いや、失敬。此奴らがこうも楽しげであるのが珍しくてな。我が騎士の無礼は許せ。宮廷での政争や領地の運営がからきしで、命を取り合う戦しか出来ぬ無骨者の集まりゆえな」

 なんと。
 彼らもまたコミュ障であったのか。
 ならば、奴らの反応も頷けよう。

「分かった。だが俺は教えることはできん。見て盗め」

「おう!!」

 俺の言葉に、騎士どもは嬉しげに応じたのである。



 ということで、俺たちはヴァンデンフェラー辺境伯の館に滞在する事になった。
 期間は戦争が起こるまで。
 実際に起こるかどうかは定かではないと思うが、辺境伯は間違いなく、遠からぬ間に起こると確信しているようだった。
 そこで、俺たちは急にこちらに来てしまったため、ひとまず町へ早馬を走らせ、ハンスたちに無事を知らせることにした。
 俺もリュカも、馬に乗るのはこりごり状態だったため、自分たちが行くのはやめておいた。

「お馬さんに乗るより、歩いたほうが楽だよー」

「うむ……股間がな……」

「じんじんするよねー」

 次に、滞在の間は俺とリュカは同室……というのは許されなかった。

「なに。まだ貴様ら男と女の関係では無いのか。なんとまあ……長い事共に旅をして、何もなかったのか。お主、もしや男のほうが好みなのか?」

 辺境伯に詮索され、俺は真顔で否定した。
 女の子の方が好きです。

「ならば、夫婦でも好き合っているでもない男女を同室にする理由はあるまいな。風の巫女には私からも積もる話がある。私の居室に彼女は迎え入れよう。貴様には適当な客間を用意してやる」

 適当、とは。
 屋敷のメイドさん(むくつけきガッチリとしたおばさま)に案内された俺。
 通されたのは、騎士たちが住まう兵舎の一角である。
 というか、この騎士どもは領地を持っているわけでもなく、自らの屋敷を持っているわけでもないのか。
 上の階は騎士たちの居室群であり、中の階に従者、下の階が兵士たち付き人の居室。
 むしろ兵士や従者こそ、外に家や家族がある者が多いそうな。
 おかしいだろうこれは。あの騎士どもは独身ばかりなのか。

「ここだよ」

 メイドのおばさまが俺に言い放った。
 鍵を放り投げてくる。
 どーれ、と部屋を覗き込むと、なるほど。

「ワンルームマンション的な……」

 現代風に言うならば、六畳一間である。
 ベッドだけがしつらえてあり、他には何もない。
 客間……?

「テーブルや椅子はあとで用意してやるよ。他になにか必要そうなものはあるかい?」

「いや、別に……」

 この世界はPCが無いし、インターネットも無い。
 ということで、俺が必要なものは何も……と。

「では、本をくれ」

 文字を覚えるのだった。
 ハンスのところで少々は勉強したが、まだまだ足りない。

「本かい。なかなか贅沢品だね。わかったよ、用意しとくさね。しかしまあ……」

 メイドのおばさま、俺をジロジロ眺める。

「ダミアンが言ってたような凄い男には、見えないねえ」

「ダミアンの知り合いなのか?」

「ありゃうちの旦那さね」

 なるほど。

「ま、うちの旦那はうっかり屋だからね。人を見誤ることもよくある。例えばあたしと一緒になったこととかね」

 彼女なりの冗談らしい。
 ガッハッハッハ、と笑いつつ俺をべしべし叩く。
 あとで聞いたらおばさまかと思いきや、まだ二十代半ばなんだそうで。
 凄まじい貫禄である。

「ユーマ殿!! 訓練をしましょうぞ!!」
「ユーマ殿! 今日は僕と、小剣の立ち合いを!」

 騎士どもが誘いに来る。
 ここは戦闘狂の巣窟らしい。
 俺は訓練所へ連行され、様々な剣を使っての模擬戦に励んだ。
 そう。
 俺は剣以外使えないのだ。
 試しに槍や斧など持たせてもらったが、素人という次元では語れぬへっぴり腰であり、斧に至っては持ち上げることも困難であった。
 大剣などは使い方の要領が分かっているから、振り回すことも出来るのだがなあ。
 これが剣術スキル全振りの弱点であろうか。

「変わった御仁だ……」
「剣を持てば、鬼か悪魔かと見紛うばかりの人間離れした強さを見せるというのに」
「剣以外を持つと子供にも負けそうだのう」

 真実である。
 だが、ここでこうして己の適性を見極められたのは大変良い。今後の旅にも役立つだろう。
 そして、一日中訓練に付き合わされるのはくたびれるが、何とこの館、毎日風呂に入れる。
 疲れた肉体を湯船に沈めるのは格別であった。
 これで騎士たちと一緒の風呂でなければどれだけ良かっただろうか。
 マッチョなむくつけき男たちと親交を深めるのはちょっと……。
 できればリュカと入りたいのだが。
 さて、日々剣を振るばかりである。
 俺の動きを、騎士どもは穴が空くほど見つめている。
 俺と他の騎士の立ち合い。
 この一挙手一挙動が、全て彼らにとっては最高のお手本となるらしい。
 俺は、剣の形状に合わせた複数の型を使いこなす。場合によっては、己の体格に見合わぬ型を用いて、パワーファイターのように振る舞ったり、縦横無尽に戦場を駆けて敵を翻弄することもある。
 騎士どもは、それぞれ己に合った型を選択し、めいめいに練習するようになった。
 上手く型の動きが決まると、俺をチラッと見てくる。
 ドヤァって事なのか。

「ユーマー! お弁当もらってきたよ。みんなと一緒に食べよう」

「おお、リュカ殿!」
「弁当とは嬉しいな」
「ユーマ殿は良き方を見初められたな」

「良き方? むふふ、むふふふふ」

 リュカがにやにやしながら俺の腕をつついてくる。
 超かわいい。
 後に続いて辺境伯もやって来た。
 騎士たちの生き生きとした表情、笑い声を聞いて、彼女もまた微笑を浮かべる。

「戦士ユーマ。貴様が来てより、此奴らの訓練にかける熱がいや増したようだ。結構結構。力を持て余し、死に場所を求めて燻っていたのが嘘のようだ」
「ええ、辺境伯! 我らは最高の師に恵まれました」
「ユーマ殿の技は変幻自在。どれをとっても超一流で、毎日が眼福にござります……」

 拝むな拝むな。
 だが、褒められて悪い気はしない。
 自己満足のためというか、無心になってただひたすらに高め続けた剣術スキル。
 まさか他人に認められる日が来ようとはな……。
 俺は遠い目をした。
 その時である。

「報告です! エドヴィン殿が戻られましたぞ!」

 ダミアンが駆け込んできた。

「おう、ついに来たか。して、どうだ?」

 辺境伯の問いに、ダミアンはニヤリと笑って答える。

「お館様の想定通りですぞ。詳しい話は、エドヴィン殿から……」

 とうとうお館様って言ったよこいつら。
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