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灰色の剣士編

熟練度カンストの招致人

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「ありゃなんだ」

 俺は思わず呟いていた。
 それだけ、目の前に現れた連中が俺の常識を超えていたという事であろう。
 この世界は、俺が意識する限りはファンタジー世界だ。
 俺が遊んでいたゲーム、ジ・アライメントの世界に非常によく似ている、中世ヨーロッパ風世界、と言ってもいいかもしれない。
 魔女狩りとかやってた連中の格好は、もうちょっと先進的だった気もするが。
 なので、俺の中で、この世界の文明は中世ヨーロッパくらい、というイメージで固まっていたのだ。
 だが。

「知らないのも無理はないな。あれは、ヴァイデンフェラー辺境伯の騎士団だぜ」

 いやハインツ。
 騎士だってのは分かる。
 だがちょっと待って欲しいのだ。
 騎士の鎧というのは、あんな風に白を基調としていて、鮮やかな色の縁取りがあって、てかてかと明らかに金属ではない光沢を放つものなんだろうか。
 それに、いかにも重武装だというのに、連中の動きは軽やかである。
 馬にまで同じような甲冑を着せているというのに、馬もさしたる重量物を載せていないかのように、軽快に歩いてくる。
 俺はこの違和感を説明できないでいる。
 俺の語彙から、これを表現する言葉が出てこないのだ。
 どうにか説明しようとしても、喉の奥でつっかえたようになる。

「変な鎧だねえ。なんだか、すっごく軽いみたい。紙の鎧を着てるみたいな」

「そう、それ」

 リュカが端的に俺が思っている事を言ってくれた。
 これには、ハインツもなるほど、と得心した顔である。

「ああ、あの鎧はな、首都エルデで作られたケラミスアーマーだ。鉄よりも頑丈で、しかも重さは半分も無いんだぞ」

 ケラミスってのは、ドイツ語でセラミックのことだったはず。つまり、セラミックの鎧ということになる。
 なんだそれは。中世ヨーロッパの文明レベルじゃなかったのか。

「何しに来たんだろう」

「そりゃあ、巡礼者大量死事件の調査だろうな。後ろに文官みたいな奴を連れているだろ。あいつが辺境伯お抱えの学者だ。色々と幅広い知識があるらしいぞ」

 おお、検死官みたいな奴なんだな。
 くるりんとした口ひげを生やした、洒脱な山高帽の男が騎士たちに守られるようにしてやってくる。

「やあ、ヴァイスシュタットの人々よ。町長はどこかね」

 先頭にいた騎士がやってきて、ハインツに気軽に声を掛けた。
 馬上からだが、上から目線というわけではなく、ごくフランクである。

「おう、町長なら屋敷にいなければ、市場じゃありませんかね」
「そうか、ありがとう」

 人間が出来た騎士である。
 大変感じが悪かったディアマンテの司祭どもとは大違いだな。
 騎士は居並ぶ町の人々に向かって、手を挙げて挨拶をした。
 視線がぐるりと巡り、俺とリュカに留まる。

「おや、彼らはこの町の人間ではないな。旅人か?」
「ええ、まあ」

 ハインツが言葉を濁す。
 そうだよな。俺たちを上手く説明する言葉は余り無いだろう。

「ふむ……そこの娘、髪を染めているな?」

「あ、は、はいぃ」

 おっ、リュカが挙動不審になっている。
 騎士は彼女の髪の色が不自然である事にすぐ気付いたようだ。
 それだけではなく、

「もみ上げの髪の色が違うな……。銀色? 虹色……! ふむ」

 ハンスやクラーラ、ハインツの顔がひきつる。
 気付かれた! っていう顔である。分かり易過ぎる。

「その娘を参考人として、辺境伯の館へ招きたいがよろしいか」
「あ、いや、それは……」

 断る理由を探し出せないハンス。
 クラーラもおろおろしている。フランクとは言え騎士だからな。地位としては彼らよりも随分上だろう。
 リュカは彼らに、心配ないよ、という風に手振りをしてみせる。
 健気な娘である。

