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6章

6-3 図太く生きる(3) 

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 三ヶ月後。
 私がファリンダと一緒に、アブドゥナー辺境伯領で気ままな軟禁生活を送っている中、アルバートは父上とロンバルド公の援助を元に兵を挙げ、レオノール・ディアック伯との内戦を始めた。

 戦いは私の思い描いた策略以上に、あっという間に集結した。
 度重なる自領民の粛清によってレオノール・ディアックは完全に求心力を失っていて、ディアック伯領兵達は自軍の数倍の戦力を目の当たりにし、次々に戦場から脱走を始めたのだ。
 勝ち目がないとわかり、城に立てこもろうとしたレオノールだったけれど、家臣の裏切りにあって捕縛され、城はそのまま無血開城された。

 アルバートは城を占領した後、レオノールに粛清された人々をいたんで彼らの冥福を祈った後、領民達に頭を下げて自分と共にディアック領の復興に尽力してくれるよう願った。
 そして、その翌日、レオノールの公開処刑が決まった。

 それに伴って、私達は父の命令でディアック伯領へと赴くこととなった。

 未だ、ディアック伯領は戦争による治安悪化が回復しておらず、アルバートはレオノールの処刑からしばらくした後に私を呼び寄せたかったらしい。
 けれど、私はこの戦争を始めた張本人として、戦争の終わりを見届ける義務があると思い、アルバートの反対を押し切って処刑前に行くことにした。

 城の中に入ってみると、荒廃していた領土の様子とは裏腹に、全てがきれいなまま残り続けていた。

「……レーア、無事で良かった!」

 私の姿が見えた時、アルバートは本当に安堵した表情を浮かべ、私をそのまま抱き抱えた。

「アル。人が見ている」

 私は恥ずかしくなり、彼の背中をぱんぱんと叩いて抵抗する。

「構うものか! この戦いの一番の功労者は君だ! 本来なら、俺ではなく君が賛辞されるべきなのだ! 君の姿をもっと皆に見せてやりたい!」

「私は嫌。私が地下書庫の魔女って言われてたの覚えている? 私は他人に賞賛されるより、暗い場所でこそこそ本を読んでいる方が好きなのよ」

 私がわりと本当に嫌がっていると知って、アルバートは私を下ろす。

「……すまない。色々あって、俺は少し気が大きくなっている」

 私は微笑む。

「それは仕方ないわ。あとは王からの爵位継承を認める旨の書状をいただければ、ついにアルバートは伯爵だものね。おめでとう」

「その後、俺と結婚してくれるなら君は伯爵夫人だよ」

 アルバートは微笑みながら言った。

「……そうね」

 私は短く返した。
 私の様子にアルバートは少し疑問をいだいたようだったけれど、それほど気には留めなかった。

「ところで……」

 そう言って、彼は話題を変えた。

「レーア、君は処刑の前にレオノール兄上と会う気はあるか?」

「えっ?」

 それは私も思ってもみなかった提案だった。

「俺は兄上が処刑される前に、兄上に君を侮辱したことを謝罪して欲しいんだ。君のためにも、兄上のためにも。それは兄上が死ぬ前でないと出来ないことだから。もちろん、兄上が君に謝らないということもある。いや、おそらくそちらの方が可能性は高いと思う。だから無理強いをする気はない」

 私は小さくうなずいて相槌を打った。
 それを見て、アルバートは溜め息をついて言葉を続けた。

「……俺はレオノール兄上にチャンスを与えたいんだ。兄上は世間では悪逆非道の行いをした卑劣な男として噂されている。しかし、それでも俺にとって兄上は兄上だ。兄上は兄上なりに、考えがあってああいう行いをしたと信じている。だからせめて、君に謝罪をすることで、ほんの少しでも兄上に心の平穏を知ってもらいたいのだ――」

 アルバートは再び溜め息をついた。

「……いや、これは俺の自己満足に過ぎないな、きっと」

 私はアルバートの胸に手を当てて微笑んだ。

「わかった。あなたの自己満足に付き合う。そうすることで、あなたの中の心のわだかまりが少しでもほぐれるのなら、私にとってはやる価値のあることだわ」

 私は言った。
 アルバートは私の手を握った。

「君は、本当に聖女のような女性だな」

「……どうかしらね。修道院を出てからというもの、お祈りも一日一回くらいしかしていないし」

 私達は笑った。



 レオノールのいる牢は城の地下にあった。明かりも満足に置かれていない薄暗い廊下を、私はアルバートや彼の部下数人と一緒に歩いていく。
 そして、牢の一番奥、鉄製の扉で仕切られた一室に、レオノールは鎖でつながれてとらわれていた。