「分かりました。行きます」

 多分こうやって、自分を犠牲にして場を収めるということに抵抗が無いのだろう。
 魔女として火刑にかけられていた時に、落ち着いているようだったリュカである。
 彼女はきっと、自分が辛いことより、親しい人たちが苦しむことを嫌がる。
 それでまた、ハンスたちもお人よしなのである。
 そのような罪悪感に満ちた目でこちらを見なくてもよろしい。
 騎士が、リュカに後ろに乗るように示す。
 手を差し出し、リュカがそれに従った。
 なので、俺も自然と前に出る。
 俺は元来、空気を読むのが苦手だ。
 こういう、どうしよう、的な空気が漂っていても、それを読むことをしないのが俺である。

「俺はどこに乗れば」

 騎士がビクッとした。
 石のように黙っていた俺の存在を、半ば意識の外に置いていたのだろう。

「お前は、なんだ……?」

「リュカを守る戦士だ」

 言葉は、端的に分かり易く。
 俺は会話において、言葉を飾るようなセンスが無い。
 だから一言で述べた。
 ハンスたち、ヴァイスシュタットの連中が激震する。

「ユーマ、お前戦士だったのか……!?」
「やだ、似てない弟だと思ってた!」
「だけどちょっとかっこよかったぞ」
「昔はハンスもあれくらいかっこいいことを言ってたのよ」

 カミラ、どさくさに紛れて惚気るんじゃない。
 俺の言葉を受けて、騎士はフーム、と考え込んだ。
 俺の身なりは、どこからどう見ても貧相な皿洗いの男である。
 戦士などには見えまい。

「この娘を守りたいのは分かるが、無関係な者を連れて行くわけにはいかん」

「関係者だ」

 ノーウェイトで答えた。
 俺は退かない。
 基本的に退き時というものを知らん。
 ヴァイスシュタットの連中がどよめく。
 空気読め! とか、騎士に向かっていい度胸すぎるだろう! という声。
 おっ、騎士も困った顔をしている。
 こんな対応をされたことが無いのだろう。
 そこへ、従者らしきでかい男がやってきた。

「ベルンハルト様。このような男の戯言に関わっている暇が惜しいですぞ。ここは、この勇敢だが身の程知らずな若者に現実を教えてやればよろしい。どうか、このダミアンに一任していただけまいか」
「うむ、いいだろう。では、我らは先に行く」

「ユーマ!」

 馬が走り出す。
 リュカが俺を振り返っている。
 彼女は騎士の後ろに乗っていて、飛び降りると怪我をしてしまいそうだ。
 俺は、そのままでいいとジェスチャーする。

「すぐに行く!」

 それだけを告げた。
 というか他に何を言えばいいのだ。
 だが、この俺の仕草にダミアンという巨漢の従者、えらく感じ入ったようであった。

「おう、小僧、お主なかなか男だな。俺はお主のような勇敢な男は好きだぞ。だがな、事は急を要するのだ。エドヴィン先生が死体を検分している間に、ベルンハルト様は成さねばならぬ事がある。その邪魔立てはさせられんのだ」

 エドヴィンというのが、あの学者の名前なのだろう。
 気付けばもう姿が消えている。

「だが、ただ同行はならぬと伝えたところで、お主は納得するまい。故にこのダミアン、条件を一つつけてやろう。これをこなせば、お主をあの娘の下に連れて行ってやる」

「ふむ、条件とは」

「俺を倒して見せよ」

「良かろう」

「わっはっは、ちと無理な条件だったかな、お主のような小兵がこの俺を……って、なに!? やるのか!?」

「約束をしたからな」

「おお……!」

 うお。
 何を目を潤ませているのだダミアン。

「お主は男だなあ」

 俺は、俺を必要とした人間を裏切らない主義なだけだ。
 ダミアンが、俺に向かって得物を放ってくる。
 ショートソードか。
 確かに、ロングソードは俺の体格では持て余すように見えるだろう。

「これを使え。そして、俺に一太刀浴びせて見せよ。そうすればお前を一人前の男と認めて、このダミアンが従者の誇りに掛けて連れて行ってやる」

「おう」

 俺はショートソードを手にする。
 鞘から抜くと、分厚い刃が露になった。見た目よりも軽い。
 これもセラミックの剣というわけか。
 ということは、金属の重さで相手にダメージを与えるのではなく、鋭さで切り裂く事を重視している可能性がある。
 注意せねばな。俺もダミアンは、嫌いじゃないタイプだ。斬りたくは無い。

「お……。お前、剣を抜いた途端に雰囲気が変わったな……?」

 ダミアン、油断無く構える。
 こいつも、俺と同じショートソードを構える。
 条件をフェアにする辺りは大変紳士的である。だが、俺に対して気を抜くつもりは一切無いと来た。

「ユーマ! 無茶をするなー!」
「殺されちまうぞー!」
「やめてー!」
「ハンスも昔はあれくらいの男気を……」

 むしろ心配して絶叫しているのはハンスファミリーである。
 俺は彼らをBGMに、無造作に歩みを進めた。

「いい気迫だ。だが、戦とは気迫だけでやるものではないぞ! 気ばかりでなく、肉体も、技も使う! 俺のような大きい相手は、それだけでお前の脅威になるぞ! それっ!」

 ダミアン、踏み出しながら容赦なく打ちかかってくる。
 おお、剣の腹を俺に叩きつけるのか。優しい奴だ。
 では、俺はそれに対して技で返礼しよう。
 俺はダミアンの剣に、こちらからも剣の腹を叩き付ける。
 握りは軽く。インパクトの瞬間に力を加減し、剣と剣の衝撃が、刃にのみ行き渡るように……。

「おおおっ!?」
「おおーっ!?」

 俺を除く誰もが、驚きの声をあげる。
 恐らくは、かなりの剛性を持っているであろう、セラミックの剣が粉々に砕け散ったのだ。
 それも、二本同時に。
 澄んだ高い音色が周囲に鳴り響く。

「ケッ……ケラミスの剣が砕けた……! 鋼より強い強化ケラミスで作られているのだぞ……!?」

 驚きに呻くダミアン。
 俺が見るところ、この男は無能ではない。
 むしろ、腕前に自信がある方だろう。だからこそ、見誤る事は無い。
 これが、偶然起こった出来事だとは考えないのだ。

「お……お主、狙ったな……!? ケラミスの剣を、恐らくは初めて手にして、この剣の特性を見抜いて双方を砕いた……!」

「うむ」

 俺は認めた。
 ダミアンの顔が驚愕に彩られ、すぐに笑顔に変わった。

「す、凄いなお前!! ただの一合の打ち合いであったが、このダミアンの目はガラス玉ではないぞ。お主が並ならぬ腕を持っていることが分かった。間違いない! 間違いなく、お主は戦士だ! お主、お主……」
「こいつはユーマだよ」
「おお! ユーマ! 戦士ユーマ! 俺は約束は違えんぞ! お主をベルンハルト様のところに連れて行ってやろう! いや、辺境伯ですらお主に会いたがるに違いない! おおー!! 楽しみになってきたぞ!」

 何やら一人で盛り上がり始めたぞ。
 ダミアン以外にも、辺境伯の手勢らしい兵士がいるのだが、彼らは状況が理解できないようで首をかしげている。
 だが、ダミアンに馬を用意するように言われると、キビキビと動き出した。
 えっ。
 馬に乗るの。
 わっ、大きい。
 わっ、鼻息すごい。
 超怖いんだけど。

「おっ、なんだ、お主は馬に乗れぬのか。いいぞいいぞ。男には一つくらい欠点があった方が良いものよ。このダミアンが後ろに乗せてやろう!」

 俺はひょい、とダミアンに摘み上げられ、馬の尻に乗った。
 かくして……俺の初めてのニケツの相手は、むくつけき巨漢となったのだった。
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