 彼は五年前に見た時と比べて、痛々しいほどに痩せ細っていた。長い金色の髪はくしゃくしゃに縮れ、腕や足にはくっきりと骨が浮かび、頬はこけてやつれている印象がした。彼がとらえられてからまだ一週間ほどしか経っていないことを考えると、とらえられる前からこの姿だったのだろう。
 レオノールは私を見るなり、苦笑いを浮かべた。

「はっ……、アブドゥナー家の不細工令嬢か。アルバートと結婚するんだとな。おめでとう。俺にあの時の復讐が果たせて満足か?」

 悪態をつかれても、私は不思議と平然とした気持ちでレオノールを見つめていた。
 むしろ、平然と出来なかったのはアルバートの方だった。

「兄上、いい加減にしてくれ! 俺は兄上に、ちゃんと人としての誇りを持って最後を迎えて欲しいんだ! だから家臣達の反対を押し切って、公開処刑とは言っても、民衆に石を投げられない程度の距離をおくことにした! そうした俺の気持ちを少しはわかってくれよ!」

 アルバートは涙を流しながら、レオノールに向かって叫んだ。

「……残念だが、わからんな。では、そういうお前は俺の気持ちを理解しているのか。当主でありながら、家臣に疎まれ、領民にないがしろにされ、あげく弟に反乱を起こされ処刑される俺の気持ちが。……そのうえ、そこの不細工女に謝れだと? ふざけるな。お前は何様なのだ。お前など、俺が憎い連中とそこの不細工女の力を借りて俺に勝っただけじゃあないか。お前に命令される筋合いなどない。殺したければ、何も言わずにさっさと殺せ」

 レオノールは言った。
 彼の言葉を、アルバートは拳を握ってじっと耐えた。

「私は少しわかる」

 そんな時、私は言った。

「私は少しわかります。あなたの気持ち。私もこの顔ですから、何もしてないのにまわりから嫌われて、文句を言われて、馬鹿にされるもの。そういう部分は、私とあなたは似た者同士なのかもしれない」

「俺に説教をするな、不細工がっ!」

 私は悪態をつくレオノールをじっと見つめた。

「あなたも他人が怖いのですよね。だからそうして、他人を馬鹿にしておとしめることで自分が優位に立とうとする。でも、それが自分を孤立させることになって、自分でもわかっているけれど、それを止めることができない。今さら止めてしまえば、今まで馬鹿にしてきた人達が一斉になってやり返してくるもの」

「俺を理解した気になるな……っ!」

「私とあなたが違うのは、私には私を支えてくれた人達が居たけれど、あなたにはいなかったということだわ。私は私を支えてくれる人達の期待に答えようとするだけで、誰かのために何かをして好かれるということが自然と身についた。けれど、あなたはそれが出来なかった。ただそれだけの違い」

「……」

 レオノールは黙った。私は彼の頬に手を触れた。

「……私はあなたを許します。だから、あなたもあなたを許してください。そうでなければ、あなた自身がかわいそうです」

 私は言った。
 途端、レオノールは少し暴れて見せ、私は一歩退いた。

「俺を……許すなっ」

 私をにらむレオノール。私は微笑んだ。

「許します。あなたに何を言われようとも。けれど、あなたがあなたをどう許せばいいかは、あなたが自分で考えてください。その答えは私にはわからないから」

 そう言って、私は牢から出た。
 牢を出た時、ふと見えたレオノールの目には少し涙が溜まっていた。

「……ねえ、アル」

 牢を出て、地下を出る時、ふと私はアルバートに声をかけた。

「レオノール様は本当に処刑しなければならない? あなたのお兄様なのでしょう?」

「兄上の処刑に俺の意思はあまり関係ない。家臣も、兵も、領民も、兄上が処刑されなければ収まらない。レオノール兄上の言う通り、俺は彼らの拠り所になることで領主となったに過ぎない身だから」

 アルバートはうつむいて溜め息をついた。
 私は彼の肩に手を置く。

「大丈夫よ。あなたは良き領主になれる。良き領主とは何でも出来る人のことではなくて、民のために良き領主であろうと懸命にもがける領主のことよ」

 私は言った。

「サイード様の真似だけどね」

 アルバートは笑った。
 私も笑った。

 それから二日後、レオノール・ディアックは領都の広場で処刑された。
 彼は処刑される直前に、一言、こんな言葉を残したそうだ。

『オーレリア。あの時はすまなかった』

 私は城の書庫に入り込み、私がその事実を書き記した紙を、そっと歴史書の中に挟み込んだ。

 今は彼は領民にとって悪逆非道の貴族としか映っていないだろう。
 けれどいつか、後世の歴史家に私の書き残した紙が見つかり、レオノール・ディアックという人物が少しでも再評価されれば良いと願った。

 彼もまた、ただの悩める一人の人間だったのだ――と。
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